フルートやゼンは、家が火事になったときに、部屋に防具や武器を置きっぱなしにして裏庭へ逃げました。今、フルートの手元にあるのは、握っていたロングソード一本だけです。
フルートは、自分の鎧兜を出してくれ、と赤の魔法使いへ言い、さらに続けました。
「炎の剣なら、鞘に剣を収めると火を大きくする力が収まります! 赤さんの火の石にも、きっとそんな方法があるはずですよね!? それを教えてください!」
赤の魔法使いは黙ってフルートを見つめ返しました。猫のような瞳は相変わらず冷ややかな色を浮かべたままです。彼は、自分たちを殺そうとした村人など、皆死んでしまえばいいのだ、と言っていたのです。
すると、ゼンがどなりました。
「無理だ、フルート! おまえが離れれば、金の石の守りがなくなっちまう! 残された俺たちが丸焼けになるんだぞ!」
「赤さんならみんなを守れる! ここは赤さんの家なんだから、赤さんの魔法は使えるんだよ! 火の石の力さえ取り除けば、村だって助けられるんだ!」
フルートの声は揺らぐことがありませんでした。黙り続けている魔法使いを、疑いもせずに見つめます。そんな二人を、アマニとポチが見比べてしまいます。
やがて根負けしたように視線をそらしたのは、赤の魔法使いのほうでした。黒い顔にかすかな苦笑を浮かべて言います。
「シャ、ワ、ナイ」
アマニとポチは思わず顔を見合わせてしまいました。猫の目の魔法使いは、金の石の勇者にはかなわないな、と言ったのです。
魔法使いが細い杖を振ると、フルートの目の前に金の鎧兜一式が現れました。黒い鞘の炎の剣がその上に載っています。
「火を消しに行くのにこの剣が必要なんですか?」
とフルートが意外がると、魔法使いはまた言いました。
「シ、リ、キナ、デ、ル。デ、セ」
「ワン、火の石は自分より大きな火に出会うと燃えてしまうんだそうです。炎の剣で石を燃やせ、って赤さんが言ってますよ!」
とポチは急いで言いました。
フルートはうなずきましたが、次の瞬間、自分が鎧兜を着ていたのでびっくりしました。二本の剣も背負っています。赤の魔法使いが魔法を使ったのです。
「ロ」
と言って、魔法使いはまた杖を振りました。とたんに赤い光の壁が現れ、彼らの周りを囲んでいきます。炎や煙は壁を越えることができません。
フルートはうなずき、背中から炎の剣を引き抜きました。祈るように両手を握り合わせていたポポロへ言います。
「火の石がどこにあるか見えているな? 場所を教えてくれ」
「あっちよ……!」
とポポロが家はあった方向を指さしました。そこでは巨大な炎がよじれながら燃え続けています。フルートは剣を握ったまま、魔法の障壁の外へ駆け出しました。燃えさかる火の中へ、恐れることもなく飛び込んでいきます――。
そこは炎の激流のただ中でした。金赤色に輝く火が湧き上がり、絡み合い、渦を巻きながら駆けめぐっています。煙もその間から湧き上がり、炎と共に空を焦がします。その中に飛び込むと、炎と煙以外のものは何も見えなくなりました。ごうごうという音だけが響き渡っています。
けれども、フルートはその火の中を平気で駆けていました。彼が着ている金の鎧は暑さ寒さを完璧に防ぎます。しかも首から下げている金の石にも守られているので、煙に苦しめられることもないのです。
「ポポロ!」
とフルートがまた叫ぶと、頭の中に少女の声が聞こえました。
「そのまままっすぐ進んで……あ、もう少しだけ右! そう、そのまま行って。火の石があるわ」
フルートは言われたとおりに進んで行きました。ごうっと巨大な炎が巻き上がり、顔面をかすめていきますが、フルートは熱さを感じません。やがて、炎の中心に拳ほどの石を見つけます。
「これか!?」
とフルートはまたポポロに尋ね、そうよ! という返事を聞くと、握っていた剣を振り上げました。石は炎の中で赤く黒く明滅していました。まるで火山から流れたばかりの溶岩のようです。フルートはそれに向かって剣を振り下ろしました。火の魔力を持つ刃が、石を真っ二つにします――。
次の瞬間、石は激しく燃え上がりました。火が平気なはずのフルートが、思わず後ずさったほどの勢いです。巨大な炎が空に高々と伸び上がります。
すると、その中から一匹の獣が姿を現しました。全身を火に包まれた馬でした。赤く輝く炎のたてがみと尾をなびかせて、フルートの目の前に立ちます。
フルートは驚きました。この馬とは、ずっと以前にも会ったことがあります。フルートが勇者として旅立ったときに、火の山まで連れていって、炎の剣と引き合わせてくれたのです……。
「炎の馬」
とフルートが思わず言うと、馬は賢そうな金色の目で見つめ返してきました。男性のようにも女性のようにも聞こえる、不思議な響きの声で言います。
「あなたたちの手助けが必要です、金の石の勇者。ムヴアの魔法使いと共においでなさい」
そう言っている間にも、周囲から炎が襲いかかってきて、馬を包んでしまいました。炎の馬!? とフルートがまた叫ぶと、声だけが聞こえてきます。
「火の山へ――金の石の勇者。私はそこで待っています」
とたんに、炎が消えました。突然強い雨が降り出したのです。ムパスコの上空を厚い黒雲がおおい、谷やその先の畑や村に雨を降らせていました。激しく燃えていた火が、たちまち小さくなって消えていきます。
魔法の障壁の内側で、赤の魔法使いが杖を持った手を高くかざしていました。魔法で土砂降りの雨を降らせて、火事を消しているのです。炎の馬の姿も、もう消えていました。焼け跡にはフルートが一人きりで立っています……。
「フルート!」
「やったな!」
と仲間たちが歓声を上げて駆けてきました。火が消えたばかりの焼け跡は、いたるところから白い煙を上げてくすぶっています。まだ熱を持っている場所を踏んだ犬たちが、キャンキャンと悲鳴を上げて飛び跳ねます。
夢を見ているような顔のフルートへ、ポポロが飛びついてきました。真剣な表情で言います。
「聖獣が現れたわね……。あれは炎の馬だったわ」
フルートは我に返ってうなずきました。強い雨は彼らをたたき続けていましたが、そんなことは気にせずに言います。
「ぼくをこの剣と引き合わせてくれた馬なんだ。ぼくたちの手助けがほしい、って言っていた。火の山で待っているから、って」
火の山? と仲間たちは驚きました。
「火の山って言やぁ、中央大陸のエスタ国の南にある火山のことじゃねえか。あんなところまで来いって言ってたのか?」
とゼンが言いました。ここからエスタ国までは、気が遠くなるほどの距離があります。
そこへアマニと赤の魔法使いもやってきました。話を聞きつけて、アマニが言います。
「火の山なら、この近くにもあるよ。ムパスコと東海岸の間にあって、しょっちゅう噴火を起こしてるんだ」
すると、赤の魔法使いも言いました。
「ザカラス、クノ、マモ、ダ」
へぇ、とアマニが振り向きました。
「ザカラスって国の近くにも、火の山って呼ばれる山があるの?」
「ワン、そういえば、赤さんが前に言ってましたよね。噴火の火山灰のせいで、ザカラスの港が凍りついてしまったから、もっと南のセイマ港まで来たんだ、って。それが火の山のことだったんだ」
とポチが思い出します。そのために、赤の魔法使いはセイマで戦っていたフルートたちと出会うことができたのです。
一同は顔を見合わせてしまいました。
「いったいどの火の山に行けばいいわけ?」
とルルが首をひねります。
すると、赤の魔法使いが地面を見ながら言いました。
「ド、シガ、ル。シ、ノ、マ、ル」
そこにはフルートが剣で切った火の石が落ちていました。まっぷたつになった石は、黒く燃え尽きて、ただの溶岩のかたまりのように見えています。
「ワン、占いをするのに、もう一度火の石を手に入れなくちゃいけないって。火の石は近くの火の山にあるんだそうですよ」
とポチが通訳したので、一行は行き先を決めました。
「南大陸の火の山に行こう。炎の馬だって、ここまで来ていたんだ。きっと南大陸の火の山のことを言っていたんだと思う」
とフルートが言います。
「その前に、俺たちの装備と武器を探し出さなくちゃならねえぞ! 魔法の道具だから、まさか焼けたりしてはいねえと思うんだが」
とゼンが家のあった場所をきょろきょろ見回しました。降り続く雨の中、焼け落ちた柱や積もった灰が煙を上げてくすぶり続けています。
すると、赤の魔法使いがまた杖を振りました。とたんにゼンは青い胸当てをつけ、腰には青い小さな盾とショートソードを、背中にはエルフの弓と矢筒を装備していました。フルートの左腕にも丸い大きな盾が現れます。赤の魔法使いが焼け跡から探し出してくれたのです。ゼンが言っていたとおり、猛火に遭っても、少しも損なわれていませんでした。
ポポロは肩から下げていた小さな鞄を、そっとなでました。燃える家から飛び出すときに、これだけは持って逃げたのです。鞄は以前フルートに買ってもらったもので、中には姿隠しの肩掛けが入っていました。ポポロにとっては、とても大切なものです。
「よし、それじゃ行こう」
とフルートが言うと、赤の魔法使いがまた杖を振りました。一同の姿が谷の中から消えます。魔法で一気にムパスコの外へ飛んだのです。
やがて土砂降りの雨が弱まり、小雨になると、谷に村人がやってきました。谷へ火をかけた連中とは別の人々です。
雨はムパスコに燃え広がった火も消していました。人々は焼け跡をたどりながら、赤の魔法使いの家があった場所までやってきて、あたりを見回しました。どんなに探しても、赤の魔法使いやフルートたちを見つけることはできません。
「いったい何がどうしたというんだ?」
と村人たちは首をひねっていました――。