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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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2.到着直前

 二日後、船は予定通り、目的地のルボラスに接近していました。

 到着は午後の予定でしたが、船内は朝からあわただしい雰囲気に包まれました。客は荷物をまとめ、乗組員は到着に備えて船具や積み荷を点検します。

 フルートたちも、自分たちの荷物をまとめた後は、小さなテーブルに地図を広げて、これからの行き先を確認していました。相変わらず青いドレスを着たフルートが、地図の左下に横たわる南大陸の北端を指さして言います。

「ここがルボラス。南大陸の入口だ。この船はルボラスの西側にあるマシュアという港に入るらしい。その後、ぼくたちは赤さんの故郷がある南へ向かう」

「ラデ、イオ、バ、トガ、ル」

 と貴族に変身した赤の魔法使いが言いました。白い髪の少年のポチが通訳します。

「ぼくたちが探している竜の宝の手がかりを、赤さんの占いで見つけることができるかもしれないから、って。ただ、そのためには赤さんの村まで行く必要があるんだそうです」

「赤さんの故郷ってどこなんだ?」

 と黒い顔のゼンが尋ねると、赤の魔法使いが大陸の中央付近を指さしてまた言います。

「ムパスコ」

 それが村の名前でした。

 

 フルートは話し続けました。

「南大陸は他の地域からは暗黒大陸と呼ばれている。広大なのに、そこがどんな場所で、どんな人がどんなふうに暮らしているのか、ほとんど伝わってきていないからだ。それは南大陸に古い大きな魔法がかかっているためらしい。二千年前の光と闇の戦いのときに、戦乱に巻き込まれるのを恐れた南大陸の魔法使いたちが、大陸と外部を遮断(しゃだん)してしまったんだ――」

「あれ、でも、陸伝いになら南大陸に行けるはずだろ? あたいたち、最初は小大陸を馬で越えて、南大陸に入る予定だったんだからさ。こうして船でだって南大陸に行けるんだから、外部と遮断するって言ったって、完全じゃないよね?」

 とメールが言うと、フルートは何故か苦笑しました。

「それはそうなんだけどさ、赤さんが言うには、小大陸を越えて南大陸に入るのは、ものすごく大変な行程らしいんだ。断崖絶壁の山々が行く手を阻んでいて、馬でなんてとても行けないらしい。ぼくたちはマモリワスレの罠(わな)のせいで、お台の山から引き返したけれど、そうでなくても、やっぱり先に進めなくなって、途中で戻る羽目(はめ)になったようだな」

「天空の民なら、風の犬に乗って、ひと飛びで南大陸にも下りていけるけど、人間は船に乗って渡るしかない、ってことなんですよね」

 とポチも言います。

 フルートはまた地図のルボラス国を示しました。国の名前がひとつも書き込まれていない南大陸の中で、そこだけは、きちんと国家の存在を示しています。

「南大陸でも、船が入港できるのはこの地域だけだ。他の場所の海岸は数百メートルもある絶壁になっているから、とても船は着けられない。それで、昔からここに大きな国が開けたんだ。でも、赤さんの故郷は、ルボラスからはるか南のほうにある。間には大きな砂漠もあるらしいよ」

「砂漠越えか!? またすげぇ旅になりそうだな!」

 とゼンが声を上げると、赤の魔法使いが首を振りました。

「ネ、ニ、レバ、ワ、ニ、ドル。レバ、ホウ、ブ」

「船が港に着いて、人目を気にしないで良くなりさえすれば、赤さんが魔法で全員を村まで運んでくれるそうですよ。元の恰好に戻れば、赤さんもまた魔法が使えるようになるから、って」

 とポチがまた通訳します。声は確かにポチですが、いつものワンという鳴き声が入らないのが、少し違和感です。

 赤毛の少女に変身したルルが、首をかしげました。

「ポポロたち天空の魔法使いは、姿を変えても魔法が使えるけど、赤さんたちは、変身してしまうと魔法が使えなくなるのね。似ているようでも、やっぱり別の魔法だわ」

「赤さんが使っているのが自然魔法だからよ。あたしたちは呪文で世界から魔力を引き出すけど、赤さんはいろいろなものに自然の力を共鳴させて、それを自分自身の体に集めて使っているの。だから、自分でないものになってしまうと、とたんに魔法が使えなくなってしまうのよ」

 とポポロが言いました。例のドレスはもう完成したので、手元に裁縫道具はありません。どことなく満足そうな顔で、ゆったりと座っています。

 

 すると、突然彼らは、ぐんと後ろへ引かれるような感覚に襲われました。船足が急に落ちたのです。目を上へ向けたポポロが言いました。

「船の帆の向きが変わったわ……。陸が近づいてきたのね。船員が甲板を走り回っているわ」

「港の様子は見えるかい?」

 とフルートは尋ねました。

「ううん……。船員にはもう見えているのかもしれないけど、あたしの魔法使いの目には映らないの。ユラサイの竜仙郷と同じだわ」

 すると、赤の魔法使いが、ニ、エル、と言いました。

「もうすぐポポロにも見えるそうですよ。南大陸を守る魔法の内側に入れば、魔法の目が有効になるんですね、きっと」

 とポチが言ったので、ポポロがまた遠いまなざしになります。

 フルートはテーブルから地図を片づけて荷物にしまいました。同じ荷袋には、ポポロが作ったドレスも入っていました。胸や腰などに小さなクッションを縫いつけて、女性らしい体型に見えるようにした、特別な服です。それに手を触れて、考え込むような表情になります――。

 

 やがて、ポポロがまた口を開きました。

「見えたわ、南大陸よ! 大きな港も見える……ルボラスのマシュア港ね!」

「どんな様子だ!?」

 とフルートが言いました。ひどく緊張した声だったので、おい? とゼンがいぶかります。

 ポポロはさらに目を凝らして遠い場所を眺めていましたが、そのうちに顔色が変わりました。

「港にガレー船が泊まっているわ……カルドラの軍艦よ! あたしたちを追ってきたんだわ!」

 仲間たちも思わず青ざめました。やっぱりか、とフルートが言います。

「この船は帆船だから、途中で一時逆風に遭って(あって)進みが遅くなった。その間に軍艦がこっちを追い越して、先回りをしたんだ。ガレー船は逆風でも進めるからな」

「ど、どうすんのさ!? 船が港に着いたら、捕まっちゃうじゃないか! せっかく南大陸に着くっていうのに!」

 とメールが言うと、ルルが顔をしかめました。

「いやぁね、面倒はもうごめんよ。ポチ、風の犬になりましょう。ここまで来れば、もう南大陸まで飛んで渡れるわよ」

 すると、ポポロが泣きそうな顔で首を振りました。

「それは無理よ……! あたしは継続の魔法もかけたから、ルルもポチも、明日の夜明けまで人間の姿のままよ……」

「ワ、ホウ、ダ、バム」

 と赤の魔法使いが重々しく言いました。

「赤さんの魔法でも無理だ、って。南大陸は魔法で入り込もうとする人を拒むからって――どうしましょう」

 とポチも困惑します。

 ったく! とゼンが声を上げました。

「こうなったらしょうがねえ。強行突破だ! 敵に見つかったら、ぶっとばして、全速力で逃げようぜ!」

「ぼくはこの恰好なんだぞ。戦うどころか、走るのだって難しいんだ」

 とフルートが青いドレスの裾をつかんで見せました。優美な服ですが、それだけに激しい動きをするにはまったく向いていません。

「それに、馬たちはどうするんですか? 船倉に乗せられているんですよ。ぼくたちだけ逃げたら、馬を残していくことになっちゃう」

 とポチも言います。馬も、彼らと一緒に旅をしてきた、大切な仲間なのです。

 

 すると、フルートがまた荷物にかがみ込みました。

「やっぱりこれの出番が来た。準備しておいてよかったよ」

 と、ポポロが作ったドレスを取り出します。え、でも……と仲間たちはとまどいました。それの使い道がよくわかりません。

 そんな一同に向かって、フルートは言いました。

「到着までもう時間がない。急いで支度(したく)をするぞ!」

 ばさり、と音をたてて、地味な色合いのドレスが広げられました――。

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