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第17巻「マモリワスレの戦い」

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60.出迎え

 占者ユギルに先導されて、キャラバンは夜の砂漠を渡り続けていました。

 月のない空では無数の星が輝いていましたが、うっすらと靄(もや)がかかるように空が白んできたと思うと、行く手の地平線が明るくなってきました。夜明けが近づいてきたのです。朝日が顔を出すのはもうしばらく先のことですが、日の出の場所を予約しておくように、空の一箇所が赤味を帯び始めます。

 それと同時に砂漠の風景も見晴らせるようになってきました。そのあたりは一面小石の砂漠で、砂丘はもう見当たりませんでした。時折乾いた風が吹く中を、たくさんのラクダを引いた男たちが進んでいきます。

 すると、先頭に立つユギルが立ち止まって、行く手を指さしました。

「到着いたしました。あれが最後のオアシスでございます」

 朝焼けの光が広がっていく地平線に、寄り集まるような影が見えていました。隊長のダラハーンはそちらへ目を凝らし、影が木の形をしているのを見極めて声を上げました。

「確かにオアシスだ! こんな場所にあったとはな!」

 オリバンがユギルに聞き返しました。

「今、最後のオアシスだと言ったな。砂漠はまもなく終わるのか?」

「はい、わたくしたちの旅はもうじき終わりを迎えようとしております。大砂漠を越えるまでに、あと一日半の道のりでございます」

 それを聞いてキャラバンの男たちは驚きました。

「あと一日半!? まさか!」

「ジュナを出発してから、まだ九日だぞ!?」

「早すぎるぞ! 信じられん!」

 彼らはいつも四週間以上かかって大砂漠を越えていきます。今回はかなりの強行軍でしたが、それでも、たった十日で大砂漠を越えると聞かされて、誰もが自分の耳を疑います。

 けれども、ダラハーンだけは首を振って言いました。

「いいや、本当に砂漠は終わりだ――。見ろ、あの山を。角度が違うからちょっと形が違って見えるが、あれはアダタの山だぞ。本当に砂漠は終わるんだ」

 隊長に言われて、男たちは目を凝らし、地平線の上にかすかに見えている山脈を確かめて、驚愕の声を上げました。確かにそれは、彼らが旅の終わりの目印にしている山だったのです。

 

 次第に明るさを増していく砂漠を、一行はオアシスに向かって歩き続けました。近づくにつれて、木々や草の緑がはっきりと見えてきますが、人が住む建物は見当りません。無人のオアシスなのです。

 ところが、ユギルが歩きながら言いました。

「どうやらあそこには、わたくしたちを待つ人がおいでのようです」

「またクアロー王の手の者か!?」

 とオリバンやセシルが緊張して身構えると、占者は首を振りました。

「運命はわたくしたちに力を貸そうとしているようです。味方でございます……」

 すると、行く手のオアシスの中から何かが次々と飛びたちました。大きな鳥のような生き物が四匹、木々を揺らして空に舞い上がり、まっすぐこちらへやってきます。

 驚く一行の前に舞い下りたのは、四頭の飛竜でした。ずんぐりした体に長い首、大きな二枚の翼のドラゴンですが、前脚はありません。頭から伸びる長い手綱を、背中に乗った人々が握っています。老人が一人と中年の女が一人、頭巾で顔を隠した年齢不詳の男が一人、そして少年と少女が一人ずつという一行です。それぞれが一頭の飛竜に乗っていましたが、中年の女だけは老人が操る竜に一緒に乗っていました。黄色い服を着た細身の女で、黒髪をきっちりと結い上げ、額から服と同じ色の宝石を垂らしています。

 その顔を見たとたん、セシルとオリバンが声を上げました。

「シナ殿!?」

「何故あなたがここにいるのだ!?」

 エスタ国の女占者がこんな場所にいることに驚いていると、ユギルが静かに言いました。

「いいえ、殿下、セシル様。こちらはシナ様ではございません。ユラサイの国と皇帝を守る占神の、キナ様でいらっしゃいます――」

「そう、双子の妹のシナから話は聞いていただろう? ユラサイに到着したら、あたしに会うようにとも言われていたはずさ。あんたたちが間もなくここに到着することが、占いでわかったんで、こちらから迎えに来たんだよ」

 と占神が言いました。エスタ国のシナと顔も話し方も瓜二つですが、よく見ると、飛竜の上に据えられた座席から伸びる彼女の足は、子どものように細く短くて、揃えられたまま少しも動く様子がありませんでした。占神は脚が不自由なのです。

 

 占神の前に立ち乗りしていた老人が、竜から飛び下りてきて言いました。

「占神は世界に不穏な動きが広がつつあるのを感じておる。このまま放っておけば、中央大陸だけでなく、このユラサイも巻き込む大混乱になっていくじゃろう。それで、占神はホウの都へ飛んで、竜子帝をここまで案内してきたのじゃ」

 竜子帝!? とオリバンとセシルはまた驚きました。彼らが会おうとしていた、ユラサイ国の皇帝の名前です。どの人物が――と飛竜の上の人々を振り仰ぎます。

 すると、老人の隣に別の人物が飛び下りてきました。銀の刺繍を施した青い服の少年です。背は高いのですが、顔を見れば、フルートたちとそう年齢は違いません。

「朕(ちん)が竜子帝だ。その節にはあなた方に命を助けていただいた。直接感謝する機会を与えられたことを、喜ばしく思っている」

 と少年皇帝は言うと、両手を前で合わせてオリバンとセシルとユギルへ頭を下げました。命を助けた……? とオリバンとセシルはますます面食らいました。彼らは竜子帝に出会うのは初めてです。どこかで彼を助けた覚えはありません――。

 ユギルが穏やかに言いました。

「竜の棲む国の戦いの際に、ポポロ様の魔法に呼び出されて、怪物の渾沌(こんとん)と戦ったことを覚えておいででしょうか、殿下。あの時、竜子帝はポチ殿と体が入れ替わっていて、同じ戦いの場にいらっしゃったのです」

 少年皇帝はうなずきました。

「あの時、フルートたちから、あなたたちのことを教えられた。ロムド国の皇太子と婚約者と一番占者で、自分たちの素晴らしい友だちなのだ、と……。紹介しよう。朕の婚約者のリンメイと、宮殿の術師のラクだ。占神に言われて、共に連れてきた」

 竜子帝の横には少女と頭巾の男が下り立っていて、紹介を受けてオリバンたちへ頭を下げました。少女は緑の長い上着に白いふくらんだズボンを身につけ、二つにわけた黒髪を頭の両脇に丸く束ねています。術師のほうは、占神と同じような黄色い服を着て、同じ色の頭巾から顔の前へ布を垂らしていました。頭巾と布の間からのぞく目は、意外なほど穏やかなまなざしです。

 

 オリバンとセシルも竜子帝たちに頭を下げました。二人揃って胸に手を当てて一礼してから、オリバンが言います。

「出迎えに心から感謝する、竜子帝、占神。こちらからあなた方を捜しに行く手間が省けた」

「フルートが、皆様方に会ったらよろしく、と言っていました」

 とセシルも言います。

 そうか、と少年皇帝は顔をほころばせました。ひょんなことからポチと体が入れ替わり、しばらくフルートたちと行動を共にした竜子帝です。懐かしそうな声になっています。

 すると、オリバンが思い出したように言いました。

「そういえば、ゼンからも竜子帝へ伝言があった」

「ゼンから朕へ? どのような?」

「リンメイと喧嘩してんじゃねえぞ、と――」

 竜子帝は、ぽかんとしました。オリバン! とセシルが声を上げますが、オリバンとしてはただ伝言を伝えただけなので、大真面目な顔です。

 みるみる顔を赤くしていく竜子帝の隣で、リンメイが腹を抱えて笑い出しました。

「大丈夫よ! キョンが喧嘩であたしに勝てるわけがないもの!」

「そんなことはない! 実戦ではもう朕のほうが力は上だぞ!」

 竜子帝がむきになって言い返したので、あら、とリンメイが腰に手を当てました。

「あたしと実戦でやるっていうの? そうね、キョンったら、最近皇帝の仕事が忙しくて全然稽古の暇がないみたいだから、相手ならいつでもやってあげるわよ。なんだったら、今すぐ始める?」

「ど――どうしてここで稽古をしなくてはならないのだ! ゼンめ、相変わらず余計なことばかり言いおって!」

 年相応の少年の表情に変わってしまった竜子帝に、術師のラクや占神や老人は苦笑いをしました。宮廷から敵が排除されて半年。竜子帝もだいぶ皇帝らしくなってきましたが、変わらない部分は相変わらずです――。

 

 そこへダラハーンがやってきました。少し残念そうな笑顔を浮かべながら、オリバンに話しかけます。

「どうやら、あんたたちとの旅はここまでのようだな、王子。まさか、ユラサイの皇帝が直々に迎えに来るとは思わなかったぞ」

 オリバンはキャラバンの隊長に向き直りると、同じような表情になって答えました。

「本当に世話になった、ダラハーン。貴殿たちには、どれほど感謝をしてもし尽くせない。今は充分な礼をすることもできないが、我々がロムド城に戻ったら、必ず貴殿たちに感謝の証(しるし)を届けよう」

「いいや。俺たちは滅多にできない面白い経験をさせてもらったし、占い師に大砂漠を渡る近道も教えてもらった。今回、俺たちが通ってきた道は、水さえ充分持ち歩けば、これからも使っていくことができる。今までの半分以下の時間で砂漠を越えられるんだから、俺たちはこれで充分だ。それより、あんたたちはこれからが本番だぞ。頼むから、必ずフルートを助け出してくれ」

「無論だ」

 とオリバンは答え、ダラハーンとがっしりと握手しました。キャラバンと共に砂漠を越えてきたオリバンの手は、日に焼けて赤銅色(しゃくどういろ)になっています。

「皆様方は、このままあのオアシスに立ち寄り、そこから目印の山に向かってお進みください。砂漠の先に村がございます」

 とユギルが言ったので、わかった、とダラハーンはうなずきました。ラクダに積んであったオリバンたちの荷物を、竜子帝たちの飛竜に移し、キャラバンを率いて歩き出します。地平線にはすでに太陽が顔を出し、気温が上がり始めていたので、一刻も早くオアシスへ行かなくてはならなかったのです。

 振り向き振り向き、手を振りながら離れていくキャラバンを、オリバンたちも手を振って見送りました。人とラクダが、乾いた景色の中を遠ざかって影絵になり、オアシスへと消えていきます。

 

「さあ、それじゃ、あたしたちも出発するよ。世界は多くの国と人を巻き込みながら、危険な方向へ動き出している。一刻も早くこの砂漠を抜け出して世界を占わなくてはね」

 と占神が呼びかけたので、一同は飛竜に分乗しました。竜子帝の竜にはオリバンが、リンメイの竜にはセシルが、術師のラクの竜にはユギルが乗って、占神と老人を乗せた竜に続いて空へ舞い上がります。竜たちが向かっているのは南東の方角でした。昇ったばかりの朝日が、彼らの左前方から強い日差しを投げかけてきます。

「竜仙郷まで飛び続けますぞ。ついてきなされ」

 先頭の竜から、老人が一同にそう告げました――。

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