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第17巻「マモリワスレの戦い」

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68.海上戦・2

 船が大きく傾く中、空から甲板に敵が降ってきたので、軍艦の乗組員は仰天しました。しかも、その敵は青い胸当てをつけて毛皮の上着を着た少年です――。

「子どもだ!?」

「金の石の勇者ってのは子どもだったのか!?」

 と大騒ぎになります。

 ゼンは、帆から落ちた拍子に甲板にたたきつけられて、うめいていました。頭を打ったので、すぐには立ちあがれません。

「ワンワン、ゼン!」

 頭上でポチがほえていました。船が転覆しないように、風の体で帆を逆から押さえているので、駆けつけることができません。その間にゼンは乗組員に取り囲まれました。武装した兵士や大勢の漕ぎ手たちです。武器や腰掛けの板を構えながらゼンに迫ります。

 すると、その目の前に別の人物が飛び下りてきました。金の鎧兜を身につけた少年です。剣と盾を構えて先の少年を背後にかばいます。

「間違えるな! 金の石の勇者はぼくだ!」

 と叫びます。

「金の石の勇者――!」

「こいつが!?」

 と乗組員はいっそう驚きました。彼らの前に立つ少年は本当に小柄で、少女のような顔をしています。自分たちの目が信じられなくて、呆気にとられてしまいます。

 すると、船首から船長がどなりました。

「馬鹿もん、見た目にだまされるな! そいつは魔法使いだぞ! 早く倒せ!」

 乗組員はたちまち我に返りました。魔法で子どもにも姿を変えているのか、と考えたのです。武器を構え直し、雄叫び(おたけび)を上げて襲いかかろうとします。

 すると、フルートが頭上へ叫びました。

「メール、花蜂(はなばち)だ!」

「あいよ!」

 いつの間にか頭上に飛んできていた花鳥から、少女の声がしました。鳥の体の輪郭がいきなりぼやけ、崩れて船に降ってきます。それは無数の小さな花でした。花びらを震わせながら飛んできて、乗組員に飛びつき、鎧の隙間や服の上から鋭い茎を突き立てます。まるで蜂の大群が襲ってきたようでした。振り払っても振り払っても次々飛んできては、顔や手足を突き刺します。

 乗組員が悲鳴を上げ、頭を抱えて逃げまどう中、フルートはまた頭上に向かって叫びました。

「ルル、来い――!」

 とたんに風の犬が急降下してきて、船の上からフルートとゼンを拾い上げました。船の転覆を停めたポチが舞い上がってきて、ルルに並びます。

「ワン、大丈夫ですか、ゼン!?」

「おう……大丈夫だ」

 とゼンが答えました。まだ頭を押さえて顔をしかめていますが、声はしっかりしています。

 

 そこへ、一回り小さくなった花鳥が舞い下りてきました。背中からメールが言います。

「軍艦が港の外へ出ちゃうよ! どうする!?」

 フルートたちがもたついている間に、先を行く船団がもう港の出口に近づいていたのです。

「あたしの魔法で停めたほうがいい……!?」

 とポポロも尋ねてきます。

「いや、魔法は最後の手段だ。メール、例の手を頼む」

 とフルートが言ったので、たちまちメールはにやりとしました。

「あいよ。任せな」

「ポポロはポチに乗り移れ」

 とフルートに言われて、ポポロはすぐにポチの背中に飛び移りました。花鳥に乗っているのはメールだけになります。メールは着ていたコートを脱いでポポロに放りました。海の上を吹く風は冷たいのに、花畑のような袖無しシャツにうろこ模様の半ズボンという恰好になってしまいます。

「行くよ、花鳥! 港の出口へ直行さ――!」

 威勢のよい声が尾を引いて遠ざかっていきました。花鳥が速度を上げて飛んでいったのです。外海へ向かう船団を追いかけ、追い越して港の出口へ向かいます。それを見つけた軍艦が投石機を発射してきましたが、距離がありすぎて、花鳥には当たりません。

 すると、花鳥が急に舞い下りました。海面すれすれまで下りていって、ふいにその形が崩れてしまいます――。

 

「ジズ、花の鳥が海に墜落したよ!」

 丘の上から海を見ていたイリーヌが、驚いて叫びました。空から急降下した花鳥が海面にぶつかって、そのまま消えていったのです。後には何も見当たりません。

「あれには誰が乗っていたのよ!? 海に沈んだわよ!」

 と心配し続けるイリーヌに、ジズは言いました。

「大丈夫だ。行ったのは海の王女だからな……。石に当たった様子もなかったんだ。何か作戦があるんだろう」

 二人が話し合っている間にも、軍艦はどんどん進んでいきました。とうとう先頭の船が港の出口に差しかかります。

 すると、急にその船足が鈍りました。帆は風をはらみ続けているのに、進む速度がゆっくりになり、やがて海上で動かなくなってしまいます。

「停まった?」

 とジズとイリーヌはいぶかしい顔になりました。

 後続の船が二隻、三隻とやってきましたが、停まっている船の横をすり抜けて外へ出ようとすると、やはり急に速度が落ちて停まってしまいます。船の上では大勢が立ち上がり、船縁(ふなべり)から海を見下ろしていました。船長が命令したのでしょう。上げられていたオールがまた海に下ろされ、水をかき始めましたが、それでもやっぱり船は前に進みません。

「いったい何をしたんだ? またあのお嬢ちゃんの魔法か……?」

 とジズは首をひねり続けました。遠く離れたこの場所からでは、海で何が起きているのか知ることはできません――。

 

「漕げ! 力一杯漕ぐんだ!」

 軍艦の上では指揮官が声を限りにどなり、漕ぎ手たちは真っ赤な顔で船を漕ぎ続けていました。ガレー船のオールは太く、一本を五人がかりで動かしているのですが、全員が渾身の力で押しているのに、船はまったく進みません。帆もまだ風をはらんでいますが、船を前進させることはできませんでした。

「何かが船を捕まえているぞ!」

 と船縁の水夫が言い、いったい何が!? と全員は考えました。ここは海の上です。金の石の勇者を名乗る敵は後方に引き離してしまったし、追いかけてきた鳥も、失速したのか、自分から海に飛び込んで沈んでしまいました。今はただ波間にたくさんの花が浮いて揺れているだけです。船を捉えるようなものなどあるはずがないのですが……。

 すると、船縁からまた水夫が叫びました。

「見えた! 海藻だ――!」

 声には恐怖の響きがありました。海中から伸び上がってきた巨大な海藻が、船腹を這い上がっていたのです。まるで生き物が海の中から船へ手を伸ばしているようでした。やがて船縁よりも高く伸び上がると、向きを変えて船の中に入り込んできます。

「お化け藻(も)だ! 切れ! 切り捨てろ!」

 船長たちの命令で、水夫も戦士も剣を抜いて藻に切りつけました。緑色の藻は簡単に切れますが、またすぐに海の中から伸びてきて、船に絡みついてしまいます。船を捕まえて離さずにいるのは、この海藻でした。いくら切りつけても、振りほどくことができません。

 

 船の下の海中では、メールが両腕を胸の前で交差させ、手のひらを上に向けた恰好で呼びかけていました。

「お行き、巨大な海の草。伸びて伸びて、港を出ようとする船を一隻残らず捕まえるんだよ――」

 メールの声に応えて、海底から伸びている海藻がまたぐんと育ちました。海面に浮く軍艦の船底や船体に貼り付き、船尾の梶(かじ)に絡みついて、船の動きを停めてしまいます。

 それを見上げて、メールはにっこりしました。自分の命令に従ってくれる海藻に向かって、優しく言います。

「あんたたちはみんな同じだね――。花も木の葉も海藻も、みんな同じ植物なんだもの。あんたたちは、あたいの大切な友だちなのさ」

 そんなメールの想いが伝わったように、海藻がざわりと震えて、また大きくなっていきました。やってきた別の軍艦を捕まえて、絡め取ってしまいます。

 海中からその様子を見上げて、メールはまた笑いました。海藻に捉えられた船が出口をふさいだので、後続の船が方向転換をしていました。いくつもの船底が、危なっかしく揺れながら向きを変えて、港の中へ戻っていきます。

 彼らは軍艦を足止めすることに成功したのでした――。

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