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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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6.谷間の村

 長い長いはしごをようやく下りきると、そこには大地が広がっていました。中央を川がゆったりと流れ、川に沿って畑や牧場が作られています。ところどころに木や草の茂みもありますが、植物はすべて暑い地方のものでした。ひときわ背が高く見えるのはヤシの木で、その下には必ず家が建っています。

 太陽は頭上を通り過ぎて、崖の向こうに隠れていくところでした。日差しがなくなりますが、両脇にそそり立つ光柱石の崖が白い光を放っているので、谷の中は暗くなりません。柔らかい光とせせらぎの音にあふれた、とても穏やかな場所です。

 

「こっちだよ」

 とアマニが一行を案内したのは、はしごから五百メートルほど離れた場所でした。川沿いの道を通り、右に曲がって畑の間を通り抜けると、崖の手前に木と土とヤシの葉でできた小屋が建っています。そこが彼女の家でした。家の前にはヤシの木がそそり立ち、根元を雛(ひな)を連れためんどりが歩き回っています。

「さあさ、中に入って。お茶を淹れるからね。お腹はすいてない? 食べるものも作ってあげるよ」

 とアマニに言われて、フルートとポポロとメールはいっせいに首を振りました。ネズミ料理を食べさせられてはたまらない、と考えたのです。

 ゼンや犬たちは物珍しく小屋の中を見回しました。ひとつしかない部屋には、土の床にベッドとテーブルと椅子が二脚、木箱がひとつ置かれています。家具はそれで全部ですが、小柄なアマニの体に合わせて、どれも中央大陸のものよりサイズが小さめになっていました。

 アマニは部屋の隅の竈(かまど)に火を起こすと、茶葉と水を入れたヤカンをかけて、また言いました。

「さあ、座って。椅子が足りないから、箱やベッドにも座っていいよ。お茶が沸くまで話をしよう。モージャがここを出て行ってからもう六年だよね。でも、必ずまた戻ってくると思っていたんだ。ほら、これを見て」

 と彼女が窓際から持ってきたのは、大きな丸い木の実でした。全体が灰白色の殻でおおわれています。

「覚えてる、モージャ? ムパスコを出るときに残していった知らせの実だよ。ずっと黒い色だったのに、さっき急に白く変わったから、モージャが帰ってきたとわかって、迎えに上がっていったんだ。みんな、モージャはもう帰ってこない、って言ってたけど、あたしは絶対信じなかったんだよ」

 笑顔で言って白い木の実を抱いた妹に、赤の魔法使いが言いました。

「ヤ、ワ、ナイ。シャ、メニ、タ、ケダ」

 帰ってきたわけではなく、用事があって立ち寄っただけだ、と答えたのだ、と居合わせた全員は察しました。笑っていたアマニが、急に目を見張り、悲しそうな顔になって涙ぐんでしまったからです。

「そんな――。帰ってきたんだろう? あたし、ずっと待ってたのに」

「ダ。バ、ル」

 と赤の魔法使いは言い続けました。堅い口調です。

 

 泣き出してしまったアマニと、黙り込んでしまった赤の魔法使いの間で、フルートたちは困惑しました。状況がよくわからないので、何をどう言ったらいいのかもわからなくて、黒い肌の兄妹を見比べてしまいます。

 けれども、間もなくヤカンが沸騰を始めました。小さな蓋(ふた)が音をたてて動き出したので、アマニは我に返り、涙を拭いてお茶を淹れました。

「帰ってきたんじゃなくても、しばらくはここにいるんだよね――? その人たちの用事ってなに? あたしも手伝えるかな? ううん、手伝わせてよ」

 と言って健気(けなげ)に笑ったので、さすがの赤の魔法使いも態度を軟化させました。妹に向かってまた言います。

「ワ、イ、ル。ワ、ノ、エ、ジカ?」

 アマニのことばは難なくフルートたちに通じるのに、赤の魔法使いの言うことは、相変わらずアマニとポチにしかわかりません。

 えっ、とアマニは声を上げました。

「モージャの家は、二年前の大風でばらばらになっちゃったよ。ムパスコの底まですごい風が吹いてきたんだ。そこで占いをするのは無理だよ」

「カ、ルカ?」

「ううん、その痕に家を建てた人はいない。モージャが魔法をかけておいたんだもん、柱一本動かせないでいるよ」

「カ、ラバ、ダ」

 赤の魔法使いが、ほっとした表情になったので、フルートたちもなんとなく安心しました。どうやら占いはできるということのようです。

「お茶が入ったよ。飲んで飲んで」

 とアマニが全員に赤い色のお茶を勧めました。フルートたちは一口飲んで、とても甘いことに驚きました。香りがあっておいしいとも思います。赤の魔法使いはゆっくり味わうように飲んでいます。

 

 すると、アマニが茶碗を持ったまま身を乗り出してきました。子どものように小柄な体なので、フルートたちを見上げながら言います。

「ねえ、あんたたちは金の石の勇者って言うんだっけ? 兄さんに何を占ってもらいたいの? 兄さんは魔法も占いも上手だけど、占いはめったにやらないんだよ」

 フルートたちはまた困惑しました。彼らが知りたいのは、デビルドラゴンを倒す手がかりになる竜の宝についてですが、それをあの竜に聞きつけられては大変なので、ずっと秘密にしながら探し回っているのです。なんと言ってごまかそうかと考えていると、赤の魔法使いが言いました。

「ナ。イガ、ク、ル」

 とたんにアマニは口を尖らせました。

「聞いたら占いができなくなるの? なんだ、つまんないなぁ」

「ラ、デ、ゾ」

「そんなぁ、手伝わない、なんて言ってないよ! モージャの意地悪!」

 とアマニはますますむくれ、赤の魔法使いはにやりと笑いました。妹の反応を面白がっているのです。

 フルートたちは思わず顔を見合わせてしまいました。なんだか、赤の魔法使いの印象が以前と違ってきた気がします――。

 

 そこへ外からどなり声が聞こえてきました。

「モージャ! 戻ってきているんだろう!?」

「今すぐ出てこい、モージャ!」

 荒々しい声に、フルートたちは飛び上がってしまいました。赤の魔法使いは猫のような目を光らせ、アマニは眉をひそめます。

「もう見つかっちゃったんだ。困ったな」

「誰だ?」

 とフルートは背中の剣を握って尋ねました。外の声に危険な響きを聞き取ったのです。

「村の連中だよ。兄さんが帰ってきたから、押しかけてきたんだ」

 とアマニは言って小屋の外に出ました。そこには数人の男たちが並んでいました。全員が小柄な体につややかな黒い肌をしていて、アマニと同じような縞模様の長衣を着います。その目は人間の瞳で、猫の瞳をした者は誰もいません――。

 アマニは男たちを見回して言いました。

「なんの騒ぎ? 兄さんは用事でちょっと戻ってきただけさ。またすぐにムパスコを出ていくんだよ」

「いいや、モージャはお尋ね者だ!」

「モージャが村にいたら、俺たちが大変なことになる! 早く村を出て行け!」

 と男たちは口々に言いました。そのことばもアマニやフルートたちと同じでした。異大陸のことばではありません。

 そこへ当の魔法使いが出ていきました。赤い長衣を着ていますが、フードは脱いでいるので、猫の目の顔がよく見えます。

 とたんに男たちは大きく飛びのき、いっせいに盾を構えました。盾の表面には絵の具で意味不明な模様が描かれています。

「やっぱりモージャだ!」

「どうして戻ってきた!?」

 わめき続ける男たちを前に、赤の魔法使いは黙って立っていました。金色の猫の瞳が、黒い顔の中でいっそう強く光り出します。

 すると、男の一人が盾を構えたまま飛び出してきました。

「ムパスコから出て行け、モージャ!」

 その手には剣が握られていました。赤の魔法使いの頭へ振り下ろします。

「危ない!」

 フルートはとっさに外に飛び出しました。ロングソードを引き抜き、男の剣を受け止めて返します。とたんに男は仰向けに倒れました。子どものように小柄な体なので、フルートに力負けしてしまったのです。

「白い肌――!」

「白い人間だ!?」

「どうしてこんなところにいるんだ!?」

 男たちが、フルートや小屋の中のゼンたちに気づいて、大騒ぎを始めました――。

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