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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第18章 知らせ

62.双子

 「占神! 目を覚まさんか、占神!!」

 空飛ぶ竜を操りながら、老人は大声で呼びかけました。その背中には、黄色い服を着た細身の女性が、ぐったりともたれかかっています。占神は突然肩を押さえて悲鳴を上げると、そのまま気を失ってしまったのです。

 竜子帝やオリバンたちも仰天しました。

「占神!」

「どうしたのだ、占神!?」

 並んで空を飛びながら呼び続けると、占神が目を開けました。ゆっくり身を起こし、大きく息を吐いて言います。

「大丈夫だよ……あたしじゃないからね……」

 周囲の人々には意味がわかりません。

「急にどうしたというのだ! 怪我でもしたのか!?」

 と竜子帝が重ねて尋ねると、占神は押さえていた右手を外して、左肩を一同に見せました。

「なんでもないさ、ほら」

 痩せた肩には確かに異常はありません。

 ふぅむ、と老人がうなりました。

「何事かあったのはシナのほうじゃな。占神とシナは双子だから、一方に何かが起きると、もう一方にも伝わってくるんじゃ。何があったか聞いてみぃ、占神」

「あの痛みからすると、シナは怪我をしたみたいだよ。返事をするといいんだけれどね」

 と占神は言って、老人の腰につかまり直しました。脚が不自由な占神は、自力で輿の上に戻ることができなかったのです。

「シナ! 聞こえるかい!? 聞こえたら返事をおしよ! シナ!」

 占神が呼ぶ声が、吹き過ぎる風に呑み込まれていきます――。

 

 

「シナ殿! シナ殿!!」

 大声で何度も名前を呼ばれて、エスタ国の女占者はようやく目を覚ましました。とたんに左肩に激しい痛みが走って、声を上げてしまいます。

 鎧兜の戦士が女占者をのぞき込んでいました。エスタ国近衛部隊のシオン大隊長です。女占者を片腕で抱きかかえ、もう一方の手で盾を掲げて彼女を守りながら言い続けます。

「大丈夫か、シナ殿!? しっかりされよ!」

「大丈夫だよ……」

 とシナは答えましたが、みじろぎしたとたん肩にまた激痛が走ったので、悲鳴を上げました。

「動いてはいかん! あなたは敵の矢を受けたのだ! 矢は抜いたが傷は深い!」

 とシオン大隊長が言いました。その間にも、飛んできた矢が音を立てて盾に当たります。

「ああ、そうだったね……ちゃんとわかってるよ」

 とシナは言ってまた目を開けました。肩から伝わってくる痛みをこらえながら、空を見上げます。そこには無数の矢が飛び交い、戦う者たちの雄叫び(おたけび)や怒声が響き渡っていました。彼らは戦場のただ中にいるのです。

 

 すると、そこへ二人の青年が駆けつけてきました。どこからどこまでもそっくりな顔と姿をしていて、一人は黒、もう一人は白の長衣を着ています。黒い青年が両手を上げると、彼らの周囲からいっせいに矢が落ち始めました。白い青年がシナに手を当てると、肩の傷がふさがって、じきに、服に血の痕と矢の傷穴が残るだけになります。

「ありがとうよ」

 肩の痛みがすっかり消えたので、シナは立ち上がりました。倒れた拍子に乱れてしまった髪を、手早く直します。

 一緒に立ち上がったシオン大隊長が小言を言い始めました。

「気をつけなくては、シナ殿! エスタの一番占者がこんなところで流れ矢に当たるなど、あってはならんことだ!」

 双子の魔法使いたちも、首をひねりました。

「あなたほどの占者が、どうして矢など食らったのですか?」

「あなたなら、矢が飛んでくることを予知して避けられるでしょうに」

 シナは治ったばかりの肩をすくめました。

「無茶をお言いでないよ。戦場ってのは、どんどん状況が変わっていくものなんだ。それを最初から全部先読みするなんてのは、どんなに優秀な占者だって不可能だよ。それに、これでもちゃんと予知して身をかわしたんだよ。そうでなかったら、あたしは心臓に矢を受けて、今頃もう生きちゃいなかったんだから」

「冗談ではない! 万が一にでもシナ殿が戦場で散るようなことがあったら、エスタ国は危機に陥る! 前線から下がられよ、シナ殿!」

 とシオン大隊長がどなり続けたので、シナは口を尖らせました。

「そんなわけに行くかい。あたしがここにいなければ、エスタはクアローに勝てないと出たんだからね」

「確かにシナ殿はクアロー王の裏切りを予知した! だが、だからといって、危険な戦場にまで出てくる必要はないのだ!」

「お黙りよ、大隊長。何もわかっちゃいないね! あたしの予感が、あたしは戦場にいるべきだ、と言ってきたんだから、下がるわけには――」

 国王直属部隊の大隊長相手に、少しも引かない女占者でしたが、急に途中で話しやめると、何もない空中をじっと見つめました。やがて、声を張り上げます。

「伝わっちゃったかい、姉さん!? 悪かったね……!」

 

 

「シナが返事をしたよ!」

 飛び続ける飛竜の背中で、占神が言いました。おお、とオリバンたちが飛竜の上から身を乗り出します。

 占神は、はるか彼方にいる双子の妹とことばをかわし合いました。相手の声は他の者には聞こえないので、空中へひとりごとを言っているように見えます。やがて話し終えると、見守っている一同へ言います。

「シナは今、エスタとクアローの国境付近にいるらしいよ。クアロー王の直属軍が、突然国境を越えてエスタに攻め込んできたんで、戦闘の真っ最中らしい。シナも怪我をしたけれど、エスタ軍の魔法使いに治療してもらったとさ」

「クアローがエスタに攻め込んだ!!」

 とオリバンとセシルは思わず声を上げました。

「やはりクアロー王が動き出しましたね。あのミカールという男が言っていた通りでございます」

 とユギルも冷静に言います。

「どういうことだ? クアローとエスタは同盟国だと朕は教わっていたのだが」

「クアローの王様が裏切って、エスタに攻め込んだっていうわけ? でも、クアローは小国だと聞いているわよ。どんなにがんばっても、大国のエスタにはかなわないんじゃないの?」

 と竜子帝やリンメイが驚きあきれると、占神が言いました。

「だからこそ、危険なんだよ。おとなしいはずのウサギがかみついてきたら、その後ろには必ず何かがあるものだからね。しかも、西の海では、今まさにカルドラ国がザカラス国へ出兵しようとしている。これは単なる偶然だろうかね? あたしには、世界を巻き込む大きな戦いの予兆に思えてならないよ」

「わたくしも胸騒ぎがいたします。この二つの戦いは、きっと無関係ではございません」

 とユギルが賛同します。

 とすると――? と一同は考え込みました。エスタの東側で起きた戦いと、ザカラスの西の海で起きようとしている戦い。二つの戦場を頭の中に思い浮かべた地図に描き込んで、大陸全体を見渡します。

 

 すると、ユギルの飛竜を操っていた術師のラクが、おもむろに口を開きました。

「私は占者でも戦闘の作戦を立てる策士でもないので、おこがましいことを言うつもりはありません。ですが、長年、身内や周囲の国々と争いを繰り返してきたユラサイの宮廷には、昔からこのような諺(ことわざ)があるのです。――右と左が襲われたときには、敵の本当の狙いは真ん中だ、と」

「陽動作戦というものじゃな。わしも占神も竜仙郷に戻らなくては正確に占うことができんが、それは充分考えられることじゃ」

 と先の占神の老人がうなずきます。

「本当の狙いは真ん中だと……?」

 とオリバンは考え込み、すぐに気がつきました。

「では、真に狙われているのはロムドだというのか!?」

「オリバン、あのミカールという男は、クアロー王がいつかロムドもエスタも地上から消す、と言っていた。それがこれなのではないか!?」

 とセシルも言います。

「なんと。クアロー国の本当の狙いは、エスタではなくロムドなのか!」

「クアローはカルドラと密かに同盟を結んでいたのね。それで同時に攻撃を仕掛けてきたんだわ」

 と竜子帝とリンメイが話し合います。はるか西方の外国間の情勢ですが、大規模なだけに、ユラサイとしても無視するわけにはいきません。

 すると、いつの間にかまた占盤をのぞき込んでいたユギルが、厳かに言いました。

「いいえ、ロムドを狙っているのは、クアロー国でもカルドラ国でもございません。ロムドに攻め込もうとしているのはサータマン。軍勢はまだ見当たりませんが、サータマンからロムドに向かって非常に大きな危険が迫っているのが見えます――」

 一同はまた絶句しました。この騒乱の真の黒幕とその目的が、突然彼らにも明らかになってきたのです。

 我に返ったセシルが、激怒して叫びました。

「またしてもか! サータマン王の卑怯者め!」

「ユギルが不在の隙を突かれた――。ここからではロムド城に敵を知らせることができん! どうすればよいのだ!?」

 とオリバンも歯ぎしりをします。彼らがいる場所からロムドまでは、何千キロも離れていました。その距離を飛び越えて知らせる手段がありません。

「ラク! おまえの術でロムドに知らせることはできないのか!?」

 と竜子帝が言うと、術師は申し訳なさそうに答えました。

「力になりたいのは山々ですが、ロムドはこれまでユラサイと親交のなかった国なので、術を送る接点がありません。私にもどうすることもできません」

 そんな……とリンメイが青ざめます。

 

 すると、ユギルが急に占神を振り向きました。余計なことは言わずに、ただ深々と頭を下げて言います。

「よろしくお願いいたします、占神殿」

「そうじゃな、それが良かろう」

 と老人もうなずきます。

 やりとりの意味がわからなくなって、オリバンや竜子帝たちがとまどっていると、占神が微笑しました。

「あたしたちにはやるべきことが見えているんだよ。ここは双子の出番さ。あたしたちには届かせることができない球を、送り出してやることにしよう」

 占者のことばは、やはり、わかるようでよくわかりません。

 困惑している人々を尻目に、占神はまた空へ声を上げました。

「シナ! シナ、もう一度、返事をおし! 大事な話があるよ――!」

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