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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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9.思い出話

 「あたしとモージャはね、もともとはこのムパスコの生まれじゃないんだ」

 とアマニは言いました。小さな体でベッドにちょこんと座り、細い黒い足をぶらぶらさせているので、子どものように見えてしまいますが、彼女はれっきとした大人です。自分を見つめる少年少女や犬たちへ、落ち着いた声で話します。

「ムパスコと同じムヴア族なんだけど、もっと東のほうの海の近くに住んでいてね、猫の目族って呼ばれていた。大昔からすごい魔法使いが出てくる部族で、その人は猫の目になっているから、すぐにそうだとわかるんだ」

「ワン、それじゃ、赤さんの目は特別だったんですか! それで、みんなは普通の目をしていたんだ!」

 とポチが声を上げ、全員は思わず赤の魔法使いを見てしまいました。金色の猫の瞳をした魔法使いは、彼らの話など気にする様子もなく、棚から物を選び出したり、家中の戸棚や箱から何かを取り出したり、忙しく動き回っています。

 アマニがうなずきました。

「他にも、いろんな部族があるんだよ。蛇の目族とか、鷹の目族とか。やっぱりそういう目をした強い魔法使いが出てくる種族なんだ。このムパスコにも山羊(やぎ)の目族と、象の目族がいたんだけど、百年前を最後に、そういう魔法使いは生まれなくなっちゃった。大地の力が弱っちゃったからなんだ」

「何故、大地の力は弱ったんですか?」

 とフルートは尋ねました。先ほどから、アマニは南大陸の魔法の力は弱くなった、大地の力が弱まったからだ、と繰り返しています。

「大昔の魔法使いたちが、大地に魔法をかけたからさ。外から悪い奴らや悪い動物が入ってこないように、ってね。それで本当に悪い奴らは来なくなったけれど、その代わり、大地も少しずつ力をなくしていったんだ。大昔は、ムパスコの外は一面緑の草原だったし、今、草原になっているところはジャングルだったって言うんだけど、今はそんなものは、どこにもないんだよ」

「魔法をさえぎる魔法で大陸を包んだからだわ――」

 とポポロが言いました。

「世界は魔法の力で大きく循環しているの。太陽や水や風の力も大切だけど、魔法の力がないと、命はよく育っていかないのよ。それを遮断してしまったから、外からの魔法の力が届かなくなって、南大陸はだんだん力を失ってしまったのね」

 

 アマニは肩をすくめて両手を広げました。つややかな黒い肌の中、手のひらだけは白い色をしています。

「あんたたちって、すごく難しいことを知ってるんだね……。兄さんは久しぶりで生まれた、猫の目の魔法使いだったんだよ。だから、兄さんが生まれたときには、村中で一ヵ月もお祝いをしたんだって。あたしはまだいなかったから、全然知らないけどね。でも、猫の目族は、今から二十年前に村ごとなくなっちゃった。白い人たちに殺されたんだよ」

 フルートたちはアマニの前の床に座り込んでいましたが、それを聞いて仰天しました。

「殺された!? 何故!?」

 とフルートが思わず叫ぶと、赤の魔法使いが、ちらりとこちらを見ました。

「メウペ、オ、タ」

 と言うと、山のような占いの道具を抱えて、裏口から外へ出ていってしまいます。

「ワン、白い人たちから疑われたんですか? どうして?」

 とことばを聞き取ったポチが、アマニに尋ねました。

「あたしはその頃まだ一つになったばかりだったから、全然覚えてないんだけどね。取引に来ていた白い人たちと猫の目族の人たちの間で、もめ事が起きたらしいんだ。白い人たちの中に怪我人が出て、猫の目族のせいだと思われたんだって。白い人たちは武器を持っていたし、その中には魔法の武器もあったから、猫の目族はかなわなくて全滅しちゃった。兄さんもまだ六つだったから、今みたいには魔力が強くなくて、あたしと二人で逃げるのが精一杯だったんだ。あたしを抱いたまま、魔法で火の山まで飛んで逃げたんだって」

 フルートたちは何も言えなくなりました。金色の猫の目をした黒い少年が、短い腕に幼い妹を抱き、襲撃を受けた村から必死で逃げていく様子が思い浮かびます――。

 

「それで……そのことが原因で、赤さんはお尋ね者にされてしまったんですか?」

 とフルートはまた尋ねました。先ほどアマニが、兄さんは自分を助けようとしてくれただけなのに犯罪者にされてしまった、というようなことを言ったからです。

 ううん、とアマニは首を振りました。

「それは、その時のことじゃないよ。もっと後のことさ――。あたしたちは親も親戚もいなくなっちゃったから、遠縁がいるこのムパスコに引き取られたんだ。兄さんは猫の目の魔法使いだから、誰よりも強い魔法が使えた。だから、採石場で朝から晩まで働いていたよ。切り出した岩を魔法で上へ運んだのさ。あたしは羊の番をしてた。でも、羊を逃がすと殴られるから、羊が見えなくなると、すぐ兄さんのところに駆けていって、魔法で見つけてもらったんだ。そうすると、今度は兄さんが、さぼるなって監督から叱られるんだけど、兄さんは平気な顔してたな。兄さんは仕事をしながら、綺麗な石とか珍しい木の実とかを見つけてお土産に持ってきてくれたから、夕ごはんの後で、ベッドの後ろに隠れてこっそり二人で見るのが、すごく楽しみだったんだよ」

 アマニの話は少々脱線していましたが、誰もそれを注意することはできませんでした。アマニたちが引き取られた先も、おそらく貧しい家だったのでしょう。兄妹は小さいうちから働かされて、遊ぶことさえ許されなかったのですが、そんな中でも小さな楽しみを見つけては、二人で分けあっていたのです。

 アマニは足をぶらぶらさせながら話し続けていました。

「毎日仕事は大変だったけど、あの頃は楽しかったな。兄さんがいつもすぐ近くにいたからね。だけど、ムパスコの暮らしはますます苦しくなっていってさ。とうとう、いくら種をまいても、トウモロコシが実らなくなっちゃったんだよ。ムートは流れているし、光もあるのに」

「ワン、ムートって? 神様ですか?」

 とポチが口をはさみました。さっき、赤の魔法使いが村人に言われて誓っていた対象です。

「川のことだよ。ムパスコの真ん中を流れてる。ムートがあるから、あたしたちはここで生きていける。だから、ムートはあたしたちの神様と同じなんだけど、いくらムートの水があっても、全然作物が育たなくなっちゃったんだ。この大地の種ではもうだめなんだ、って大人たちは話し合っていたよ」

「命を生み出す魔法が完全に弱ってしまったのね」

 とルルがささやき、ポポロはうなずきました。この谷の外は、一面乾いた荒野になっています。当時のムパスコも、そんな景色になっていたのかもしれません。

 

「それでね」

 とアマニは話し続けました。黒い瞳は、目の前にいるフルートたちではなく、遠い昔の出来事を見つめています。

「ムパスコの人たちは集まって相談をして、ことばを変えることにしたんだよ。外の人たちが話している、このことばにね――」

 思いがけない話に、フルートたちは目を丸くしました。

「なんでだよ?」

 とゼンが尋ねます。

「石を買ってもらうためだよ。石を高く買ってくれるのは外の白い人たちだから、外のことばを話せたほうがうまくいく、って大人たちは言っていた。でも、ムヴアのことばを捨てて外のことばを話すようになると、魔法は使えなくなっちゃうからね。話し合いはずいぶん長い間続いたんだよ」

「外のことばになると魔法が使えなくなっちゃうのかい!? どうして!?」

 とメールがまた驚くと、ポポロが答えました。

「南大陸の魔法は、本来のムヴアのことばがないと発動しないからよ……。外のことばは、もともとあたしたち天空の民が話していたことばなんだもの、ムヴアの魔法を引き起こす力はないわ」

「ことばを変えるってことは、南大陸の人たちにとっては、自分たちの魔法を捨てることになるのか」

 とフルートも驚きます。

 すると、ゼンが首をひねりました。

「でもよ、ことばってのは、そんなに簡単に変えられるもんなのか? 例えば、俺たちが赤さんのことばを覚えようとしたって、なかなかできねえだろうが」

「その頃は、みんなまだ少しは魔法が使えたからね。自分で自分に魔法をかけて、外のことばに変わったんだよ。あたしも自分でやったよ。あれが最後の魔法だったな」

 とアマニは言って笑いました。少し淋しそうな笑顔です。

「ワン、だけど、赤さんは今でもムヴアのことばを話してる。ってことは、赤さんだけはことばを変えなかったんですね」

「それはそうよね。あれだけ強力な魔法が使えるのに、ことばを変えたら、もうそれが使えなくなっちゃうんですもの」

 とポチとルルが納得します。それが、赤の魔法使いだけがことばの違う理由だったのです――。

 

 アマニは話し続けました。

「とてもたくさんの人が、兄さんにことばを変えろって言って迫ったよ。みんなが外のことばになったんだから、おまえも同じになれ、ってね。前に魔法が得意だった人ほど、強く勧めてきたけど、兄さんは頑(がん)として聞かなかった。そして、ムパスコの端のこの谷に家を建てて、一人で暮らすようになったんだ」

「なんでそんなこと言ったんだよ? 自分たちはもう魔法が使えなくなったんだから、一人くらい魔法が得意なヤツが残っていたほうが、便利だろうが」

 とゼンが不思議がると、フルートが考えながら言いました。

「自分たちが魔法を使えなくなってしまったからだよ……。自分にできなくなったことをできる人がいるってことが、我慢できなかったんだ、きっと」

 アマニは大きくうなずきました。

「そう。みんな、兄さんが魔法で家の財産や畑の作物を盗んでいくんじゃないか、気に入らない人間に呪いをかけるんじゃないか、って疑ってばかりいたんだよ。兄さんは絶対そんなことはしないのにさ!」

 それを聞いて、ゼンとメールは頭を振りました。人間ってヤツはまったく――という表情をします。

「それで、赤さんは村の人たちと仲が悪くなってしまったんですね。だから赤さんは南大陸を離れたんですか」

 とフルートは言い、思わず溜息をつきました。無口の上に異国のことばしか話せない赤の魔法使いですが、ずいぶんと大変な過去を抱えていたものです。

 

 すると、アマニが言いました。

「兄さんが外へ出て行ったのは、そのせいじゃないよ。あたしのことを白い人間から取り戻したからなのさ」

「取り戻した?」

 とルルが聞き返します。

「うん。あたしね、外の白い人間に売られたことがあるんだよ」

 黒い肌に縮れた長い黒髪の女性は、そう言って目を閉じました――。

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