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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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13.火事

 フルートは夢を見ていました。

 どこなのかよくわからない場所に、異国風の服を着た小さな少年が立っています。その髪と瞳は、鮮やかな金色です。

「金の石の精霊」

 とフルートは言いました。彼が首から下げているペンダントにはめ込まれた、守りの魔石の精です。

 すると、少年は大人のような表情でフルートを見上げて言いました。

「目を覚ませ、フルート。敵の襲撃だ」

 えっ? と驚いたとたん、夢の中にゼンの大声が響きました。

「起きろ、みんな!! 火事だ――!!!」

 

 フルートや仲間たちはいっせいにベッドから跳ね起きました。

 ゼンは窓際に立って外を見ていました。まだ夜明け前なのに、開け放った窓の向こうは昼のように明るくなっていて、ぱちぱちと木の弾ける音が聞こえてきます。ポチとルルはたちまち顔をしかめました。

「ワン、きな臭い!」

「本当だわ! 火事よ!」

 メールがゼンの隣へ駆けつけて言いました。

「木や草が叫んでるよ! 火をつけられた、って――!」

 そこへ奥の部屋から赤の魔法使いとアマニが飛び出してきました。魔法使いは玄関へ走って戸を開け放ち、森が燃えているのを見て声を上げました。

「ラ、ナ! ス、ダ!」

「嘘、村のみんなが火をかけたって言うの!? そんな馬鹿な!」

 とアマニが言います。

 赤の魔法使いの家は枝分かれした短い谷の奥に、一軒だけ離れて建っていました。その谷の入口で森が炎を上げていたのです。風は谷の奥へ向かって吹いていました。見る間に炎がこちらへ広がってきます。

「燃え広がってくる! 逃げないと!」

 とフルートは外へ飛び出そうとしました。手には剣を握っています。燃える木や草を切り払って、活路を開こうとしたのです。

 すると、その腕にポポロが飛びつきました。

「だめ! 待ち伏せされてるわ――!」

 ポポロの魔法使いの目は、谷の入口に十数人の人影を見つけていました。背が低くて黒い肌をした、ムパスコの男たちです。手に手に槍や弓矢を構え、鋭い目つきでこちらを見ています。火を逃れてフルートたちが飛び出してきたら、攻撃しようとしているのです。男たちの中央では、二人の男が大きな壺(つぼ)を倒して、口をこちらへ向けていました。壺の中から噴きだしてくるのは強い風です。

 赤の魔法使いが、怒りに充ちた声でまた何かを言いました。

「ワン、村人が魔法の壺で、火をこっちへ送ってきているって――! ぼくたちを焼き殺そうとしているんだ!」

 とポチが訳し、他の者たちは青ざめました。

「採石場では風の壺を買ったんだよ。坑道に風を送るために。それを使ってるの……?」

 とアマニが震え出します。村人が本気で自分たちを殺そうとしているのだと悟ったのです。

 火は風にあおられて谷いっぱいに広がっていきました。炎の壁が目の前に広がり、正面に逃げ道がなくなってしまいます。

 

 ルルが天井を見上げて叫びました。

「火が燃え移ったわよ!」

 ヤシの葉でふいた屋根に火の粉が飛んで、屋根が燃えだしたのです。火はみるみる広がっていきます。

「ラ、ロ!」

 と赤の魔法使いが叫んで身をひるがえしました。家の裏口から外へ飛び出していきます。そこから逃げろ、と言われたのだと察して、フルートたちも後に続きました。裏庭へと飛び出します。

 けれども、そこはあまりに狭い場所でした。両脇から絶壁が迫り、ひとつにつながって行き止まりを作っています。家から谷の行き止まりまで、わずか数メートルの距離しかありません。

 そこへ、風がどっと吹いてきました。黒煙が一気に押し寄せてきて、彼らは激しく咳き込みました。煙であたりが見えなくなってしまいます。

「苦しい――」

 とメールが細い体を折り曲げてうめきました。煙で息ができなくなったのです。ゼンはそれを抱きかかえてどなりました。

「なんとかしろよ、フルート! ポポロの魔法なら、火を消せるだろうが!」

「やってるのよ……! でも、だめなの!」

 とポポロが泣きながら言いました。先ほどから魔法で火事を消そうとしているのに、どうしても火が収まらなかったのです。

「私たちも変身できないわ!」

 とルルが叫びました。全員を乗せてその場から逃げようとしたのに、風の犬になれません。

「コ、ワ、エダ。ノ、ホウ、ナイ」

 と赤の魔法使いが言いました。

「ワン、ここは赤さんの家だから、他の魔法は使うことができないんだそうです――じゃ、どうすればいいんですか!?」

 とポチが声を上げました。家は彼らの目の前で激しく燃えていました。炎と熱気が裏庭の彼らへ迫ってきます。

 

 フルートは着ていた服の内側からペンダントを引き出しました。金の透かし彫りの真ん中で輝く石へ呼びかけます。

「金の石! みんなを守れ!」

 とたんにペンダントは淡い金の光を放ち、そこにいた全員を包み込みました。押し寄せる炎も煙も、その中へは入り込めなくなります。

 全員は、ほっとしました。メールが大きな息をして言います。

「ああ、楽になったよ……」

 アマニが兄に飛びつきました。

「モージャ、この火を消してよ! モージャならできるはずだよ!?」

「シ、ジオ、ル。シ、ク、ル」

 と赤の魔法使いは答えました。難しい表情で炎を見つめています。なんだって? とフルートたちに聞かれて、ポチが通訳しました。

「ワン、火の石が庭にあるから、火事が大きくなっているんだそうです。火の石を取り除かないと、火は消えないって」

「モージャにはできないの!?」

 とアマニが言い続けていました。赤の魔法使いが首を振って何かを答え、ポチがまた通訳します。

「ワン、占いをするために火の石を燃やしている最中だったから、赤さんの魔法では石を停められないんだそうです。石がある限り、ずっと火は燃え続けるって――」

 そんなぁ!! と彼らは叫んでしまいました。炎はごうごうと音をたてて燃え上がっています。家も谷の草木も火に呑み込まれて、燃えるものはすっかり焼けてしまったのに、火はいっこうに弱まりません。

 ポポロは谷の入口の男たちを魔法使いの目で見ていました。魔法の壺を起こして風を停めても火の手が収まらないので、彼らも青くなって驚いていました。火事に気づいた村人が駆けつけて、川の水をかけ始めますが、文字通り焼け石に水の状態でした。

 やがて、風向きが変わりました。狭い谷が炎でいっぱいになったので、炎が渦を巻き、巻き起こった風が上空や谷の出口へ吹き始めたのです。

 押し寄せる熱い風に村人たちは飛び上がりました。男たちがまた風の壺を倒して熱風を押し返そうとしますが、壺から出る風より、谷から吹いてくる風のほうが勢いは上でした。炎が長い舌のように伸びてきたので、男たちは大あわてで逃げだしました。残された壺は火にさらされ、やがて粉々に破裂してしまいます。

 

「火が谷から吹き出す――! 村が火事になるわ!」

 とポポロは叫びました。炎が風に乗って、一気に村へ襲いかかっていく様子が見えたのです。トウモロコシ畑に火が飛んで燃え出します。

 アマニは赤の魔法使いにすがりついて叫び続けました。

「モージャ、火を消してよ! ムパスコ中が火事になっちゃうよ! みんな死んじゃうよ!!」

 赤の魔法使いは、じっと炎を見つめていました。猫のような金の瞳が、赤い炎を冷ややかに映しています。

「ド、ネ、イ」

 という返事に、アマニとポチは思わず息を呑みました。赤の魔法使いは、こんな村の連中など死んでしまえばいいのだ、と言ったのです……。

 すると、フルートが赤の魔法使いを振り向きました。フルートにムヴアのことばはわかりません。彼がなんと言ったのか知らないまま、こう言います。

「赤さん、ぼくの鎧兜をここに出してください! ぼくがこの火を消してきます――!」

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