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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第20章 引き潮

69.海上戦・3

 黒ひげのジズと居酒屋の女主人のイリーヌは、丘の上からセイマの港を見下ろして、首をかしげ続けていました。

 七隻の軍艦が、港の出口に横たわる防波堤の右から外海に出ようとしていたのですが、急にその動きが停まって、次々に立ち往生してしまったのです。まるで座礁したように見えますが、そんな場所に浅瀬などはありません。動けなくなった船が出口をふさいでしまったので、残りの船があわてて方向転換して、港の中へ戻っていきます。

 動かなくなった船が、何かを振り切ろうとするように、わずかに左右に動いているのを見て、ジズが言いました。

「どうやら海中から何かで船をつかまえたようだな。海の王女のしわざだろう」

 イリーヌはあきれたように頭を振りました。

「本当、あんたの言う通りね、ジズ。あの子たちはただ者じゃないわ。港のこっち側にいる三隻だって、勇者の坊やたちに翻弄(ほんろう)されっぱなしだものね。カルドラ王ご自慢の海軍なのに」

「あいつらは世界破滅をもくろむ闇の竜と戦う戦士たちだ。人間の海軍なぞ、相手になるもんか」

 と海を見ながらジズが話します。

 港の手前にいる三隻は、空に向かって投石機を発射していました。石が海に落ちるたびに水柱があがりますが、空を飛ぶ風の犬にはまったく当たりません。

 すると、二匹の風の犬が急に速度を上げました。右の出口から引き返してきた軍艦が、左の出口をめざして進み始めたことに気がついたのです。後を追い、追い越して船の先に出ていきます。

「何をするつもりかしら?」

 とイリーヌがまた言いました。海上の軍艦とフルートたちの動きを、魅入られたように追い続けています。

 二匹の風の犬が、正面から軍艦へ向かっていきました。一匹が帆柱にぶつかり、急上昇していきます。強烈な向かい風に軍艦は進めなくなりました。帆の向きを変えようと人々が甲板を駆け回っていますが、そこへまた風の犬がやってきて、人々を吹き倒していきます。

 別の船では、また大帆柱が切り倒されていました。太い柱が大きな帆と共に甲板に落ちていきますが、風の犬がそれを海上へ跳ね飛ばしました。風を受けられなくなった船が、完全に停まってしまいます。

 

 まったく、とジズは苦笑いしました。

「わかるか、イリーヌ? これだけ派手に立ち回っているのに、あいつらは一人も敵を殺していないんだ。海に落ちた奴も一人もいない。敵を殺さないように、細心の注意をはらっているのさ。……相変わらずだ」

 最後の一言は、昔を思い出しているような声でした。

 太陽が次第に空の高い場所へ昇ってきました。朝日が海に反射してきらめき始めます。まぶしくなって目をそらしたイリーヌが、また言いました。

「これでカルドラ王はザカラス出兵をやめるかしらね?」

 黒ひげの男は腕組みしました。

「今すぐは無理だろう。なにしろこの出兵はサータマン王からの命令だからな。だが、さっきフルートが魔法を使って金の石の勇者だと名乗ったから、知らせはサータマン王に向かっている。今、港を出ようとしている十隻さえ足止めすれば、その後は出撃中止になる可能性が高いな」

「本当にザカラスとの戦争を止めてしまうわけね……あんな子どもたちが」

「それが金の石の勇者たちだ」

 ジズの答えは簡潔です。

 空を風の犬が飛び回っていました。その背中で時折、きらりと何かが金色に輝きます。それはフルートに違いありませんでした。マモリワスレの魔法で記憶を失っても、フルートはやっぱり金の石の勇者なのです――。

 

 ところがその時、港の左の出口をめざしていた一隻が、海上で揺れ出しました。転覆しそうなほど大きく左右に傾いています。風の犬たちのしわざではありませんでした。急に波が荒くなったわけでもありません。

「また海の王女様か?」

 とジズが身を乗り出した瞬間、船が本当に大きく揺れました。帆柱が激しく振れて、帆の先が海に漬かりそうになります。とたんに、おぉーっとどよめきが聞こえてきました。港に集まって海を見ている街の人々が、いっせいに声を上げたのです。

「激しすぎるぞ。どうした!?」

 とジズが驚いている目の前で、風の犬たちがまた飛びました。転覆しそうになった船を左右から押さえています。何か作戦があって、そんなことをしているわけではなさそうです。

「いったい何が起きたの――?」

 ジズやイリーヌは、驚きながら海を見つめ続けました。

 

「ポチ、そっちを押さえろ! ゼン、帆柱が戻ってくるぞ! 気をつけろ!」

 海上で激しく揺れ続ける船を見下ろして、フルートは叫び続けていました。ポポロを乗せたポチと、フルートとゼンを乗せたルルが、船の帆を左右から押さえて、懸命に揺れを落ち着かせようとしています。

 一度海に着くほど傾いた帆柱が、船が戻るのに合わせて、勢いよく跳ね起きてきました。それがフルートを強打しそうになったので、ゼンが腕を伸ばして、がっしと受け止めます。

「ちっくしょう! いったい何がどうなってるって言うんだ!? なんで船がいきなり揺れ出したんだよ!?」

 とわめきます。

 船の上でも大きな悲鳴がひっきりなしに上がっていました。船が激しく揺れるので、乗組員が船にしがみついて叫んでいるのです。フルートは真剣な顔で海を眺め続けました。

「わからない。何かが船を揺らしているんだ」

「メールのしわざ? やりすぎじゃないの!」

 とルルが驚くと、ポチの背中からポポロが言いました。

「ううん、違うわ。メールはこの下にはいないもの……! 何かが水中にいるんだけど、あたしにも見えないのよ!」

 フルートたちは顔色を変えました。ポポロの魔法使いの目にも見えないのは、闇の力で身を隠しているという証拠です。

「闇の敵だ! ポポロ、メールに海から出るように言うんだ!」

 とフルートが叫び、ポポロが海中のメールへ呼びかけ始めたとき、今度は隣の船が揺れ出しました。船体が大きく傾いで、ひっくり返りそうになります。

「ワン、危ない!」

 ポチはとっさにそちらへ飛びました。倒れてくる帆を受け止め、押し返して船を戻そうとします。

「海に人が落ちたわ――!」

 とポポロが声を上げました。傾いた甲板から海へ、乗組員が雪崩を打って落ちていったのです。ポチは帆を押さえているので、助けに行くことができません。

 

 すると、フルートの声が響きました。

「ルル、ボートのロープを切れ!」

 軍艦の船腹に救命艇がロープで吊されていたのです。ルルが飛んでいってロープを切ると、ボートはしぶきを上げて海面に落ちました。海に投げ出された乗組員のすぐ近くです。男たちが泳ぎ寄ってきて、ボートにしがみつきます。

 ところが、その中に泳げない人たちがいました。水に浮いたり沈んだり、水しぶきを上げるだけで、まったく泳ぐことができません。

 ルルが空から舞い下り、ゼンが手を伸ばして溺れている人をつかまえました。

「そらよっ!」

 と海から引きあげ、すぐ横で揺れている軍艦の甲板へ投げ上げます。二人、三人……けれども、最後の一人を引きあげようとしたとき、目の前でその人物は沈んでいきました。重い防具を身につけた戦士だったので、力尽きてしまったのです。兜をつけた頭が波の下に消えていきます。

 とたんにフルートがルルの背中から飛び下りました。しぶきを上げて海の中に飛び込みます。

「フルート!?」

 仲間たちが驚いていると、すぐに水面に戦士が頭を出しました。気を失ってしまっています。その体を下から抱き支えて浮いてきたのは、フルートでした。

「ゼン、頼む!」

 と空へ呼びかけてきます。

 仲間たちは、なんだか急に泣きたいような気持ちになりました。海には得体の知れない敵がいます。それはわかっているのに、ためらいもなく飛び込んでいったフルートは、あまりに以前のフルートと同じでした。人を助けるためならば、自分のことなど何も考えないのです――。

 溺れた男を引きあげながら、ゼンはフルートへどなりました。

「ポチに乗れ! 海に敵がいるんだから、ぐずぐずしてるとやばいぞ!」

「わかってる」

 とフルートは答えました。ポチと一緒に飛んできたポポロの手をつかんで、海から上がろうとします。

 

 ところが、その手がいきなり外れました。フルートの体が何かに引っぱられて、急に海に沈んだのです。

 頭はまだ水面に出ていたので、フルートは驚いたように振り向きました。

「なんだ?」

 と海中へ目を凝らします。

 とたんに、水中から何かが飛び出してきました。無数の丸い吸盤が並んだ、灰色の太い触手です。あっという間にフルートに絡みついてきます。

 それと同時に、不気味な声が海から響きました。

「ギュギュギュ……ようやく金の石の勇者をつかまえたぞ!」

 一行が、ぎょっとした瞬間、フルートの体は大きなしぶきを立てて水中に引きずり込まれていきました――。

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