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第17巻「マモリワスレの戦い」

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85.悲鳴

 黒い蛇が放った闇魔法の矢は、一行の上に雨あられと襲いかかりました。ポチとルルが風の体にまともに食らってギャンと鳴き、たちまち犬に戻って海に落ちます。同時にフルートやポポロも空から落ちました。そこにも闇の矢は襲いかかります。

 フルートは、とっさに盾を構えました。聖なるダイヤモンドで強化された盾です。闇の魔法を跳ね返します。

 けれども、ポポロはまともに矢を食らってしまいました。その胸で黒い光が弾け、墜落していた少女を海へ突き落とします。

「ポポロ!!」

 とフルートが叫んだとき、海上でも悲鳴が上がりました。闇の矢がトビウオを打ち砕いたのです。海藻がちぎれて、魚が消えていきます。

 ゼンは反射的にメールに飛びついていました。青い魔法の胸当てが魔法を打ち消しますが、小柄なゼンには長身のメールを全部おおい隠すことができませんでした。いくつもの矢が細い手足を貫き、メールはまた悲鳴を上げました。そのままゼンと一緒に海に沈んでしまいます。

 海に落ちたフルートは、急いで海に潜りました。沈んでいく仲間たちを見つけて、後を追いかけようとします。

 すると、その体がいきなり引き止められました。いえ、牙の生えた口にかみつかれたのです。金色の蛇の頭がフルートをくわえて、水中から海上へ持ち上げてしまいます。

「ぃやぁったぁぁ!!!」

 とランジュールは歓声を上げました。

「ついについに、ついに金ちゃんで勇者くんを捕まえたよぉ!!! これは勇者くん専用の頭だからねぇ! 堅さは勇者くんの金の鎧と同じ! 炎も平気! 金の石も平気! しかも、勇者くんの鎧もかみ砕けるくらい、強力な牙をしてるんだよぉ! ああ、がんばって金ちゃんの頭を鍛えあげた甲斐があったなぁ。これでようやく努力が報われるねぇ!」

 と空中をスキップして喜びます。

 けれども、フルートはそんな話は聞いていませんでした。遠ざかってしまった海に向かって、仲間たちを呼び続けます。

「ゼン! メール! ポチ、ルル! ポポロ――ポポロ!!」

 仲間たちは海上に浮いてきませんでした。ただ、海面に血の赤い色がゆらゆらと浮かんできます。

 

 フルートがちっとも振り向かないので、ランジュールは口を尖らせました。

「もう、勇者くんったらぁ。相変わらず、自分の危険なんてどうでもいいんだから! 金ちゃんに勇者くんを食べさせるのは簡単なんだけど、こういうのって、なぁんか面白くないよねぇ。せっかく丹誠込めて鍛え上げた金ちゃんなんだから、それなりに怖がって、恐怖におののきながら死んでいってくれなくちゃ。――うん、よぉし。まずは勇者の仲間たちをフーちゃんに食べさせよう。そうすれば、勇者くんだってフーちゃんを怖がるようになるもんねぇ。黒イチちゃん、魔法で他の連中を引きあげてぇ! 白ニィちゃん、ドワーフくんたちを食べる準備ぃ!」

 黒い頭と白い頭が、シャァ、と鳴いて動き出しました。黒い頭が吐き出した魔法が海に届くと、海面が黒く輝いて、やがてそこにゼンやメール、ポポロや犬たちが浮かんできます。全員ぐったりしていますが、ゼンだけはすぐに跳ね起きてきてどなりました。

「よくもやりゃぁがったな、ランジュール! 承知しねえぞ!」

「ほんっとにキミは元気だねぇ、ドワーフくん。でも、どぉやって承知しないつもりのわけぇ? キミたち、もうフーちゃんに食われるしかないっていうのにさぁ」

 ランジュールのくすくす笑いと一緒に、白い蛇の頭が下りてきました。ずらりと牙がならんだ口がゼンに迫ります。

「ゼン! ゼン――!!」

 フルートは叫び、身をよじりましたが、どうしても金の蛇の牙から抜け出すことができませんでした。頑丈な鎧が、牙の間でぎしぎしと音を立てています。

「馬鹿野郎! 食われてたまるか!」

 とゼンは身構えました。後ろにメールやポポロたちを守りながら、蛇の鼻面に強烈な一発を食らわせようとします。

 すると、蛇はいきなり口を開けました。黒い海面に立っていたゼンを、一口で呑み込んでしまいます。

「ゼン――!!!」

 フルートは悲鳴のように叫びました。どんなにもがいても、牙から脱出できません。ゼンを助けに行くことができません。

 一方、黒い蛇も首を曲げて他の仲間たちを食おうとしていました。メールたちは魔法の矢で傷を負っているので、立ち上がって逃げることができません。フルートは仲間を呼び続け、手を伸ばしました。助けようと思うのに、守ろうと思うのに、どうしても駆けつけることができないのです。黒い牙がまずポポロへと迫っていきます――。

「やめろ!」

 とフルートは叫び続けました。

「やめろ、やめろ!! やめろぉ――!!!」

 

 その時。フルートの体がいきなり赤い光を放ちました。

 とたんに、海上ではポポロが顔を上げました。そのコートの胸元は血で染まっていますが、そんなことはかまわずに、空を見上げて叫びます。

「だめよ、フルート! 願ってはだめ!」

 けれども、少女の声はフルートには届いていませんでした。赤い光はますます強まり、フルートの全身を包んでいきます。

「フルート!!」

 ポポロの悲鳴の中、フルートの姿は薄れて消えていきました。それと同時に、赤い光も吸い込まれるように見えなくなっていきます――。

「あれぇ?」

 とランジュールは目を丸くしました。

「あれれれぇ。へぇ? 勇者くんったら、記憶をなくしていても、願い石を呼び出せたんだぁ。うぅん、これはまずいなぁ。勇者くんったら、いったい何を願うつもりでいるんだろぉ?」

 空にふわふわと浮かびながら、幽霊はのんびりとそんなことを言いました――。

 

 

 竜仙郷の占神の屋敷の中庭で、ユギルは占盤をのぞき続けていました。

 ロムド国の南で起きていた戦闘は、キースや青の魔法使いの活躍で決着がついていました。サータマン軍がミコン山中で全滅したことを、象徴が告げています。

 すると、その占盤の別の場所に、ふいに強い赤い光が現れました。それはカルドラ国の西の、セイマ港がある場所でした。光はたちまち明るくなり、そこにいた象徴を包み込んでしまいます。

 ユギルは驚き、呆然とその様子を見つめました。まったく思いがけない出来事だったのです。

「どうした!?」

 と占者の表情に気づいてオリバンが尋ねますが、ユギルはそれに返事をすることもできませんでした。赤い光は大きく光り、とうとうひとつの象徴を呑み込んでいってしまいました。占いの場から、青い石の象徴が消えていきます。同時に未来が動き出しました。世界中に急激に闇が広がり、世界のあらゆるものを食い尽くしていきます。誰にもその闇を停めることはできません――。

「ユギル殿、しっかり!」

 とセシルに肩を揺すぶられて、ユギルは我に返りました。改めて占盤を見直すと、闇に食われる未来は消えていましたが、青い石の象徴はやはり姿を消したままでした。赤い光も消えてしまっています。

 顔色を変えて自分を見つめているオリバンとセシルへ、ユギルは低く言いました。

「占盤に願い石の赤い光が現れました……。光は勇者殿の象徴を呑み込み、そのまま消えていったのです。勇者殿は、願い石の元へ行きました」

 オリバンとセシルは息を呑みました。すぐにオリバンが尋ねます。

「あいつは何を願おうとしているのだ!? 何故そんなことになっていた!? あいつを停めることはできんのか!?」

 ユギルはまた占盤を見つめました。勇者を願い石から守る仲間たちを探しますが、彼らの象徴は海上を弱々しく漂っているだけでした。すぐ近くに大きな闇の象徴が控えているのを見て、ユギルはうめきました。

「やられました……。運命は危険から逃れたように見せておいて、次の扉に勇者殿たちを引き込んでいたのです。勇者殿たちはフノラスドと戦っておいででした。勇者殿は、皆様方を助けようとして、願い石のところへ行ったのです……」

 オリバンたちはまた息を呑みました。今度はもう何も言えなくなってしまいます。

 ユギルは占盤を見つめ続けましたが、どれほど想いを込めて探しても、赤い光が消えていった先へ、フルートを追いかけることはできませんでした――。

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