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第17巻「マモリワスレの戦い」

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87.決着

 フルートが、マモリワスレの術を解いてくれ、と言うのを聞いて、赤の魔法使いは驚いた顔をしました。海面でゼンに抱えられたまま、フルートを見つめ、やがて不思議そうに言います。

「ド、レワ、エノ、ツ、ダ。ゼ、ノニ」

 相変わらず、フルートやゼンには赤の魔法使いのことばはわかりません。それでも、声の調子から、魔法使いが意外がっていることだけはわかりました。こんな古い魔法にどうしてフルートがかかったのだろう、と言っているようです――。

 魔法使いは握り直した細い杖をフルートへ向けました。呪文を唱えます。

「エノ、ツヨ、ロ!」

 とたんに赤い光がフルートを包みました。先ほどの願い石の光とはまた違った、沈む夕日のような色合いの光でした。ぱちぱちっと何かが弾けるような音をたてると、やがて薄れて消えていきます――。

 すると、赤い光と入れ替わるように、今度は金の光がわき起こりました。フルートの胸の上でペンダントが輝き出したのです。ずっと灰色に眠っていた魔石が、金色に変わっていきます。

「あ」

 とフルートが短い声を上げました。呆然とした表情になって、片手で口元を押さえます。

 その様子に、ゼンは思わず尋ねました。

「思い出したのか、フルート!? 俺たちがわかるのか!?」

 フルートはまだ目を見張っていました。何かを確かめるような表情をしていて、すぐには返事をしません。けれども、その胸の上で金の石はみるみる輝きを増していました。周囲の海と、そこに浮いている三人を照らします――。

 すると、彼らの頭上でも淡い金の光がわき起こり、その中から人が姿を現しました。異国風の服に鮮やかな金の髪と瞳の少年です。両手を腰に当て、大きな溜息をついて、海上のフルートを見下ろします。

「まったくもう……。最後の最後まで起こしてもらえないんじゃないかと思って、気が気じゃなかったぞ。もう二度とあんな罠にははまらないでくれよ」

「金の石の精霊……」

 とフルートは言いました。まだ呆然としている声です。そんなフルートを、ゼンはぐいと引き寄せました。

「いつまでも腑抜けてるんじゃねえ! 思い出したんだな!? 俺たちがわかるんだな!? それじゃ、あいつらをなんとかしろ!」

 と空中のフノラスドとランジュールを指さします。

 ゼン、とフルートは言ってから、すぐにうなずきました。頭上に浮かぶ金の石の精霊に向かって言います。

「いいな、金の石!? 全開で行くぞ!」

「少し待て。願いのも呼ぶ」

 と言った少年の隣に、赤いドレスの女性が姿を現しました。海上のフルートを見て、やれやれ、と首を振ります。

「今度ばかりは、本当にフルートの願いをかなえることになるのではないかと思った。もっとしっかりフルートを守らなくてはだめではないか、守護の」

 女性に文句を言われて、少年はむっとした表情になりました。

「うるさいな。いいから力を貸せ、願いの。フルートたちは闇の竜を倒すための勇者なんだ。あんなつまらない敵は、さっさと追い払うぞ」

「それに異論はない」

 二人の精霊が空中に並びました。フルートもペンダントを掲げます。

 空ではフノラスドを従えたランジュールが腹を立てていました。

「ちょっとぉ! つまらない敵って誰のことさぁ!? まさか、このボクとフーちゃんのことぉ!? ボクたちは世界最強の魔獣と魔獣使いだっていうのにぃ! よぉし、それじゃ勝負だ! 赤ちゃんはやられちゃったけど、金ちゃんだって金の石くんには強いんだからね。金ちゃん、聖なる光を防げぇ! 黒イチちゃん、白ニィちゃん、光がおさまったらすぐに攻撃だよぉ!」

 ランジュールに命じられて、金、黒、白、生き残った三色の蛇が、首をくねらせながら身構えました。

 フルートが叫びます。

「光れ、金の石! あいつらを撃退しろ!」

 フルートの手の中で魔石が輝き出しました。願い石の精霊が舞い下りてきてフルートの肩をつかむと、輝きは強まり、やがて爆発的な光を放ちます。金色のきらめきが空と海とに広がります――。

 

 金の光はずいぶん長い時間、周囲を照らし続け、やがて弱まって、ペンダントの真ん中に収まっていきました。海と空がまた青い色に戻ります。

 光がまぶしくて目を閉じていた一行は、再び目を開けて、ああ、と言いました。フノラスドはまだ空に浮いていました。何本もの長い首をくねらせていますが、その先にあった頭は、ひとつ残らず消滅しています。あの金の頭でさえ、跡形もなく消え去っていたのです。

「あぁあ、うーん」

 とランジュールは腕組みしてうなりました。

「やぁっぱり金ちゃんだけじゃ、願い石と金の石の連携技は防げなかったかぁ。頭を全部溶かされちゃったら、もう攻撃はできないよねぇ。ざぁんねん――。だけど、フーちゃんの本体はまだ消滅してないからね。もっともっとフーちゃんを鍛えて、今度こそ、金の石にも勝ってみせるんだ。次は必ず勇者くんと皇太子くんの魂をいただくからねぇ。それまで楽しみに――うひゃぁ!」

 話していたランジュールに魔法攻撃が飛んできたので、ランジュールは悲鳴を上げて飛びのきました。魔法を撃ち出してきたのは、赤の魔法使いです。

「危ない危なぁい。ボクの出番はここまで。勇者くん、次に会うまで、ぜぇったいに元気でいて、今度こそボクに殺されてよねぇ。うふふふ……」

 いつもの笑い声を残して、幽霊と大蛇は消えていきました。去り際にランジュールが投げキッスをしていったので、フルートは思いきり顔をしかめ、ゼンは拳を振り回してわめきます。

「てめえが出てくると、話が長くてややこしくなるんだ! もう絶対に出てくるな!!」

 幽霊の笑い声はもう聞こえません――。

 

 すると、代わりにワンワンワンと元気な犬の鳴き声が聞こえてきました。風の犬に変身したポチとルルが、背中にポポロとメールを乗せて飛んできたのです。みんな闇魔法の傷からすっかり回復していました。あたりを照らした金の光が、彼らの怪我も癒したのです。歓声を上げてフルートたちの元へ集まってきます。

「ワン、赤の魔法使いさんだぁ!」

「金の石が光ったわ! 術が解けたのね、フルート!?」

「あたいたちがわかるね、フルート? ちゃんとわかるね!?」

 仲間たちから口々に話しかけられて、フルートは笑顔になりました。

「もちろん」

 と答えます。

 仲間たちはいっせいにまた歓声を上げました。ポポロがポチの背中から海に飛び込み、フルートにしがみつきます。とたんに、彼女はわぁっと泣き出してしまいました。フルートの首に抱きついたまま、激しく泣きじゃくります。

「もう。フルートったら、またポポロを泣かせて」

 とルルに叱られて、フルートはあわてふためきました。ポポロを抱いて、一生懸命謝ります。

「ごめん、ポポロ……心配かけて本当にごめん。ごめんったら……」

 記憶を失っている間にも、フルートはフルートらしい言動を見せていましたが、こんなふうに謝ることだけはしませんでした。誰もが、ほっとした気持ちになります。

 ゼンがフルートを小突いて言いました。

「罪滅ぼしだ。ポポロにキスしてやれよ。そうすりゃ、ポポロだって泣きやむぞ」

「ええっ!?」

 フルートは真っ赤になりました。ポポロを抱いたまま、いっそううろたえます。ポポロの額にさえ、キスしようとはしません。

 それを見て、仲間たちは笑い出しました。フルートは確かに元に戻っていました。恋人に積極的になれないところまで元通りです……。

 

 すると、セイマの港がある方向から、おぉい、と彼らを呼ぶ声がしました。

 見れば、一艘(そう)の船が帆を揚げて、こちらへやってくるところでした。乗っているのは黒ひげのジズと、毛皮のコートを着たイリーヌです。丘の上の灯台から戦いを見守っていた二人は、巨大なフノラスドにフルートたちが苦戦する様子に、いても立ってもいられなくなり、丘を下りて船で助けにやってきたのでした。全員が無事でいるのを見て、笑い顔で手を振っています。

 フルートたちもそれに手を振り返しました。風の犬のポチとルルが、空で宙返りをして、ワンワン、とほえます。

 すると、港の灯台から、また鐘の音が響き出しました。灯台守が鳴らしているのです。それは、怪物が去り、津波も去り、戦争も回避されて、港に平和が戻ってきたことを喜ぶ鐘でした――。

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