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第17巻「マモリワスレの戦い」

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67.海上戦・1

 すっかり夜が明けて明るくなった丘の上から、ジズとイリーヌは港を眺め続けていました。

 丘の頂上では麓の街と海に向かって鐘が鳴り続けています。そこには灯台があります。港を見張っていた灯台守が、軍艦を何者かが襲撃していることに気づいて鐘を鳴らしているのです。

 それを聞きながら、ジズが言いました。

「無駄だ。いくら陸で騒いでも、こっちから手出しはできん」

「舵が効かなくなっている船があるみたいね。あの子たち、何をしたのかしら?」

 とイリーヌが言いました。その視線の先では、二隻の軍艦が旋回や蛇行をしています。

「船のオールを片方切り落としたんだろう。そうなれば船はまっすぐ進めなくなるからな。フルートを乗せているルルは、風の体でなんでも切り裂くことができる。あいつら風の犬は、その力でエスタの都を恐怖に陥れたんだ。もう三年半も前のことになる――」

 ジズの声が、ふっと郷愁を帯びました。

 そんな男をちらりと横目で見てから、イリーヌはまた言いました。

「オールを切り落として船が進めないようにするつもりなのね。でも、もうじき朝凪(あさなぎ)は終わるわ。そうすれば風が吹き始めるから、船は帆を張るわよ」

 イリーヌが話し終わらないうちに、本当に風が吹き出しました。海から陸に向かって吹く風に、軍艦がいっせいに帆を張り、風を受けて進み始めます。

 たちまち隊列を整え、整然と進み始めた船団を見て、ジズは腕組みしました。

「船を帆走(はんそう)させるのは海軍の正規兵だ。充分訓練されているから、あれを混乱させるのは難しいな。近づけば、船の上から攻撃も受ける。さて、フルートたちはどうするのか……」

「本当にあの子たちに軍艦が停められると思っているの、ジズ? いくら金の石の勇者だといっても、あの子たちはたった四人でしょう? それで五千人も乗り組んでいる船を停めるのは、どう考えたって不可能よ」

 とイリーヌがあきれたように言うと、ジズは腕組みしたまま、にやりとしました。

「きっとやるさ。あいつらはそういう連中だ」

 

 すると、空から船に向かって何かが舞い下りていきました。白い鳥のようにも見えますが、細く長い尾を後ろになびかせています。その背中に金色の輝きを見つけて、イリーヌが尋ねました。

「勇者の坊や?」

「そうだ。そら、行ったぞ。今度は船の帆柱に切りつけたらしい。帆が倒れていく――」

 ジズの言うとおり、先頭を行く船で風を受けていた大きな帆柱が、根元近くから折れて、ゆっくりと倒れ始めました。巨大な帆が太い帆げたごと甲板に倒れていったので、船上は大騒ぎになりました。真下に当たる場所の人々が船首や船尾に逃げていきます。

「船が壊れるな。下手をすれば沈没だ」

 とジズがまた言ったとき、倒れていく帆柱が不思議な動きをしました。まるで強い風にあおられたように持ち上げられ、海のほうへと吹き飛んだのです。と、その帆の真ん中で火の手があがりました。あっという間に帆布全体に燃え広がって、大きな炎を上げながら海へ落ちていきます。

 船から遠く伝わってくるどよめきを聞きながら、ジズは、なるほどな、とつぶやきました。

「どういうこと? 何故、帆が燃えだしたの?」

 とイリーヌがまた尋ねます。

「金の石の勇者は炎の魔剣を所持しているんだ。だが、今のフルートはその剣を持っていない。炎の剣があるように見せかけたんだろう」

 とジズが答えたので、イリーヌは目を丸くしました。どうやって、と、どうして、の二つの疑問を同時に思いついて、少し迷ってから後者を口にしました。

「どうしてそんなことをしたの? なんのために」

 とたんにジズは口元にしわを刻んで、また笑いました。

「なんのために? もちろん、自分が金の石の勇者だ、と海軍の連中に知らせるためだ」

 彼らが見つめる先で、帆柱が燃えながら海に沈んでいきます――。

 

 燃えながら沈んでいく帆を下に見ながら、フルートとルルはゼンとポチの横へ飛び戻りました。

「ありがとう、ゼン……。絶好のタイミングだった」

 とフルートが言います。

 ルルの風の刃で軍艦の大帆柱を切り倒した後、フルートはルルに帆柱を海へ吹き飛ばすように言い、さらにゼンには帆を矢で射るように命じたのです。フルート自身は帆の前へ飛んで、ロングソードを振りました。その瞬間にゼンの矢が命中して帆が燃え上がったので、人々の目には、まるでフルートの剣が帆を燃やしたように見えました。火の魔剣だ! 金の石の勇者だ! と船上で声が上がり始めます。朝日を浴びて、フルートの防具は金色に光り輝いていました。金の鎧兜と火の魔剣の組み合わせは、伝説の勇者を象徴するものとして、カルドラでもよく知られていたのです。

「よし、気がつき始めたな……」

 とフルートは言いました。相変わらず息が上がっていますが、二、三度大きく深呼吸して息を整えると、空に向かって呼びかけます。

「ポポロ、魔法だ! ぼくの声をあの船団に伝えてくれ!」

 ほんの一瞬の沈黙の後、はいっ、というポポロの声しました。続けて、彼らの耳に呪文が聞こえてきます。花鳥は彼らの頭上を羽ばたいています。その上でポポロが魔法を使い始めたのです。

「ローエタツオバトコーリガーロヒヨエコー!」

 淡い緑の光が花鳥から降りそそぎ、フルートの体に絡みついて消えていきます。

 フルートはまた大きく息を吸うと、眼下の港を走る十隻の船へ思いきり声を張り上げました。

「ぼくは金の石の勇者だ!! ザカラスに攻めていくことは絶対に許さないぞ!! 今すぐ港に戻れ――!!」

 

 フルートの声は帆走する軍艦だけでなく、港街全体にも広がっていきました。灯台の鐘の音を聞いて飛び出し、港へ駆けつけていた人々が、それを聞いて驚きます。丘の上で見守っていたジズとイリーヌにも声が届いたので、ジズが苦笑いしました。

「あのお嬢ちゃんの魔法の威力は相変わらずだな。海軍だけでなく、セイマの人間全員にフルートの正体を知らせたぞ。確かにこれならサータマン王にも知らせが飛ぶだろう」

「軍艦は停まるかしら?」

 とイリーヌは尋ねました。

「さてな。どうやら、戦闘態勢に入ったのは後ろの船だけのようだ」

 とジズは言って、港を見つめ続けました。入り江を防波堤で仕切った広い港で、帆柱を倒された一隻を含む三隻が、フルートたちのほうへ向きを変えていました。残りの七隻は帆に風を受けて港の出口を目ざし続けています。仲間の船がフルートたちを迎撃する間に、外海(そとうみ)へ出て行こうとしているのです。

「あの子たちは空にいるんだもの。いくら軍艦でも攻撃できないでしょう」

 とイリーヌが言いました。白い鳥のような風の犬たちと、もっと大きな花鳥は、軍艦のはるか上空を飛んでいました。軍艦から矢を放っても届きそうにない高さです。

 けれども、ジズは首を振りました。

「軍艦は投石機を積んでいる。敵の船や沿岸の敵地を攻撃するための武器だが、おそらくそれを使ってくるだろう」

 ジズがそう話している間に、三隻の軍艦から空のフルートたちに向かって石が飛び始めました。本当に投石機を使い始めたのです。ジズたちがいる場所からは小さな点にしか見えませんが、そばに寄れば、けっこうな大きさの石のはずでした。石が海に落ちると水柱が上がります。

「素早いあいつらのことだ。石にあたるようなことはないだろうが、これで船に近づきにくくなったのは確かだ。帆柱を倒すのも難しくなっただろう」

 とジズが言い続けます。

「ずいぶんたくさん石を投げているわよね? 船のどこにあんなに石を積んでいたのかしら」

「ガレー船は船底に重し代わりに石を積んでいるんだ。ちょっとやそっとじゃ弾切れにはならん」

 ジズとイリーヌは海上の戦いを見つめて話し続けました。風の犬や花鳥は、船から飛んでくる石をかわして飛んでいます。近づこうとすると別の船から石が飛んでくるので、あわててまた離れることを繰り返しています――。

 

「ちくしょう! えらく景気よく撃ってきやがるな! 味方の船に当たったらどうするつもりなんだよ!?」

 とゼンがわめきました。軍艦の船首と船尾には投石機が何台も据えつけられていて、次々と石を充填(じゅうてん)しては、ひっきりなしに発射してくるのです。かわすのは簡単ですが、その石が別の船に飛んでいきそうになるので、逆にひやひやさせられます。

 花鳥からポポロの声が聞こえてきました。

「前をいく船に石が飛んだわ! 当たるわよ!」

 フルートたちを追い回す船が発射した石が、港を出ようとする船団の最後尾に向かって飛んでいったのです。船体を直撃するコースです。先を行く船もそれに気づきましたが、船が大きすぎるので、とっさにかわすことができません。

「ルル、行け!」

 とフルートが叫び、ルルは、ぐんと速度を上げました。飛んでいく石に追いつき、風の体で上からのしかかるようにして、石を海にたたき落としてしまいます。

 それを花鳥から眺めて、メールがつぶやきました。

「船を沈めないようにしながら停めなくちゃいけないんだもん。かえって難しいよね――」

 その後ろではポポロが食い入るような目で海と船を見下ろしていました。別の船に飛んだ石を見つけて、また叫びます。

「ゼン、今度は右の船よ! 真ん中の船に当たるわ!」

「ったく! ちっとは仲間のことも考えて撃てって言ってんだろうが!」

 とゼンは悪態をつきました。石がやってくるほうへ飛んでいって待ち受け、目の前に来た瞬間に拳で打ち砕きます。

 とたんにゼンとポチは後ろに吹き飛ばされました。反動を食らってしまったのです。飛ばされていった先には軍艦がありました。ポチが帆にぶつかって船を大きく傾けます。ゼンはポチの背中から振り落とされました。すぐに傾いた帆に受け止められましたが、そのまま帆の上を滑り落ちていき――

 ゼンは敵の船のど真ん中に墜落してしまいました。

 軍艦の人々は仰天しました。空から風の怪物と敵が突然降ってきたのです。しかも、よく見れば、敵はまだ少年です――。

「子どもだ!?」

「金の石の勇者ってのは子どもだったのか!?」

 と船上が大騒ぎになる中に、司令官の声が響きます。

「殺せ! 見た目は子どもでも、そいつらは敵だぞ! 取り囲んで倒すんだ!」

 ゼンの周囲にいた漕ぎ手たちがいっせいに立ち上がりました。

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