ジュナの街の宿にいたキャラバンの男たちは、彼らの隊長が三人も客人を連れて戻ってきたので驚きました。それが立派な体格の青年と男装をした長身の女性、長い銀髪に色違いの瞳の青年と、見た目にも華やかな一行だったので、またびっくりします。
「隊長、この人たちは誰なんです?」
「どえらく男前な兄ちゃんたちだなぁ!」
「こっちはすごいべっぴんさんだ。隊長、こんな知り合いがジュナにいたんですか?」
口々に言うキャラバンの仲間に、隊長のダラハーンは手短に答えました。
「この人たちはフルートとポチの友人だ。街で偶然に出会った」
フルートとポチの! と男たちはまた驚きの声を上げました。
「とすると、ロムド人ですかい。ロムドってのは美男美女の多いところなんですなぁ」
「フルートやポチはどうしているんです? 元気ですか?」
「ポチは魔法で犬にされちまっていたっけ。お客人、ポチは人間に戻れましたか?」
彼らにとって、大砂漠を一緒に旅したフルートたちは、特に思い入れのある存在になっているようでした。てんでにそんなことを尋ねてきます。
ダラハーンは仲間たちに手を振ってまた言いました。
「フルートたちのことは、後で詳しく教えてやる。予定変更だ。明日の朝にここを出発する。みんな、急いで準備を始めろ」
えぇ!? と男たちはまた驚きました。このジュナでは商売の品を買い揃え、旅の支度(したく)を整えて、三日後に大砂漠の向こうのサダラの町目ざして出発することになっていたのです。
「隊長、まだ商品が揃ってないですよ! それに水だって――!」
「そんなもんは半日あれば準備できるだろう。この人たちを大砂漠の向こうまで送り届けることになったんだ。できるだけ急がなくちゃならん」
とダラハーンはオリバンたちを示して言うと、ぐっと声を落として続けました。
「どうやらフルートたちがまた困ったことになっているらしい。あいつらを助けるために、急いでユラサイまで行きたい、と客人は言っているんだ。足りない商品はまたこの次だ。大急ぎで出発の準備をするぞ」
フルートたちの危機と聞いて、男たちの様子は一変しました。大変だ! 出発の準備だ! と、たちまち部屋から飛び出していきます。
後に残ったダラハーンが、オリバンたちに話しかけました。
「あんたたちの正体はとりあえず内緒にしておく。ロムドの皇太子の一行や、世界を救う金の石の勇者だなんて、あいつらに話してもすぐには理解できないからな――。しかし、フルートが闇の敵にさらわれたってのは、まったくただごとじゃない。あいつは闇の怪物相手に本当に強かったんだぞ」
「彼らが戦っているのは普通の敵ではない。この世界の悪と闇そのもののデビルドラゴンだ。あの竜は、邪魔な金の石の勇者を排除しようと、いつも隙を狙っているのだ」
とオリバンが答えると、ダラハーンは、ふぅむ、と溜息をつきました。
「聞けば聞くほど物騒な話だ。フルートはまだ生きているんだろうな?」
それにはユギルが答えました。
「最後に占ったときには、勇者殿の仲間のゼン殿やポチ殿たちが、目的を持ってロムド城へ移動中でした。勇者殿が生きている限り、ゼン殿たちは決して救出をあきらめません。仲間の皆様がそんなふうに行動していること自体が、勇者殿のご無事を示しております」
「ゼンってのは、フルートがあのとき助けようとしていた友だちのことだな。今度はそいつがフルートを助けようとしているわけか。友だち思いのあいつららしいな」
とダラハーンは言い、真剣な表情になって続けました。
「大砂漠の旅っていうのは、本当に厳しくて過酷だ。だから、俺たちは普通、砂漠を知らない奴を連れて歩くことはしない。砂漠の歩き方も知らない奴が一緒にいると、旅路が遅れて、キャラバンの全員が砂漠の真ん中で死ぬ羽目になるからだ。だが、あんたたちは、フルートを助けるために一刻も早く砂漠を渡ってユラサイへ行きたい、と言う。ユラサイの皇帝の協力を取りつけて、フルートの救出に引き返すんだろう? そういう理由ならば、俺たちだって全面的に協力してやる。俺たち砂漠の民も、仲間や友だちは大事にするんだ」
「感謝する」
とオリバンは深々と頭を下げました。相手が誰であっても決して偉ぶることをしない皇太子です。
「俺たちは通常、四週間かけて砂漠を渡る」
とダラハーンは話し続けました。
「途中のオアシスで水を補給したり、商売をしたりしながら進んでいくんだ。だが、今回は事情が事情だからな。余計な時間はかけずに、最小限の滞在だけで砂漠を渡っていくことにする」
「それでどのくらい短縮される?」
とオリバンは聞き返しました。
「一週間程度だな。少々強行軍だが、三週間で大砂漠を越えてやる。あんたたちのためにラクダを一頭調達しよう。そっちのお姫様は、歩いて砂漠を越えるのは無理だろうからな」
ダラハーンにそんなふうに言われて、セシルはかっと赤くなりました。
「私は軍人だ! 皆と同じように歩けるぞ!」
すると、ダラハーンは首を振りました。
「言っただろう。足手まといは連れていけないんだ。みんな共倒れになるからな。あんたにはラクダに乗ってもらう」
足手まとい扱いされて、セシルは本当に腹を立てました。むきになって言い返そうとすると、オリバンがそれを止めました。
「よせ、セシル。我々は本当に砂漠を知らんのだ。知っている者のことばに従うのは当然のことだ」
セシルは、ぐっと詰まりました。口を尖らせながらも黙り込みます。
じゃあ、また後で、と言って、ダラハーンも部屋を出て行きました。彼らのためにラクダを買いに行ったのです。後にはオリバンとセシルとユギルの三人だけが残されます。
オリバンがユギルへ尋ねました。
「どうだ? ゼンたちの様子はまた見えるようになったか?」
ユギルは首を振りました。
「だめでございます。このジュナに到着してからずっと占盤をのぞき続けましたが、ゼン殿たちだけでなく、ロムド城も世界の他の場所も、見通すことができなくなっております。見えるのはこの先にある大砂漠とその周辺の地域だけです」
オリバンは眉をひそめました。
「結界か? それで外側が見えなくなっているのか?」
「これまでも、大砂漠の様子を占おうとすると非常に見にくいと感じておりましたが、いざ大砂漠の圏内に入ると、今度は外の様子が見えません。ですが、結界のように人が外から中に入れないということはございません。おそらく、大砂漠とその周辺は大きな魔法の影響下にあるのでございましょう。それが砂漠の外を占うことを邪魔しているものと思われます」
「そういえば、ダラハーンも大砂漠には魔法がかかっているのだと言っていたな。だから太陽が頭の真上まで昇ってきて暑いのだ、と」
とオリバンは言って、セシルと一緒に窓の外を眺めました。部屋は宿の二階にあったので、水色の空がずっと見晴らせます。その空の下はもう大砂漠です――。
もし、占いを邪魔されていなければ、ユギルはきっと数々の陰謀に気づいたに違いありませんでした。ロムドを狙うサータマン王の野望、自分たちを襲撃しようとするとクアロー王の企み、赤の魔法使いを南大陸へ遠ざけようとする間者ミカールの策略。フルートの象徴が何故占盤から突然姿を消したのか、その原因さえ時間をさかのぼって突き止めたかもしれません。
けれども、彼らをあざ笑うように、運命は占者の目から事実を隠していました。見えているのは、これから渡っていく大砂漠の様子だけです。自分たちに迫ってくる危険さえ、まったくわかりません。
それでも、予感がしたように、ユギルは言いました。
「お気をつけください、殿下、セシル様。勇者殿やゼン殿たちのことが気がかりなのは当然ですが、大砂漠を越える旅は、本当に危険で困難なものになりそうでございます。まずは、ご自分の身の安全に充分注意をおはらいください」
風が吹き、巻き上げられた砂が、宿の建物の壁をたたいていきました。嵐の雨音を連想させる激しい音です。
わかった、とオリバンとセシルはうなずきました――。