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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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8.魔法使いの家

 ムパスコの亀裂は全長が五十キロもあるのに、幅はわずか二百メートルほどしかありませんでした。それでも、ところどころに幅がもっと広がっている場所があり、亀裂が枝分かれしているところもありました。赤の魔法使いが向かっていったのは、そんな枝道の一本でした。草や木におおわれた道を進んでいくと、北へ向かう狭い谷の行き止まりに、崩れた家の残骸が山積みになっています。

「ここが赤さんの家だったところ?」

 とメールが尋ねると、アマニがうなずきました。

「そうだよ。兄さんは六年前に村を出て行くまで、ずっとここに一人で住んでたんだ。――占えそう、モージャ?」

 赤の魔法使いは瓦礫(がれき)になった家の前に立って見回していました。何かを探しているような様子なので、ゼンは倒れた柱を持ち上げようとしました。アマニの小屋と同じように、彼らの体に合わせた家なので、柱もそれほど長くはありません。怪力のゼンには全然問題ない大きさだったのですが、柱はまったく動きませんでした。ゼンが顔を真っ赤にして持ち上げようとしても、地面に貼り付いてしまったようにびくともしません。

 アマニが笑いました。

「無理だよ、上がりっこない。兄さんの家には大事なものがたくさんあったから、盗まれたりしないように、誰にも動かせない魔法を家にかけていったんだ」

「レ」

 と赤の魔法使いが言い、ポチが通訳しました。

「ワン、さがっていなさい、って」

 そこでフルートたちは瓦礫になった家から離れました。邪魔にならない場所から、魔法使いのすることを見守ります。

 赤の魔法使いはどこからか杖を取りだしていました。いつも彼が使っている、細いハシバミの杖です。あれ、とアマニが目を丸くしました。

「モージャったら、術具を変えたんだ? そんなので魔法が使えるの?」

 赤の魔法使いは何も答えませんでした。ただ杖を瓦礫に向けて、呪文を唱えます。

「ワ、レシ、エ、トニ、レ!」

 

 すると、瓦礫の中で、ずずずっと引きずるような音が始まり、じきにあたりがとても騒々しくなりました。きしむ音、ぶつかる音、こすれて動く音……それは瓦礫の山の中から響いていました。それまで少しも動かなかった柱がひとりでに立ち上がり、細い竹が何本も自分から飛び上がって横木になり、屋根の形をとって、家の骨組みを作っていきます。

 さらに、土が吸い寄せられるように集まっていって飛び上がり、壁に変わっていきました。枯れてぼろぼろだったヤシの葉が舞い上がり、大きな羽根のように屋根をおおったと思うと、緑色に変わります。意味ありげな模様を絵の具で描いた木の扉や窓も現れます。

 最後に半ば折れていたヤシの木が伸びていって、頭上で大きな葉を広げると、赤の魔法使いの家はすっかり元通りになりました。荒れた感じは跡形もなく消えてしまって、ずっと人が住み続けていたように見えます。

 おおっとフルートたちは感嘆の声を上げました。

「さすが赤さんだよな。すげぇ魔力だぜ」

 とゼンが感心すると、ポポロが興味深そうに周囲を見回して言いました。

「家が元に戻る間、魔法の力がこの谷中に共鳴していたわ。あたりの自然すべてが力を貸している感じ……。赤さんは、ここにいると魔力がずっと強くなるのね」

「だから、赤さんはここに占いに来たんだな。他の場所より、よく見ることができるから」

 とフルートも言います。

 

 赤の魔法使いは扉を開けて家に入っていきました。ついてこいと言われなかったので、フルートたちがとまどっていると、アマニが拳で手招きします。

「おいでよ、中に入ろう。兄さんは魔法に夢中になると、すぐに他の人のことを忘れちゃうんだ」

 そこで一行は家の中に入りました。アマニの小屋よりずっと大きな部屋には、壁一面に棚があって、いろいろなものがところ狭しと並べられています。赤の魔法使いは棚の前を行ったり来たりしては、選び出した物をテーブルの上に載せていました。木の根や草の根、木の実、草の実、いろいろな色や大きさの石、何かの生き物の角や皮……干してからからになった猿の死骸まであったので、ポポロは悲鳴を上げてフルートにしがみつきました。

「すごいわね。まるで闇魔法の材料みたいだわ」

 とルルも目を丸くすると、アマニが言いました。

「ムヴアの術にはこういうものを使うんだよ。世界からいろんなものを集めて、その力をわけてもらうんだ」

「ワン、ムヴアの術が自然魔法だからですね。でも、村の人たちはどうしてそれが使えなくなっちゃったんですか? さっきの話だと、昔は他の人も魔法が使えたような感じだったけれど」

 とポチが尋ねると、アマニは苦笑いをしました。黒いつややかな肌に大きな黒い瞳、大きな口――決して美人ではありませんが、表情が明るいので、どんな顔にも嫌みがありません。

「昔々はムパスコだけでなく、この大地のどこででも、ものすごい魔法が使われていたんだよ。長い年月の間に、少しずつ大地の力が弱っていったから、魔法の力も弱くなっていったんだ。だから、種をまいてもあまり実らなくなったし、羊も仔(こ)を生まなくなっていった。食べるものが充分に手に入らなくて、みんないつもお腹をすかせていたよ――」

 

 赤の魔法使いが占いの準備に夢中になっているので、アマニはフルートたちとおしゃべりすることに決めたようでした。部屋の隅のベッドに腰を下ろして、そんな話を聞かせてくれます。

 フルートたちは自然とその前に集まりました。少し考えてから、フルートが言います。

「よければ、その話をもっと詳しく聞かせてください。南大陸の魔法の力は、どうして弱くなっていったんですか? それと、もうひとつ――赤さんは南大陸のことばを話しているのに、あなたたちがぼくたちと同じことばを話しているのは、どうしてなんでしょう?」

 フルートたちが話していることばは、今から二千年前の二度目の光と闇の戦いの際に、天空の民が魔法で統一したものでした。その時に同じ陣営で戦った者たちは、国や種族の違いを越えて、今でも同じことばを話しています。けれども、南大陸の人々は、大戦争に巻き込まれないために、魔法の力で自分たちの大陸を閉じました。それ以来、魔法で南大陸へ渡ることはできなくなったし、ことばも異なったままになっているのだ、とフルートは聞いていたのです。

 アマニは縮れた長い髪の頭をかしげました。考える顔で答えます。

「それって、どっちも関係のある質問だね。いいよ。どうせモージャの準備には半日以上かかっちゃうんだから。それまで、あんたたちの聞きたいことを話してあげる。――あたしたちはね、昔は兄さんと同じことばを話していたんだ。昔って言っても、そんなに大昔じゃないよ。つい八年くらい前までのことさ。ムパスコのみんなで話し合って、それをやめたんだ……」

 身を乗り出したフルートたちに向かって、そんなふうにアマニは話を始めました。

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