日が暮れてから、フルートたちは赤の魔法使いの家で夕飯をご馳走になりました。アマニが腕によりをかけて準備した料理が、ランプに照らされたテーブルに並びます。
テーブルの真ん中に置かれた白い丸い物体を見て、彼らは目を丸くしました。丸いケーキのようにも見えますが、正体が全然わかりません。ポチとルルが鼻をくんくんさせて言いました。
「ワン、トウモロコシの匂いがする」
「ほんと。世界一の星空のトー湖でご馳走になった、トウモロコシのパンと同じ匂いだわ」
すると、アマニが得意そうに言いました。
「これがあたしたちの主食だよ。白いトウモロコシの粉に熱湯を加えてこね上げるんだ。そっちの野菜の煮込みや山羊の焼き肉と一緒に食べな。おいしいよ」
赤の魔法使いはもう食事を始めていましたが、皿に取り分けた料理を手で混ぜて食べているので、メールがまた驚きました。
「へぇ、ナイフもフォークもスプーンも使わないんだ」
「それがどうした。俺たちだって、時間がねえ時にはなんでも手づかみだろうが」
「食べやすい大きさになってるから、なくても困らないよ」
「あたしは、ユラサイの箸よりこっちのほうが楽……」
そんなことを話し合いながら、フルートたちも食事を始めました。どれも彼らがこれまで食べてきたものとは違う味がしましたが、けっこうおいしいと感じます。特に犬たちは自分たちの口に合っていたので大喜びでした。
「ワン、ぼくはこれからずっとこの練り粉のケーキでもいいなぁ」
「そうね。肉もたっぷりだし最高だわ!」
と食卓が賑やかになります。
各自の皿に煮込みや肉のお代わりをのせながら、アマニが兄に尋ねました。
「占いの準備にはあとどのくらいかかりそう、モージャ?」
「ブ、タ。スノ、ゴ、ワ、エル」
「明日の午後になるの? ずいぶん時間がかかるんだね。大がかりな占いなんだ」
とアマニが驚くと、シ、ヤス、と赤の魔法使いがまた言います。
ポチは食事の皿から顔を上げました。
「ワン、火の石の火をおこさなくちゃいけない――? それってどういうことですか?」
それに対して赤の魔法使いが答えましたが、例によって、そのことばはポチとアマニにしかわかりません。
「なんだって?」
とフルートに聞かれて、ポチが通訳しました。
「ワン、今回の占いには火の石っていうのも必要なんだけど、ずっと放っておいたから、石の火が小さくなっているんだそうです。それを大きくするのに時間がかかるから、明日の午後になるだろうってことらしいですよ」
「火の石?」
と今度はメールが不思議がったので、ゼンが言いました。
「魔石の一種だよ。俺が持ち歩いてる灯り石に似たようなヤツで、そっちは火の力を持ってるんだ。フルートの炎の剣にも使ってあるんだぞ」
それを聞いて、フルートはあわてて椅子の下から自分の剣を取り上げました。黒い柄や鞘(さや)にはめ込まれた赤い石を示して、これ? と尋ねます。
「そう。ただ、そいつは自分が火を出すんじゃなくて、近くにある火を強くする力があるんだ。その鞘を焚き火のそばに置いたりすると、火がでかくなるのはそのせいだ。石が赤くなってるほど、火の力もでかくなるのさ」
へぇっと仲間たちは感心しました。少し考えてから、フルートが言います。
「この剣は切ったものを燃え上がらせるし、炎の弾も撃ち出せる。それは、この鞘の石が剣に火の力を与えていたからなんだな」
「ま、そういうことだ」
とゼンは答えて、またがつがつと皿の料理を平らげました。その様子に、ルルがあきれて言います。
「私たちの中では、ゼンが火みたいね。ほんと、食いしん坊なんだから」
中央大陸には「火のような大食漢」ということわざがあったのです。
フルートは改めて炎の剣を眺めました。この剣が自分のものになってからずいぶんになりますが、剣の構造などほとんど考えてこなかったことに、今さらながら気づきます……。
その夜、彼らは赤の魔法使いの家に泊まりました。彼が魔法で寝場所を作ってくれたので、全員がそれぞれベッドに横になります。家には奥の部屋もあって、赤の魔法使いと妹のアマニはそちらで休みました。積もる話があるのか、扉の向こうからは、いつまでも二人の話し声が聞こえてきます。
フルートたちも、宿屋のように居心地の良い寝床に潜り込み、毛布から頭を出して話し合いました。部屋に彼らだけになったので、ようやく本当に話したいことを口にできるようになったのです。
「明日には赤さんが竜の宝について占ってくれる。いよいよだな」
とフルートが言うと、メールが首をかしげました。
「ねえさぁ、今までも何度も竜の宝の手がかりがつかめるかと思ったけど、そのたびに空振りに終わったよね。全然違うものだったり、デビルドラゴンが世界にばらまいた罠のことだったり……。今回は赤さんの故郷まで来たし、フルートもかなり期待してるみたいだけどさ、だからって竜の宝の手がかりがつかめるとは限らないんじゃない?」
フルートは真面目な顔でうなずきました。
「もちろん、ここまで来たから絶対手がかりがつかめるとは限らない。南大陸は暗黒大陸と呼ばれているけど、それがユウライ戦記にあった闇の大地のことかどうかは、わからないわけだしな……。でも、ぼくはやっぱりここなんじゃないかと思っているんだ。南大陸は、先の光と闇の戦いのときに、ムヴアの術で大陸を閉じた。ムヴアの術は、光にも闇にも破ることができない魔法だから、光の軍勢がデビルドラゴンの力を持つ竜の宝を隠すには、ちょうど良い場所だったような気がするんだよ」
「南大陸は戦場にならなかったから、荒らされていなかったでしょうしね」
とルルがポポロのベッドの上から言うと、ポポロもうなずきました。
「戦争があった場所は、殺し合いでたくさんの血が流されるから、どうしても闇に染まっていくわ。そこにデビルドラゴンの宝を隠したら、きっとすぐにデビルドラゴンや手下の闇の怪物が見つけ出してしまったと思うの。闇に染まっていない場所に隠すっていうのは、とてもありえるわよ……」
ふーむ、とゼンはうなりました。ベッドに寝転がり、頬杖をつきながら言います。
「要するに、南大陸は光でも闇でもない場所だったから、竜の宝を隠しやすかったんじゃねえか、ってことだな? で、それがそうだとしてよ、次の問題は、赤さんの占いでそいつが見つかるのかってことだ。赤さんの力を疑ってるわけじゃねえが、相手はどんな形をしてるのか、得体の知れねえもんだぞ。物なのか生き物なのかもわからねえから、ユギルさんにさえ占えなかったのに、赤さんにわかるもんなのか?」
すると、フルートのベッドの上から、ポチが言いました。
「ワン、南大陸の中に古い闇の気配を探してみる、って赤さんは言ってましたよ。時期は今から二千年前とはっきりしているわけだし、外から闇の怪物や闇の民が入れないようにしてあったのに、その時代の闇の痕跡が南大陸に残っていたら、それが怪しいことになるから、って」
なるほど、と一同は納得しました。デビルドラゴンの力を持つ宝であれば、闇の気配も非常に強いはずです。どんなに用心深く隠してあっても、見つけ出せそうな気がします……。
やがて、彼らは次第に眠くなってきました。
この日は早朝からずっと馬で移動してきたし、ムパスコに着いてからも珍しいものや意外なことの連続だったので、かなりくたびれていたのです。話の途中で次々に眠り始めてしまいます。
最後まで目を覚ましていたのは、フルートとゼンでした。少女たちや犬たちが寝てしまったのを確かめてから、ゼンが言います。
「竜の宝を知るのも、もちろん大事だけどな、この村の連中の感じはあんまり良くねえぞ。昔、北の峰の連中が俺にとっていた態度みたいだ。赤さんを警戒して、機会があれば追い出そうとしてやがるんだぞ」
うん……とフルートはうなずきました。彼も村人には用心しなくてはならないと考えていたのです。
「特に、赤さんに切りかかってきた人は、ぼくが防いだ後も、ずっと赤さんをにらみ続けていたからな。一応、四日間は待つと約束してくれたけど、いつそれを反故(ほご)にして、ぼくたちを追い出そうとするか、わからない感じだ」
「急いだほうがいいぞ。この村に来てからずっと、俺の首の後ろがちくちくしてやがる」
「うん。でも、赤さんにだって準備の段取りがあるわけだから、急ぐのにも限界はある。とりあえず、油断だけはしないようにしよう」
そう言って、フルートたちは話を終えました。赤の魔法使いとアマニももう眠ってしまったのか、隣の部屋から話し声は聞こえなくなっていました。フルートとゼンも目を閉じ、あっという間に眠りに入っていきます。
けれども、寝入りばなに、ゼンはまた自分の首筋の後ろをなでました。相変わらず、野生の勘が警告を発しているのです。
魔法使いの家の外では、虫やカエルが夜通しずっと鳴き続けていました――。