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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第19章 海上戦

65.丘の上

 カルドラ国の港街セイマ。

 夜明けが近づいて明るくなっていく中、小高い丘の上から港を見下ろして話し合う人々がいました。二人の少年と二人の少女と二匹の犬、それにひげ面の男と細身の女性――フルートたちとジズとイリーヌです。

 温暖なセイマの街ですが、それでも冬の夜明けは冷え込みました。ジズとイリーヌは毛皮のコートを着込み、少年少女たちもそれぞれに防寒着を着ています。ただ、フルートだけは金の鎧兜に緑のマントをつけただけの、いつもと同じ恰好をしていました。フルートの鎧は魔法が組み込まれているので、寒さをまったく感じないのです。

 青い胸当ての上に毛皮の上着を着込んだゼンが、港を眺めながら言いました。

「軍艦は十隻並んでるぞ。甲板に船を漕ぐ連中の座席があって、そこが全部人で埋まってるし、武装した連中が何かどなりながら通路をうろうろしてらぁ。荷物を船に積み込んでる様子はねえ。あれはもう準備完了だな。間もなく出航するぞ」

 ゼンは目が良いので、細かいところまで観察して仲間たちに知らせます。

 フルートのほうは街を見渡していました。

「今日は新年最初の日なのに、妙に静かだな。軍艦が出撃するから自粛(じしゅく)しているのか?」

 それに答えたのはジズでした。

「カルドラ人はもともと一月には新年を祝わないんだ。カルドラの新年は、海の神ルクアが生まれた八月だからな。祝いはそのときにやるから、一月一日は普通の日と変わらん」

「そうか」

 フルートは街と港を見つめ続けます。その横顔があまり落ち着いているので、イリーヌが尋ねました。

「坊やは昨夜、金の石の勇者だと名乗って出撃を停めるんだ、って言ったわよね? でも、あんなにたくさんの軍艦を停めるのは難しいわよ。どんな素晴らしい作戦があるっていうの?」

「特に作戦はない。ただみんなで思いきりやるだけさ」

 フルートがあっさり答えたので、イリーヌが目を丸くすると、ジズが苦笑して言いました。

「こいつらが子どもなのは見た目だけだ、と言ったはずだぞ、イリーヌ。こんな小さななりをしながら、一個大隊――いや、一個師団並の戦闘力がある連中なんだ」

 イリーヌはますます目を丸くしました。とても信じられない! と言うように首を振ります。

 

 そんなイリーヌは放っておいて、ジズはフルートたちに話し続けました。

「あの軍艦はガレー船と呼ばれているものだ。帆で風を受けて走るんだが、無風のときや、戦闘で複雑な動きをするときには、オールで漕いで船を動かすことができる。一隻に五百人が乗り組んでいるが、そのうち本当の戦士は百五十人というところだ。残りの五十人は操船が専門の水夫、あとの三百人はオールを握る漕ぎ手(こぎて)で、上陸後にはそいつらも武器を手にとって兵士として戦うようになる」

「漕ぎ手ってずいぶんたくさん必要なんだね。だからカルドラ中から男たちが召集されたんだ」

 とメールは言って、港を見ました。その頃にはあたりはずいぶん明るくなっていたので、メールの目にも港に軍艦が並んでいる様子がはっきり見えました。船腹に何十本もの長いオールがずらりと並んだ、細長い船です。船の中央と前後には大小三本の帆柱も立っていますが、風がほとんど吹いていないので、帆は上がっていません。

 ジズはさらに話し続けました。

「このカルドラには軍艦がもう三十隻ほどあるんだが、それが各地の港からここに向かっているという情報が入ってきた。国王の召集令はカルドラ全土に出されたから、漕ぎ手も続々集まっている。それを片端から軍艦に乗せて、第二、第三の船団を組んで、ザカラスへ送り出すつもりなんだろう。バルス海を横切っている間にサータマンの軍艦が合流してくる可能性もある。サータマンの海軍は非常に強力だから、それが加われば、いくらザカラスでも非常に苦戦するようになるぞ」

「そんなことにはならない。ぼくらがここであの船を停めるからな」

 とフルートは言いました。その目は港の軍艦をじっと見つめ続けています。フルートが着る金の鎧兜は輝きを増していました。いよいよ夜明けが近づいてきて、明るくなった空や雲が防具に映っているのです。

 

 黒衣の上に黒っぽい灰色のコートを着込んだポポロが、心配そうにそれを見上げました。

「もうすぐ朝日が昇るわ、フルート……。あたしがかけた守りの魔法が切れてしまうけれど、本当にかけ直しをしなくていいの? 守りの魔法がなくなると、闇の怪物たちがフルートの存在に気がついてしまうのよ……」

「かまわない。君に守りの魔法をかけてもらうようになって、もうずいぶんになる。ぼくを捜している闇の怪物は、あちこちに分散したはずだから、そいつらがまた集まってくる前に事をやりとげればいいだけだ」

 とフルートが言うと、メールも言いました。

「フルートは炎の剣を持っていないし、金の石が眠りっぱなしだから、癒しの力も使えないんだ。こうなるとポポロの魔法が頼りだから、魔法は温存しなくちゃならないよね」

「ワン、できるだけ派手にやらないと、金の石の勇者がここにいるって気がついてもらえないけど、あまり長い時間をかけるわけにもいかない、ってことですよね。派手にやればやるほど、闇の怪物の注意もひいてしまうんだから」

「そうね。闇の怪物はどこにでもいるから、フルートに気がついて集まってくると本当に厄介だわ」

 とポチとルルも話し合います。

 ポポロの宝石のような瞳がうるみ始めました。いくらあてにされても、ポポロは魔法を二回しか使えません。フルートが置かれている状況の厳しさに、改めて不安になってしまったのです。とたんにフルートが顔をしかめました。また「泣くな!」とどなられてしまう、とポポロは考えて、懸命に泣くのをこらえようとしましたが、こみ上げてくる涙を停めることはできませんでした。透明なしずくが目の縁に盛り上がってきて、今にもこぼれ落ちそうになります。

 すると、フルートが、すっと表情を変えました。ポポロの泣き顔を少しの間見つめ、頭を下げて彼女にかがみ込むと、赤い前髪の間からのぞく額に唇を押し当てます――。

 

 突然フルートがポポロにキスをしたので、仲間たちは仰天しました。ポポロも耳の先まで真っ赤になってしまいます。驚きと恥ずかしさで声が出せません。

 すると、身を起こしたフルートが、くすりと笑いました。

「やっぱり、叱るよりこっちのほうが効果があったな」

 といたずらっぽく言います。確かにポポロの涙は停まっていました。驚いた拍子に引っ込んでしまったのです。ポポロがいっそう赤くなってうろたえます。

 そんな少女に背を向けて、フルートは言いました。

「さあ、もうすぐ夜明けだ。日が昇ったら出撃するぞ。くれぐれも、乗組員を死なせるようなことだけはするなよ」

 足早に丘の外れへ向かっていくフルートを、仲間たちは呆気にとられて眺めてしまいました。

「……記憶をなくしてなかったら、絶対にこんな真似しなかったわよね」

 とルルが言ったので、ゼンとメールは思いきりうなずきました。ポポロは真っ赤な顔に両手を当ててうろたえ続けています。

 ポチはくんくんと鼻を鳴らして、フルートから漂ってくる感情の匂いを嗅いでいました。

「ワン、フルートったら」

 とつぶやいて苦笑いをします。フルートからは、いとおしさと優しさの暖かい匂いがしていました。その感情は、赤毛の小柄な少女に向かって流れていたのです。

 

「気をつけろよ」

 とジズがフルートの後ろ姿へ呼びかけました。

「無理だと思ったら、すぐ引きあげていらっしゃいよ」

 とイリーヌも言います。

 フルートは彼らに背中を向けたまま片手を上げて応えると、仲間たちを振り向いて言いました。

「さあ、行くぞ。あの軍艦を停めるんだ!」

 強い意志を浮かべた顔と、きっぱりとした声は、以前とまったく変わりません。

 おう! と仲間たちは言って駆け出しました。こちらも以前とまったく同じ様子です。

 マモリワスレの魔法にいまだに囚われて、記憶を失っているフルート。けれども、彼らは恐れることもなく戦いへ飛びだしていきました――。

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