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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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17.山頂

 山頂は草ひとつ生えていない、荒れ果てた場所でした。

 黒いごつごつした岩が斜面を作り、いたるところで崩れて積み重なっています。不安定な足元を確かめながら登り詰めると、細い尾根がぐるりと山頂を取り囲んでいて、その先から急な下り坂が始まっていました。すり鉢状の谷底で黒い穴がぽっかりと口を開けています。

「あそこから噴火したんだ。今も煙が出てるね」

 とメールが火口を見下ろしながら言いました。ちょっと不安そうな顔です。

 ゼンのほうは馬を下りて、足元の石を眺めていました。

「やっぱりここも玄武岩(げんぶがん)か。いきなり大爆発する心配はなさそうだな」

「ワン、どうしてそんなことがわかるんですか?」

 とポチが聞き返しました。人並み以上に賢い小犬ですが、さすがに石を見ただけで噴火の予想をすることはできません。

「親父たちから教えられたんだよ。こういう岩を玄武岩って言うんだけどな、この岩がある火山は、山が吹っ飛ぶような爆発は起こさねえらしい」

 すると、赤の魔法使いが何かを言いました。少し長い話でしたが、アマニが通訳をします。

「この火の山は、噴火すると大爆発は起こさないけど、代わりに溶岩がたくさん流れ出すんだよ。まるで川みたいにね。溶岩が流れていった先では火事も起きる。それで全滅しちゃった麓の村もあるんだってさ」

 うぅん、とゼンやメールやポチはうなりました。やはり、火山というのは、なかなか危険な存在です。

 

 やがて、赤の魔法使いは彼らから離れて、一人で動き始めました。山頂をあちこち歩き回りながら、何かを拾い上げたり置いたりしていきます。

「火の石を見つけるんだって。火の石は溶岩の中に生まれるんだけど、外から見てもわからないから、石を呼ばなくちゃいけないんだ。兄さんはその準備を始めたんだよ」

 とアマニは説明をしてから、首をかしげるようにして続けました。

「ねえ、あんたたち、お腹すいてない? もうとっくにご飯の時間を過ぎているんだけど、何か食べ物は持ってる?」

 おっ、と声を上げたのはゼンでした。いつもならば、彼が仲間たちの食事の心配をしなくてはならないのに、今日は山登りのほうに夢中になって、忘れていたのです。

「食いものならあるぜ。昨日はアマニにご馳走してもらったからな。今日は俺が作ってやらぁ」

 とさっそく馬から調理道具や食料を下ろして、食事の支度を始めます。

 

 一方、フルートはポポロやルルと一緒に山頂の一番高い場所まで登って、周囲を注意深く見回していました。

「見つかったかい?」

 とフルートが尋ねると、ポポロは首を振りました。

「ううん、炎の馬はどこにもいないわ……少なくとも、この山頂には。どこにいるのかしら」

「ここも少し闇の匂いがするわよ。あの煙と一緒に匂ってくるみたいね」

 とルルが言いました。煙の量や匂いはたいしたことはないのですが、顔をしかめて不愉快そうにしています。フルートは腕組みしました。

「やっぱり山の中から出てくるのか……。この山の中に闇の怪物がいるのかもしれないな」

 ポポロは手を組み合わせたまま足元を見つめました。危険が迫ってきているのではないかと懸命に地下を透視をしますが、やはりそれらしいものは見当たりませんでした。

 その後も、彼らはかなり長い間、その場所に立っていました。幸い天候は良かったので、周囲がよく見渡せます。山はなだらかに黒い裾野を広げていって、やがて薄緑色の草原につながっていました。ところどころに濃い緑色の森も見えますが、あまり広くはありません。全体的に荒れ果てた印象のする場所です。以前、この山で起きた噴火が、周囲を焼き払ってしまったからかもしれません。

 すると、ゼンが、おぉいと彼らを呼びました。

「飯ができたぞ! こっちに来い!」

 そこでフルートたちはゼンたちの元へ戻りました。歩きながらフルートはもう一度山頂を振り向きましたが、やはり炎の馬は姿を現していませんでした……。

 

 ゼンが作ったのは干し肉と乾燥果物を使った煮込み料理と麦の粥(かゆ)でした。木の根で甘味をつけた黒茶も全員に配ります。アマニは匂いを嗅いでから、用心深く一口食べて、うなずきました。

「うん。不思議な匂いと味がするけど、悪くないね。これがあんたたちの料理なの?」

「どこの料理ってわけじゃねえ。俺たちは全員出身や種族が違うし、世界中あっちこっちを旅してきたから、食うものも、あっちこっちのがごちゃ混ぜになってるんだ。アマニが作ってくれた料理にも、そのうち挑戦してみるつもりだぜ」

 とゼンが言ったので、へぇ、とアマニは笑いました。

「うまくできるかな? あたしたちはずいぶん料理の修業をさせられるんだよ。食事がちゃんとおいしく作れないようじゃ、嫁に行けないからね」

「アマニも花嫁修業に料理を練習したわけ?」

 とメールが尋ねました。

「もちろん。いいお嫁さんになりたかったからね。一生懸命やったよ」

「あら、アマニには結婚したい人がいるの?」

 とルルが身を乗り出しました。アマニが笑顔でうなずいたので、メールやポポロまでが食事そっちのけで身を乗り出してしまいます。

「それって誰なの!?」

「どんな人……?」

 女の子たちはこういう話が大好きなのです。

「生まれたときからの許婚(いいなずけ)なんだ。大人になったら結婚するって決まっていたから、あたしは――」

 

 とたんに、隣で食事をしていた赤の魔法使いが言いました。

「ワ、ウ、ナイ!」

 非常に強い口調だったので、一行はびっくりしました。アマニも驚いたように言いやめ、すぐに兄をにらみつけました。

「そんな――あたしは結婚するったら! 生まれたときからの約束なんだからね! モージャだって知ってるじゃないか!」

「ワ、ダ。ウ、ナイ」

 と赤の魔法使いがまた言いました。どうやら妹の言っていることを否定しているようです。アマニの目に涙が浮かびました。それでも兄に向かって言い続けます。

「あたしは約束通りに結婚するんだよ! だから、ムパスコの男たちに求婚されても、全部断ってきたんだから! なんでそんなことを言うのさ! モージャの意地悪!」

「ワ、イ」

 と赤の魔法使いは言うと、食事を途中にしたまま、席を立ってしまいました。

 アマニが泣き出したので、フルートたちは困惑しました。ムヴア語がわかるポチに、そっと尋ねます。

「赤さんはなんて言ったの?」

「ワン、おまえの婚約者はもうこの空の下にはいないんだ、って……」

 フルートたちはいっそう困惑してしまいました。アマニや赤の魔法使いの生まれ故郷は、白い人たちに攻撃されて全滅したといいます。その時に、アマニの婚約者も死んでしまったのでしょう。アマニは死んだ人をずっと想い続けていることになりますが、こんな場面で何をどう言えばいいのか、フルートたちにはわかりませんでした。

 赤の魔法使いは、彼らから少し離れた場所で、また火の石を呼ぶ準備を再開していました。泣き続けるアマニには、目を向けようともしません。

 気まずい雰囲気のまま、山はやがて夕暮れを迎えていきました……。

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