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第17巻「マモリワスレの戦い」

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77.抵抗

 「あれは何!? あれはなんなの!!?」

 丘の上の灯台で、イリーヌが金切り声を上げました。隣に立つジズも、呆然と海を眺めてしまいます。

 津波が去り、また水上に姿を現した防波堤の向こう側に、巨大な怪物が出現していました。大ダコの頭をした裸の巨人です。両手に風の犬を捕まえ、さらに水中からは大蛇もつかみ上げて引きちぎってしまいます。すさまじい力です。

 巨人に気がついた街の人々が悲鳴を上げて逃げていました。先の津波の時よりも大騒ぎです。一刻も早く海から離れようと、必死になって走っています。

「魔王だ――」

 とジズはつぶやきました。

「あいつらが軍艦相手に派手にやらかしたから、魔王が気づいて襲ってきたんだ。それ以外ありえん」

「ど、どうなるの!? どうやったらあれを倒せるのよ!?」

 とイリーヌは叫び続けました。醜悪な姿の怪物に怯えて真っ青になっています。

 ジズは首を振りました。

「俺にもわからん。フルートの金の石は眠っていた。あいつ自身も記憶を失っている。魔王を倒す方法が、あいつらにはないんだ」

 イリーヌが息を呑みます。

 背後ではまた灯台守が狂ったように鐘を鳴らしていました。丘へ逃げてきた人々の悲鳴も、下のほうから聞こえてきます。

 海上では、巨人に捕まった風の犬がいつの間にか姿を消していました。何が起きているのか、ここからでは距離がありすぎて、確かめることができません。

「なんとかできんのか、フルート……なんとか」

 食い入るような目で沖を見つめながら、ジズはつぶやき続けました――。

 

 

 一方、竜仙郷の占神の屋敷の庭では、セイマの海に魔王が出現した、とユギルが告げていました。ということは――とオリバンたちが青ざめているところへ、突然屋敷の入口が開いて、贔屓(ひき)に乗った占神と老人がまた出てきました。老人が一同に向かって言います。

「カルドラ国のセイマ港に魔王が現れた! 非常に危険な雲行きだと占神が言っとるぞ!」

 それを聞いて竜子帝が言いました。

「こちらでもロムドの占者殿が魔王の出現に気がついた! どうすればいいのだ、占神!? フルートたちはどうなっている!?」

 大亀のような贔屓の上で、占神は答えました。

「彼らの様子を直接知ることは、あたしにもできないよ。エルフの道具の力で、占いの場から姿を隠しているからね。ただ、魔王の動きと戦場の様子はあたしにも把握できるのさ。最初、魔王はセイマ港を津波で押し流そうとしたが、強力な光の魔法に追い返された。ポポロのしわざだろうね。すると、魔王は本領を発揮して巨大になったんだよ。非常に危険な状況さ。そこにいる誰にも魔王を停めることはできない、と占いには出ている。フルートは金の石の勇者の力を失ってしまっているし、どうやらポポロも魔法を使い切っているようだし――彼らにはもう、魔王に対抗する手段が残されていないんだよ」

 占神のことばにリンメイとセシルは短い悲鳴を上げ、竜子帝は絶句しました。オリバンは剣を握りしめて歯ぎしりをします。今すぐ助けに駆けつけたいのに、彼らとフルートたちの間には何千キロもの距離が横たわっているのです。

 すると、術師のラクが、はっとしたように言いました。

「今、ゼン殿が炎の矢を放ちました。戦っておいでのようです」

 一同はいっそう青ざめました。フルートたちが戦っている相手はわかりきっています。とてもかなわないと思っても、必死で魔王に抵抗しているのです。

「また矢が――! 激戦のようです」

 とラクは言い続けました。オリバンが大きくうなります。

「我々には何もできんのか!? どうすることもできんと言うのか!!?」

 怒りと悔しさに、全身が激しく震えます。

 

 すると、占神が言いました。

「あたしの占いには、こんなことも出たよ……。いにしえの戦いを思い出せ、とね。その向こうに勝利の光は見えている。きっと何か方法はあるはずさ」

「何かとは!? いったいどんな方法だ!?」

 と竜子帝は身を乗り出しました。リンメイのほうは、考え込む顔になります。

「いにしえの戦い……? 二千年前の、ユウライ砦(さい)での戦いのこと?」

「フルートたちが言っていた、ユラサイを戦場にした光と闇の戦いのことだな!」

「それはどんな戦いだったんだ!?」

 とオリバンとセシルが勢い込んで尋ねます。

 リンメイは首を振りました。

「詳しいことはわからないのよ。デビルドラゴンが魔法で戦いの記録を消してしまったから……。ただ、ユラサイの術は闇に対して力を発揮することができたから、それでデビルドラゴンを封じることができたらしいわ」

 ユラサイの術――とオリバンとセシルは繰り返しました。全員がいっせいに注目したのは、黄色い服と頭巾を身につけた術師でした。竜子帝が尋ねます。

「できるか、ラク!?」

 術師は頭巾と布の間からのぞく目を細めました。少しの間、考えてから、低い声で答えます。

「これまでなんの親交もなかった国や相手の場合は、接点がないので、私の術も役には立ちません。ですが、勇者殿たちであれば――」

「朕たちは彼らと共にデビルドラゴンや黒竜と戦ったぞ!」

 と竜子帝は言いました。リンメイも両手を握り合わせて言います。

「彼らと私たちは友だちよ! 離れていても、心はいつも彼らと一緒! いつだって、彼らと私たちは一緒に戦っているのよ!」

 ラクは深くうなずきました。

「それは私も同じ気持ちです。たった今、方法を思いつきました。これを試してみることにいたしましょう」

 そう言って、術師はおもむろに懐から呪符を取り出しました――。

 

 

「メール! ポポロ!」

「ポチ、ルル!」

 巨人になった魔王の両手の中で、ゼンとフルートは叫び続けました。

 大ダコの頭の下でひげのようにうごめく触手に、少女たちや犬たちは捕まっていました。その触手の奥に丸い穴が現れます。黒いくちばしが生えた口です。

「まずは犬からだ!」

 と魔王は言って、ポチとルルを口へ引き寄せていきました。犬たちは必死で変身しようとしましたが、風の犬に変わることはできませんでした。ルルがうなりながら触手にかみつきますが、まったく歯が立ちません。

「この野郎!」

 とゼンはわめき、なんとか魔王の手から抜け出そうともがきました。渾身の力で太い指を押し返すのですが、ゼンの怪力でも魔王の手はびくともしません。その間にも犬たちは魔王の口へ運ばれていきました。メールとポポロが悲鳴を上げて目をつぶります。

 フルートは剣を握りしめ、自分をつかむ魔王の手に何度も振り下ろしました。そのたびに黒い障壁が広がって剣を跳ね返しますが、それでも切りつけることをやめません。

 それを見て、ゼンがどなりました。

「無理だ、フルート! 剣が折れるぞ!」

 とたんにフルートが言い返しました。

「今戦わなくて、いつやるんだ!? あきらめるな! 最後の最後まで、絶対にあきらめるな!!」

 力を込めて、また剣を振り下ろします――。

 

 フルートの声は犬たちにも聞こえていました。フルート……とポチがつぶやきます。

 最後の最後まで、絶対にあきらめるな。それは、黄泉の門の戦いのとき、ゼンの命を救うために、フルートが何度も口にしたことばでした。仲間たちに対しても、何度もそう言って励ましてくれました。フルートの真の強さを象徴していることばです――。

 ポチは改めて魔王を見ました。大ダコは小さいポチのほうを先に食べることに決めたようでした。触手がポチを引き寄せ、くちばしが生えた口でかみちぎろうとします。ポチ! とルルが悲鳴を上げます。

 すると、ポチの頭が突然、ぐんとふくれあがりました。触手につかまれた体は小犬のままですが、頭だけが風の犬に変わったのです。牙をむいて魔王の顔にかみつきます。

 とたんに闇の障壁が消えて、風の牙が大ダコの頭に傷を負わせました。魔王がうなって後ずさったので、犬たちもフルートたちも空中で激しく振り回されます。

「この……! ちっぽけな犬のくせに生意気な!」

 と魔王は憤り、触手の力を強めました。とたんにポチはまた元の小犬に戻り、いっそう締め上げられて、キャンキャン悲鳴を上げました。もう風の犬に変身することはできません。

 ところが、そこへ風を切って矢が飛んできました。魔王の目と目の間に突き刺さって炎を上げます。ゼンが魔王の手に捕まったまま、また弓を構えていました。もう次の矢を放とうとしています。

「生意気! 生意気!」

 と魔王はわめいて、また障壁を張りました。飛んでいった矢が跳ね返されて海に落ちます。先の矢もすぐに火が消えて抜け落ちてしまいました。魔王にダメージを与えることができません。

 それでもゼンはあきらめませんでした。この状況でゼンにできる戦い方は、矢を撃つことだけです。いくら跳ね返されても、矢筒から次々に矢を引き抜いて放ち続けます。

 それを見て、メールも海へ呼びかけ始めました。

「花たち! 花たち! ここへおいで!」

 さっき空から落ちた花が、まだ波間を漂っているはずだ、と考えたのです。波間に花の姿は見当たりませんが、それでも懸命に呼び続けます。

「おいで、花たち! 聞こえたら、ここに来ておくれ――!」

 海上には波が揺れているだけです。花は飛んできてくれません。

「生意気!!」

 と魔王はまた言いました。

「このうえ、まだオレ様にたてつくとは! ひとり残らず食ってやるぞ! オレ様は魔王だ! 世界中を食らうことが許されているんだ!」

「んなわけねえだろうが、馬鹿ダコ!! 不相応(ふそうおう)ってことばくらい覚えとけ!!」

 とゼンは大声で言い返して、また矢を放ちました。呪符を巻きつけた炎の矢です。魔王目がけてまっすぐ飛んでいきますが、その手前には黒く光る障壁が広がっていました。矢が障壁にぶつかってしまいます。

 

 とたんに矢が燃え上がりました。海へ落ちていきながら、真っ赤な炎に包まれ、みるみるふくれ上がっていきます。

 ゼンも他の仲間たちも驚きました。これまで、炎の矢がこんなふうに空中で炎上したことはありません。何が起きているのかわからなくて見つめていると、炎はますます大きくなって、ごうっと渦を巻きました。海面の直前で向きを変え、長い火の尾を引きながら急上昇を始めます。まるで炎を巻き込んだ風の犬のような動きでした。つむじを巻きながら、魔王よりもっと高い空まで駆け上がって留まります。

 フルートたちは、ぽかんと空を見上げてしまいました。そこにいたのは全身が炎でできた竜でした。蛇のように長い体と短い四肢を持つ、ユラサイの竜です。

 すると、どん、とゼンの背中の矢筒で音がしました。ゼンが驚いて矢筒へ手をやると、中の矢が半分ほどに減っています。矢筒の中から炎の矢が消えてしまったのです。

 空では火の竜がふくらみ続け、ついには巨人の魔王よりもっと大きな姿になってしまいました。頭を上げてキェェェ、と鳴くと、空と海がびりびりと震えます。

 竜は青空の中で炎をひるがえすと、海の中に立つ魔王目がけて急降下していきました――。

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