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第17巻「マモリワスレの戦い」

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86.赤い空間

 見渡す限りの空白に、フルートは一人で立っていました。その場所には赤い光があふれているだけで、他に見当たるものは何もありません。存在しているのはフルートだけです。

 すると、その目の前で赤い光が渦を巻き、人の形になっていきました。燃える炎のようなドレスを着て、赤い髪を高く結って垂らした女性に変わり、美しく整った顔でフルートを見下ろします。

「私を呼んだな、フルート。私はそなたの中にあって、そなたが真の願いを抱いたときに目覚めるのだ」

「願い石の精霊――」

 とフルートは言いました。無意識のうちに願い石を呼んでここに来ていたので、驚いた顔をしています。あたりを見回してから、焦ってまた尋ねます。

「ここは? みんなはどうなった!?」

「ここは私の力の世界の中だ。彼らはまだ海上でランジュールやフノラスドと戦っている」

 と願い石の精霊は答えました。なんの感情も感じさせない声です。

 フルートは思わず身を乗り出しました。精霊の女性にすがりつくようにして言います。

「ぼくを戻してくれ! 彼らを助けなくちゃいけないんだ!」

「そなたが心から願えば、それはきっと実現するだろう。だが、私に願えば、引き替えにそなたは大切なものを奪われることになる。人の命を救おうとしたときに奪われていくのは、自分自身の命だ。そなたは仲間を助けられるが、そなた自身は命を失って死ぬことになるのだぞ」

 願い石は明らかに警告の口調になっていました。願った後のことを話して、願うことを思いとどまらせようとしているのです。

 けれども、フルートは首を振りました。

「そんなのはかまわない! 彼らは仲間だ! ぼくの友だちだ! 友だちを死なせるなんて、絶対に我慢できないんだ――!」

 すると、願い石が、ふっと視線を外しました。赤い光が揺れ続ける空間を眺め、ひとりごとのように言います。

「守護のも現れぬか……。困った事態だな」

 困ったと言いながらも、精霊の表情は少しも変わりません。

 

 とたんに、赤く光る空間に雷鳴のような轟音が響き渡りました。思わずフルートが飛び上がると、今度は、ぴしり、と何かにひびが走るような音が響きます。それは願い石の精霊の体から聞こえてきました。精霊がちょっと眉をひそめて、つぶやくように言います。

「理(ことわり)の警告だ。私は私の役目に従わなくてはならぬ」

 女性の顔がいっそう無表情になりました。石のように冷たく整った顔でフルートを見下ろして言います。

「そなたの願いを語るがいい、フルート。私はどんな願いもひとつだけかなえる石だ。そなたの大切なものと引き替えに、そなたの願いをかなえよう」

 遠いどこかから、ポポロの声が聞こえていました。泣きながらフルートを呼んでいますが、たちまち弱く切れぎれになっていきます。早くしなければ彼女たちが死んでしまう、とフルートを焦らせるだけで、願いを停める力にはなりません。

「そなたの願いを」

 と精霊がまた言いました。フルートは顔を上げ、ためらいもなく願いを口にしようとしました。敵を倒して彼らを助けてくれ、と――。

 

 すると、赤い光の空間に、また別の声が聞こえてきました。

「真理の精霊にもの申す。彼は自分の力で敵を倒すことができる。真理の力は必要ない」

 それはまだ若い男の声でした。フルートが知らない声だったので、いったい誰が、と思わず見回すと、赤い光の向こうに人影が見えました。子どものように背の低い人物が立っています。マントか長衣を身にまとい、手には細い杖を持っているようです……。

 

 とたんに、フルートの周囲から光が薄れて消えました。一面の青空と海が広がります。フルートはその中を、海に向かって墜落していました。真上にフノラスドの金の頭がいて、口を開けたまま、驚いたようにフルートを見ています。

「勇者くん!? どこから出てきたのさぁ!」

 とランジュールの声も聞こえてきます。

 すると、フルートの隣に突然人が現れました。手にした細い杖を振って叫びます。

「マレ!」

 落ちていくフルートの体がふわりと浮き上がり、空中で停まりました。フルートは驚いてその人物を見ました。赤い長衣を着た、とても小柄な男性です。つややかな黒い肌の顔の中で、猫のような金の瞳が光っています。

 ランジュールがまた声を上げました。

「あれれれれぇ! キミってば、ロムド城の赤の魔法使いじゃないかぁ! どぉしてこんなところにいるのぉ!?」

「ラ、テ、セイマニ、タ! ノ、エオ、イタ!」

 と猫の瞳の魔法使いは答えました。異大陸のことばなので、フルートには意味がわかりませんが、それは確かに願い石に異論を唱えていた、あの男性の声でした。あまりに意外なことに理解が追いつかなくて、目をぱちくりさせてしまいます。

 一方、ランジュールは空中で、えぇ? とあきれたような声を出していました。

「南大陸に勇者くんたちを助けに行こうとしたら、ザカラス国の港が凍ってて船に乗れなかったってぇ? それでセイマに回ったら、勇者くんの声が聞こえたんだってぇ? どぉいうことぉ、それ? だいたい、勇者くんたちは南大陸になんて行ってなかったじゃないかぁ」

 どうやら、幽霊のランジュールには赤の魔法使いのことばがわかるようでした。話しながら、おっとっと、と空中で宙返りをします。赤の魔法使いが杖から魔法攻撃を繰り出してきたからです。

「あっぶないなぁ! ボクは幽霊だけど、魔法で攻撃されたら怪我しちゃうんだからね! だいたい何さ。今までボクと勇者くんで楽しく戦ってたっていうのに、突然割り込んできて、邪魔をしてぇ! はっきり言って、キミはお邪魔虫。ボクはこれからフーちゃんに勇者くんたちを食べさせるんだから、さっさとあっち行ってよね!」

 ランジュールに文句を言われても、赤の魔法使いは去りませんでした。空中に浮いたまま、また細いハシバミの杖を振り上げます。

 それを見て、ランジュールはフノラスドへ言いました。

「白ニィちゃん、魔法を食べろぉ!」

 命令を受けて、白い蛇は、ぐっと首を伸ばしました。もとより魔法には強い頭です。大口を開けて、赤の魔法使いが繰り出す魔法を呑み込もうとします。

 

 ところが、蛇が口を開けたとたん、ひゃっほう、と歓声が響きました。

「やっと口を開けたな! 待たせやがって!」

 ゼンでした。白い蛇に食われた後、巨大な口の中で牙にしがみついて、呑み込まれないようにふんばっていたのです。蛇が口を開けたとたんに外へ飛び出し、鼻面をよじ登ると、拳を振り上げます。

「これでも食らえ、馬鹿蛇!!」

 鼻面を力任せに殴りつけると、白い蛇は悲鳴を上げて頭を振りました。その拍子にゼンが跳ね飛ばされてしまいます。

「イ!」

 と赤の魔法使いが杖を振ると、空中に浮いたフルートの隣にゼンが現れました。おっと驚いた顔をして、赤の魔法使いを眺めます。

「なんだ、何がどうなってるんだよ? どうして赤さんがここにいるんだ?」

 フルートは首を振りました。

「今はそれどころじゃない! みんなを助けないと!」

 海上にはまだ黒い海面が氷か床のように広がっていました。その上にメールやポポロ、ポチやルルが倒れています。闇の魔法で貫かれた傷からは、血が流れていて停まりません。

 メール! とゼンはどなり、赤の魔法使いはまたハシバミの杖を振り上げました。魔法でメールたちを助けようとしたのです。

 けれども、それより早く、ランジュールが言いました。

「白ニィちゃん、もう一度行けぇ!」

 白い蛇が立ち直り、海面から這い上がるようにして口を開けました。赤の魔法使いが放った癒しの魔法を呑み込んでしまいます。

「ダメダメぇ。赤の魔法使いが来たって、キミたちはもう負けるんだからさぁ。抵抗したって、無駄なんだよぉ。うふふふ……」

 とランジュールは楽しそうに言いました。続いて黒い頭に命じます。

「黒イチちゃぁん、あの人たちに闇の波動!」

 とたんに空中の一行に闇の魔法が襲いかかってきました。とっさに赤の魔法使いが防御魔法を繰り出しますが、そこへ白い蛇が来て、また呑み込んでしまいます。フルートたちは闇魔法をまともにくらいました。風にあおられたように、空中から海へたたき落とされてしまいます。

 

 けれども、その状況でも、ゼンだけは魔法の影響を受けていませんでした。赤の魔法使いが墜落したので、一緒に海に落ちましたが、海に沈みそうになる赤の魔法使いとフルートをすぐに捕まえて、両脇に抱えます。

「おい! フルート、赤さん! しっかりしろ!」

 すると、赤の魔法使いが顔を上げて、また杖を振りました。魔法を繰り出したのですが、それはまた白い蛇に呑み込まれました。どうしても攻撃が届きません。黒い蛇が闇魔法を繰り出してきたので、ゼンは二人を抱えたまま海に沈みました。波の上に激しい水しぶきが立ち、水蒸気が空に昇ります――。

 再び海面に浮き上がると、フルートが言いました。

「このままじゃ、いずれやられる。あいつを倒さないと」

「どうやってだよ!? 赤さんの魔法は全部呑み込まれるんだぞ!」

 とゼンが聞き返しました。赤の魔法使いも杖を握りしめたまま、攻めあぐねています。

 すると、フルートは首を振りました。

「ひとつだけ、方法がある……。赤の魔法使い、ぼくにかけられているマモリワスレの術を、解いてくれ」

 波がうねる海面で、フルートは、はっきりとそう言いました――。

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