「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第17巻「マモリワスレの戦い」

前のページ

64.出撃

 サータマン王が東のエスタと西のザカラスで陽動の戦闘を起こし、このロムド城へ攻め込んでくる、という知らせに、控えの間の一同は思わず呆然としました。サータマンは今年、ロムドの王都と城に攻撃を仕掛けて大敗し、その後、牢に幽閉してあった魔法使いのイール・ダリと闇の杖を使って城を攻撃しようとして、再び敗れました。連敗続きのこの状況で、こんなに早くまた攻めてくるとは、さすがに誰も予想していなかったのです。

 そこへ入口の戸をたたいて宰相のリーンズが入ってきました。まだ夜明け前ですが、きちんと身支度を調えていて、落ち着いた声で一同に尋ねます。

「先ほど、城中に異常な揺れが走りました。陛下も目覚めて心配なさっておいでです。何があったのでしょう?」

 必要な場所に即座に姿を現した宰相へ、白の魔法使いは深く一礼してから言いました。

「エスタ国から緊急の知らせが届きました。ユラサイに到着した殿下とユギル殿からの連絡で、エスタとクアローの間では戦争が勃発(ぼっぱつ)、ザカラスとカルドラの間でも間もなく開戦の動き、さらに、サータマン王がこのロムド城をまた攻撃しようとしています」

「サータマン王が!」

 とリーンズ宰相も思わず声を上げると、すぐに考える顔になって言いました。

「サータマン王は、エスタとザカラスからの援軍を足止めするために、クアロー王とカルドラ王を焚きつけたようですね。この急な動き、どうやら、城にユギル殿や赤の魔法使い殿がいないことを見抜かれたようです――。陛下には私から急ぎお知らせします。この城にはザカラスの伝声鳥がいるので、ザカラス王にはそれでお知らせしましょう。魔法使いの皆様は大至急、防戦準備を願います」

 

 すると、一同の後ろで小猿のゾとヨが飛び跳ねて言いました。

「こっちこっち! みんなこっちを見るんだゾ!」

「アリアンが敵を見つけて映したヨ!」

 全員が驚いて振り向くと、部屋の壁にはいつの間にか鏡が掛けられ、その前にアリアンが立っていました。鏡には疾走する騎馬隊と馬車が映っています。騎馬隊の兵士の鎧兜は、サータマン軍を表す緑色です。

「サータマンの疾風部隊だ! この場所はどこだ!?」

 と尋ねたトウガリにアリアンが答えました。

「ミコン山脈の中です。もうすぐ国境の峠を越えて、ロムドに入り込んできます」

 それを聞いていっそう驚いたのはリーンズ宰相でした。

「そんなまさか! ミコンは今、雪に閉ざされていて、聖地へ向かう巡礼の道以外は通れなくなっています! 疾風部隊が山を越えることは不可能なはずなのに――!」

 すると、キースがアリアンの横から鏡をのぞき込んで言いました。

「この部隊は闇の魔力に守られているよ。しかも、見覚えのある波動だ。これは闇の石の力だな。以前、サータマンの魔法使いが闇の石の杖で攻撃してきたけれど、サータマン王は同じ石をまだ持っていたんだろう。それが軍勢の進む道を守っているんだ」

 三人の魔法使いたちは、いっせいに頭を抱えてしまいました。白の魔法使いがうめくように言います。

「それで国境の警備隊からの連絡がないのか……。ミコン山中の国境には冬でも警備隊が常駐しているし、我々の部下の魔法使いも配備されているが、闇の石を使われたら、敵が目の前にやって来るまで気がつくことができないのだ」

「わしらは光の魔法使いたちじゃからな。アリアンがいてくれて、本当に幸いじゃった。闇の民のアリアンが透視しているから、闇の石を使われても、これほどはっきり見えているんじゃ」

 と深緑の魔法使いも言います。

 

 すると、青の魔法使いが、どん、と杖で床を突きました。

「私が国境へ飛びましょう。あの馬車に乗っているのは、サータマンの飛竜だ。このままでは、また都が飛竜に襲われることになります。その前に敵を撃退しなくては」

「よし、では深緑も――」

 と白の魔法使いが言いかけると、キースがさえぎりました。

「いいや、深緑さんは白さんと一緒に残っていたほうがいい。いくら白さんでも、たった一人で城を守るのは大変だ。代わりにぼくが行く。敵が闇の石を持っているなら、ぼくが適任だからな」

 話しながらキースが肩のマントを払いのけると、それが背中でひるがえって、二枚の大きな黒い翼に変わりました。瞳が血のような赤い色になり、頭にはねじれた二本の角が、口元には牙が現れます。

 とたんに、アリアンの肩から鷹のグーリーが舞い上がって、キェェェ、と鳴きました。それを振り向いて、キースが笑顔になります。

「君も行くか、グーリー。それなら、青さんを乗せるんだ。そのほうが早く戦場に着けるからな」

 ほう、と青の魔法使いは言いました。

「闇のグリフィンに乗せてもらえるとは、実に貴重な機会ですな。城の屋上から飛びたちましょう。私が一緒ならば、あなたたちのその姿を人々の目から隠すことができますぞ」

 白の魔法使いはうなずきました。

「よし。では、サータマン軍は青とキースとグーリーに頼む。深緑、守りの塔へ行くぞ。魔法軍団を召集して城の守りを固めなくては」

「承知じゃ」

 女神官と老人は部屋の中から姿を消していきました。

「私は陛下にお知らせを……」

 とリーンズ宰相も慌ただしく部屋から飛び出していきます。

 

 小猿のゾとヨが飛び跳ねながら言いました。

「気をつけるんだゾ、キース、グーリー。怪我しないようにするんだゾ」

「そうだヨ。特にキースは、オレたちと違って死んだら生き返れないんだから、死なないようにするんだヨ」

「ちぇ、わかっているって。ゴブリンに説教されるようじゃ、世も末だな」

 とキースは肩をすくめてぼやくと、心配そうに自分を見つめているアリアンへほほえんでみせました。

「大丈夫、すぐ終わらせて戻ってくるよ。そうしたら、久しぶりにみんなで一緒にお茶にしよう。なにしろ、今日は貴重な休日だからね――」

 と片目をつぶって見せます。闇の王子の姿になっても、甘い顔立ちと優しい声は変わりません。アリアンが思わず真っ赤になります。

「では、行きますぞ」

 と青の魔法使いが言い、戦いに向かう二人と一羽の姿が消えました。後にはアリアンとゾとヨ、それに道化のトウガリが残されます。

 アリアンはまた壁の鏡に走りました。すぐにそこにキースたちの姿が映し出されます。城の屋上に巨大な黒いグリフィンが現れて、背中に青の魔法使いを乗せ、翼を広げたキースと共に空に舞い上がりました。昇る朝日を浴びながら、南へ向かって飛んでいきます。アリアンは両手を祈るように握り合わせました。キース、と細くつぶやきます。

 トウガリはそんな彼女を眺めてから、鏡へ目を戻しました。空を飛んでいくキースの後ろ姿へ、そっと言います。

「本当に、無事で帰って来いよ。おまえには、まだまだやり残していることがあるんだからな」

 そんなトウガリの声がキースに届くはずはありません……。

 

 

 大砂漠を越え、ユラサイの皇帝や占神と行動を共にするようになったオリバンたちの一行。同盟を破って攻撃を仕掛けてきたクアロー軍と戦うエスタ軍のシナたち。そこからの知らせを受けて、サータマン軍の襲撃を知り、防衛のために南のミコン山脈へ飛んでいくキースたち。そして、西の外れのカルドラ国で、記憶がないまま軍艦の出撃を停めようとしているフルートたち。

 大陸の各地に散っている人々を巻き込みながら、世界は今、大きな戦いに向かって動き出そうとしていました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク