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第17巻「マモリワスレの戦い」

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56.港街(みなとまち)

 ヤダルドールの町を出発して二日後、フルートやゼンたちは港のあるセイマの街に到着しました。

 山間から平地に下りて、気温はずいぶん高くなっていましたが、海から爽やかな風が吹いてくるので、暑い割には過ごしやすい気候です。街の入口の門が船の碇(いかり)や太いロープで飾られているのを物珍しく眺めてから、門の横の税関で通行税を支払おうとすると、税関の役人がいぶかしそうに一行を見ました。

「子どもだけなのか? なんのためにセイマに来たね。目的は?」

「船に乗るために決まってんだろうが。ここには港があるんだからな」

 わかりきったことを聞くんじゃねえ、と言うような調子でゼンが答えたので、年配の役人はむっとしました。

「なんの目的でどこへ行くのかと聞いているんだ。船に乗るつもりか? それともどこか別の場所に行くことになっているのか?」

「そんなことを聞くってことは、港が封鎖されてるわけ?」

 とメールが尋ねると、役人は言いました。

「封鎖されてはいない。だが、今、セイマの街は軍艦が出航の準備中だから、用のない者の入場が制限されているんだ」

「用があるからここに来てるんじゃねえか! 通行税だってちゃんと払おうとしてるんだから、通せよ!」

 とゼンが言い張ったので、役人はますます怪しむ口調になりました。

「目的のはっきりしない者はセイマには立ち入り禁止だ。どこの誰で、目的が何か、今すぐ言うんだ。言えなければ警察を呼ぶぞ」

 なんだとぉ!? とゼンがとうとう怒り出したので、フルートがそれを抑えて前に出ました。カウンター越しに税関の役人に丁寧に頭を下げて言います。

「失礼なことを言ってすみませんでした。ぼくと彼は、国王陛下のご命令を受けた旦那様と一緒に、戦争に行くことになっているんです。彼女たちはその見送りに来ました。旦那様は先にセイマの街に入られたので、早く追いつかなくては、と焦っていたんです」

 金の鎧兜をつけて剣を背負ったフルートは、ことばづかいも礼儀正しいので、本当にどこかの領主の従者のように見えていました。ゼンのほうも、防具をつけて弓矢を背負っているので、やはり戦いに行くように見えます。

 役人は、なんだ、と言いました。急に穏やかな顔になって手を振ります。

「そういうことならば、君たち二人分の通行税は不要だ。出兵するために集まってきた者からは税金を取らないからな。――本当は、出兵する人はそっち側の入口から入って手続きするんだが、まあいいだろう。今、セイマの街には召集を受けた人が続々集まっていて、あっちの受付はものすごく混雑しているからね。町中もかなり混み合っているから、気をつけて行きなさい」

 ありがとうございます、とフルートが頭を下げたので、他の仲間たちもあわててそれにならいました。呆気ないくらいスムーズに税関を通り抜けてしまいます――。

 

 セイマの街に入ると、街の通りは本当に大勢の人でごったがえしていました。大半が男性で、戦姿をした人が目立ちますが、ごく普通の農夫や市民の恰好をした人もたくさんいました。押し合いへし合いしながら同じ方向へ歩いていきます。

 その人波に飲まれそうになって、フルートたちは急いで横道に避難しました。一本道を外れれば、大通りの混雑や喧噪が遠ざかります。ほっと一息ついて、薄暗い路地裏から通りを眺めます。

「ホントにすげぇ人だな。これがみんな戦争に行く奴らなのかよ」

 とゼンが言うと、フルートが考え込むように言いました。

「カルドラ国の各地から召集されてきた人たちなんだね。あのヤダルドールの町の人たちみたいに、国王のお使いに言われて集まってきたんだ」

 すると、遠い目をしていたポポロが言いました。

「あの人たちが歩いていく先に港があるわ。大きな船が何隻も泊まっているわよ……。港の手前では入隊の手続きをしているみたい」

「ワン、船は軍艦ですね。それに乗り込んで戦争に行くんだ」

「いやぁね。ほんとに、こんなに大勢でどこと戦おうとしてるのかしら」

 路地裏には他に人がいなかったので、ポチとルルも話に加わりました。メールが首をひねります。

「変だよね。こんなに大がかりな戦争の準備をしてるのに、自分たちが戦う相手を知らされていないなんてさ。ポポロ、透視してみてわかんないのかい?」

「ここからではわからないわ。声も全然聞こえないし……」

 とポポロが答えると、ゼンが言いました。

「メイに行く船が出るかどうかも調べなくちゃならねえんだ。とにかく港へ行ってみようぜ。そうすりゃ何かわかるだろう」

 

 そこで、彼らは自分たちの馬を引いて港へ向かいました。混雑している通りを上手に避けて、裏道から裏道へ渡り歩き、港のすぐ近くでまた表通りに出ます。

 とたんに、目の前に赤れんがを敷き詰めた波止場(はとば)と海が広がりました。潮の香りと波の音に、海だぁ! とメールが歓声を上げます。

「バルス海だね、内海の。この南側にユーラス海があるんだ――」

 とフルートは言って、ふっと首をかしげました。何故自分がこんな地理を知っているのか、わからなかったのです。何もかも忘れてしまったようなのに、変わらずに記憶に残っている事柄もあります。その違いがどこにあるのかも、自分自身ではわかりません。

 彼らは馬を連れて港へ行きました。港の中でもたくさんの人が忙しそうに働いていましたが、先ほどの大通りほど混雑してはいませんでした。波止場につながれた船は中型や小型のものばかりで、大きな船は彼らがいるのとは反対側の港の端に、並んで泊まっていました。

 ゼンは汗を流しながら荷車に荷物を積んでいる男を見つけると、近づいていきました。

「よう、おっさん、一人で大変そうだな。手伝ってやるよ」

 と声をかけ、相手の返事も待たずに樽や袋に手をかけると、片っ端から荷車に積んでしまいます。山のような荷物がたちまち全部荷車に載ってしまったので、男は目を丸くして驚きました。

「力があるなぁ、坊主。一時間はかかると思ったのに。助かったよ」

 と言って汗を拭き、ゼンたちを眺めて笑いました。

「こりゃまたずいぶんとかわいいご一行様だな。どこへ行くんだ? まさか軍艦に乗って戦争に行くわけじゃないんだろう?」

「俺たちはメイに渡りたいんだ。メイに行く船はどれか、おっさんは知らねえか?」

 とゼンは尋ねました。これを聞きたくて、男の仕事を手伝ったのです。

 男はまた汗を拭き、パイプを取り出しながら言いました。

「メイかぁ……しばらくは難しいかもしれないぞ。もともとメイに行く船は数が少ないし、ご覧のとおり、港の半分は国王陛下の軍艦で占領されたからな。外国へ行く大きな船は、入港できなくなって、沖合に泊まっているんだ。小舟で人や荷物を港に運んでいる船もあるが、立ち寄るのをやめてしまった船も少なくない。メイ行きの船はどうかな。港の事務所に聞けばわかるから、行ってみるといい」

「わかった、そうするよ。ところで、おっさん。あの軍艦はどこへ行くんだ? 戦争が始まるって聞いたけどよ、どこへ攻めていくんだろうな?」

 とゼンはまた聞きました。知りたかったことの二つ目です。

 男はパイプをくわえたまま、肩をすくめました。

「さあなぁ。軍人たちは何も教えてくれないよ。水や食料や燃料をずいぶん船に積み込んでいるし、国中から漕ぎ手(こぎて)を集めているから、かなり遠くまで行くつもりのようだけどな。いったいどこの国と戦うつもりなのやら」

 漕ぎ手? とゼンたちが聞き返したので、男は意外そうな顔をしました。

「なんだ、坊主たちは軍艦を見たことがなかったのか。荷物を運ぶ船は帆船が大半だが、軍艦は風がなくても動けるように、長いオールで船を動かすのさ。ガレー船って言うんだがな。戦争の時には国中からその漕ぎ手が集められるんだ。戦場に着いたら、今度は武器を持って敵地に切り込んでいくから、漕ぎ手も兵士には違いないんだけれどな」

 へぇ、と一行は港の一角の大型船を眺めました。帆船のような大きな帆がありますが、よく見れば、確かに船腹には何十本という長いオールもあります。船が巨大なので、それを漕いで船を動かすのは、かなりの重労働でしょう。

 

 ゼンやフルートたちは男に礼を言って、港の外れへ行きました。そのあたりには船留め(ふなどめ)がないので、釣り人が二、三人いる以外には、人はほとんどいません。一行は釣り人からも充分離れると、海を眺めるふりをしながら、また話し合いました。

「メイに行く船を見つけるのは難しいかもしれねえな。船長に直接頼み込んで、乗せてもらうつもりだったんだけどな」

「事務所なんかに行ったら、またさっきみたいに質問されるだろうし、今度はフルートでもごまかせないかもしれないもんねぇ」

 とゼンとメールが言うと、犬たちが口々に言いました。

「ワン、ぼくとルルはいつでも風の犬になれますよ」

「私たちならロムド城まで一日だもの、そのほうが早いわよ。なんだか本当に物騒な気配だし、一刻も早くフルートの記憶を戻したほうがいい気がするわ」

「でも、馬は運べないんだろう? 馬を預けられるところはあるかな……。街は人でいっぱいだよ。厩舎(きゅうしゃ)も国中から集まった人の馬で満杯になっているような気がするな」

 とフルートは心配そうに街の方向を振り向きました。片方の手で、愛馬のコリンのたてがみをなで続けています。

 うーん、と仲間たちも街のほうを眺めました。港の建物の間から見える大通りは、相変わらず大勢の人でごった返しています。その中には馬に乗ってきている人も少なからずいました。フルートの言うとおり、馬を預ける場所を見つけるのは大変かもしれません。

 

 彼らがなおも話し合っていると、港に一人の物乞いが姿を現しました。軍艦のあるほうへ行って軍人に追い払われ、人から人へと渡り歩きながら、次第にこちらへ近づいてきます。それに気がついて、ルルが顔をしかめました。

「こっちに来るわよ。行きましょう」

 そこで一同は港を立ち去ろうとしましたが、物乞いは先回りするように動いて、彼らの行く手に立ちふさがりました。ぼろぼろの毛布のような布をまとい、荷物を縛るロープを帯の代わりにした、汚い男です。彼らへ布の袋を突き出して言います。

「昨日の朝から何も食べておりません。どうかお恵みくださいまし、お優しいお優しい――金の石の勇者のご一行様」

 物乞いを振り切ろうとしていたゼンたちは、ぎょっと振り向きました。物乞いは今、はっきりと彼らを「金の石の勇者のご一行様」と呼びました。たちまち緊張して身構え、犬たちはウゥーッとうなり出します。

 すると、物乞いは口調を変えました。穏やかにこう言います。

「かみつかないでくれよ。ある人から伝言を預かってきただけなんだ。今夜、港から数えて八番目の通りにある、イリーヌ亭って居酒屋に来いとよ。確かに伝えたぜ。じゃあな」

「あっ、おい!」

 物乞いが言うだけ言ってすぐ離れていったので、ゼンは思わず呼び止めました。誰からの伝言だ!? と尋ねようとしますが、それより先に物乞いのほうが素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げました。

「ひぇぇ、お許しください、坊ちゃん方! もう無理にねだったりいたしませんから、ご勘弁をぉ――!」

 まるで乱暴されるのを恐れるように、頭を抱えて港から逃げていってしまいます。

 ゼンは面食らってそれを見送りました。

「なんだよ、あれ? 俺たちが何をしたって言うんだ?」

「ぼくたちに伝言したことを知られてはまずいから、逃げていったんだよ……。でも、本当に、誰からの伝言なんだろう? 君たちに心当たりはないの?」

 とフルートに聞かれて、メールは肩をすくめました。

「あるわけないだろ。あたいたち、この街に来たのは生まれて初めてなんだよ」

「ワン、今夜、イリーヌ亭って居酒屋に来い、って言っていましたよね」

「どうするの、行くの?」

 と犬たちが尋ねてきます。

 知る人がいるはずのないカルドラ国で、彼らを金の石の勇者の一行と名指しして呼び出す人物。

 誘いに乗って行くべきか、危険と判断してこの場から立ち去るべきか……。一行はとまどって、顔を見合わせてしまいました。

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