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第17巻「マモリワスレの戦い」

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66.軍艦

 風の犬と花鳥に乗って、勇者の一行は丘の上を飛びたちました。先頭を行くのはルルに乗ったフルート。ポチに乗ったゼンと、花鳥に乗ったメールとポポロが、それに続きます。

 丘の端からは朝日が昇り始めていました。街が日の光に照らされていく様子を見下ろしながら港へ近づいていくと、居並ぶ軍艦からカーンカーンと鐘の音が響き始めます。

「出港だぞ!」

 とゼンが言いました。軍艦も日の出を出発の合図にしていたのです。十隻の軍艦で、帆を巻きつけた帆げたがいっせいに中央の帆柱を昇っていきます。

「風もないのに帆を上げるの?」

 とルルが驚いていると、一隻の船の上で号令が上がりました。船腹にずらりと並んだオールがいっせいに海から上がり、ぐるりと動いてまた海に入ります。たくさんのオールで水をかいて、船を動かし始めたのです。

「ワン、海辺では、日が昇ると海から陸へ風が吹き出します。港の外まで漕いでいって、そこで帆を広げて風を捕まえるつもりなんですよ、きっと」

 とポチが言うと、フルートは港の外へ目を向けながら言いました。

「港の出口には防波堤があるから、船はあの右か左を通らなければ、港の外には出られない。ゼン、最初の船がどちらの出口へ行くかわかったら、すぐにそちらへ飛ぶぞ。船を港の外に出さないようにするんだ」

「それはいいが、どうやって停める? 向こうは馬鹿でかい軍艦だぞ」

 とゼンがしごくもっともな質問をしました。

「帆を広げてくれたら風で吹き戻すところだけれど、帆をたたんだままだからな――。まず、ぼくとルルがオールを狙う。次にぼくが合図をしたら、君の炎の矢を撃ってくれ」

「炎の矢を? んなもん使ったら船が火事になって、沈没するかもしれねえだろうが。さっき、乗組員は殺すな、って言ったのはおまえだぞ」

 ゼンが納得のいかない顔になったので、フルートは強く言い続けました。

「もちろん殺さない。あの船の漕ぎ手は一般の人たちだから、中にはきっと泳げない人だっている。海に落ちただけで死ぬかもしれないんだから、船を火事にするわけにはいかないさ。いいから、ぼくの言うとおりにしてくれ。タイミングが大事なんだ」

「わかった」

 とゼンは答えました。なんだか本当に、以前のままのフルートが一緒にいるような気がします。強いまなざし、強い声。何も作戦はない、と口では言っていても、実際には何か思いついているのに違いありません。フルートはいつだって、人々を守るために懸命に作戦を練るのです――。

 

 フルートが声を上げました。

「先頭の船が右の出口へ動き出した! ゼン、メール、充分な高さを取って船の上へ行け! ルル、行くぞ!」

「いつでもいいわよ!」

 とルルは答え、動き出した軍艦の船腹目ざして急降下を始めました。そこにはたくさんの長いオールが並んでいます。

 ゼンを乗せたポチと、メールやポポロを乗せた花鳥は、逆に空の上へと昇っていきました。高い場所から船と、そこへ向かっていくルルとフルートを見下ろします。

 すると、船の上の人々がルルに気がつきました。鎧兜の戦士や水夫たちが空を指さし、漕ぎ手の男たちも手を止めてそれを見上げます。

 フルートが船に向かって叫ぶ声が、ゼンたちのところまで聞こえてきました。

「おまえたちをザカラスには行かせない! おとなしく港へ戻れ!」

 けれども、船の上は大騒ぎになっていました。敵の襲撃だ、迎え撃て! と船長が命じたので、戦士たちが武器を取り上げて船の通路を駆け出します。船の指揮官は、漕げ! 休むな! と漕ぎ手たちをどなりつけています。わぁわぁという声にかき消されて、フルートの声は届いていないようです。

 船尾に集まった戦士たちが弓を構えました。風の犬のルルとそれに乗ったフルートに向かって、いっせいに矢を放ち始めます。ゼンたちは、はっとしました。フルートの着ている鎧は無敵ですが、ただ一箇所、むき出しになった顔だけは攻撃から守ることができないのです。飛んでくる矢がフルートの顔に命中するのではないか、とはらはらして見守ります。

 すると、フルートが左腕の盾を顔の前にかざしました。飛んでくる矢の雨の中、鎧と盾で身を守りながら、船に迫っていきます。

「ルル、風の刃だ!」

 とフルートが叫ぶ声を、ポポロは聞きました。ひゅうっ、と風の音を鋭く響かせて、ルルが軍艦の左脇を飛びすぎていきます。

 とたんに、船腹に突き出ていたオールが、長い柄の真ん中から真っ二つになりました。ルルが風の体を使って切り落としてしまったのです。オールは片側に三十本ほどありましたが、それが一本残らず失われてしまいます。

 たちまち船はまっすぐ進めなくなって、その場でぐるぐる回り始めました。指揮官が船の右側のオールを担当する漕ぎ手たちをどなりつけて、旋回を停めようとしますが、すぐには収まりません。

 その様子を眺めて、メールが言いました。

「そうだよね。漕ぎ手は急に国中から集められて、いきなり船に乗せられて漕がされているんだもん。思うように船を操ることなんか、できるわけないんだ」

「ワン、フルートはきっとそこまで計算にいれていたんですよ。だから、先頭の船を狙ったんだ。ほら、他の船が先頭の船をよけられなくて、出航できなくなってる」

 とポチも言いました。後続の軍艦は、旋回する船を避けようとして、他の船にぶつかりそうになったり、とんでもない方向へ向かっていったりしていました。落ち着いた状況であれば、それなりに進んでいったのでしょうが、思いがけない攻撃にあわてふためいているので、大混乱になっています。

 フルートがまたルルと一緒に急降下して行きました。二隻目の船の片側のオールを切り落としてしまいます。その船もまっすぐに進むことができなくなって、港の中を蛇行し始めました。ぶつかりそうになった船があわてて舵(かじ)を切ってかわし、乗っていた人々は海に投げ出されそうになって、船にしがみつきます。

「いいぞ!」

 とゼンは声を上げました。ガレー船のオールは長いので、必ず船外に突き出ています。それを狙えば全部の船を足止めすることができそうです。

 

 ところが、そのとき、一同の頬に風が当たりました。髪や服の裾が揺れて後ろへなびきます。

 ポチが声を上げました。

「ワン、風が吹き出した! 船が帆を使いますよ!」

 太陽が昇るに従って、海から陸へ風が吹き始めたのです。ポチの言うとおり、軍艦の上で水夫たちが走り回り始めました。帆柱から下がるロープを引くと、帆げたに巻かれてた帆布が広がって風をはらみ、軍艦がいっせいに同じ方向へ進み始めます。

「あのままだと防波堤に衝突するんじゃねえのか!?」

 とゼンが船の進行方向を見て言いました。

「ワン、向かい風だから、風を斜めに受けて進んでるんですよ。どこかで方向転換するはずです。これを間切る(まぎる)って言うんだけど」

 とポチは答えました。帆船に関する知識は、賢者のエルフが住む白い石の丘の図書室で仕入れたものです。

 風を帆に受けて、軍艦はどんどん船足を速めていきました。オールはすべて海上に引きあげられたので、フルートがオールを切った船も順調に進み始めます。やがて、甲板でまた人が大勢動き回り、帆の向きがゆっくり変わっていきました。帆が別の場所に風をはらむと、船は進行方向を変え、港の出口へと向かい始めます。

「どうすんのさ!? このままだと船が港の外に出ちゃうよ!」

 とメールが叫んだとき、ポポロがふいに両手を耳に当てて言いました。

「フルートよ! ゼンに下りてきてくれって――!」

 軍艦のすぐ近くを飛ぶフルートが、ポポロの魔法使いの耳を通じて話しかけてきたのです。

 よし! とゼンは言って、ポチと一緒に急降下していきました。あっというまにフルートを乗せたルルに並んで尋ねます。

「来たぞ! どうするんだ!?」

「矢に当たらないように気をつけながら、すぐ近くに待機していてくれ……! そして……ぼくが合図をしたら、すぐに炎の矢を撃つんだ……!」

 とフルートは答えました。船に向かってルルと一緒に急降下と急上昇を繰り返したので、すでに息が上がっています。

「何をするつもりだ!?」

 とゼンはまた尋ねました。何か非常に難しいことをやろうとしているのだと感じたのです。

 フルートは背中からロングソードを引き抜くと、風をはらんでふくらんでいる帆の集団を見つめました。

「マストを切り倒して、燃やすんだよ……行くぞ、ゼン!」

 そう言うと、フルートは先頭の船目ざしてまた急降下して行きました――。

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