大ダコの魔王とデビルドラゴンは、セイマの海から姿を消しました。津波が去って穏やかになった海を、カルドラ国王の軍艦が港へ戻っていきます。先にゼンが海から助け上げた人々も、同じ軍艦に乗っています。
「やれやれ、カルドラもザカラス遠征をあきらめたようだぜ。これでようやく全部終わりだな」
海の上を漂いながら、ゼンが言いました。ほっとして笑顔になっていますが、とたんに、横に浮いていたメールから叱られました。
「やだね、ゼンったら。まだ終わっちゃいないだろ! フルートを元に戻さなくちゃいけないんだよ! ロムド城に行って、赤の魔法使いにマモリワスレの術を解いてもらわなくちゃ!」
その赤の魔法使いが、クアロー王の策略でロムド城を離れ、南大陸へ向かってしまったことを、彼らはまだ知りません。
同じように海上を漂っていたフルートは、ちょっと苦笑いをしました。
「そうだな……。ぼく自身は別にこのままでもいいような気がするけれど、ぼくが記憶を失っている限り、金の石も眠ったままでいるんだろうから、次にまたデビルドラゴンや魔王が襲ってきたときに、きっと勝てないよな」
そんなことを言って、自分の腕にしがみついているポポロを惜しむように眺めます。記憶を取り戻してしまったら、ポポロとのこの関係も白紙に戻るのではないかと考えているのです。
「やだ、フルートったら!」
とルルがあきれた声を出しました。あのね、あなたたちはね――と以前のフルートとポポロの関係を教えようとします。ポポロはフルートの腕を抱いたまま、早くも真っ赤になっています。
ところが、フルートがいきなり沖を振り向きました。表情を一変させて叫びます。
「来る!」
何が? と仲間たちは驚きました。海は青く輝いているだけで、特に何も見当たりません。ポポロはあわてて魔法使いの目に切り替えましたが、やはりフルートの見る方向には何も見つかりません。
けれども、フルートは厳しい声で言い続けました。
「殺気だ! これは――この気配は――」
セイマの丘の上の灯台では、ジズとイリーヌが話し合っていました。
「あの子たち、本当に何もかもやっつけてしまったわね。海軍も魔王もデビルドラゴンも……。国王陛下の軍艦が尻尾を巻いて戻っていくわよ」
「誰もが金の石の勇者の実力を思い知っただろう。ザカラスはロムドと同盟を結んでいる。そこへ攻めていけば、あの金の石の勇者まで敵に回すことになる、と司令官たちも気づいたはずだ」
とジズは言って、沖を眺め続けました。先刻まで津波が押し寄せていたことが嘘だったように、青く穏やかな海原が広がっています。その中に海鳥のように浮かんでいるのが、フルートたちの一行でした。灯台からでは、砂粒のように小さくしか見えませんが、無事でいるようです。
その時、彼らの横で海を見ていた若い灯台守が、ありゃっ? と声を上げました。沖を指さして言います。
「あれはなんでしょう? 海がなんだか歪んで見える……!」
ジズとイリーヌもそちらを見て目を丸くしました。確かに海上の景色が歪んで見えます。波や空がゆっくりと渦を巻いているのです。その中心から、もやもやと何かが姿を現します。
フルートたちは海に浮いたまま、緊張しながら海と空を見つめ続けました。景色が歪んで渦を巻き、その中から何かが出てきます。非常に大きな存在です。
それを見て、フルートはポポロを腕から引き離しました。自分の後ろへかばって、背中の剣に手をかけます。ゼンやメールも身構え、犬たちはウゥゥとうなります。
すると、渦の中から声が聞こえてきました。若い男の声です。
「これでもう全部終わりだってぇ? ざぁんねんでした。いつだって、真打ちは一番最後に登場するものなのさぁ」
妙にのんびりした口調でそう言うと、声は、うふふふ、と女のように笑いました――。