竜仙郷の占神の屋敷の一室で、オリバンとセシルとユギルが、茶器の載ったテーブルを前に集っていました。
大陸の各地で同時に戦いが起きたのは一月一日でしたが、すでにそれから五日の時が過ぎていました。彼らはもうずいぶん話し合ってきたのですが、それでも話題はその日のことに戻っていきます。
オリバンが確かめるように言いました。
「ミコン山脈を越えてロムドに攻め込もうとしたサータマン軍は、キースと青の魔法使いとグーリーの活躍で撃退された。エスタに攻め込んだクアロー軍は、占神が力を貸したこともあって、エスタ軍の前から敗退した。西の外れのカルドラ国の戦いは一番複雑で、フルートたちはカルドラ海軍や魔王やランジュールたちと次々に戦ったのだが、それもフルートたちの勝利に終わった。これですべてめでたく収まった、ということになるのだな……」
めでたいはずなのに、何故だか浮かない顔をしているオリバンです。
セシルが首をかしげました。
「フルートたちの元には赤の魔法使い殿が助けに駆けつけたという話だったな? 彼は偽の手紙に誘い出されて南大陸へ向かったはずなのに、何故、フルートたちの危機がわかったのだろうか? ロムド城から知らせが行ったのか?」
すると、占者が穏やかに答えました。
「いいえ、城の皆様方はサータマン軍の対応で手一杯でございました。赤の魔法使い殿がセイマの港へ行ったのは、偶然の結果でございます。西のほうで火山が噴火しているために、火山灰の影響でザカラス国の港はすべて凍結していました。赤の魔法使い殿はザカラス国から南大陸へ渡ることができなくて、南大陸への船が多く出るカルドラ国へ向かわれ、そこで勇者殿たちの危機を知ったのです――。ですが、このことは単なる幸運ではございません。運命は常に何らかの法則と必然で動いていくもの。偶然に見えるその救援も、実はさまざまな事象の動きから生み出される必然だったのでございます」
それを聞いて、セシルはうなずきました。占者は、赤の魔法使いにフルートたちを助けられたのは運命のおかげだったのだ、と言っているのです。
オリバンがまた言いました。
「ユギルは、私が父上へ手紙を書けばフルートを助けることができる、と言っていた。書状は途中で奪われ、敵の手によって文面を書き替えられてしまったが、それが結果として赤の魔法使いをフルートたちのところへ近づけることになった。ユギルの占いはやはり正しかったのだ」
それを聞いて、ユギルは一礼しました。長い銀の髪がさらりと揺れて光ります。どこにあっても輝かしい姿の占者です。
彼らがいる部屋の窓を風が揺らしていきました。何かがガラスをこする音も聞こえてきます。前日から降り続く雪が、窓に当たっているのです。窓から見える中庭は、降り積もった雪で白一色に変わっています。
その光景を眺めていたオリバンが、やがてまた口を開きました。「彼らはカルドラ海軍のザカラス遠征を阻止し、魔王を撃退し、ランジュールにも討ち勝った。ユギルがそう言ったのだから、それは間違いないことだ。それは充分わかっているのだが……それでも、心はどうにも落ち着かない。彼らは本当に助かったのだろうか? フルートは本当に金の石の勇者に戻れたのか? ユギルを疑っているわけではないのだが、自分の目でその事実を確かめられないことが、もどかしくてしかたがない」
オリバンはそう話してから、すまん、と占者へ謝りました。その灰色の瞳は、フルートたちの姿を探し求めるように、ずっと外の景色を見つめています。
ところが、ユギルがそれに答えようとしたとき、部屋へ贔屓(ひき)に乗った占神が、先代の老人と共に入ってきました。竜子帝やリンメイも、術師のラクを従えてやってきて、オリバンたちへ言います。
「邪魔をする、ロムドの王子。ここに珍客が来るらしいのだ」
「私たちも一緒にくるように、って占神に言われたのよ」
珍客? とオリバンとセシルが驚いていると、老人が部屋の窓を大きく開け放ちました。雪まじりの激しい風が、どっと吹き込んできて、全員の髪や服をあおります。
すると、占神とユギルが言いました。
「そら、来たよ!」
「おいでになりました」
とたんに、先代の老人が窓を閉めます――。
風が収まった部屋の真ん中に、一匹の生き物がうずくまっていました。人の大きさほどもある赤いカエルで、背中には鳥のような二枚の翼が生えています。
「闇の怪物か!?」
とオリバンがとっさに聖なる剣を握ると、ユギルがすぐに停めました。
「いいえ、殿下。これは味方が送ってきたものでございます」
すると、カエルは一同の顔を大きな目玉でぎょろぎょろと見回しました。ひとりずつを確かめるように眺めていって、オリバンの顔で視線を停めると、突然、グェッグ! と鳴きます。
とたんに、カエルの口から白い煙のようなものが吐き出されてきました。もやもやと広がったと思うと、その中に人の姿が見え始めます――。
それは金の石の勇者の一行でした。フルート、ゼン、メール、ポポロ、それにポチとルルの四人と二匹が、寄り集まって立っています。
けれども、彼らは実体ではありませんでした。カエルが吐き出した白い煙の中に、幻のように映っているだけなのです。一行は食堂のような場所にいるようでした。他に人の姿はありませんが、たくさんのテーブルや椅子が背景に見えています。
すると、ゼンが進み出てきて、オリバンたちを見上げました。
「これに話しゃいいのか?」
とオリバンたちからは見えない誰かに話しかけます。それに対して答える声がして、ポチが口を開きました。
「ワン、そうだ、って赤さんが言ってますよ。ぼくたちの声をカエルが竜仙郷へ運んでくれるそうです」
オリバンたちは、羽根のあるカエルの正体を知りました。フルートたちからのメッセージを伝えるために、赤の魔法使いが送ってきた魔法の生き物だったのです。
よっしゃ、とゼンが幻の中で張り切りました。オリバンたちに向かって話し出します。
「オリバン、セシル、ユギルさん、占神、元気か!? それと、竜子帝とリンメイとラクさんも一緒にいるはずだ、ってフルートが言ってるんだ! おまえらも変わりねえか!? 俺たちは見ての通り元気だぜ――!」
すると、それを押しのけるようにしてメールも前に出てきました。やはりオリバンたちに向かって言います。
「あたいたちを助けてくれてありがとう! おかげであたいたちはみんな無事でいるよ! フルートも、ほら!」
とフルートの手をつかんで引っぱったので、おっと、とフルートが前のめりに出てきました。すぐに体勢を立て直すと、はにかんだような笑顔で言います。
「オリバン、占神、竜子帝、みんな……皆さんのおかげで敵は撃退できたし、ぼくも記憶を取り戻しました。もう大丈夫です。本当にご心配をおかけしました」
と深々と頭を下げると、とたんにゼンに抑え込まれました。
「ったく! 相変わらず丁寧すぎて他人行儀なヤツだな! んなもんは、ありがとうでいいんだよ、ありがとうで!」
ワンワン、と犬たちがほえ、メールやポポロの笑い声も響いて、幻の中の光景が賑やかになります。よせったら、ともがくフルートの胸の上では、守りの魔石が金色に輝きながら揺れています――。
やがて、笑い声が収まると、ルルが出てきて言いました。
「オリバン、私たちはこの後、赤の魔法使いと一緒に南大陸へ行くわ。このまま私たちを案内をするように、ってロムド王が赤さんに言ってくださったの」
「ワン、ぼくたちはまもなく船で南大陸に渡ります。南大陸は暗黒大陸って言われるから、暗き大地の奥に隠された竜の宝が見つかるかもしれないんです」
とポチも言います。マモリワスレの罠にかかって、ずいぶん遠回りをしましたが、ようやく本来の目的地に向かえることになったのです。
フルートがまっすぐなまなざしで言いました。
「オリバン……ぼくたちのことは本当に心配なんだと思うけど、みんなが一緒だから大丈夫だよ。助け合って進んでいって、必ずデビルドラゴンを倒す方法を見つけ出すから、心配はいらない」
「とはいえ、今回もオリバンたちに助けてもらって勝てたんだから、あんまり偉そうなことは言えないけどね」
とメールが肩をすくめると、ゼンがそれをぐいと引き寄せて叱ります。
「言うな、馬鹿。心配性のオリバンがますます俺たちを心配するじゃねえか」
幻のこちら側でそのやりとりを見ていた人々は、思わず笑ってしまいました。オリバンは苦笑いをしています。
すると、え、もう? とルルが言いました。彼らを映した幻が周囲から揺らめき出していました。魔法の時間切れが近づいてきたのです。
「ワン、ポポロがまだしゃべってないじゃないですか。何か言わないと」
とポチが言うと、ポポロは真っ赤になって首を振りました。何も言わずにフルートの後ろへ隠れてしまいます。
フルートは穏やかに笑いながら、オリバンたちへ言いました。
「みんな、元気でいてくださいね。そして、必ずまた会いましょう」
すると、ゼンも言いました。
「おい、竜子帝もそこにいるんだろう? あんまりリンメイと喧嘩すんじゃねえぞ」
なんだと!? と竜子帝は憤慨し、あら、とリンメイは顔を赤くします。
幻はますます揺らめいて、その中にフルートたちの姿を呑み込んでいきました。白い煙が渦を巻き、次第に薄くなっていきます。
渦が消えていくその瞬間、中から元気な声が聞こえてきました。
「それじゃあ、いってきます!!」
ワンワンワン、と犬たちの声も響きます。
そして、幻は完全に消えました。続いて翼のあるカエルも姿を消し、部屋にはオリバンや占神たちだけが残されます――。
「行ってしまったか」
と竜子帝は残念そうに言いました。隣でリンメイも同じような表情をしています。
占神が言いました。
「あのカエルは四日ほどかけてここまで飛んできたようだね。今頃は、彼らはもう船に乗って、南大陸へ出発しているかもしれないよ」
それを聞いて、セシルはユギルを振り向きました。
「彼らはこれからどうなるのだろう? 今度こそ竜の宝を見つけることができるのだろうか?」
すると、銀髪の占者は首を振りました。
「それはわかりかねます。勇者の皆様方の行き先は、いつも占いの届かない未来の彼方でございますので」
「人の未来は、いつだって読めるようで読めないものじゃ。どれほど先読みしても、人のほうがそれを越えて先へ行く。それが子どもとなれば、なおさらそうじゃ」
と先代の占神の老人が言い、確かに、と術師のラクがうなずきます。
「彼らは南大陸へ行く。我々にできることは、彼らの旅路の無事を光に祈ることだけだ」
とオリバンが重々しく言い、その場にいた全員は、揃って天を見上げました――。
The End
(2011年11月20日初稿/2020年4月7日最終修正)