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第17巻「マモリワスレの戦い」

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84.強い理由

 海上ではフノラスドとフルートたちの戦いが続いていました。

 百メートルを超す大蛇のフノラスドは、先ほど戦ったタコの魔王よりも巨大です。黒、白、青、金の四つの色の頭がまだ生き残っていて、シュウシュウ言い続けています。

 すると空中からランジュールが言いました。

「落ち着いていくんだよぉ、フーちゃん! 勇者くんは金の石を使えない。お嬢ちゃんは魔法を二つとも使い切ってる。どんなに手強そうに見えたって、実際のところ、勇者くんたちにはフーちゃんを倒すことなんかできないんだからねぇ!」

 ジャァ、と蛇はいっせいに答えました。三組に別れている勇者たちへ向かっていきます。

 それをかわしたルルが、ポポロに言いました。

「また行くわよ。もうひとつの白い頭も切り落としてやりましょう」

 ポポロはうなずくと、振り落とされないように、ルルの背中にしっかりとしがみつきました。ルルが一度上昇してから白い頭目がけて急降下していきます。

 とたんにランジュールが言いました。

「白ニィちゃん、よけろぉ! ついでにお嬢ちゃんを食っちゃえ!」

 白い頭がルルをかわして、すぐに食いついてきました。ポポロを襲われそうになって、ルルがあわてて離れます。

 そこへ大きな海藻のトビウオがジャンプしてきました。その背中からゼンがどなります。

「蛇だけあって素早いよな! でも、これはよけられねえだろう!」

 と百発百中の矢を放ちます。矢は蛇の動きに合わせて飛び、白い蛇の急所に迫っていきました。蛇はかわすことができません。

 

 すると、横から金の蛇が頭を出しました。仲間を狙う矢に食いついて、かみ砕いてしまいます。

「いいよぉ、金ちゃん! よくやったねぇ!」

 とランジュールは上機嫌で飛び跳ねると、すぐに新しい命令を下しました。

「うざったい羽虫はまとめて倒しちゃおう! 青ちゃん、毒の息を全開ぃ!」

 青い頭が口を開けたので、ポチやルルは大急ぎで空高く舞い上がりました。ゼンとメールを乗せたトビウオは、逆に海に潜ります。その後へ、毒の息が吹きつけられました。黄色い霧のような毒が波の上に広がると、じきにたくさんの魚が浮いてきます。幸い、その中にゼンたちを乗せたトビウオはいませんでしたが、どの魚も腹を上にして死んでしまっています。

「ワン、あの青い頭をなんとかしないと近づけませんよ。どうしよう」

 とポチが言うと、フルートが答えました。

「ぼくを海に下ろすんだ。そして――」

 フルートの話を聞いて、ポチはうなずきました。

「ワン、わかりました。充分気をつけてくださいよ」

 と言ってから、急降下していって海面にフルートを下ろし、また空に舞い上がります。

 ランジュールは目を丸くしました。

「どぉしたのさぁ、勇者くん? 自分から逃げ場のない海に下りてくるだなんて。金の石がないんだから、毒を食らったらイチコロなんだよぉ?」

 フルートは何も答えませんでした。波間に浮いたまま、じっとフノラスドを見上げています。

 上空からはポポロとルルが叫んでいました。

「早く逃げて、フルート!」

「何やってるのよ、ポチ! 毒が来るわよ!」

 けれども、ポチも上空に留まったまま、フルートを助けに行こうとはしません。

 ふーん、とランジュールは言いました。

「何か企んでるね、勇者くん――と言いたいところだけど、勇者くんは、記憶をなくしてから、しょっちゅうはったりを使うんだよねぇ。何かすごい作戦があるように見せておいて、本当はなんにも考えてなんかいないんだ。これもきっとそうに違いないよね。自分のほうに惹きつけておいて、さっきみたいに急に姿を消して、フーちゃんを混乱させるつもりなんだ。ダメダメ、もうその手は食わないからねぇ。――青ちゃん、毒の息! 勇者くんを直撃して、窒息させちゃえ!」

 青い頭がフルートへ首を伸ばしました。大きく口を開けます。

「フルート、逃げて!!」

「早く!! 海に潜るのよ!!」

 上空からポポロたちが叫び続けますが、やはりフルートは動きません。蛇が毒を吐くために息を吸い込みます――。

 

 その瞬間、上空でポチが動きました。ごうっと音を立てて急降下すると、真っ正面から青い頭に向かっていって、その口の中へ飛び込みます。

 ポチを呑み込んだ青い頭は、毒を吐けなくなって目を白黒させました。ランジュールも驚きます。

「そんなコトして、どうするつもりさぁ! ルルと違って、ワンワンちゃんは風の刃が使えないんだから、フーちゃんのおなかから脱出してこられないだろぉ!?」

 すると、フルートが海上に浮いたまま答えました。

「大丈夫さ。ポチは胃袋まで行っているわけじゃないからな」

「えぇ? どういうことぉ!?」

 ランジュールが意味がわからずにいると、いきなり青い頭が暴れ出しました。太い首を振り回して苦しみ始めます。その動きに引きずられて、他の色の蛇たちも右往左往を始めました。フルートたちに攻撃するどころではなくなってしまいます。

 青い蛇の首が丸くふくらんでくるのを見て、ランジュールは叫びました。

「まさか、これってワンワンちゃんのしわざぁ――!?」

 フルートは落ち着いた声でそれに答えました。

「青い頭だけが毒を吐くから、首の途中に毒を作って溜めておく場所があるはずだと思ったんだ。ポチはそこで暴れているのさ」

 蛇の首はますますふくらんでいきました。青い蛇が呑み下そうとするように必死で頭を振っていますが、ふくらみは下がっていきません。しまいには首が巨大な風船のようになってしまいます。

 すると、フルートが叫びました。

「いいぞ、ポチ! かみ裂け!」

 とたんに、ばん、と激しい音が響き渡りました。ポチが薄くなった首に内側から牙を立てたので、首が破裂したのです。さざ波が音を立てて広がる海面に、青い蛇の頭がちぎれて落ちていきます――。

 

 海中から海藻のトビウオが浮いてきました。

「大丈夫かい、フルート?」

 とメールが尋ねます。フルートは盾をかざして、広がってきた爆発の風を避けていました。なんでもないように答えます。

「平気さ。毒はポチの風でずいぶん薄まっていたからね」

 そのポチはフノラスドの中から飛び出して、また上空に舞い上がっていました。ワンワンワン、と得意そうにほえています。

 ゼンがトビウオの背中から言いました。

「どうだ、ランジュール! これで頭はあと三つだぞ!」

 幽霊の青年は空中で地団駄を踏みました。

「よくもよくもよくもぉ……! 勇者くんは記憶をなくしてるはずじゃないか! 魔法も金の石も炎の剣もないのに! 遠いところから竜が助けに来たりもしてないのに! それなのに、キミたちったら、どうしてそんなに強いのさぁ!?」

 聞かれて、ゼンは揶揄(やゆ)するように言い返しました。

「んなこともわからねえのかよ! 頭悪ぃな、ランジュール!」

「えぇ!? それって、ドワーフくんに言われるとものすごく頭に来るなぁ! いいから早く言いなよ! キミたちはどうしてそんなに強いわけぇ!?」

 ランジュールが怒りながらもまた尋ねてきたので、ゼンは、ふふん、と鼻で笑いました。またポチの背に戻ったフルートや、上空のルルやポポロへ手招きすると、やってきたフルートの肩をぐいと抱き寄せて言います。

「それはな、俺たちが仲間だからだよ――! 確かにこいつはマモリワスレの魔法で記憶を全部失った。だから、俺たちはもう一度最初から友だちになったんだ。デビルドラゴンが来ようが、魔王やてめえが来ようが、俺たちは絶対に負けねえ。何十回だって何百回だって、また出会って友だちになって、そしてまた仲間になっていくんだ。だから、俺たちは強いんだよ! だって俺たちは一人じゃねえんだからな!」

 力を込めてそう言い切ったゼンを、フルートは驚いたように見ました。ゼンの後ろではメールがそうそう! とうなずき、舞い下りてきたルルの上では、ポポロが涙ぐんで笑っています。犬たちも、ワンワン、と声高く鳴きます――。

 

 ふぅん、とランジュールは言いました。両手を細い腰に当て、ふわふわと海上から勇者たちを見下ろして言います。

「ほぉんと、立派だよねぇ、キミたちは。それを本気で言ってるところが、またすごい。やっぱりキミたちは金の石の勇者の一行だなぁ。でもね、どんなにすごいコトを言ったって、金の石はキミたちを守ってないんだなぁ。炎の剣だって魔法だって使えなくなってるし。現実ってヤツは、しっかり見極めなくちゃねぇ……」

 のんびりしたランジュールの声の中に、ちらりと危険な響きが混じりました。糸のように細い目が、きらっと残酷な光を放ちます。

「黒ちゃんは頭が減っちゃったし、ずうっとおとなしくしてたから、もう魔法は使えないと思っていたんだろぉ? うふふ、ざぁんねんでしたぁ。闇魔法は健在なんだよぉ。ただ、キミたちがばらばらでいると攻撃しにくいから、一箇所に集まってくれるのを待ってただけさぁ」

 勇者の一行は、ぎょっとしました。彼らはポチに乗ったフルートを囲んで、海の一箇所に集まっていたのです。

 ランジュールは勝ち誇った表情で右手を上げると、一行を指さして言いました。

「黒イチちゃん、いけぇ!」

 ランジュールの声と同時に、黒い蛇の口から闇色の矢が彼らへ飛んできました――。

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