「デビルドラゴン!!」
とポポロとポチは思わず叫びました。
空を飛んでいる彼らの目の前には、フルートを捕まえた大ダコがいました。丸い頭の下にある目は、血のように赤い色です。
「デビルドラゴンだって!?」
とフルートも驚きました。彼自身に闇の竜に関する記憶はありません。ただ、仲間たちから聞かされた話を思い出して言います。
「ぼくにマモリワスレの魔法をかけて、記憶を消したのはおまえだな! このうえ何をするつもりだ!?」
「我ノナスベキコトハ、最初カラ決マッテイル」
とタコはデビルドラゴンの声で答えました。
「我ハ闇、我ハ悪。世界中の命アルモノヲ不幸ニオトシイレテ、スベテ破滅サセルタメニ、我ハ存在シテイルノダ。ダガ、オマエタチハ、イツモソノ邪魔ヲスル。ダカラ、オマエタチヲ始末シテカラ、コノ世界ヲ破壊スル」
「なんだと――!?」
とフルートは、かっと顔を赤くしました。なんとかタコの触手から抜け出そうともがきながら、どなります。
「そんなことはさせるもんか! この世界は、そこで生きる全員のものだ! 勝手に破壊なんかさせるか!」
「記憶ヲ失ッテモ、言ウコトハ少シモ変ワラヌナ、ふるーと。ダカラコソ、オマエハ金ノ石ノ勇者ニ選バレタ。ダガ、ソレモココマデダ。聖守護石ガチカラヲ失イ、ぽぽろガ魔法ヲ使イ切レバ、オマエタチニハモウ、我ヲ止メルコトハデキナイノダカラ。今コソ我ハ――」
「オレは世界中の生き物を食うんだよ、デビルドラゴン!」
デビルドラゴンの声で話していた大ダコが、いきなり口調を変えました。元の声に戻ったのです。
「歳をとって餌が取れなくなって、飢え死にしそうだったオレに、おまえは力をよこすと言ったんだ。世界中のヤツらをみんな食わせてやる、とも約束した。世界の破壊なんかはさせんぞ。オレが全部食らい尽くすんだからな」
そう言ってタコは笑いました。ギュギュギュ、と笑い声が響いて、地の底から這い上がってくるようなデビルドラゴンの声が聞こえなくなります。魔王になった大ダコの内側には存在していますが、タコに抑え込まれてしまったのです。
フルートは唇をかみました。タコが世界中の命を食らい尽くせば、それは世界を破滅させるのと同じことです。結局魔王は世界を破壊するのですが、そのことにタコは気がついていません。そうなれば自分自身も飢え死にしていくのだ、という事実にも気づいていません。
すると、そんなフルートの体に、突然長い蔓が巻きついてきました。続いて、ルルが飛んできて、ひゅんと身をひるがえします。
とたんに、フルートをつかんでいる触手が途中から切れました。宙に放り出されたフルートの体を蔓が引き寄せ、飛んできた花鳥の上へ乗せます。花鳥の首元にはメールが座っていました。やったぁ! と歓声を上げます。
「この花は!?」
とフルートは驚いて尋ねました。ここは海の上なので、花はどこにも咲いていないはずです。
メールは、得意そうに、にやっと笑いました。
「軍艦を停めるときに使った花さ。あたいが海に飛び込んだときに花に戻って、海の上を漂っていたんだよ。軍艦のそばに浮かんでたから、また連れてきたのさ」
そこへ、ルルに乗ったゼンもやってきました。
「ったく。よりにもよって、今度の魔王はタコかよ! デビルドラゴンのヤツ、もう少し相手を選んだらどうなんだよ? こいつが魔王だなんて、拍子抜けもいいとこだぞ」
すると、ポポロを乗せたポチも飛んできて言いました。
「ワン、デビルドラゴンはポポロの魔法のせいで、ずっとぼくらを見失っていたんですよ。でも、さっきフルートが、金の石の勇者だ、って大声で名乗ったから、ぼくたちの居場所に気がついて、手っ取り早そうな奴を魔王にしたんです。元がタコなんだもの、今度の魔王はあんまり頭が良くなさそうですよね」
さんざんに言われて、タコは腹を立てました。何本もの触手を空へ突き出して、ポチを捕まえようとします。
ポチは飛びながらそれをかわすと、笑うように言い続けました。
「ワン、触手はたくさんあるけど、一度にいくつもの方向を攻撃することはできないんだ! 本当に単純だなぁ――!」
ポチはわざと悪口を言っていました。挑発に乗って後を追ってきたタコを、港から離れた沖へと誘導していきます。
「よし、いいぞ。あいつを陸から離れたところでぶっとばして、中からデビルドラゴンを追い出そうぜ」
とゼンが言うと、ルルが答えました。
「とりあえず、あいつを一晩中引きずり回せばいいのよ。明日の朝になればポポロの魔法が復活して、金の石を起こせるんだもの。そうなれば願い石だってきっと協力してくれるわよ」
なるほど、と仲間たちは納得しました。フルートは自分の胸に下がっているペンダントを握りしめます。
すると、大ダコが急に停まりました。地の底からまた声が響いてきます。
「違ウゾ、魔王。オマエハ勇者タチノ策ニハマリカケテイル。海岸カラ離レルナ」
デビルドラゴンが話しかけてきたのです。
タコは触手で海面をたたいて、ぐるりと向きを変えました。港のほうへ泳いで戻り始めます。
「こいつ! 戻るんじゃねえ!」
とゼンは炎の矢をつがえて放ちました。矢は丸い頭に突き刺さって燃え上がりますが、タコはびくともしません。触手が立てる波しぶきを浴びて、炎もすぐに消えてしまいます。
すると、そこへ花鳥が飛んできました。背中に乗ったフルートがタコへどなります。
「おまえの狙いはぼくのはずだぞ! ぼくを倒したいのならついてこい! 沖で勝負してやる!」
タコがフルートを追ってまた向きを変えました。確かにこの魔王は単純です。
すると、突然沖から強い風が吹いてきて、花鳥があおられました。前へ進めなくなったところへ、大ダコの触手が飛んできます。花鳥は片方の翼に触手の直撃を食らって散り散りになり、バランスを崩して落ち始めました。
「花たち、しっかり!」
とメールが叫ぶと、崩れた花が集まってきましたが、そこへまた触手が飛んできました。反対側の翼もたたき散らしたので、花鳥が完全に失速して墜落していきます――。
そこへポチとルルが飛んできて、落ちてきたフルートたちをそれぞれに受け止めました。ポチの上にはフルートとポポロが、ルルの上にはゼンとメールが乗る恰好になります。
「ポチ、戻れ!」
とフルートは叫びました。引き返したポチの背中で剣を構え、タコの頭の後ろへ切りつけます。そこへゼンも飛んできて矢を放ちました。傷口に突き刺さった矢が体の奥深い場所を焼いたので、大ダコは激しく身をくねらせました。周囲で大きな波しぶきがあがります。
「あの魔王、魔弾を使ってこないね」
とメールが言いました。
「元がタコだから、魔法が使えないのかしら」
とルルも言います。大ダコは空を飛び回る二匹を捕まえようと、やっきになっていましたが、これまでの魔王のように魔法を繰り出したり、手下の怪物を呼び出したりはしませんでした。大ダコが意識の下に抑え込んでしまったのか、デビルドラゴンの声ももう聞こえてきません。
これならいけるかもしれない、と一同は考えました。本当に巨大な怪物ですが、明朝まで沖を引き回せれば、ポポロの魔法で倒すことができるのです。
「よぉし! 行け、ルル!」
「ポチ、疲れすぎないように、ルルと交代しながら飛ぶんだ!」
とゼンとフルートが言います――。
すると、海中からいきなり太い二本の腕が現れました。タコの触手ではなく、巨大な人間の腕です。伸び上がってきて、空中のポチとルルをわしづかみにします。ギャン、とポチとルルは叫び、フルートたちも思わず悲鳴を上げました。彼らは全員、巨大な手に握りしめられていました。ゼンの怪力でも抜け出すことができません。
彼らをつかんでいる腕の大元を見て、フルートたちは、また驚きました。大ダコが空中に浮き上がり、八本の触手をくねらせています。その下には太い人の首があり、さらに巨大な人の体に続いていました。まるで巨人の体にタコの頭を載せたようです。フルートたちを捕まえているのは、タコの巨人でした。丸い頭と同じ高さまで彼らを持ち上げて、ギュギュギュ、と笑います。
「どうした、何を驚いている。オレは魔王だぞ。この世で一番強い生き物なんだ。人間と同じ体を持つことくらい、簡単なことだ」
そこへタコの頭の下から触手が伸びてきて、ポチとルルに絡みつきました。とたんに二匹の体が縮み始めます。変身が解けてしまったのです。ポチとルルは元の犬の姿に戻り、そのまま高々と持ち上げられました。触手がじわじわと締まってくるので、キャンキャンと悲鳴を上げます。
「この野郎! 二匹を離せ!」
ゼンは自由がきく両腕で弓を構えました。大ダコの赤い目を狙って炎の矢を放ちますが、黒い光の壁が広がって、矢を跳ね返しました。フルートも自分をつかむ手へ剣を振り下ろしましたが、こちらも黒い壁にさえぎられてしまいます。大ダコが闇の障壁を張っているのです。
メールは海中に呼びかけました。
「おいで、ネプチューン! 魔王を倒すんだよ!」
呼びかけに応えて海藻の水蛇が姿を現し、すぐに海に潜りました。水中で魔王の体に巻きついて締め上げていきます。
すると、また巨大な手が二つ現れて、水蛇の長い体をつかみました。タコの魔王の体に新しい腕が生えたのです。蛇を海上に持ち上げると、そのまま力任せに引きちぎってしまいます。水蛇はばらばらになって海へ落ちていきました。海藻に戻ってしまって、もう蛇の形にはなりません。
「無駄だ、無駄だ! オレ様は誰よりも強いんだ! おまえたちに勝てるわけがない!」
と魔王は高らかに言いました。触手がまた伸びて、メールとポポロも捕まえていきます。
「ポポロ!」
「この野郎! メールに何をしやがる!」
フルートとゼンが叫ぶと、魔王は赤い目を怪しく光らせました。
「こいつらをどうするかって? もちろん食うに決まっている。安心しろ。こいつらを全部食ったら、次はおまえたちの番だ。オレ様の腹の中で、全員一緒にしてやる」
そう言って、魔王はまたギュギュギュ、と笑いました――。