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第17巻「マモリワスレの戦い」

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50.襲撃

 砂丘の向こうから現れたのは二十人ほどの男たちでした。全身を黒っぽい服でおおい、ラクダではなく、馬に乗って駆け下ってきます。

 キャラバンの一行が驚いているので、オリバンは尋ねました。

「どういうことだ!? あれは盗賊ではないのか!?」

「このあたりで馬を使う奴はいない! 盗賊ならば、なおのことだ!」

 とダラハーンが答えました。馬はラクダよりもっと水が必要になるし、蹄が砂に潜りがちになるので、砂の砂漠には向いていないのです。

 ところが、現れた集団は馬で疾走してきました。馬上で次々に剣が抜かれて、月に白く光ります。それもダラハーンたちが使う湾曲した刀ではなく、オリバンたちが持っているような、まっすぐな刀です。

「ご注意を! あの者たちの狙いは殿下です!」

 とユギルが声を上げました。占盤は使っていませんが、オリバンを透視することで、敵の狙いを悟ったのです。

 殿下!? とキャラバンの男たちがまた驚きました。自分たちはいったい誰と旅をしているのだろう、とオリバンたちを見直します。

 

 すると、ダラハーンが自分のラクダに駆け寄り、つないであったロープを解いて飛び乗りました。部下たちに向かってどなります。

「彼らはフルートの友だちで俺たちの客人だ! 客を守るのは砂漠の民の信条! あいつらを撃退するぞ!」

 とラクダで駆け出し、すぐ目の前まで迫っていた敵へ切りかかっていきます。先頭の敵はそれをかわそうとしましたが、ラクダは馬より背が高い上に、ダラハーンの剣が長かったので、肩を切られて落馬しました。主人を失った馬がラクダの群れに飛び込み、ラクダたちを驚かせます。

 ラクダの悲鳴やうなり声が響く中、後続の敵が襲いかかってきて、戦闘が始まりました。馬で飛び込んできた敵に、キャラバンの男たちが応戦します。長い刀を振り回し、馬に切りつけて敵を落馬させると、そこにまた別の男たちが飛びかかっていきます。

「一人で戦うな! 必ず複数で行け!」

 とラクダの上からダラハーンが部下に言い続けていました。そこへ馬に乗った敵が切りつけてきましたが、ダラハーンに返り討ちにされてしまいます。

「強いな」

 と驚くセシルに、オリバンが言いました。

「自分たちの身と荷物を守るために強くなったのだろう。生きる術(すべ)だ」

 そこへオリバンたちにも敵が襲いかかってきました。オリバンとセシルは左と右に飛びのき、通り過ぎた敵へオリバンが後ろから切りつけました。敵が落馬すると、その馬を奪います。

 最前列で戦っていたダラハーンは、オリバンが馬で駆けつけてきたので驚きました。

「危険だぞ! 下がっていろ、王子!」

「あいにくと、守られるだけというのは性に合わん。身の安全は自分で戦って勝ち取るものだ」

 とオリバンは答えて、切りかかってきた敵を一撃で切り倒しました。主を失った馬が砂漠の中を逃げていきます――。

 

 その時、ユギルの声が響きました。

「殿下、左です!」

 オリバンが、はっと左を向いたとたん、何かがきらりと月の光を返しました。とっさに手綱を引くと、たった今までオリバンの頭があった場所に、吹き矢が突き刺さります。そこには手綱を引かれて頭を上げた馬の首がありました。馬は崩れるようにその場に倒れ、オリバンが地面に投げ出されます。

 左の砂丘から細身の男が馬で駆け下りてきました。オリバンに向かっていきます。ダラハーンはオリバンを守って前に出ようとしましたが、右から別の敵が切りかかってきたので、足止めされてしまいました。

「殿下!」

 とユギルは最前線へ走りました。セシルも走り、ユギルより先にオリバンの元に駆けつけました。レイピアを構えて、背後にオリバンをかばいます。

 すると、細身の男が筒のようなものを口に当てました。吹き矢でまた攻撃しようとしたのです。今度の狙いはセシルです。

「毒です、セシル様! お逃げください――!」

 とユギルが叫んだとたん、セシルの元から小さな影がいくつも飛び出しました。砂漠の上を飛ぶように走り、宙へ飛び上がってまた着地します。

 とたんに細身の男が大声を上げました。吹き矢を放った筒がいきなり手元から消えてしまったのです。砂漠の上にはネズミのような小狐たちが五匹もいました。その小さな口に、銀の毒矢や、矢を吹く筒をくわえています。

「管狐」

 とセシルは笑顔になりました。狐の怪物たちは、彼女を守るために、自ら飛び出してきてくれたのです。

 毒矢を放り捨ててケンケンと鳴く狐たちへ、セシルは言いました。

「大きくなれ、管狐! 敵を追い払ってくれ!」

 ケーン、と小狐たちはいっせいに鳴いて、一箇所に飛び集まっていきました。そのまま一つに溶け合って、見上げるような怪物になります。灰色の毛並みの大狐です。

 それを見て敵は驚き、馬は怯えました。吹き矢を使っていた細身の男も、危なく馬から振り落とされそうになって後ずさります。

「ええい、退却だ! 引きあげるぞ――!」

 と細身の男が言うと、馬に乗った敵はいっせいに逃げ出しました。馬を失ったものは自分の足で走って逃げていきます。

 ところが、キャラバンの男たちは、それを追いかけることができませんでした。彼らのラクダも、突然現れた大狐に驚いて、大暴れを始めたからです。砂漠へ逃げ出さないように、ラクダをつないだロープを引いて必死でなだめます。その間に敵は逃げてしまいました。砂丘の陰へ姿を消していきます。

 

 セシルはあわてて管狐を住処(すみか)の筒へ戻らせました。大狐が姿を消したので、ラクダもなんとか落ちつき始めます。

「す、すまない……」

 と小さくなって謝ると、ダラハーンがあきれたように言いました。

「そういえば、フルートは風でできた大きな犬の怪物を連れていたな。あれがポチの正体だと言っていたが。ロムド人というのは、誰もが馬鹿でかい怪物を連れて歩いているのか?」

 その一方でオリバンとユギルは、管狐が奪った吹き矢と矢筒を観察していました。

「これは間者が暗殺などのために使う道具です……。ですが、この矢に仕込まれていた毒は、致命傷のものではなかったようでございますね。矢に当たった者をしびれさせて、しばらく動けなくするためのものだったようです」

「これで私を狙ったということは、私を誘拐するつもりだったのだな。いったいどこの間者だったのだ」

 とオリバンに聞かれて、ユギルは敵が逃げていった方角へ目を向けました。逃げていく敵の象徴を眺めますが、占盤を使っているわけではないので、詳細まではつかめません。敵が戻っていく先を知ろうとしますが、じきにそれも振り切られてしまいました。

 そこへダラハーンがセシルと一緒にやってきました。オリバンへ話しかけます。

「あいつらはあんたを狙って襲ってきたんだな。心当たりはあるのか?」

「心当たりがありすぎて、わからん」

 とオリバンは答えました。ロムドの皇太子を誘拐しようとする敵など、大陸中に掃いて捨てるほどいるのです。ダラハーンは肩をすくめました。

「フルートといい、あんたといい、物騒なもんだな。アジの女神もきっとあきれているぞ」

 

 その時、ラクダの群れを落ち着かせていた男が叫びました。

「た、隊長、やられた――!! 水筒が全滅だ!!」

 一同は仰天しました。

「全滅!? どういうことだ!?」

 と全員がラクダの群れへ駆け寄り、あっと驚きました。数頭のラクダに分けて積んであった山羊の皮の水筒が、鋭い刃物で切り裂かれていたのです。中の水はすっかりこぼれて、足元の砂に吸い込まれていました。先ほど襲撃してきた敵のしわざに違いありません。

「全部か!? 残っている水筒はないのか!?」

 とダラハーンに言われて、男たちは必死で確認しましたが、水筒は、予備の水を入れていたものまで、残らず切られていました。無事だったものは一つもありません。

「最悪だ……俺たちは水を失ったぞ」

 青ざめ呆然と立ちつくす部下たちを見ながら、ダラハーンは言いました――。

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