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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第15章 渇き(かわき)

51.決断

 俺たちは水を失った、というダラハーンのことばに、全員は本当に真っ青になりました。

 ここは大砂漠です。今は夜で真冬のような寒さになっていますが、昼になれば太陽は頭上まで昇り、あたりは灼熱地獄になります。水がなければ、渡っていくことは絶対に不可能な場所なのです。

 オリバンはダラハーンに言いました。

「貴殿は砂漠の水場を渡り歩きながら、砂漠を越えていくと言っていた。ここから一番近い水場まで、どのくらいあるのだ?」

「砂漠の中の水場はオアシスと呼ばれるんだ。次のオアシスまでは、ここから丸二日半。とてもたどりつけん――」

 とダラハーンはうなるように答えました。賊に切り裂かれた水筒を歯ぎしりしながら見つめます。革袋の水筒を修繕することは可能でしたが、肝心の水がなければどうしようもありません。日が昇れば、彼らは暑さと渇き(かわき)で死んでいくしかないのです。

「出発したジュナに戻ることはできないのか!?」

 とセシルも尋ねました。

「道はそれしかないが、途中で日が昇る。そうなれば後は渇きとの戦いだ。この中の何人が生きてジュナに戻れるか……予測がつかん」

 とキャラバンの隊長は言うと、とうとう頭を抱えてしまいました。他のキャラバンの男たちも、自分の頭をたたいて泣き出しました。こぼれた水を少しでも取り戻せないかと地面を掘る男もいましたが、砂は乾ききっていたので、水はすっかり吸い込まれてしまっていました。

 

「ユギル――!」

 とオリバンは占者を振り向きました。何か困ったことが起きたときには彼を頼る習慣が身についています。

 ユギルはいつの間にか荷物から占盤を取り出し、砂の上に置いてのぞき込んでいました。月の光に照らされた円盤を見つめながら厳かに言います。

「ジュナへ戻ろうとすると、先ほどの賊からまた襲撃を受けます。ジュナの手前でわたくしたちを待ち伏せているのです。水がなくて弱っているわたくしたちに、反撃する力はございません。わたくしたちは全員殺され、殿下は人質にされることでございましょう――。引き返すことはなりません。それは死へ至る一本道でございます」

「では、どうしろというんだ!? このままここにいても、先へ進んでも、俺たちはやっぱり渇き死にするんだぞ!」

 とダラハーンがどなると、占者はいっそう静かな声で言いました。

「いいえ、この先に水がある、と占盤は告げております。そこへ行けば、わたくしたちは必ず砂漠を越えることができるでしょう」

 水がある? とダラハーンは繰り返し、そんな馬鹿な! と他の男たちは言いました。

「俺たち砂漠の民は、もう何百年もこの砂漠の道を使っている! どこにオアシスがあって、どこに川の跡があるのか、俺たちには充分わかってるんだぞ!」

「砂漠の旅は、ジュナから最初のオアシスまでが一番の難所だ。三日以上、全然水のない場所を行くんだ!」

「それでも、俺たちは助かるって言うのか!?」

 と男たちが口々に言います。ユギルは中央大陸随一と名高い占者ですが、その評判も大砂漠までは伝わっていないので、キャラバンからはまったく信じてもらえません。

 

 すると、オリバンが言いました。

「ユギルの占うことは必ず当たるのだ。どんなに突拍子もなく聞こえる内容であっても、必ず言ったとおりになっていく。だから、私の父上であるロムド国王も、ユギルのことばには従うのだ――。ユギルの示す方向へ進め、砂漠の友よ。我々はきっと助かる!」

 力強いそのことばに、男たちは鎮まっていきました。ロムド国王……と言いながら、互いの顔を見合わせます。彼らと一緒にいる一行が誰なのか、やっとわかってきたのです。

 ダラハーンが部下たちに言いました。

「そう、彼らはロムド国の皇太子や大占者だ。フルートはロムド王に仕える勇者だったんだよ」

「いや、それは違う。フルートたちはロムドだけでなく、世界中を闇から守るために戦う勇者だ。父上はそれに力を貸しているだけなのだ」

 とオリバンが生真面目に訂正したので、ダラハーンは、ちょっと笑いました。

「フルートたちは、占者の言うことを信じたから友人を助けられた、と言っていた。それが、そこにいる占い師のことなんだろう――? どっちにしても、このままじゃ俺たちは全滅だ。アジの女神は最後まであきらめない奴に、気まぐれに微笑む。俺たちも女神の微笑みを捕まえようじゃないか」

 そう言って、ダラハーンが合図すると、あれだけごねていた男たちがいっせいにラクダへ駆け寄り、引き綱を取り上げて出発する体勢になりました。その素早さに、オリバンたちのほうが驚かされたほどです。

「よし、出発だ! 案内してくれ!」

 とダラハーンに言われて、銀髪の占者は一礼しました。

「承知いたしました。わたくしについておいでください」

 占盤をラクダの荷袋へ戻し、迷う様子もなく砂漠へ踏み出します。

 キャラバンはラクダを引いて、その後についていきました。月が照らす砂漠の上に、たくさんの影を落としながら進んでいきます。占者が案内するのは南東の方角でした。ジュナの街からもオアシスからも遠ざかるので、男たちは不安顔でしたが、それでも彼らの隊長の判断を信じて歩いていきます。

 

 セシルはオリバンと並んでユギルの後を追っていきました。

 月が次第に高く昇り、砂漠の冷え込みはいっそう厳しくなっていきます。けれども、その凍るような寒さも、日中の暑さに比べれば、はるかにましなのです。

 セシルはオリバンにそっと言いました。

「ユギル殿は本当に水場を見つけているのだろうか……? 私たちは本当に助かるのか?」

 見渡す限り広がる砂漠は、明るい月に照らされています。金に輝く景色の中には、砂の丘と谷が延々と続くだけで、草も木も一本も見当たりません。その光景を見るうちに、セシルは不安が抑えられなくなってしまったのです。

 オリバンがたしなめるように答えました。

「我々がユギルを信じなくて、誰がそれを信じる。ユギルの占いは必ず当たるのだ。あなたにも、じきにそれがわかる」

「ユギル殿の占いはよく当たる。もちろん、それはわかっているとも」

 とセシルはすぐに言いました。聞かれてしまったのではないか、とあわてて周囲を見回しますが、ユギルもキャラバンの男たちも先に向かって黙々と歩いているだけでした。

 占者に従って進む一行の旅路を、月は煌々(こうこう)と照らし続けました――。

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