海上ではフノラスドとフルートたちの戦いが続いていました。
百メートルを超す大蛇のフノラスドは、先ほど戦ったタコの魔王よりも巨大です。黒、白、青、金の四つの色の頭がまだ生き残っていて、シュウシュウ言い続けています。
すると空中からランジュールが言いました。
「落ち着いていくんだよぉ、フーちゃん! 勇者くんは金の石を使えない。お嬢ちゃんは魔法を二つとも使い切ってる。どんなに手強そうに見えたって、実際のところ、勇者くんたちにはフーちゃんを倒すことなんかできないんだからねぇ!」
ジャァ、と蛇はいっせいに答えました。三組に別れている勇者たちへ向かっていきます。
それをかわしたルルが、ポポロに言いました。
「また行くわよ。もうひとつの白い頭も切り落としてやりましょう」
ポポロはうなずくと、振り落とされないように、ルルの背中にしっかりとしがみつきました。ルルが一度上昇してから白い頭目がけて急降下していきます。
とたんにランジュールが言いました。
「白ニィちゃん、よけろぉ! ついでにお嬢ちゃんを食っちゃえ!」
白い頭がルルをかわして、すぐに食いついてきました。ポポロを襲われそうになって、ルルがあわてて離れます。
そこへ大きな海藻のトビウオがジャンプしてきました。その背中からゼンがどなります。
「蛇だけあって素早いよな! でも、これはよけられねえだろう!」
と百発百中の矢を放ちます。矢は蛇の動きに合わせて飛び、白い蛇の急所に迫っていきました。蛇はかわすことができません。
すると、横から金の蛇が頭を出しました。仲間を狙う矢に食いついて、かみ砕いてしまいます。
「いいよぉ、金ちゃん! よくやったねぇ!」
とランジュールは上機嫌で飛び跳ねると、すぐに新しい命令を下しました。
「うざったい羽虫はまとめて倒しちゃおう! 青ちゃん、毒の息を全開ぃ!」
青い頭が口を開けたので、ポチやルルは大急ぎで空高く舞い上がりました。ゼンとメールを乗せたトビウオは、逆に海に潜ります。その後へ、毒の息が吹きつけられました。黄色い霧のような毒が波の上に広がると、じきにたくさんの魚が浮いてきます。幸い、その中にゼンたちを乗せたトビウオはいませんでしたが、どの魚も腹を上にして死んでしまっています。
「ワン、あの青い頭をなんとかしないと近づけませんよ。どうしよう」
とポチが言うと、フルートが答えました。
「ぼくを海に下ろすんだ。そして――」
フルートの話を聞いて、ポチはうなずきました。
「ワン、わかりました。充分気をつけてくださいよ」
と言ってから、急降下していって海面にフルートを下ろし、また空に舞い上がります。
ランジュールは目を丸くしました。
「どぉしたのさぁ、勇者くん? 自分から逃げ場のない海に下りてくるだなんて。金の石がないんだから、毒を食らったらイチコロなんだよぉ?」
フルートは何も答えませんでした。波間に浮いたまま、じっとフノラスドを見上げています。
上空からはポポロとルルが叫んでいました。
「早く逃げて、フルート!」
「何やってるのよ、ポチ! 毒が来るわよ!」
けれども、ポチも上空に留まったまま、フルートを助けに行こうとはしません。
ふーん、とランジュールは言いました。
「何か企んでるね、勇者くん――と言いたいところだけど、勇者くんは、記憶をなくしてから、しょっちゅうはったりを使うんだよねぇ。何かすごい作戦があるように見せておいて、本当はなんにも考えてなんかいないんだ。これもきっとそうに違いないよね。自分のほうに惹きつけておいて、さっきみたいに急に姿を消して、フーちゃんを混乱させるつもりなんだ。ダメダメ、もうその手は食わないからねぇ。――青ちゃん、毒の息! 勇者くんを直撃して、窒息させちゃえ!」
青い頭がフルートへ首を伸ばしました。大きく口を開けます。
「フルート、逃げて!!」
「早く!! 海に潜るのよ!!」
上空からポポロたちが叫び続けますが、やはりフルートは動きません。蛇が毒を吐くために息を吸い込みます――。
その瞬間、上空でポチが動きました。ごうっと音を立てて急降下すると、真っ正面から青い頭に向かっていって、その口の中へ飛び込みます。
ポチを呑み込んだ青い頭は、毒を吐けなくなって目を白黒させました。ランジュールも驚きます。
「そんなコトして、どうするつもりさぁ! ルルと違って、ワンワンちゃんは風の刃が使えないんだから、フーちゃんのおなかから脱出してこられないだろぉ!?」
すると、フルートが海上に浮いたまま答えました。
「大丈夫さ。ポチは胃袋まで行っているわけじゃないからな」
「えぇ? どういうことぉ!?」
ランジュールが意味がわからずにいると、いきなり青い頭が暴れ出しました。太い首を振り回して苦しみ始めます。その動きに引きずられて、他の色の蛇たちも右往左往を始めました。フルートたちに攻撃するどころではなくなってしまいます。
青い蛇の首が丸くふくらんでくるのを見て、ランジュールは叫びました。
「まさか、これってワンワンちゃんのしわざぁ――!?」
フルートは落ち着いた声でそれに答えました。
「青い頭だけが毒を吐くから、首の途中に毒を作って溜めておく場所があるはずだと思ったんだ。ポチはそこで暴れているのさ」
蛇の首はますますふくらんでいきました。青い蛇が呑み下そうとするように必死で頭を振っていますが、ふくらみは下がっていきません。しまいには首が巨大な風船のようになってしまいます。
すると、フルートが叫びました。
「いいぞ、ポチ! かみ裂け!」
とたんに、ばん、と激しい音が響き渡りました。ポチが薄くなった首に内側から牙を立てたので、首が破裂したのです。さざ波が音を立てて広がる海面に、青い蛇の頭がちぎれて落ちていきます――。
海中から海藻のトビウオが浮いてきました。
「大丈夫かい、フルート?」
とメールが尋ねます。フルートは盾をかざして、広がってきた爆発の風を避けていました。なんでもないように答えます。
「平気さ。毒はポチの風でずいぶん薄まっていたからね」
そのポチはフノラスドの中から飛び出して、また上空に舞い上がっていました。ワンワンワン、と得意そうにほえています。
ゼンがトビウオの背中から言いました。
「どうだ、ランジュール! これで頭はあと三つだぞ!」
幽霊の青年は空中で地団駄を踏みました。
「よくもよくもよくもぉ……! 勇者くんは記憶をなくしてるはずじゃないか! 魔法も金の石も炎の剣もないのに! 遠いところから竜が助けに来たりもしてないのに! それなのに、キミたちったら、どうしてそんなに強いのさぁ!?」
聞かれて、ゼンは揶揄(やゆ)するように言い返しました。
「んなこともわからねえのかよ! 頭悪ぃな、ランジュール!」
「えぇ!? それって、ドワーフくんに言われるとものすごく頭に来るなぁ! いいから早く言いなよ! キミたちはどうしてそんなに強いわけぇ!?」
ランジュールが怒りながらもまた尋ねてきたので、ゼンは、ふふん、と鼻で笑いました。またポチの背に戻ったフルートや、上空のルルやポポロへ手招きすると、やってきたフルートの肩をぐいと抱き寄せて言います。
「それはな、俺たちが仲間だからだよ――! 確かにこいつはマモリワスレの魔法で記憶を全部失った。だから、俺たちはもう一度最初から友だちになったんだ。デビルドラゴンが来ようが、魔王やてめえが来ようが、俺たちは絶対に負けねえ。何十回だって何百回だって、また出会って友だちになって、そしてまた仲間になっていくんだ。だから、俺たちは強いんだよ! だって俺たちは一人じゃねえんだからな!」
力を込めてそう言い切ったゼンを、フルートは驚いたように見ました。ゼンの後ろではメールがそうそう! とうなずき、舞い下りてきたルルの上では、ポポロが涙ぐんで笑っています。犬たちも、ワンワン、と声高く鳴きます――。
ふぅん、とランジュールは言いました。両手を細い腰に当て、ふわふわと海上から勇者たちを見下ろして言います。
「ほぉんと、立派だよねぇ、キミたちは。それを本気で言ってるところが、またすごい。やっぱりキミたちは金の石の勇者の一行だなぁ。でもね、どんなにすごいコトを言ったって、金の石はキミたちを守ってないんだなぁ。炎の剣だって魔法だって使えなくなってるし。現実ってヤツは、しっかり見極めなくちゃねぇ……」
のんびりしたランジュールの声の中に、ちらりと危険な響きが混じりました。糸のように細い目が、きらっと残酷な光を放ちます。
「黒ちゃんは頭が減っちゃったし、ずうっとおとなしくしてたから、もう魔法は使えないと思っていたんだろぉ? うふふ、ざぁんねんでしたぁ。闇魔法は健在なんだよぉ。ただ、キミたちがばらばらでいると攻撃しにくいから、一箇所に集まってくれるのを待ってただけさぁ」
勇者の一行は、ぎょっとしました。彼らはポチに乗ったフルートを囲んで、海の一箇所に集まっていたのです。
ランジュールは勝ち誇った表情で右手を上げると、一行を指さして言いました。
「黒イチちゃん、いけぇ!」
ランジュールの声と同時に、黒い蛇の口から闇色の矢が彼らへ飛んできました――。