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第17巻「マモリワスレの戦い」

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63.知らせ

 「やあ、もうすぐ夜明けだね。新年の朝だ――結局徹夜になってしまったな」

 ロムド城の一角にある控えの間に戻ってきたキースは、明るくなってきた窓の外を見ながら、長椅子にどさりと座り込みました。はいていたダンス用の靴を床に放り投げて、そのまま横になります。とたんに大柄でたくましい体つきが、中背で細身の姿に変わりました。暗灰色だった髪も長い黒髪に変わります。変身を解いて、オリバンから本来の姿に戻ったのです。

 同じ控えの間には、他にも三人の人物と二匹の生き物がいました。誰もが互いに顔見知りです。

「毎年恒例の大晦日(おおみそか)の祝賀会だからな。ご高齢の陛下やまだ幼いメーレーン様はともかく、若い皇太子や未来の皇太子妃は、最後まで会場にいなくちゃならんだろう」

 と言ったのは、赤と青の派手な衣装を着た道化のトウガリでした。そう言うトウガリ自身も、大広間での年越しの祝賀会では、最後まで残って大勢の客を笑わせ、場を盛り上げていました。

 小猿の恰好をしたゾとヨが、キースの寝転ぶ長椅子の上で跳んだり跳ねたりしながら言いました。

「オレたちは祝賀会がすごく楽しかったゾ!」

「ご馳走をいっぱいもらえたし、たくさんの人がなでてくれたヨ! オレたち、祝賀会が好きだヨ!」

「冬至祭りはユリスナイの偉功をたたえる神聖な行事だが、こちらの年越しの祝賀会は本当のお祭りですからな。招待客は皆、楽しむためにやってくるから、例年非常に賑やかになる。――白にはそれがあまり気にいらんかもしれませんがな」

 と言ったのは、見上げるような大男の青の魔法使いでした。たくましい腕を胸の前で組み、にやにやしながら黒いドレス姿のセシルを見下ろしています。とたんに、セシルは白い長衣を着た細身の女性に変わりました。白の魔法使いも変身を解いたのです。いつもの、そっけないくらい冷静な口調で言います。

「人々が新年の到来を喜ぶのは良いことだ。国と宮廷が平和である証拠だからな。招待客はすでに三々五々自分の家へ戻っていった。あとは明朝の新年の儀まで何も予定や行事はない。年に一度の城の休日だ。城内も静かになるだろう」

「明日の朝までは、ぼくも皇太子の代理をしなくていいんだろうな? オリバンが城を離れてもう三ヶ月だ。さすがに彼の恰好でいるのにも疲れたぞ」

 とキースが言うと、トウガリがひょろ長い体をかがめてそれをのぞき込みました。

「今日はその恰好でいて、令嬢たちをデートに誘うつもりでいるんだろう? 残念だな。今日は祝日だから、貴族たちは登城してこない。みんな、自分の屋敷で静かに一年の最初の日を過ごすんだ」

「ええ!? それじゃぼくは何を楽しみにして今日を過ごせばいいんだ!? 祝賀会の最中に貴婦人たちと約束できなかったから、これから誘いに行こうと思っていたのに!」

 相変わらずの調子のキースに、他の者たちは思わず苦笑をします。

 

 そこへさらに二人の人物がやってきました。ノックもなしに部屋に入ってきたので、キースはあわてて椅子から身を起こし、深緑色の長衣を着た老人と、灰色の長衣を着た銀髪の青年が立っているのを見て、目を丸くしました。深緑の魔法使いとユギルです。ユギルの肩には黒い大きな鷹も留まっています。

 白の魔法使いが深緑の魔法使いにうなずきかけました。

「毎日ご苦労だったな、深緑」

「なんの。わしはただ、鏡を一緒に見て、ああだこうだと口を出していただけじゃ。全然なんともないわい。それより、アリアンを誉めてやらんか。本当に、朝から晩まで毎日毎日、ずっと鏡をのぞいて火山と噴煙を見張り続けておるんじゃぞ。大した集中力と根気じゃ。おかげで煙の流れて行く先や地上に及ぼす影響も、ずいぶんわかってきたわい」

「ああ。本当にアリアンは毎日よくやってくれている。だから、陛下も新年の日くらいはゆっくり休むように、とおっしゃっておいでなのだ。アリアン、今日は休日だ。変身を解いて、のんびり過ごすといい」

 女神官の魔法使いからそんなふうに言われて、ユギルは流れる黒髪に薄緑色のドレスの美少女に姿を変えました。とまどいながら言います。

「あの……本当に見張らなくてよろしいのでしょうか? 火山からの煙はザカラス国の南部をおおって、今ではもう、ロムドの西にまでやってきています。まだ煙が薄いので、皆さんあまり変化を感じていませんが、間もなく本格的な寒さが始まると思います。目を離せない状況だと思うのですが……」

 すると、トウガリが言いました。

「リュートの弦をいつも強く張っていると、そのうちに弦は弱って切れやすくなる。人も同じことだ。いつまでもずっと緊張したままでいるわけにはいかんさ。それに――」

 道化は急に、にやっと笑うと、長椅子のキースを指さして続けました。

「今日ぐらいはその恰好でいてくれ。そうすれば、あそこにいる誰かさんの文句が少なくなるからな。ずっとあんたがユギル殿に化けて部屋に引きこもっていたから、拗ねていて大変だったんだ」

「おい、トウガリ! 誰かさんって誰のことだ!? ぼくは別に拗ねてなんかいないぞ!」

 とキースは跳ね起きて言い返しました。焦ったように赤い顔になっています。アリアンのほうも驚いて真っ赤になりましたが、キースがむきになって否定するので、すぐに悲しそうな表情になってうつむきました

 それを見て猿に化けたゴブリンたちが騒ぎ出しました。

「あっ、キースがアリアンをいじめたヨ!」

「アリアンを悲しませるヤツは許さないゾ! キース、アリアンに謝るんだゾ!」

「どうしてだ!? ぼくは何もしていないぞ!」

 キースがいっそうむきになって反論したので、キァァ、と鷹のグーリーまでが鳴き声を上げます――。

 

「おいおい、騒ぐな。新年の朝なんだから静かに行こう」

 とトウガリは苦笑して声をかけ、部屋の中がまた落ちつきを取り戻すと、今度は白の魔法使いに尋ねました。

「そういえば、赤の魔法使い殿はどうしたでしょう? 南大陸へ出発されてからもう一週間です。もう到着されましたか?」

 素で話すときにはぶっきらぼうなトウガリですが、四大魔法使い相手には丁寧なことばづかいになります。

 女神官は、ちょっと肩をすくめました。

「我々にもわからない。たぶん、もう船に乗っているとは思うが、二日前に連絡をもらった後は音沙汰がないのだ」

「赤は南大陸の魔法使いだから、私たちと魔法の仕組みが違いましてな、正体がばれないように変身をすると、魔法が使えなくなってしまうのですよ。赤が安全な宿の部屋に入って変身を解いたときにしか、連絡がとれんのです」

 と武僧の魔法使いが補足の説明をします。

 すると、ずっとうつむいていたアリアンが顔を上げました。

「あの……赤の魔法使い様の様子を透視いたしましょうか? できると思うのですが……」

「アリアン、君は今日は非番なんだぞ。今日くらいは鏡から離れたらどうだ?」

 とキースが言いました。あきれたような口調の裏に、確かに拗ねる響きがあります。

 白の魔法使いは思わず微笑しました。いつも厳しいくらいに生真面目な白の魔法使いですが、そんなふうにほほえむと、急に雰囲気が優しくなります。

「アリアンが透視をする必要はない。何事かあれば、必ず赤のほうから連絡をよこすからな。連絡がないのは、心配のない状態だという証拠だ。あなたたちは今日はしっかり休むといい」

 それを聞いて、キースが安心した表情になります――。

 

 ところが、次の瞬間、三人の魔法使いはいっせいに頭上を振り仰ぎました。天井よりもっと遠い場所を見る目をして言います。

「何か来るな」

「魔法ですな。敵の攻撃でしょうか?」

「わしらがここにいても、守りの塔の護具が城を守っとるし、魔法軍団も至るところで城を警備しとる。その状況で攻撃を仕掛けてくる輩(やから)がいたというのか?」

 鏡のないアリアンや、ゾやヨやグーリーには、魔法使いたちが見ているものは見えませんでしたが、キースははるかなまなざしになって言いました。

「確かに強力な魔法がこの城目がけて飛んでくるな。でも、あれは闇魔法じゃないぞ。攻撃魔法でもないようだ」

 すると、深緑の魔法使いが、目を鋭く光らせながら言いました。

「あれは知らせじゃ。どうやら出所はエスタ国内のようじゃな。エスタ王からの連絡かもしれん」

「エスタ王からの? 何故こんな乱暴なやり方を――!」

 と憤慨する青の魔法使いを、白の魔法使いがさえぎりました。

「今はそんなことを追及しているときじゃない。このままでは護具の障壁に衝突して消滅するぞ。障壁を一瞬消すから、その間、援護をしろ」

「承知」

 と青と深緑の魔法使いは答えました。その手に現れてきた杖を握りしめて、宙に掲げます。白の魔法使いも自分の杖を差し上げて言いました。

「途切れよ、障壁! 知らせよ、ここへ!」

 とたんに、明るい光の球が天井を突き抜けて部屋に飛び込んできました。床に激突してまぶしく輝き、部屋中がぐらぐらと揺れます。

 

 光が消えていった後には靄(もや)のようなものが漂い、その中から一人の青年が立ち上がりました。白と黒の入り混じった長衣を着ていますが、その背丈は小猿に化けたゾやヨと同じくらいしかありません。体全体も半ば透き通っています。実体ではないのです。

 深緑の魔法使いがそれを鋭く見透かして言いました。

「エスタ王の魔法使いじゃな。だが、おまえさんたちは一人じゃない。元は二人じゃ。どうしてそんな姿になっとる?」

 すると小さな青年は丁寧に頭を下げて言いました。

「私たちは双子なのです。二人の力を合わせて、ここまで知らせを飛ばしておりますが、あまり長くは持たないので、失礼して本題に入らせていただきます。――私たちは今、エスタとクアローの国境で戦闘状態にあります。クアロー王が突然同盟を裏切り、エスタ国内に攻め込んできたのです。また、西のカルドラでは王の軍艦がザカラスを攻撃するために出航準備を整えています。ですが、これらは本当の目的から目をそらすための陽動。真に狙われているのはそちらのロムド城、これらの計画を企てた真の黒幕はサータマン王です。これらの知らせは、ユラサイに到着されたロムド皇太子とロムドの一番占者から発せられ、エスタ国の占者シナ様を通じて、こちらへ届けるように送られてきました。一刻も早く対応くださいますように」

 二人が一人になった双子の魔法使いは、一気にそれだけを言うと、ゆらゆらと揺らめき始めました。集まってきた靄に包まれると、その中に溶けていきます。やがて靄が薄れて消えると、部屋の中はまた四大魔法使いとキースたちだけになりました。

「サータマン王がこの城を攻めて来るだと……?」

 意外な知らせに、一同は呆然としてしまいました。

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