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第17巻「マモリワスレの戦い」

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75.出現

 「信じられんな……」

 丘の頂上に建つ灯台から海を眺めながら、ジズは呆然とつぶやきました。

 津波はセイマの港目がけて押し寄せていました。それも、一つだけではなく、三つも四つも続けざまにやって来るのが見えていたのですが、風の犬がそちらへ飛んでいったと思うと、波が緑色に輝き、いきなり向きを変えて沖へと戻り始めたのです。続けてやってきた津波とぶつかり合って大きなしぶきを立てますが、沖へ戻る勢いは衰えません。

「津波を追い返したの……? どうやって?」

 とイリーヌが尋ねてきました。やはり呆然とした顔をしています。

「ポポロの魔法だ。見た目とは裏腹に強力なのは知っていたが、まさかこれほどとはな……」

 沖では戻る波が三つめの津波とぶつかり合っていました。先より大きなしぶきを立て、さらに沖へ向かっていって、四つめの津波に激突します。雷のとどろくような音が響き渡ります。

 その光景に呆気にとられている灯台守に、ジズは尋ねました。

「津波は? まだやってくるのか!?」

「い、いいえ――あれが最後のようです。津波が全部沖へ戻っていきます――」

 と若い灯台守が目を凝らして言いました。年配の灯台守は、鳴らし続けていた鐘の紐を手放して、その場に座り込みました。安堵して腰が抜けてしまったのです。港では、人々がようやく津波に気づいて、海辺から丘のほうへ逃げ始めていました。まだいくらも海から離れていません。

「津波を停めてくれなかったら、絶対にみんな助からなかったわね……」

 とイリーヌがつぶやきます。

 

「よぉ、やったな! さすがポポロだぜ!」

「戻った津波が後の波を次々に打ち消してるよ! もう大丈夫さ!」

 風の犬のルルに乗ったゼンたちが、フルートたちの元へ飛んできて、笑顔で話しかけてきました。ゼンが海に浮いたボートを長いロープで引っぱっているのを見て、フルートたちは目を丸くしました。ボートには大勢の人が乗っています。

「その人たちは?」

「沖で転覆した船の乗組員だよ。船の破片なんかにつかまって浮いてたから、ゼンがかき集めて、ボートに乗せて連れてきたんだ」

 とメールが答えます。

「こいつらをちょっと軍艦まで届けてくらぁ。あれだけ馬鹿でかい船なんだから、これぐらい乗せたって大丈夫だろう」

「軍艦だって、こんな状況では、もうザカラスと戦いに行くとは言わないでしょ。きっと港に戻るわ」

 とゼンとルルも口々に言い、じゃあ、ちょっと行ってくらぁ、と港の手前に浮かぶ軍艦へ飛んでいきました。ボートが海の上を波を切って走り出し、ボートの上の人々が声を上げます。歓声です。

 フルートたちは、ほっとしました。改めてあたりを見渡します。

 津波と津波がぶつかり合った海は、まだかなり荒れていました。後続の波を打ち消した津波が、細い黒い線になって沖へ遠ざかり、水平線の向こうに消えていきます。沖にはまだ何隻か船がいましたが、どれもうまく波を乗り越えたようでした。

「もう大丈夫だ。よくがんばったな、ポポロ」

 とフルートは少女に話しかけました。ポポロは振り返り、フルートの笑顔に出会って、思わず真っ赤になりました。フルートはとても優しい目をしていたのです。ちょうど昔と同じように……。

 すると、フルートが手を伸ばしました。先ほど魔法を使うポポロを支えたときのように、彼女の腰に腕を回し、一度抱き上げてからまた座らせます。ポポロは今までとは反対の向きに座っていました。ポチの背中の上でフルートと向き合う形になります。

 ポポロがとまどっていると、フルートがその顔をのぞき込みました。ほほえんだまま身をかがめ、顔を近づけてきます。フルートはまたポポロにキスをしようとしていました。その唇が触れようとしているのは、ポポロの唇です。ポポロはますます真っ赤になりました。まったく動けなくなってしまいます――。

 

 ところが、唇と唇が重なり合う直前、フルートの体が、ぐっと停まりました。フルートは驚いたように振り向き、すぐにポポロを突き放しました。大声で言います。

「逃げろ、早く――!」

 とたんにフルートの体がポチの上から消えました。後ろから何者かに奪い取られたのです。

「フルート!?」

「ワンワン、フルート!?」

 驚いたポポロとポチは、海から高々と伸びた灰色の触手がフルートを捕まえているのを見て、息を呑みました。海の中から丸い頭が浮き上がってきて、笑い声をたてます。

「ギュギュギュ、おまえたちは魔法を二度使った。これでもう、ポポロの魔法は打ち止めだ」

 触手から抜け出そうともがいていたフルートは、なに!? と顔色を変えました。大ダコに向かってどなります。

「どうしてそれを知っている!? しかもポポロの名前まで――! 誰から聞いた!?」

 ギュギュ、とタコがまた笑いました。

「最初から知っていたさ。ポポロの魔法が残っているうちは、金の石に力を与えて目覚めさせることができることもな。だから、ポポロが魔法を使い切るのを待ったンダ。誰ニモ我ヲ停メルコトガデキナイヨウニナ――」

 話すうちに、大ダコの声が変わっていきました。タコは海の上に浮かんで、フルートをその触手に捕まえています。けれども、話す声は次第に低くなり、海よりもっと深い場所、海底のさらに奥の、地の底から聞こえるように響き出したのです。

 空のポポロとポチは真っ青になりました。それは彼らがよく知る声でした。フルートを見る大ダコの目が、血のように赤い色をしていたことに、ようやく気がつきます――。

 

 

 竜仙郷の占神の屋敷の庭では、占盤をのぞくユギルが声を上げていました。

「セイマの海をおおう闇が急速に大きくなってまいります! 闇が濃すぎて、一帯がまったく見えません! これほどの闇を生み出す存在は、世界にただ一つです――!」

 オリバンとセシルは息を呑みました。占者が何の出現を予感したのか、彼らはすぐに察したのです。けれども、竜子帝やリンメイには意味がわかりませんでした。驚いて聞き返します。

「いったいなにが現れたのだ、占者殿!?」

「占いで何が見えたって言うの!?」

 ユギルは占盤を見つめ続けました。誰にも見えない象徴の世界で、闇はますます濃く深く広がっていきます。

「これは世界で最も強力な闇。デビルドラゴンが何者かに取り憑きました。勇者殿たちがいるセイマの海に、魔王が出現したのです」

 銀髪の占者は一同にそう告げました――。

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