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第17巻「マモリワスレの戦い」

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78.炎

 ラクが投げた呪符が空中で燃え上がり、火の竜に変わったので、オリバンや竜子帝たちは驚きました。長さ二十センチほどの小さな蛇のような竜が、空中で炎の体をくねらせています。

「これはわしが術で作った火竜です。この竜を作るのに使ったのと同じ呪符が、ゼン殿の炎の矢にも使ってあります。わしの呪符と呪符の間でならば、術を送ることは可能。この火竜を勇者殿たちのところへ送ります」

 と術師のラクは言い続けました。頭巾と布の間からのぞく目が、火の竜の輝きを映しています。

「だが、小さいぞ! そんなちっぽけな竜で何ができるというのだ!?」

 と竜子帝が言いました。正直すぎることばですが、他の者たちもそれをたしなめることはできませんでした。フルートたちが戦っているのは、あのデビルドラゴンを宿した魔王です。こんな小さな竜に対抗できるとは、とても思えません。

 すると、占神が言いました。

「いいや、その竜はきっと活躍するよ。ゼンは炎の呪符を巻いた矢をたくさん持っているからね。それが火竜に力を与えるだろうさ」

「ユラサイの術は、光や闇の魔法から影響を受けることがありません。闇の竜にもその術は効果を及ぼすのです」

 とユギルも言います。

 ラクはまた新しい呪符を取りだしていました。白い紙には古いユラサイ文字の呪文が書きつけられています。

「では、火竜を送り出します」

 とラクが呪符を声に出して読み上げると、彼らの目の前で火竜がまた身をくねらせました。みるみる大きくなり、透き通って消えていきます――。

 

 火竜が完全に消えてしまうと、占神が言いました。

「さあ、向こうで何がどうなっていくか、また占うとしよう。あんたたちも屋敷にお入り。気が乱されるから、あたしが占っている場所に入れるわけにはいかないけれど、変化が見えたら知らせてあげるから、中で待っておいで」

 そこで一同は贔屓に乗った占神と共に屋敷の中へ入っていきました。ただ、ユギルだけはそれに続きませんでした。中庭の木陰の椅子に座り、テーブルに置かれた占盤をのぞき続けています。

 それに気づいて、オリバンが戻ってきました。

「ユギルは行かないのか?」

「占者が相手の占いの場の中に入ると、強い影響を与えてしまうことがございます。わたくしはここで勇者殿たちの様子を見守りたいと存じます」

 占盤には深い闇が映っていました。その下のセイマの港は、闇に完全に隠されてしまって見通すことができないのですが、それでもユギルは占盤を見つめ続けます。

 そんなユギルを見て、オリバンは言いました。

「では、私もここで待とう。彼らが魔王を倒せば、闇が晴れ、ユギルにも彼らの様子が見えるようになるはずだ。それをここで待つことにする」

 そこへセシルも引き返してきて、オリバンに並びました。竜子帝とリンメイとラクは、占神と共に屋敷へ入っていきます。

 東の果てのユラサイ国、山々に囲まれた竜仙郷。

 フルートたちを心の友と想う者たちは、それぞれが信じる占者と共に、戦いの行方を見守ることにしたのでした――。

 

 

「あの竜はなんだ!? どこから来たんだよ!?」

 炎の矢から変化して空に駆け上がった火竜を見て、ゼンが驚いていました。竜は炎の体をくねらせながら、大ダコの魔王より巨大になっていきます。

 すると、ポポロが言いました。

「ゼンの矢から魔法が発動していくのが見えたわ……! あれはユラサイの術よ! ゼンの矢にはラクさんの呪符が巻いてあったし、きっと、ラクさんがあたしたちを助けてくれているのよ……!」

「ワン、闇に効果があるユラサイの術だ!」

 とポチも歓声を上げます。全員が魔王の手や触手の中から空の竜を見つめます。

「ユラサイの術? なんだ、それは! そんなもの、魔王のオレ様には痛くもかゆくもないぞ!」

 と大ダコの魔王がまた、ギュギュギュ、ときしむように笑いました。空いていた触手をいっせいに空へ伸ばして、火竜を捕まえようとします。

 すると、竜は青空の中で身をひるがえしました。体の炎をなびかせながら、魔王目がけて急降下します。

 どん、と激しい衝撃があって、フルートたちは全員が宙に投げ出されました。火竜が魔王に体当たりをしたのです。竜に絡みつかれて、魔王の巨体が燃え上がりました。魔王が悲鳴を上げます。

 一方、海に向かって落ちながら、メールは必死で呼んでいました。

「花たち! おいで! 早くおいで――!」

 魔王に捕まっていた彼らは、数十メートルもの高さから落ちていました。いくら下にあるのが海面でも、この高さから落ちれば、岩場にたたきつけられたような衝撃を受けます。良くて大怪我、下手をすれば死ぬかもしれません。

 すると、海の上で、ざざぁっと雨が降るような音が響きました。一群の花が海から立ち昇り、寄り集まって飛んできます。

 メールは歓声を上げました。

「受け止めな!」

 と言ったとたん、花が網を作って広がります。全員はその上に落ちました。受け止められて、たわんだ網の上で飛び跳ねます。

 激しく揺れる網にしがみついて、一同は頭上を見ました。海からそそり立つ魔王と、それに絡みついている火竜の戦いを眺めます。

 魔王は竜を振り払うことができませんでした。火竜をつかんで引きはがそうとするのですが、炎が高温なので触手や手が燃えてしまうのです。すぐに黒い霧のようなものが寄り集まって、触手や手を復活させますが、それもまた燃えて落ちてしまいます。巨大な人の体も炎の縄に締め上げられて、次第にむしばまれていきます。

「ワン、火勢が強すぎるから、魔王の再生が間に合わないんだ」

 とポチが言いました。

「闇の魔法はユラサイの術には抵抗できないもの。まともに食らっているのよ……」

 とポポロも言います。

 一同が見上げる前で、巨人の魔王がどんどん燃えていきました。大ダコの悲鳴が響き渡ります――。

 

 すると、海の奥底からまたデビルドラゴンの声が聞こえてきました。

「魔弾ヲ撃チ出セ、魔王! 勇者ドモヲソレデ撃チ殺スノダ!」

 魔弾? と大ダコが炎の中でもがき苦しみながら言いました。火に包まれた触手が、何かをつかもうとするように、空中を動き回ります。その先端が、ぼうっと黒く光り出したので、一同はぎょっとしました。魔王が魔弾を使おうとしているのです。

「やべぇ! 来るぞ!」

「花たち! 花鳥に――」

 けれども、彼らが鳥に乗って舞い上がるより早く、触手の先で黒い光が弾けました。魔弾が無数の黒い矢のように飛んできます。

 メールはとっさに花を壁に変えました。壁は魔弾を防ぎましたが、網が消えてしまったので、フルートたちは海に落ちました。一度水中に潜ってから、波の上に浮かびます。

 すると、ポチが、ワン、と叫びました。

「見てください! 魚が!」

 彼らからほど遠くない海面に、何十匹もの魚が浮いていました。全部死んでしまっています。花の壁にさえぎられずに海に落ちた魔弾が、海中の魚の群れを打ちのめしたのでした。

「魔弾は水中でも効くのか……」

 と一同は呆然としました。これでは海に潜って魔弾をかわすこともできません。

 魔王はさらに大きな炎に包まれていました。よろめきながら、大きな悲鳴を何度も上げます。いくら魔王でも、体を焼かれる苦痛は感じるのです。

「勇者ドモヲ撃チ殺スノダ、魔王!」

 とデビルドラゴンは繰り返しました。

「オマエハモウ助カラナイ。勇者ドモト相討チニナッテ、コノ世ニ闇ヲ降臨サセルノダ!」

 魔王がまた悲鳴を上げました。絶望の声です。火竜は燃えながら魔王の体の中にまで潜り込んで、引きはがすことができなくなっていました。やぶれかぶれに振り上げた触手に、また黒い魔弾が生まれてきます。

 一同は海上で青ざめました。メールの花は、先の魔弾に焼き尽くされていました。一帯がまだ魔王の支配下にあるので、ポチとルルも風の犬に変身できません。魔弾から身を守る方法がないのです――。

 

 すると、突然フルートが声を張り上げました。

「その体を捨てろ! 早く!」

 仲間たちは驚きました。こともあろうに、フルートは大ダコの魔王に話しかけたのです。

「急いで魔王の体を捨てろ! そうすれば、おまえは助かるんだ! 急げ!」

 とフルートが言い続けます。その顔が大きく歪んでいることに、仲間たちは気がつきました。フルートは、まるで自分自身が火に焼かれているような顔で、炎に包まれた魔王を見つめています。

 血の色をした大ダコの目がフルートを見下ろしました。燃え上がる炎の中、八本の触手が高々と上がっていきます。その先の一つ一つに黒い魔弾がこごっています。

「危ねえ、来るぞ!」

「フルート、逃げて!」

 ゼンとポポロが言いましたが、フルートは動きませんでした。目を細め、苦痛に耐えるような表情をしながら、魔王に向かって叫び続けます。

「おまえを使い捨てにするような奴に、命まで捧げる必要なんかない! 奴から離れろ! 逃げろ! 逃げて、生き延びるんだ――!」

 

 すると。

 触手の先の魔弾が急速に縮んでいきました。きらりと黒く光ると、そのまま吸い込まれるように消えていきます。

「ドウシタ、魔王!? 魔弾ヲ撃テ!」

 デビルドラゴンの声が響くと、魔王は首を振りました。

「いやだ……! いやだ、いやだ、死にたくない! オレは生きたかったから、あんたと手を組んだんだ! オレに死ねと言うあんたとなんか、オレはやっていけない……!!」

 ずるり、と魔王の頭が首から外れました。大ダコに戻って、海へと落ちていきます。

 火竜が絡みついていた魔王の体が、音を立てて激しく燃え上がりました。巨大な火柱になって海の中へ倒れていきます。

 炎は大ダコにも燃え移っていました。触手が火に包まれ、丸い頭も焼けていきます。

「熱い熱い!! 死にたくない!! いやだ! 死にたくないよぉぉ――!!」

 狂ったように叫び続ける大ダコに、フルートがまた言いました。

「デビルドラゴンを自分から追い出せ! 早く!!」

 とたんに、大ダコの体から黒い霧のようなものが抜け出していきました。空に昇り、寄り集まって、巨大な竜の形に変わります。四枚の翼を広げた影の竜です。

 一方、影が出ていった後の大ダコは、みるみる縮んでいきました。炎は溶けるように消え、中から灰色の生き物が現れます。それはフルートたちの両手に載るくらいの、ちっぽけなタコでした。触手をくねらせながら海へ落ちて、小さなしぶきを立てます。

 そのままタコはどこかへ泳ぎ去っていきました。それきり戻ってきません――。

 

「ヨクモ」

 とデビルドラゴンはフルートたちへ言いました。四枚の翼が音を立てながら羽ばたきを繰り返しています。

「ダガ、ふるーとハマダ記憶ヲ失ッテイル。オマエタチヲ倒スノハ今ダ。マタ新シイ依リ代(よりしろ)ヲ見ツケテヤル」

 と影の首を伸ばして海を見回します。次に取り憑いて魔王にする相手を探しているのです。フルートやゼンたちは真っ青になりました。今度こそ、本当にもう打つ手がありません。海の上に浮いたまま、空をおおっている巨大な影の竜を見上げてしまいます。

 すると、海の中から何かが飛び出してきました。ジュン、という音が響いて、白い水蒸気が立ち上ります。

 それは火竜でした。魔王の体を燃え上がらせて、一緒に海中に沈んだのですが、その場所からまた出てきたのです。長い炎の体をくねらせながら影の竜がいる場所まで昇っていきます。

「カノ国ハ、マタ我ニ逆ラウノカ!」

 とデビルドラゴンは叫びました。怒りの声ですが、実体を持たないので、攻撃することができません。

 そこへ火竜が飛び込んでいきました。デビルドラゴンの体の中でとぐろを巻き、巨大な火の玉になって破裂します。

 とたんに赤い光が輝き渡りました。炎が放つ光です。影の竜を引きちぎり、輝きの中に消し去って行きます。

 オォーオォォォオーー……

 デビルドラゴンの咆吼(ほうこう)が長い尾を引いて海上に響き、吸い込まれるように消えていきました。

 後にはもう、二匹の竜の姿はありません。

 

「火の竜がデビルドラゴンを倒したのか……?」

 とフルートが言ったので、ゼンは首を振りました。

「そうじゃねえ。あいつはあんなことくらいじゃ消えねえんだ。火の竜の光に追い払われて、逃げていったんだよ。とりあえず、俺たちはあいつに勝ったんだ」

 それでもフルートは空を見上げ続けていました。信じられないような表情をしています。

 メールが笑顔になりました。

「やったね、ゼン!」

 とゼンの首に抱きついたので、おいこら! と少年が赤くなって焦ります。ポチとルルは海上を泳いでいって、ぺろぺろと塩辛い顔をなめ合いました。ポポロもフルートに泳ぎ寄っていきました。ちょっとためらってから、思い切ってフルートの腕に自分の腕を絡めます。フルートは驚き、すぐに照れたようにポポロに笑いかけました。

 魔王もデビルドラゴンも消えた海は、次第に穏やかさを取り戻していました。

 海岸のセイマの港からは、灯台の鐘の音が響き続けていました――。

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