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第17巻「マモリワスレの戦い」

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73.心配

 「海が闇に隠れ始めました!」

 占盤をのぞいていたユギルが、ふいにそう叫びました。

 彼らはまだ飛竜で竜仙郷に向かって飛んでいる最中でした。ユギルを竜に乗せていた術師のラクが驚いたように振り向き、オリバンを乗せた竜子帝の竜や、セシルを乗せたリンメイの竜、占神と老人を乗せた竜が、飛びながら集まってきます。

「どうした、ユギル!?」

 とオリバンが尋ねると、ユギルは占盤を見つめながら言いました。

「勇者殿たちを追ってセイマの海を見ていたところ、突然闇が霧のように広がって、一帯の海を隠してしまったのでございます! 勇者殿たちのご様子を見ることがかないません!」

「何か闇のものが現れたな……! 金の石の勇者がいるとかぎつけて、襲ってきたんじゃろう」

 と先の占神の老人が言いました。厳しい声と表情をしています。

「どうすればいいのだ!? フルートたちはきっと闇に襲われているぞ!」

「あたしたちは、こんなところで手をこまねいているしかないの!?」

 と竜子帝とリンメイが口々にユギルへ言うと、占神が口をはさみました。

「闇の力で隠されたなら、銀の占い師にはこれ以上、海を見ることはできないんだよ。この先の占いはあたしの番さ。屋敷に急ごう!」

 そこで飛竜たちはいっそう速度を上げました。ひょうひょうと風を切りながら、行く手にそびえる山脈へと向かっていきます。竜仙郷は険しい山々の中に、他の場所から切り離されるようにして存在しているのです。

 

 やがて、飛竜たちは中央に大きな湖がある緑の盆地へ下りていきました。湖を囲むように家々が建ち並んでいます。そこが竜仙郷でした。ひときわ立派な屋敷の庭へ、竜たちは舞い下りていきます。

 庭の真ん中には石畳におおわれた丸い小山があって、頂上に椅子がありました。老人が脚の不自由な占神を抱きかかえて竜から飛び下り、椅子に座らせてから、オリバンたちを振り向きます。

「占神はこれから占いの間で占いに入る。結果が出るまで、おまえさんたちは庭で待っておれ」

 とたんに小山が動いて椅子ごと持ち上がっていきました。山の下に四本の太い足が現れ、大きな頭もにょっきり出てきます。大亀でした。占神と老人を甲羅の上に乗せて、あっという間に屋敷の中へ入っていってしまいます。

 驚くオリバンたちにリンメイが言いました。

「あれは贔屓(ひき)といって、占神を運ぶ生き物なの。ああ見えても竜の仲間だから、素早いのよ」

 ふぅむ、とオリバンはうなって、周囲を見回しました。見慣れない植物が至るところに生い茂っていて、庭にうっそうとした影を落としています。木の葉のざわめき、濃い緑。なんとも言えない不思議な気配が漂っている場所です。

 すると、ユギルが言いました。

「この竜仙郷はユラサイ国の西の端に位置しています。ここはすでにユラサイ国の内。わたくしたちはついにユラサイ国に到着したのでございます」

 オリバンは頭を振りました。

「我々が訪問する予定だった竜子帝も、こうしてここに共にいる。本来ならば感激するべき場面なのだろうが、残念ながら、フルートたちが気がかりでそんな気にはなれん。いったい何が起きているのだ? 占神は占いでそれを探ってくれるが、我々にも何かできることはないのか?」

 すると、セシルも言いました。

「フルートたちだけでなく、エスタやロムドの様子も気になる。クアロー王はサータマン王にそそのかされてエスタを襲撃しているし、ロムドもサータマン軍に狙われている。占神はエスタの占者のシナ殿を通じてロムドに知らせを飛ばしてくれたが、ちゃんと伝わったのだろうか?」

 大陸の各地に気がかりな場所がたくさんあります。

 ユギルが答えました。

「エスタ軍はクアロー軍を相手に善戦しています。ロムド城でも、先ほどキース殿が青の魔法使い殿やグーリーと共に南へ飛びたっていく様子が見えました。そちらの戦いは彼らに任せるように、と占盤は言っています。わたくしたちが心配すべきは、勇者殿たちがいらっしゃるセイマの海でございます」

「だが、そこが朕たちには見えない! 占神の占いの結果が出るまで待たなくてはならないのだから!」

 と竜子帝は頭をかきむしりました。友人たちが心配なのに、それに対して何もできない自分に苛立っています。

 

 すると、黄色い服を着て、黄色い頭巾の前に布を垂らした術師のラクが、話に加わってきました。

「どうも勇者の一行に何か起きつつあるような気がいたします――。ゼン殿は炎の矢をお持ちですが、あれは私の呪符を利用して作ったものなので、使われるたびに、こちらでもそれを感じ取ることができます。遠い場所で、ゼン殿は炎の矢を一度放ち、だいぶたってから、また立て続けに三度ほど放ちました。放てば刺さったものを燃やす矢です。勇者の皆様方は、闇の中で大きな敵と戦っている最中と思われます」

 それを聞いてオリバンは歯ぎしりしました。フルートは今、金の石の勇者ではなくなっている、とユギルは言っていました。その状況で闇の敵と戦うことなどできるのだろうか、と考え、腰の聖なる剣を握りしめてしまいます。鈴のような音と共に闇の敵を霧散させる魔剣ですが、それをフルートたちのところへ送り届けることもできません。

「何もできんのか……? 我々にはどうすることもできんのか?」

 どんなに想っても、どんなに歯がみしても、彼らにはフルートたちを手助けする手段がありません。

 そんなオリバンの様子を見て、ユギルがまた言いました。

「もう一度、わたくしも勇者殿たちを占ってみましょう。闇は濃く広いのですが、ラク殿の作られた矢がゼン殿ところにあるのであれば、それをたどって、何かを見ることができるかもしれません」

 すると、ラクが白い呪符を投げました。たちまちユギルの前に占盤を載せたテーブルと椅子が現れます。

「感謝いたします」

 と言って、ユギルは椅子に座りました。すぐに占盤に両手を載せ、線や模様が刻まれた表面へ、じっと目を向けます。他の者たちはそれを見守りました。占いの邪魔をしないように、息の音さえひそめます。

 

 やがて、ユギルが占盤を見つめながら口を開きました。それまでとは口調をがらりと変えて、厳かな声で話し出します。

「ラク殿の術を通じても、やはり闇を見透かすことはできません……。ですが、未来が見えてまいりました。やがて闇が晴れたときに、そこに見えてくる光景でございます。海は陸にかみつきました。そこにあったすべての命と存在が消えております……」

 告げられた占いに、一同は、ぎょっとしました。それはいったい!? と尋ねようとすると、ユギルは話し続けました。

「闇に狂わされた海が、すべてを呑み込んだようでございます。セイマの街の半分以上が消え、数え切れないほどの命が失われています。勇者殿たちの象徴も見当たりません。これは近い将来、セイマの街に訪れる未来。セイマは津波に襲われるのでございましょう。この未来が実現すれば、セイマは壊滅して、多くの人が亡くなります。勇者殿たちも、この津波の中で命を落とされます……」

 恐ろしい予言を伝える占者ですが、その声は相変わらず厳かなままでした。未来を見つめ続ける顔も冷たいほどに整っていて、少しも表情を変えません。オリバンたちは声が出せなくなりました。呆然と占者を見つめてしまいます。

 その時、庭の中を風が吹き抜けていきました。占者の銀の髪をなびかせ、竹林を大きくしならせます。

 ざわざわと湧き起こった葉ずれの音は、まるで、泡立ちながら押し寄せる波の音のようでした――。

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