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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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3.入港

 中央大陸のカルドラから、はるばる海を渡った船が、南大陸の入口の港に入っていきました。風を使って速度を落としながら、ゆっくり接岸すると、碇(いかり)が海に投げ込まれ、船から岸へもやい綱が投げ渡されて、船が泊まります。

 その後も、甲板では水夫が帆を下ろしたり、積み荷を降ろしたりするのに忙しく動き回っていました。その一方で、船から桟橋には渡り板が渡されて、乗客がぞろぞろと降り始めます。揺れる船に長い間乗っていたので、誰もがおぼつかない足取りをしています。

 ところが、桟橋の上に、厳めしい恰好をした軍人がずらりと並んでいました。驚く乗客たちに、どなるように言います。

「我々はカルドラから逃げた犯人を捜しに来た! 顔改めをさせてもらうぞ!」

 軍艦で追いかけてきたカルドラ軍の部隊でした。乗客たちは武器を構えた兵士の間を、おっかなびっくり通り抜けることになりました。その外れに立つ数人の兵士が、厳しい目つきで一人ずつの顔を確かめては、よし、通れ、と客を上陸させていきます。

 

 その様子を見て、船長が船から下りてきました。

「いったい何事ですか? 誰をお捜しなんでしょう?」

「金の石の勇者の仲間だ。この船に乗ったことはわかっている。捕まえて、仲間の居場所をつきとめなくてはならん」

 とカルドラ軍の隊長は答えました。口ひげをぴんと生やした大柄な男です。

「金の石の勇者というと、あの有名な――? どんな人物なのですか?」

「十四、五歳くらいの、ロムド人の少年だ。肌を黒く染めて南大陸の人間のふりをしているが、セイマ港で大暴れをして尻尾を出した。この船に乗っているはずだぞ」

「これはルボラス行きの船です。南大陸の客も大勢乗っておりますが、そんな人物はおりませんでした」

「身を潜めていたに決まっている。だが、部下たちがセイマでそいつの顔を見ているのだ。必ず見つけ出してやる。邪魔をすれば、おまえも一緒に逮捕するぞ」

「い、いえ、滅相(めっそう)もありません」

 隊長から脅されて、船長はあわてて引き下がりました。そんな客が乗っていただろうか、と心配しながら、離れた場所から顔改めを見守ります。

 やがて、大勢の客に続いて、貴族の一家が顔改めの場に近づいて行きました。両脇を固めて通路を作る兵士たちが、ざわめき始めます。先頭に立つ貴婦人が非常に美しかったからです。貴婦人は金髪を結い上げ、優美な青いドレスを着ていました――。

 

 貴婦人は赤毛の貴族の腕に手をかけて、桟橋を歩いていきました。その後ろを二人の少女と一人の少年がついていきます。端に立つ顔改めの兵士たちは、美しい貴婦人にはほとんど関心を示しませんでした。後ろを行く少年少女のほうをじろじろと眺めます。年下の少女がおびえたように姉にしがみつき、姉はそれをかばって、ふん、と兵士たちをにらみつけました。少年のほうは興味深そうに兵士たちを見上げています。

 すると、兵士の一人が突然大声を上げました。

「なんだこりゃぁ!? こいつ、男だぞ――!」

 兵士が指さしたのは、貴族の一家の後ろを歩いていた黒い肌の召使いでした。黒っぽい地味なドレスを身につけ、焦げ茶色の短い髪をやっとしばって、二つのお下げにしています。背は低く、胸も一応ふくらんでいますが、肩や背中は筋肉が発達していて、男のようなたくましさです。顔も、眉が太くて口が大きい、いやに力強い顔立ちをしています。そんな顔なのに、頬紅を塗りたくって唇にも紅(べに)をさしているので、奇妙さがいっそう際だちます。

 兵士たちはたちまち侍女を取り囲みました。顔改めの兵士がのぞき込んで、口々にいいます。

「さては勇者の仲間の坊主だな!」

「そうだ、こんな感じの顔だったぞ!」

「女に化けてごまかそうとしても無駄だ! 捕まえろ!」

 兵士たちはいっせいに侍女につかみかかろうとしました。その後ろには、武器を構えた兵士たちが駆けつけてきます。

 

 すると、侍女が悲鳴を上げました。

「きゃあ、あたしに何するのよ! やめて!」

 飛びかかろうとしていた兵士たちは、思わずぎょっと身を引きました。がっしりとたくましい体と顔の侍女ですが、その悲鳴が、驚くほどかわいらしい声だったからです。

「ひどいわ! あたしがこんな顔してるからって、あたしを男だなんて! あたしだって気にしているのに! ひどいわ、ひどいわ!」

 と侍女は短いお下げ髪の頭を振って嘆きました。本当に、どう聞いても女性の声です。目をつぶってことばだけ聞いていれば、華奢(きゃしゃ)でかわいらしい美少女を想像してしまいます。

 い、いや、あのその……と兵士たちがいっそう面食らっていると、青いドレスの貴婦人が侍女をかばうように出てきました。

「私たちの供の者にひどいことをなさらないでくださいませ。この子は、こう見えてもれっきとした女性なんですのよ」

 こちらも美しく澄んだ女性の声です。はぁ、と兵士たちがとまどう中、侍女は赤毛の貴族にしがみついて訴えました。

「旦那様、あの人たちったらひどいですわ! あたしがこんなふうだから、捕まえようとするんですよ! あたしだって好きでこんなふうに生まれたわけじゃないのにぃ!」

 貴族がじろりと兵士たちをにらみつけました。その無言の迫力に、さすがの兵士たちも思わず後ずさってしまいます。

 貴婦人がまた兵士たちに言いました。

「あなた方はカルドラ国の軍人さんでいらっしゃいますの? これ以上、私たちにあらぬ疑いをかけるというのであれば、メイの女王陛下を通じて、カルドラ王にしかるべき訴えをさせていただきますわよ」

 強い口調でそう言われて、兵士たちはさらにひるみました。彼らの国カルドラとメイ国との間には交易があります。カルドラは貿易国なので、取引がある国とは無用な争いは起こしてはならない、と普段から強く言い渡されていたのです。兵士たちは引き下がり、駆けつけてきた隊長が部下の失礼を詫びながら、貴族の一家を上陸させます――。

 

 その後も、それらしい怪しい人物は船から下りてきませんでした。

 乗客の後からは船倉に積んであった荷物や家畜が、水夫たちの手で下ろされます。その中に、数頭の馬を引いて下りてくる少年がいたので、兵士たちはまた色めき立ちました。頭に布を巻き、肩から布を絡めた少年は、つややかな黒い肌をしていたのです。

「待て、坊主! おまえは船員ではないな! どこから乗ってきた! 正直に言え!」

 と兵士たちに取り囲まれて、少年は驚いたように立ち止まりました。すぐに胸をそらすと、ねめつけるように兵士を見て言います。

「ちょっと、坊主って誰のことさ? まさか、このあたいを男だなんて言ってるんじゃないだろうね?」

 少年が頭の布をほどくと、長い黒髪がばさりと落ちてきました。さらに肩に絡めた布をほどくと、二つの胸のふくらみが現れます。袖無しシャツに半ズボンという恰好をしているし、とても痩せていますが、確かに女性の体型でした。よく見れば、その顔も非常に美しい顔立ちをしています。

 兵士たちが絶句しているうちに、少女は馬を連れてさっさと通り過ぎていきました。まったく失礼しちゃうよね! と言いながら、こともあろうに、さっきの貴族の一家に合流していったので、彼らは完全にまいってしまいました。これ以上ここにいれば、本当にカルドラ王に通報されてしまうかもしれない、と考え、ほうほうの体(てい)で引きあげていきます。

 貴族の一家は召使いが連れてきた馬にまたがりました。蹄の音を響かせて港から出ると、大通りを抜け、やがて港街の外へ出て行きます――。

 

 一行は街外れの野原へ進んでいくと、街道から充分離れた場所で馬を停めました。貴婦人らしく馬の鞍に横乗りしたフルートが、仲間たちを振り向いて言います。

「もういいよ。ここまでくれば大丈夫だろう」

 言い終えてから、黒馬にまたがったゼンを見て、ぷっと噴き出します。それを皮切りに、他の仲間たちも笑い出しました。たちまち笑いの渦に包まれてしまいます。

「なんだよ! そんなに笑うなよ、馬鹿野郎!」

 とゼンがどなりましたが、その声はかわいらしい少女のままでした。ドレスやお下げ髪や化粧をした顔と相まって、なんとも珍妙な有り様です。仲間たちがいっそう笑いころげます。

「上手だったよ、ゼン……完璧に女の子の話し方ができてたじゃないか……。あんなにうまくやれるとは思わなかった……」

 とフルートが言いました。笑いながらなので、ことばは切れぎれです。

 ルルも笑いすぎて目に涙を浮かべていました。

「ポポロが作っていたのは、フルートじゃなくて、ゼンのドレスだったのね! まさかゼンの女装まで見られるなんて思わなかった。ものすごい恰好ね!」

「ぼくたちの中で顔が割れているのはゼンだけでしたからね。いかにも男が女のふりをしてるように見せておいて、この声を聞かせたから、逆に女だってことを相手に印象づけられたんですよ……」

 とポチが言いました。彼はルルと一緒にぶち馬にまたがって、手綱を握っていました。ルルの背中に額を押しつけて笑っています。

 メールはゼンと黒馬に乗っていましたが、やはり腹を抱えて大笑いしていました。

「確かに声を変える魔法薬の威力はすごいけどさ、ゼンの演技力もなかなかだったんじゃないかい? 見えてたよ、赤さんにすがりついて泣いて訴えてるところ。みんな、すっかりだまされてたじゃないのさ」

「うるせえ! おまえだって男と間違われたじゃねえか! あいつらの目が節穴なんだよ!」

 とゼンはまたわめきました。どんなに毒づいても、かわいらしい少女の声なので、まるで迫力がありません。ポポロや赤の魔法使いまでが笑っています。

 ふふん、とメールは鼻を鳴らしました。

「あたいは昔、男の恰好をしてシルヴァって名乗ってたこともあるんだもん。当然だろ」

「なんだとぉ……!」

 

 言い合っている間にゼンの声が急に低くなってきました。魔法薬の効き目が切れて、元の声に戻ったのです。

 フルートは仲間たちに呼びかけました。

「早く街から離れよう。安全な場所まで行ったら元の姿に戻って、いよいよ赤さんの故郷に向かうことにするぞ」

 そう言うフルートも、ぐっと低い男の声に戻っています。

 そこで一行は馬でまた野原を進み始めました。一応笑いは収まったのですが、時々ゼンを振り向いては、また、ぷっと噴き出してしまいます。

「ちくしょう。もうやらねえ……。こんな恰好、死んだって、もう二度とやんねえぞ!」

 ゼンは歯ぎしりをしながらそうつぶやいていました――。

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