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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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16.トカゲ

 サラマンドラは火トカゲとも呼ばれていました。全身をきらめくうろこにおおわれ、口から火を吐く怪物です。フルートたちも、これまでに何度か見たことがありました。

「ええ、あれがサラマンドラなのかい!? ずいぶん小さいじゃないのさ! ジタン山脈で出てきたヤツは、もっとすごく馬鹿でかかっただろ!?」

 と言ったのはメールでした。赤いドワーフの戦いのときに現れたサラマンドラを言っているのです。彼らの目の前にいる火トカゲは、全長が二メートルほどしかありません。

 ちっ、とゼンが舌打ちしました。

「あれはドワーフとノームが契約で呼び出した、特別なサラマンドラだ。こいつは山に棲んでる野生のサラマンドラだぞ。一緒にするな!」

「じゃあ、ゼンが歌って言うことを聞かせるってのはできないわけ?」

「できるか! サラマンドラってのはこっちが手を出さなきゃ何もしねえ、おとなしいヤツなんだが、怒り出すと手がつけられなくなるんだ。こいつは何故だか、かなり怒ってやがる。気をつけろよ!」

 斜面の上では、アマニが兄に取りすがっていました。

「モージャ! モージャ、目を覚ましてよ! モージャ!」

 妹をかばった赤の魔法使いは、サラマンドラの一撃をまともに食らい、地面にたたきつけられて気を失ってしまったのです。

 

 フルートは馬から飛び下りて、そちらへ走りました。サラマンドラが赤の魔法使いたちへ迫るのを見て、背中から炎の剣を引き抜きます。

「はっ!」

 気合いもろとも剣を振り下ろすと、その切っ先から炎の塊が飛び出しました。火トカゲの長い体に激突して、吹き飛ばします。

「やったわ!」

 とルルが歓声を上げると、ポチが言いました。

「ワン、だめです! サラマンドラに火の攻撃は効かないんですよ!」

 その通り、トカゲにぶつかった炎はすぐに消えてしまいました。地面に起き上がり、フルートに向かって口を開けて、シャアと蛇のように威嚇(いかく)します。

 すると、その頭の回りに炎がひらめきました。太い首の周りを取り囲み、吸い込まれるように消えると、口から大きな塊になって飛び出します。フルートの小柄な体が炎に呑み込まれました。アマニが大きな悲鳴を上げます。

 けれども、火が消えると、その中からフルートがまた姿を現しました。金にきらめく鎧に包まれた体は、まったく火傷を負っていません。

「火に強いもん同士の勝負か――」

 とゼンはつぶやき、すぐに赤の魔法使いへ走りました。ちょうど目を覚ました魔法使いを助け起こします。

「大丈夫か、赤さん? 怪我をしたのか?」

「ダ」

 と言って赤の魔法使いは杖を振りました。たちまちその体から傷が消え、立ち上がれるようになります。

 その間もフルートとサラマンドラは戦い続けていました。

 サラマンドラの首の周りを火の襟巻きが取り囲み、炎に変わって口から吐き出されると、フルートはひらりとかわして前へ走りました。牙をむいてかみつこうとするトカゲをまたかわして、剣で切りつけます。炎の剣で切られても、その傷は火を吹きませんでした。ただ普通の剣で切りつけたように、トカゲの体に長い傷ができて、血が噴き出します。

「火トカゲだから、炎の剣にも燃えないのね!」

 とルルが言うと、メールが答えました。

「でも、攻撃は効いてるさ! 燃やせないんなら、切り倒せばいいんだよ!」

 傷の痛みに身をくねらせるサラマンドラへ、フルートはまた走りました。もう一度剣を振り上げて切りつけようとします。

 けれども、それより早く、トカゲの首に襟巻きがまたひらめきました。ごうっと音をたてて炎がフルートへ吐きかけられます。フルートは熱には平気でしたが、炎に一瞬視界をさえぎられました。あたりが見えなくなって立ちすくんだところへ、トカゲの長い尻尾が飛んできて、フルートを殴り倒してしまいます。

 ガシャン、と地面にたたきつけられたフルートへ、サラマンドラが走りました。自分に傷を負わせた人間に飛びかかり、鎧の上から激しくかみつきます。フルートの鎧はサラマンドラの牙にも傷ひとつつきませんでしたが、何のはずみか、急に兜の留め具が顎の下で弾けました。サラマンドラがかみついた拍子に、兜が脱げて転がり落ちます。

 フルート! と仲間たちは叫びました。むき出しになった金髪の頭に、トカゲがまた襲いかかります――。

 

「レロ!」

 男の声が響いて、サラマンドラがフルートの上から吹き飛ばされました。斜面を何メートルも転がっていって、大きな岩にたたきつけられます。赤の魔法使いが杖をトカゲへ向けていました。さらに呪文を重ねます。

「ヨ、ロ!」

 サラマンドラは跳ね起きて、シュウシュウと怒りの声を上げました。首の回りにまた火の襟巻きがひらめきます。と、その炎が急に消えていきました。トカゲは何度も口を開け、頭を振りましたが、もう炎は現れませんでした。赤の魔法使いに封じ込まれたのです。

「フルート!!」

 とポポロは泣きながら駆け寄りました。自分の服の裾で、少年の額から流れ出た血をぬぐうと、その下にトカゲにかまれた傷はありませんでした。首から下げている金の石が癒したのです。

「大丈夫だよ」

 とフルートは言って立ち上がりました。ポポロを後ろにかばいながら剣を構え直します。

 サラマンドラは、炎を封じられてもまだ逃げようとはしませんでした。一行の行く手をうろうろしながら、隙を見つけて飛びかかろうとしています。

「しつこいね!」

 とメールは顔をしかめました。ゼンも眉をひそめて言います。

「俺たちを敵だと思ってやがるんだよ。ったく。なんでこんなに怒ってるんだ?」

「ワン、あいつはさっきからずっと意味のわからないことを言っているんです。食われる前に食ってやるんだ、とか」

「サラマンドラなんて誰も食べないわよ! どうにか誤解を解けないの、ポチ!?」

「ワン、話を聞いてもらえる状態じゃないですよ」

 と犬たちが言います。

 

 すると、赤の魔法使いがまた杖を振り上げました。

「ンヨ、イ!」

 とたんにアマニは驚いた顔をしました。

「え、温泉? なんでそんなものを――」

 とたんに彼らのすぐ近くで地面が裂け、そこから白い柱が立ち上りました。間欠泉です。白い蒸気と湯が巨大な噴水のように噴き上がり、すぐに熱いしぶきになって降りかかってきます。フルートたちは驚きましたが、それ以上に驚いていたのはサラマンドラでした。キーッと鋭い悲鳴を上げると、降りそそぐ熱い雨の中を、飛び跳ねるようにして逃げていきます。

 それを見送りながら赤の魔法使いが何か言いました。

「サラマンドラは水が苦手なんだって。間欠泉のしぶきが降ってきたから、それで逃げていったんだってよ……」

 とアマニが呆然としながら訳します。

 

 その時、急にルルが、くんと鼻を動かしました。あたりの匂いを嗅ぐように鼻面を上げてから言います。

「闇の匂いだわ……かすかだけど、間違いない」

 闇の匂い? と一行はまた驚きました。フルートはすぐにペンダントを引き出しましたが、金の石はただ静かに光っているだけで、闇の敵の接近を知らせてはいませんでした。

「どこに、ルル? あたしには見えないわよ」

 とポポロが言うと、雌犬は頭を振りました。

「もうしなくなったわ。間欠泉が噴き出したとたん、闇の匂いが一緒に漂ってきたの。南大陸に来てから闇の匂いはほとんどしなかったから、わかったのよ」

「とすると、闇のものがこの地下にいるっていうことか?」

 とフルートは足元を見つめ、ポポロと赤の魔法使いもじっと斜面に目を凝らしました。やがてポポロが言います。

「何も見えないわ……。ただ、山のずっと深い場所に赤い溶岩が見えているだけ。あたしは闇の気配も感じられないんだけれど……」

「ダ」

 と赤の魔法使いも言いました。その通りだ、と言っているようです。

 フルートは転がっていた兜を拾ってかぶり直すと、馬にまたがって言いました。

「頂上へ急ぐぞ。……どこかに闇が潜んでいるのかもしれない。充分気をつけていこう」

 仲間たちはうなずくと、それぞれにまた馬に乗って、山の斜面を登っていきました――。

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