ポポロが魔法で作り上げた聖なる結界は、光の柱になって夜空に伸びました。その中を炎の馬が駆け下りてきて、山頂に着地します。一行は思わず後ずさって見守りました。全身火に包まれた馬からは、結界の外にまですさまじい熱気が伝わってきます。
そんな中、フルートだけは平気で馬に近寄って呼びかけました。
「炎の馬、やっとまた会えたね。何があったんだ?」
馬の金の瞳がフルートを見つめました。男性とも女性ともつかない、不思議な響きの声が答えます。
「火の山の地下で闇が力を増しています。闇を含んだ煙と灰で、地上を闇の支配下に置こうとしているのです。地上が荒らされる前に、山を鎮めなくてはなりません」
フルートは眉をひそめ、ゼンたちはあわてて周囲を見回しました。山頂の火口からは、夜の今も煙が細く立ち上っています。今にも噴火が起きそうな気がして、メールがゼンにしがみつきます。
フルートは言いました。
「それでこの山の中から闇の匂いがしていたんだな。地下には何がいるんだ? 闇の怪物か?」
「正体はわかりません」
と炎の馬は話し続けました。
「私は闇の中へ下りていくことができないからです。ただ、非常に大きな闇が地下で動いています。このまま増大すれば、必ず地上へ闇を吐き出します。いえ、すでにそれは起きているのです。五年前にあなたが最初に旅立ったときのように、地上はまた闇におおわれつつあります。人々は飢え、各地で戦いが起き、地上は闇に染まっていくでしょう」
フルートはいっそう眉をひそめ、しばらく考え込んでから言いました。
「それはこの火の山のことじゃないな? 今、噴火を起こして火山灰をまき散らしているっていう、ザカラスの近くの火の山のことだろう? あれは闇のしわざだったのか」
「火の山と名付けられている山は世界に五つありますが、一つの火の山の出来事は、他の火の山のことでもあるのです。この火の山の地下でも、あの火の山の地下でも、闇が山を動かしているのです」
と炎の馬は答えました。謎かけのような話に、さすがのフルートも目を丸くしました。何者かがいっせいに世界中の火の山を攻撃しているのだろうか、と考えます。
すると、ゼンが急に、なぁるほど、とうなずきました。
「ひとつの火の山のことは全部の火の山のことって言うんだな。ははん、なるほど」
仲間たちはびっくり仰天しました。
「ちょっとゼン、あんた、炎の馬が言ってることがわかるわけ!?」
「ワン、本当に!? ぼくやフルートにもよく意味がわからないのに!」
とメールやポチに言われて、ゼンはじろりとにらみ返しました。
「おまえら、俺をどうしようもねえ馬鹿だと思ってるな? あいにくと、俺だってドワーフなんだよ。地面の下のことなら、おまえらよりよく知ってらぁ――。いいか、火山ってのはな、どろどろに溶けた溶岩が地上に噴き出したところにできるものなんだ。この熱い溶岩はマグマとも言って、地面の深い場所に溜まってるんだが、一つのマグマ溜まりから、いくつもの火山に枝分かれすることがある。たいていは近い場所の山になるんだが、うんと深いところのマグマなら、遠く離れた山同士がつながっていたって、全然不思議じゃねえ。炎の馬は、そういう深い場所のマグマ溜まりで何かが起きていて、それで世界中の火の山がおかしくなってるんだ、って言ってるんだ。そうだろう?」
「その通りです、人間の姿を持つドワーフの子。世界各地の火の山の大元は、その時々の状況で噴火を起こす火口を変えてきました。私が金の石の勇者を炎の剣の元まで案内したときには、エスタ国の南の火の山が火を吹いていました。今、激しい噴火を起こしているのは、ザカラス国の近くの火の山です。そこから闇の気が一緒に噴き出して、煙と共にロムド国の方角へ流れています。明らかに、何者かがロムドを闇に沈めようとしているのです」
炎の馬の話に一同は顔を見合わせました。何者かが、と言われれば、想像できるものはたった一つしかありません。
「デビルドラゴンか――! あいつ、今度は地下に潜りやがったんだな!」
とゼンがわめけば、メールも言いました。
「ほんっとにしつこいヤツだね! 戦うたびにあたいたちに負けてるのに、それでもあきらめないで新しい魔王を作るんだからさ! 今度は誰を魔王にしたってわけ!? そいつが地下に潜って、火山をおかしくしてるんだろ!?」
ところが、赤の魔法使いが言いました。
「テ、ワ、シ、シイ」
「おかしい? 何が?」
とアマニが聞き返し、兄の返事を聞いて、皆に通訳してくれました。
「兄さんが言うのにはね、ザカラスの近くの火の山が噴火を始めたのは、もう五ヶ月も前のことなんだって。セイマの港に魔王が現れたのは先月のことだから、それは魔王のしわざじゃないと思うって。……あたしには、なんのことか全然わからないけど、あんたたちが聞けばわかるのかな?」
アマニは自信なさそうでしたが、フルートたちには意味がわかりました。デビルドラゴンは一度に一人を魔王にすることしかできません。セイマでタコ魔王を繰り出してきたのですから、それ以前に噴火を始めた火の山には、魔王やデビルドラゴンは関与していないことになるのです。
「じゃ、誰がそんな噴火を起こしているわけ?」
とルルが言うと、ポチが首をひねりました。
「ワン、やっぱりデビルドラゴンじゃないんですか? よりによってロムドを火山で攻撃しようとするなんて、偶然にしてはできすぎている気がしますよ」
「それを金の石の勇者とムヴアの魔法使いに確かめてきてもらいたいのです」
と炎の馬が言ったので、どうやって!? と仲間たちはいっせいに尋ねました。名指しされたフルートと赤の魔法使いは、また顔を見合わせます。
「金の石の勇者は魔法の鎧を着ているし、聖守護石にも守られています。灼熱の地下へ潜っていっても、火に倒れることはありません。ムヴアの魔法使いも、この大地と契約を結んで力を得ている人間ですから、火の山は彼を損なうことはできないのです」
と炎の馬が答えます――。
「ちょっと待て、こら!」
とゼンがどなりました。相手が聖なる馬でも、かまうことなく食ってかかっていきます。
「火の山の地下に行くのは、フルートと赤さんだけか!? 俺たちはどうなるんだよ!?」
「ワン、そうです! ぼくたちだって、れっきとした勇者の仲間ですよ!」
とポチも言います。
「あなた方は地下に行くことはできません。ドワーフの子はよく知っているはずですが、地中は深く潜れば潜るほど暑くなっていきます。しかも、生き物には有害なガスがしばしば発生するので、いくら地下の民のドワーフやノームであっても、特別な装備や道具がなければ行くことはかなわないのです。無理に地下へついていけば、あなた方はすぐに命を落とすことになります」
と炎の馬は言いました。相変わらず、性別不承の不思議な響きの声です。
すると、ポポロが進み出ました。両手を握り合わせて、必死に言います。
「あたしがみんなに魔法をかけます――。熱や火や毒ガスからみんなを守る魔法をかけて、それを定着させれば、装備がなくてもあたしたちも地下に行けるはずです!」
「いいや。ぼくと赤さんで行ってくるよ。そのほうが身軽だ」
とフルートは言って、ポポロへ笑いかけました。赤の魔法使いもうなずき、びっくりした顔で涙ぐんでいる妹へ言いました。
「ナ、ニ、ロ」
とたんにアマニは激しく頭を振りました。
「そんな――! 絶対に嫌だよ、留守番なんて! あたしも行くよ、モージャ! やっとまた会えたんだから、もう絶対離れないよ!」
「ヤ、メダ!」
と赤の魔法使いが叱りつけ、アマニがそれにまた言い返します。
フルートも仲間たちへ言いました。
「どのぐらい深い場所まで行くようになるか、見当がつかないんだよ。もしも途中でポポロの魔法が切れるようなことが起きたら、それこそ大変だ。ぼくと赤さんで様子を見てくる。君たちの助けが必要であれば、君たちを連れに戻ってくるから――」
けれども、そんなフルートを、ゼンは、がっちりと捕まえてしまいました。はがいじめにして逃げ出せないようにしてから言います。
「そんな約束、誰が信じるか! おまえは危ない状況になるほど、自分一人だけでなんとかしようとしやがるからな! 俺たちのことなんか絶対に呼ばねえんだ! 俺たちも一緒に行くぞ! 連れていかねえって言うんなら、おまえも絶対に行かせねえ!」
そうそう! と他の仲間たちはいっせいにうなずきました。
ポポロが大きな目を涙でいっぱいにしながら言います。
「ゼン、フルートをそのまま朝まで捕まえておいてね……。夜が明けたら、すぐにみんなに魔法をかけるから。そうしたら、みんなで火の山の地下へ行きましょう」
「みんな」
それきりフルートは何も言えなくなって、自分を見つめる仲間たちを見回しました――。