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第17巻「マモリワスレの戦い」

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52.同盟

 ミコン山脈の南にあるサータマン国。夜更け――。

 サータマン王はこの日五度目になる食事を終え、就寝するために自室にいました。恰幅の良い体つきにふさわしい健啖家(けんたんか)なので、寝る間際にも薬草が入った熱いワインを寝酒に呑み、クジャクの肉や野菜の冷製を食べています。

 すると、一人の下男が、お代わりの酒を載せた金の盆を手に、部屋に入ってきました。

「北方から良い酒が届きましたので、陛下にお持ちしました」

 と王の前に小さな盆ごと新しいカップを置きます。

 うむ、と王は答え、部屋に呼んであった愛妾に言いました。

「もう隣の寝室へ行っていて良いぞ。おまえたちももう下がれ」

 と部屋に詰めていた警備兵たちや下男も外へ出します。下男は深々とお辞儀をして王の部屋を出て行きました。

 

 部屋に一人きりになると、王はおもむろにカップを持ち上げました。カップの下にあった小さなものを、当然のことのように取り出します。それは小さく折りたたんで丸められた羊皮紙でした。カップの台と盆が作る隙間に隠されていたのです。

 王は羊皮紙を広げ、そこに書かれた文面に何度も目を通しました。やがて、ふむ、とつぶやくと、椅子にもたれかかって宝石の指輪をはめた両手を組み合わせます。

 それはサータマン王が大陸各地に送り込んでいる間者からの知らせでした。手紙が小さく丸められているのは、伝書鳥が足に付けて運んできたからです。下男が言った「北方からの酒」というのは、ロムド城の間者からの連絡という意味の隠語でした。長くはない文面が、非常に重要なことを知らせています。

「赤の魔法使いがロムド城を離れたか……。ザカラスへ向かったということは、南大陸に向かうために船に乗ろうとしているのだな。クアロー王の書状にあったとおりか」

 サータマン王の元には、先に、クアロー王から極秘の手紙が二通届いていました。一通目は、ロムド国の皇太子とその婚約者と一番占者が、ユラサイに向かってクアロー国を通過中だ、という文面。その一週間後に届いた二通目には、金の石の勇者が行方不明になり、その救出に赤の魔法使いの力が必要なので、仲間がロムド城へ向かっていることが書かれていました。さらに、クアロー王の間者がロムド城への手紙を書き替えて、赤の魔法使いを南大陸へ送り出すように工作したことも書かれていて、「この事実が真実と確認できれば、陛下もクアローの誠意をおわかりになることでしょう」と結ばれていました。要するに、クアローはロムドに対して工作中だから、それが確認できたら同盟を結ぼう、とサータマンに持ちかけているのです。

 クアロー王の手紙にあったとおり、赤の魔法使いはロムド城から離れて南大陸へ向かいました。ということは、ロムドの皇太子や一番占者がロムド城にいないというのも、本当だということです。

「二ヶ月前にロムドの王都で開かれた感謝祭で、一番占者が偽物なのではないか、という騒ぎが持ち上がったと聞いていたが、それも事実だったということなのだな。とすると、現在ロムド城にいる皇太子や一番占者は替え玉。本物はユラサイへ向かって東進中なのか。いよいよユラサイとも手を結ぶつもりでいるな、征服者のロムド王め」

 とサータマン王はひとりごとを言いました。王に腹心の部下はありません。何もかも王が自分で考え、自分で判断して決定するのです。自分自身を話し相手にして、さらに考え続けます。

「金の石の勇者が行方不明になったのは、あのデビルドラゴンのしわざだ。金の石の勇者、ロムド城の一番占者、ロムドの皇太子と、目の上のこぶはことごとく不在な上に、四大魔法使いの一人までがロムド城を離れた。この好期を見逃せば、それは天下を取る器を持たない臆病者と言うことだ――」

 

 サータマン王はついに椅子から立ち上がりました。部屋の壁に掲げられた世界地図を眺めて、自分自身に言い続けます。

「先にロムドを攻めたときには、東からはエスタが、西からはザカラスが救援に駆けつけて、我が軍を追い払った。九ヶ月が過ぎては、あの時よりもロムドの勢力は広がったが、今は冬だ。新たに同盟国になったメイやテトには、冬山を越えてロムドに駆けつけることは難しい。エスタとザカラスを抑えれば、ロムドを攻撃して陥落させることは可能だな」

 サータマン王はさらに考え、やがて部屋の片隅の机に向かいました。豪華な夜着をまとったままで、新しい羊皮紙に文面をしたためていきます。

 それは二通の手紙でした。一通はクアロー王に宛てた密書で、サータマン国が応援するので、年が明けたらすぐにエスタ国に攻め込むように、という内容を書きます。クアロー王がエスタ国の支配から抜け出したがっていることは、すでに調べがついていました。この手紙を受けとったら、クアロー王は、してやったり、と小躍りすることでしょう。

 もう一通は、サータマン国の南に隣接しているカルドラ国へ宛てたものでした。こちらも、かねてからサータマンと手を結びたがって、あれこれ働きかけてきた国です。我が国の同盟国になりたければ、海軍を送り出して海からザカラスを攻めろ、と書きます。

 東のエスタと西のザカラスを、それぞれクアローとカルドラに攻めさせて、援軍がなくなった状態のロムドへサータマンが攻め込む、という計画でした。

「数は減ったが、我が国にはまだ飛竜がいる。疾風部隊も再編成した。切り札はまだ我が手に残っている。今度こそ、おまえの首をはねてロムドを奪い、世界中をわしのものにしてみせるぞ!」

 サータマン王のひとりごとは、いつの間にか自分ではなく、特定の人物に向けたものになっていました。その脳裏には、賢王と人々からたたえられ、世界に勢力を広げていくロムド王が浮かんでいます。

 

 多くの王たちの野望や計画が、新たな勢力を作り始めていました。ロムドとその同盟国に対抗する集団です。こちらの中心にはサータマンがいます。

 サータマン王が密書をしたためていると、部屋のどこかで、ばさりと羽音がしました。同時にランプの炎が揺らめき、部屋の壁に巨大な四枚翼の影を映します。

 けれども、影はすぐにまた揺らめいて、吸い込まれるように消えていきました。サータマン王は何も気づかずに密書を書き上げ、文面を確認しています。翼を打ち合わせる音も、もうどこからも聞こえてきません。

 熱い野望をはらみながら、サータマンの夜は更けていきました――。

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