フルートたちはムパスコから地上に戻ると、待っていた馬と共に、赤の魔法使いの魔法で火の山の麓(ふもと)へ飛びました。フルートたちは自分の馬に乗り、犬たちは籠に入り、アマニは兄の馬に同乗して、山を登り始めます。火の石は山頂の火口から採れるのだ、と赤の魔法使いが言ったからです。
目の前に黒々とそびえる火の山を見上げて、ゼンが感心しました。
「まったくでかい山だな。俺たちの北の峰より高いんじゃねえのか?」
「でも、木がほとんどないよ。草もあまり生えてない。岩ばっかりだ」
とメールは周囲を見回しながら言いました。麓の斜面はごつごつとした黒い岩場が続いているだけで、彼女が大好きな花や木は、ほとんど見当たらなかったのです。
「ここら一帯をおおっているのは溶岩だ。前に山が噴火してから、あんまり時間がたってねえんだろう」
とゼンが言ったので、ルルが心配しました。
「大丈夫なの? もしここで噴火が起きたら、また溶岩が流れてくるわけでしょう? 巻き込まれるわよ」
「山がそんなに急に爆発するかよ。ちゃんと前兆ってのがあらぁ。地震とか地鳴りとか、小さな爆発とかな」
すると、赤の魔法使いが何かを言いました。いつものように、ポチが通訳します。
「ワン、前にこの山が噴火したのは八年前のことだそうですよ。噴火の周期は二、三十年おきだから、当分噴火の心配はないって」
そんな話をしている間に、一行は数本の木の横を通り過ぎました。木はどれも枝葉がなく、真っ黒に枯れた幹が杭のように突っ立っていたので、フルートが言いました。
「噴火で燃えてしまったんだな。このあたりはきっと火の海になったんだ」
ポポロのほうは、魔法使いの目で山頂を確認していました。火口がぽっかりと口を開け、煙が少し出ていますが、火は見えません。確かに、今すぐ噴火する危険はなさそうです……。
岩だらけの上り坂は、どこまでも続いていました。傾斜はまだそれほどきつくはありませんが、それだけに単調な道のりです。彼らは退屈しのぎにまた話を始めました。
「それにしてもさぁ、ムパスコの人たちはどうしてあんなことをしたわけ? 赤さんがいるんだもん、火をかけたくらいであたいたちをどうにかできるわけなかったのにさ」
とメールが言うと、ゼンがうなずきました。
「まったくだな。火の石があるから火事が消せなくなるとわかってやがったのか?」
「いや、そんなはずはないだろう。ああいう場所で火事が起きたら、火はあっという間に谷全体に燃え広がっていく。火事が消せなくなるとわかっていたら、あんな真似はしないよ。なんだか妙だよな」
とフルートも言うと、赤の魔法使いが皮肉っぽく笑いました。アマニが言います。
「村のみんなは兄さんの実力を知らなかったんだよ。兄さんは確かに猫の目の魔法使いで、人一倍強力な魔法を使えたけど、それでも村にいた頃には、こんなに魔力は強くなかったんだ。修業の旅に出て鍛えてきたんだけど、村の人たちはそれを見る機会がなかったのさ」
なぁるほど、とフルートたちは納得しました。赤の魔法使いはロムドに来てからは四大魔法使いとして城を守り続けています。その間にも、魔法の力はますます強くなっていったのかもしれません。
やがて、話題は火山のことに移っていきました。世界にはいくつくらい火山があるんだろうか、とか、他の火の山はどんなふうになっているんだろうか、ということを話し合ううちに、ふと思い出したように、ポチが言いました。
「ワン、そういえば、ザカラスの近くの火の山は噴火中で、アリアンと深緑さんがそれを見張っている、って赤さんは前に言いましたよね? そっちの火の山はそんなに危険な状況なんですか?」
聞かれて赤の魔法使いが答え、アマニが通訳しました。
「一日に何度も爆発を繰り返していて、そのたびに溶岩とたくさんの煙が吹き出しているんだって。その煙が風に乗ってザカラスやロムドのほうに流れているから、お日さまの光がさえぎられて、とても寒くなっているんだってさ」
「冷害か」
とゼンが真剣な表情になり、フルートも考え込みました。
「黒い霧の沼の戦いの時のようだな。今はまだ冬だけれど、春になってもそんな感じだと、あの時のように作物が育たなくなったり、牛が乳を出さなくなったりして、ひどい飢饉になるかもしれない」
すると、赤の魔法使いがまた言いました。
「だから、アリアンって人が見張っているんだって。ロムドの王様たちも、飢饉が起きるから食べ物や干し草を蓄えておくように、ってみんなに言っているんだってよ。……それなら大丈夫なんじゃない?」
とアマニが言ったので、フルートは曖昧(あいまい)に笑い返しました。ロムド王たちがこの状況に手をこまねいているはずがないことはわかっていましたが、それでもやっぱり故郷が心配だったのです。フルートの両親が住むシルの町は大荒野にあります。天候不順が続くと、すぐ凶作に見舞われてしまう、厳しい場所なのです。
そんなフルートの気持ちを察して、ポチが言いました。
「ワン、赤さんはロムド城の白さんや深緑さんと話ができますよね。今の状況がどんなふうか、聞いてもらえませんか?」
けれども、赤の魔法使いは首を振りました。
「ここから外へ心話を使うことはできないよ。外からの心話も受け取れない。ご先祖様が大地に魔法をかけたからね」
とアマニが言います。
一行は溜息をついてしまいました。確かにここは周囲の世界から切り離された暗黒大陸でした。外の様子がまるでわからないのです。
すると、彼らの足元がいきなり揺れました。
地面の下から突き上げるような振動が伝わってきて、馬が足踏みをし、小石が斜面を転がっていきます。一同は思わず馬の上で身構えましたが、揺れはそれで終わってしまいました。すぐに何事もなかったように、静まり返ります。
「なんだ、今のは……?」
「変な地震だったわね」
と周囲を見回していると、いきなり斜面の上のほうで激しい音がして、何かが空に噴き上がりました。ばらばらと小石が落ちるような音が響きます。
「噴火!?」
と彼らはあわてて逃げ出そうとしましたが、続けて空から水しぶきが降ってきたので、驚いて立ち止まりました。斜面の上から噴き出したのは白い水蒸気でした。煙の柱のように何十メートルも空に上ってから、頭上で広がり、また地上へと落ちてきます。降りそそいでくる水しぶきは、何故か熱く感じられます――。
「こりゃ温泉だぞ!」
とゼンが言いました。温泉? と仲間たちが聞き返します。山に住まない彼らには、あまり馴染みのないことばだったのです。
「地下水が火山の熱で温められて湧き出してきてるんだよ。これは間欠泉(かんけつせん)ってヤツだな。地面の下で水が熱湯になって、時々蒸気と一緒に噴き出してくるんだ。気をつけろよ。まともに浴びたら大火傷だぞ」
とゼンに言われて、一行は用心しながら斜面を登り出しました。大回りをして温泉を避けたのですが、間もなくその行く手に別の間欠泉が現れました。やはり熱い蒸気を空へ噴き上げています。それも避けていくと、またすぐ近くの裂け目から蒸気が噴き上がります。
「ここは間欠泉だらけだ……! 早く抜けよう!」
とフルートが言い、一行は馬を急がせました。蒸気が噴き出してきそうな裂け目を避けながら、山頂目ざして登っていきます。一帯には卵が腐ったような臭いも漂っていました。温泉と一緒にガスも噴きだしているのです。それにも急かされるようにして、一行は山を登っていきます――。
ところが、一番先頭を進んでいた赤の魔法使いの馬が、突然いなないて後脚立ちになりました。乗っていたアマニが振り落とされてしまいます。
「アマニ!」
と赤の魔法使いは馬を飛び下りました。地面に落ちる前に妹に飛びつき、呪文を唱えようとします。
とたんに、うろこにおおわれた長い尻尾が飛んできて、魔法使いを殴りつけました。魔法使いとアマニが地面にたたきつけられます。
「赤さん!?」
とフルートたちは叫び、斜面を駆け上がってまた驚きました。そこに全身きらめくうろこでおおわれた大トカゲがいたからです。すすっと巨体に似合わない素早さで移動して、地面に落ちた赤の魔法使いとアマニに迫ります。
「やべぇ! あれは……」
「サラマンドラだ!」
とフルートたちは叫びました――。