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第17巻「マモリワスレの戦い」

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58.信用

 「そうか。デビルドラゴンの罠にかかって、フルートは記憶をなくしたってわけか」

 薄暗い居酒屋の中で、一同はランプを囲んで座っていました。ゼンやポチがいきさつを語り終えると、ジズは納得するように言って、フルートを見ました。

「俺のことがまったく思い出せないんだな、フルート? エスタ国王や、おまえを金の石の勇者として世に送りだしたロムド国王のことはどうなんだ? やっぱり思い出せないのか?」

 フルートは首を振りました。仲間たちがどんなにジズに親しく話していても、フルート自身は何も言おうとしません。代わりにポチが答えました。

「ワン、フルートはこれまで会った人のことを全部忘れてしまったんです。シルの町のお父さんやお母さんのことまで。自分が金の石の勇者だったことも忘れています。マモリワスレの魔法で、守ることを忘れさせられてしまったから――」

「マモリワスレの魔法か」

 とジズは言って、また腕組みをしました。ジズを見つめたまま椅子に座っているフルートをのぞき込んで、言います。

「やっかいな罠にかかったな、フルート。だが、守ることを忘れさせられた、ってのは違うだろう。おまえはやっぱりみんなを守っているからな」

 え? とゼンたちはとまどいました。ジズが言っている意味がわからなかったのです。

 そんなゼンたちを見て、ジズが笑いました。

「なんだ、気がついていなかったのか。フルートは、この店に入ってきたときから、目一杯警戒して構えていたんだぞ。おまえたちを背後にかばってな」

 言われてゼンたちもやっと気がつきました。敵の罠があるかもしれない店に、真っ先に入ったのはフルートです。今も、いつの間にかジズに一番近い席に座っています。万が一ジズが攻撃を仕掛けてきたら、いつでも剣を抜き、仲間たちを守って戦える位置です――。

 ジズは笑いながら話し続けました。

「まったく、記憶はなくしても、やることは全然変わっていないな、フルート。おまえはどうしたって守りの勇者だってことだ。俺に気を許さずにいるのだって、そうだな。俺から、まっとうじゃない人間の匂いがするから、用心しているんだろう? 当たりだ。居酒屋の亭主ってのは、俺の表の顔だ。この店もただの居酒屋じゃない。実際には――」

 

 ジズがそこまで言いかけたとき、とんとん、と扉を静かにたたく音がしました。入口の扉ではなく、店の奥の裏口からです。ジズがうなずいたので、イリーヌが裏口を戸を開けると、入ってきたのは職人風の男でした。薄暗い店の中に少年や少女たちがいるのを見ると、おっとっと、と声を上げます。

「すまん、先客だったか。表が閉まっていたから、裏からなら入れてもらえるかと思ったんだ。出直してくることにするよ――」

「いや、こいつらならば大丈夫だ。なんだ?」

 とジズが引き止めて尋ねると、頭をかいていた職人が、急に手を止め、低い声になって言いました。

「海軍がどこへ攻めていくかわかったぞ。酒に酔った将校が、ぽろっと洩らした。ザカラスだ」

「ザカラス? だが、あの国を今、海から攻めるのは大変なはずじゃないか」

「ああ。それはカルドラ王も知っているはずなんだけどな。でも、攻めていく先はザカラスなんだとよ」

 そう言って、職人は片手を差し出しました。ジズが手のひらに銀貨を載せてやると、じゃあな、と言って、あっという間に立ち去ってしまいます。

「今のは?」

 とゼンやメールが目を丸くしていると、ポチが言いました。

「ワン、情報屋ですよ。この店の正体がわかりました。居酒屋っていうのは確かに表向きで、裏では、公には口にできないような情報を情報屋から買っては、それを必要な人に売る場所だったんだ」

「ああ? つまり、裏情報の交換所ってことか? ジズ、おまえやっぱりそんな仕事をしてやがったのかよ!」

「俺が始めたわけじゃない。もともと、イリーヌの店がそういう場所だったんだ。だから、腕利きの用心棒が必要だったのさ」

 ジズは平然とそんなことを言うと、改めてフルートを見ました。

「おまえが感じているとおり、俺は今でもまともな人間じゃない。だが、俺はおまえたちの味方のつもりだ。三年半前に、そう約束したからな――。どうやら、事態は俺たちが考えている以上に大変なことになってきているようだ。蛇の道は蛇。裏の情報は、日陰を歩く人間たちのところに集まってくるもんだ。俺を信用しろ、フルート。大事な話を聞かせてやる」

 図らずも状況は三年半前と同様になっていました。あの時にもジズは、裏社会から情報を集めてきてやるから自分を信用しろ、とフルートたちに言ったのです。

 すると、イリーヌが煙草をふかしながら笑いました。

「無理なことを言ってるわよ、あんた。自分は刺客だったの、殺そうとしたことがあるのってさんざん話した後で、信用しろもないでしょう。あんたのことを忘れてしまっているんだし」

「いや、そうでもないさ。俺が知っているフルートならばな――」

 とジズが落ち着き払って答えます。

 フルートはまだ警戒の表情をしていました。黒いひげにおおわれたジズの顔を穴があくほど見つめてから、仲間たちを振り向きます。

 ゼンは黙ってうなずきました。ポチも尻尾を振り、ポポロは涙の溜まった目で笑ってみせます。ジズを信用しても大丈夫だ、とフルートへ伝えたのです。

 フルートはジズに向き直って言いました。

「わかった、あなたの話を聞く。ただし、少しでも彼らに危害を及ぼすような様子を見せたら、遠慮なく剣を抜くからな」

「そらそら、それだ。三年半前と同じことを言ってるぞ、フルート。本当にちっとも変わっていないな」

 とジズがまた笑ったので、フルートは鼻白んだ表情になりました――。

 

「俺はエスタ国を出てから、行く先々で情報を集めてきた」

 とジズは話し出しました。テーブルを囲んでそれを聞いているのは、四人の少年少女と二匹の犬なのですが、まるで大人に対して話すような口調です。

「刺客をやめた後の俺の命綱は、この情報だったからな。早く正確に情報を知ることが生きる手段になるし、俺の身も守ってくれる。おまえたちの噂もずいぶん聞いたぞ。そっちのお姫様が海の王様と森の王女の娘で、花を使って戦うことも、犬のお嬢さんの正体が天空の国の風の犬で、三年半前にエスタを襲った殺人鬼の一匹だったこともわかっている。ドワーフの坊主が魔王に殺されかけたことも、そのためにロムド国のハルマスの街が跡形もなく吹っ飛んだことも、ロムドに攻め込んできたメイとサータマンの連合軍をジタン山脈で迎撃したことも、魔法使いのお嬢ちゃんがザカラス城をぶっ壊しそうになって、海のお姫様が花でそれを食い止めたことも、全部伝わってきている。つい最近では、ロムドの王子や占者たちとテト国へ行って、ガウス候が率いる反乱軍を制圧してきただろう。――どうだ、俺の情報の正確さは認めるな?」

 とジズに言われて、ゼンは肩をすくめました。

「俺たちはその何倍も冒険と戦いをしてきたから、それで全部ってわけじゃねえけどな。でもまあ、言われた内容はまったくその通りだよ」

「この何倍もか。相変わらず、とんでもない連中だな」

 とジズは苦笑してから、身を乗り出しました。彼ら以外には誰もいない店内ですが、それでも声を潜めて話し続けます。

「今、このセイマの街は、軍艦に乗って出撃する連中でごったがえしている。だがな、この状況は突然なんだ。普通、戦争が起きるときには、何ヶ月も前からその噂が流れて、出撃に備えた準備が各地で始まったあげくに、ようやく宣戦布告、出兵となる。ところが、今回、カルドラ王は本当に突然、国中に召集令を出して、戦争を始めることにした。これほど大がかりな戦いだというのに、攻めていく先が極秘だと言うから、また怪しい。それで、あちこちの情報屋に声をかけていたら、さっきおまえたちも聞いたとおり、ザカラスへ攻めていくことがわかったんだ――」

 

 すると、メールが口をはさみました。

「ザカラス国王とあたいたちは知り合いだよ。一見頼りなさそうに見えるけど、ホントはすごく頭のいい人物なんだ。ザカラスにはロムドっていう同盟国もあるんだし。そこをカルドラ一国で攻めるってのは、かなり無謀な計画のような気がするよね」

 メールにとって、ジズは初めて出会った人物でしたが、ゼンやフルートとのやりとりを見て、やはり、信用して良さそうだ、と判断したのです。

 そうだな、とジズは言って、話を続けました。

「正直、この時期にザカラスへ出撃するというのは、俺たちにとっても意外な話だ。今日はもう大晦日(おおみそか)だ。ここは温暖な場所だから、一月になっても港は凍らんが、ザカラス国では冬場には半分以上の港が氷で閉ざされてしまう。南部の港は冬にも凍らないんだが、今年はザカラスの南西にある山が噴火して火山灰を噴き上げたせいで、寒波(かんぱ)に襲われて、南部の港も全部凍結してしまった。港が凍れば、むろんザカラスは船を出せないが、攻める方もザカラスに上陸できなくなるから、攻めにくい。これからますます寒さが厳しくなるこの時期に、カルドラ王がザカラスへ海軍を送るなんてというのは、まったく常識外れで、理解に苦しむ行動なんだ」

 すると、フルートが口を開きました。考えながら言います。

「きっと、今、ザカラスを攻めることが大事なんだ……。勝ち負けよりも、とにかくザカラスに攻撃を仕掛けることが重要なんだろう。それに、突然のこの出兵命令。本当にいきなりのことで、ヤダルドールの町の人たちも驚いていた。これは、どこかから命令が出ているんじゃないのか? カルドラ王の上にさらに誰かがいて、王にザカラスを攻撃するように言っている気がするな」

 とたんに、ジズはひゅう、と口笛を鳴らし、女主人のイリーヌは、あらあら、と声を上げました。

「すごく頭のいい坊やじゃないの。大人顔負けの洞察力だわね」

「そういうヤツだよ、こいつは。――ではな、誰がカルドラ王に出兵を命令したと思う? それともうひとつ。何故、いきなり連中が動き出したか、その理由はわかるか?」

 ジズに質問されて、勇者の一行は顔を見合わせました。さすがのフルートにも、その答えはわかりません。

 すると、ジズが言いました。

「カルドラ王にザカラス遠征を命じたのは、サータマン王だ。そして、戦いの引き金を引いてしまったのはな――他でもない、おまえだったんだよ、フルート」

 重々しい声でそう告げられて、思わず絶句してしまったフルートたちででした……。

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