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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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21.空洞

 風の犬に乗ったフルートたちと赤の魔法使いは、火口から立ち上る噴煙に飛び込んでいきました。

 山頂からは細く見えていた煙も、実際にはかなりの量で、たちまち彼らを呑み込みんでしまいます。濃い霧のような中を下りていくと、火山灰で服が真っ白になりましたが、煙を吸って咳き込むようなことはありませんでした。魔法や金の石が彼らを守っているのです。ただ、仲間の姿が見えにくくなってきたので、フルートは言いました。

「はぐれるぞ! そばに集まれ!」

 すぐにルルに乗ったゼンとメールが飛んできました。赤の魔法使いもやってきます。赤い長衣をはためかせて浮かぶ魔法使いは、なんだか雲の中を飛ぶ赤い鳥のようでした。金の瞳で煙の湧き出す方向を見据えて言います。

「ノ、クニ、ツ、ル!」

「ワン、この煙の奥に、洞窟みたいに広い場所があるそうですよ。ポポロ、見えますか?」

 とポチが言ったので、魔法使いの少女は遠い目になりました。

「……本当、洞窟があるわ。煙が出てくる火口のすぐ下よ。そこでは煙も薄くなってるみたい」

「地下空洞だな。火山が噴火した痕にできるんだよ。俺たちが住む北の峰の洞窟も、元を正せばそういう場所なんだぜ」

 とゼンが言いました。地下と火山についての話はゼンの独壇場です。

「よし、まずそこに行こう。それから、行き先を確認するんだ」

 とフルートが言い、全員は煙の湧き出す場所に向かって進んでいきました。後から後から渦を巻きながら噴き上がってくる煙は、意志を持った生き物のようにも見えます――。

 

 煙の中を逆行して火口に飛び込むと、溶岩の壁が垂直に続く様子が煙の間に見えて、すぐに真っ暗になりました。山の中に飛び込んだので、日の光が届かなくなってしまったのです。

「ワン、何も見えない!」

「煙もあるから、全然見えないのよ! これじゃ進めないわ!」

 と犬たちが騒いでいると、フルートの鎧の隙間から急に光が洩れました。金の石が輝きだしたのです。フルートが鎖をつかんでペンダントを引き出すと、周囲が金の光に照らされて明るくなります。

 ところが、あたりが濃い霧のような煙に閉ざされていたので、犬たちはまたとまどいました。

「ワン、どっちが下なのかはわかるから、そっちに行けばいいんだろうけど……」

「途中に障害物なんかないでしょうね。見えないから、急に出てきたら避けられないわよ」

 と言いながら、慎重に煙の中を下りていきます。

 すると、数十メートル火口を下りたところで、急に周囲から煙が薄れていきました。金の石の光が広い場所を照らします。

「地下空洞だぞ!」

 とゼンが歓声を上げました。北の峰の洞窟と同じような大きな空間が、そこに広がっていたのです。端から端まで数百メートルもある、丸い空洞でした。金の石の光のおかげで見渡すことができますが、足元は闇に沈んでいて、底がどうなっているのかはわかりません。

 噴煙は彼らの頭上にありました。横の岩壁に開いた穴から煙が吹き出してきて、空洞の上に向かっているのです。それを眺めてフルートは言いました。

「煙を追いかけていけばいいわけだから、ぼくたちが進むのはこっちだな」

 煙の大元に、彼らが確かめに行くマグマ溜まりがあります。

「おい、大丈夫か?」

 とゼンは後ろに乗っているメールに尋ねました。彼女は山頂を飛びたって噴煙に飛び込んだときから、ずっとゼンにしがみついて、背中に顔を埋めていたのです。

「全然大丈夫じゃないよ……」

 とメールは顔を伏せたまま答えました。ここは彼女が死ぬほど苦手な地面の中です。しかも、これからもっと奥深い場所へ潜っていこうというのですから、平気なはずはありませんでした。ゼンにつかまった腕や体が、小刻みに震え続けています。

「ったく。いつも無理してついてきやがって」

 とゼンはぶつぶつ言いましたが、メールは何も言いませんでした。頭の中では、山頂に残ったアマニの姿を思い出しています。あんなふうに後に残されて心配しながら待つのは、メールには地下よりもっと恐ろしくて嫌なことでした。絶対に戻らない、と言うように、いっそう強くゼンにしがみつきます。

 

 ルルは鼻を鳴らしてあたりの匂いを嗅いでいましたが、急に首をかしげて言いました。

「やっぱり闇の匂いがしているわね。でも、変よ。煙の中よりこの空洞のほうが、闇の匂いが強いのよ」

「煙と一緒に出てきた闇の気が、ここに淀んでいるのかしら……?」

 とポポロも空洞を見回し、遠いまなざしになって下を見たとたん、きゃあっと悲鳴を上げました。こちらもフルートの背中にしがみついて、足元に広がる闇を指さします。

「下、下に……!」

 すると、その声に誘われたように、闇の中から生き物が姿を現しました。蛇のように長いものが、ひらひらと体をなびかせながら、こちらに向かって空を飛んできます。その体が赤と黒と紫の毒々しい色合いをしているのを見て、ゼンは顔をしかめました。

「ありゃ、ナマジだぞ。地下に棲む毒虫だ!」

「ゴジゾやワジみたいな?」

 とフルートは聞き返しました。どちらもやはり毒虫の名前です。

「ああ。ナマジは空を飛べるし、毒もワジ並に強いんだ。メール、ちょっと離れろ」

 とゼンはメールを背中からはがすと、弓を外しました。白い矢を取り上げてつがえ、狙いをつけてから放ちます。矢は弧を描いて飛び、みごと毒虫の頭に命中しました。空を飛んで近づいていた虫が、また闇の中へ落ちていきます。

「ワン、ここにはこんなのがたくさんいるのかなぁ」

 とポチは周囲を見回しました。空洞の壁はごつごつした溶岩でできていて、至るところに影が淀んでいます。金の石の光は弱いので、そこに何か隠れていても、なかなか見極めることができません。

 ゼンが弓を下ろして答えました。

「ナマジは毒は強いんだが、根は臆病な虫なんだ。住処(すみか)を壊しでもしなきゃ、襲ってくることはねえよ」

「でも、今のは問答無用で襲ってきたわよ」

 とルルが言います。

 

 すると、フルートが急に何かを思い出す顔になりました。少し考えてから、親友に言います。

「ゼン、昔、闇の霧が地上をおおったときに、北の峰に黒い雪が降ったよな――」

「うん? ああ、闇の霧が雪になって降ったときのことか。まるで炭の粉が混じってるような、真っ黒な雪だったよな。だが、それがどうした?」

「あの時にも、ぼくたちはゴジゾやワジに襲われたよな。雪やそれが溶けた地下水に闇が混じって、毒虫たちを凶暴にしたからだ。地底湖に棲むグラージゾもそうだった……。ナマジも毒虫だから、やっぱり、この空洞に充満する闇の気の影響を受けたのかもしれないぞ。それで、いきなりぼくたちに襲いかかってきたのかもしれない」

「ワン、毒虫は闇に特に弱いってことですか? じゃあ、もしかしたら、山を登る途中で襲ってきたサラマンドラも、そうだったのかな?」

 とポチが首をひねると、フルートはうなずきました。

「そう、生き物には極端に闇の影響を受けやすいものがいるんだ。人間も同様で、闇に弱い人は闇の気配が漂っただけでいらいらして、ひどく乱暴になったり残酷になったりする。もし、この火山の中に闇に弱い生き物がいたら、かなり凶暴になっているかもしれないぞ――なに、ポポロ?」

 後ろからしきりに腕を引かれて、フルートは振り向き、少女の青ざめた顔に驚きました。ポポロが下を指さして言います。

「矢に撃たれて落ちていったナマジを、他のナマジが襲って食べてしまったのよ……。ここの底は、ナマジの巣になっていたの。上に何かあると気がついて、上がってきているわ……」

 ここの底が? とフルートたちは繰り返し、思わず周囲を見回しました。山の中の空洞は、直径が数百メートルもあります。この底もかなりの広さがあることでしょう――。

 

 すると、下の闇の中から、ざわざわという音が聞こえ始めました。闇の中で何かがうごめく気配も伝わってきます。

 夜目の効くゼンが目をこらして、げっと声を上げました。

「ここから出ろ! 急げ!」

 とわめいて、ルルの風の体を蹴飛ばします。ポポロも、ポチにしがみついて、早く逃げて! と泣いて言っていました。

 そんな彼らの下に広がる暗闇から、ざわざわと音が近づき、やがて毒々しい色合いのナマジに変わりました。それも、一匹や二匹ではありません。次々に闇の中から姿を現して、彼らに向かって飛んできます。

 赤の魔法使いが一同の前に出て、空中で杖を構えました。迫ってくる毒虫へ鋭く振り下ろします。

「アウルラ、タレ!」

 杖から光の球が飛び出して広がりました。フルートの金の石の何十倍もの明るさで、空洞の中を照らします。

 とたんに、一同は、ああっと声を上げてしまいました。光が闇を追い払ったところに、毒虫の大群を見たからです。何千匹、何万匹というナマジが、彼らのすぐ下まで迫っていました。あまり数が多いので、空洞の途中に床が現れたようにさえ見えます。赤と黒と紫の体でできた、うごめく毒虫の床です。

 

 フルートは叫びました。

「逃げろ! あの煙が出てくる穴に行け――!」

 その声に弾かれたように、ポチとルルは飛び始めました。赤の魔法使いも後に続きます。

 煙は、空洞の横の岩の裂け目から、もうもうと湧き出し、空洞の上にある火口へと向かっていました。裂け目の奥がどうなっているのか、煙が濃すぎて確かめることはできません。

「飛び込め!!」

 とフルートが言い、全員は煙が吹き出す横穴へ頭から突っ込んでいきました――。

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