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第17巻「マモリワスレの戦い」

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46.ジュナ

 れんが造りの建物と木造の家が雑多に建ち並ぶ街の通りに、強い日差しが照りつけていました。舗装されていない土の道は白く乾き、風が吹くと細かい砂が舞い上がります。これは道路から出た砂ではありません。東方に広がる大砂漠から、風と共に運ばれてきたものです。

 砂は街の至るところに吹きだまりを作っていました。薄黄色い色をした、本当に細かい砂です。風で砂埃が舞い上がると、頭上の太陽をかすませて、空に光の傘を作ります。大気も大地も建物も、すべてが熱を帯びていました。真夏のような暑さが街を包み込んでいます。

 白い布のベールを頭からかぶり、衣のように全身にからめたセシルが、そんな街並みを見渡して言いました。

「本当に暑い場所だな、このジュナという街は。まるで熱帯だ」

 隣にいたオリバンが、うなずいてそれに同意しました。

「熱帯というのは、まったくその通りだろう。街の外に広がっているのは、ジャングルと呼ばれる熱帯の森だ。日差しが強くて暑いので、我々が見慣れている木や植物はここでは育たないのだ」

 そう言うオリバンも、セシルと同じように白い布を頭からかぶっていましたが、こちらはもっと丈が短くて、肩の下あたりまでしか届いていませんでした。その代わりに、もう一枚の白い布をマントのようにはおり、左肩で留めていました。剣は下げていますが、鎧兜は身につけていません。気温が高すぎて、金属の防具など、とても着ていられなかったのです。通りを行きかう人々も、ほとんどがオリバンやセシルと同じような恰好をしています。

 エスタ国王が準備した馬車で東へ向かっていたオリバンたちは、クアロー国を抜けて、大砂漠の手前のジュナの街までたどり着いていました。ここから先は灼熱の砂漠です。馬では行けない場所なので、彼らは馬車をエスタ国へ送り返し、砂漠を渡るための案内人を捜していました。ユギルはこの場所にはいませんでした。あまりに人目を惹く容姿なので、宿の一室にこもって、外に出ないようにしているのです。

「ユギル殿は案内人についてなんと言っただろう、オリバン……? 私たちがこうして街角に立っていれば、そのうちに適当な案内人と出会える、という占いだったが、案内人の特長については、何か言っていただろうか?」

 とセシルが汗を拭きながら言いました。通りがとても暑いので、ついいらだちが声に出てしまいます。オリバンがそれに答えました。

「いいや。外見については何も言っていない。ただ、こうして立っていれば会える、と言っていただけだ」

 こちらもセシルに劣らずいらだっていますが、それは暑さのせいではありませんでした。彼らがこのジュナに到着してから、もう四日になるのに、案内人がいっこうに現れないのです。一刻も早くユラサイへ行って同盟を結び、すぐさま引き返してフルートたちの救出に向かいたいと考えているので、時間だけが無駄に過ぎていくように感じられて、気持ちが焦ってしまいます。

 

 そこへ、どっと強い風が吹き出しました。それまでの暑い乾いた風ではなく、ひやりとするような冷たく湿った風です。街の西側に広がるジャングルの陰から、濃い煙のような雲が立ち上って、あっという間に空をおおっていきます。

 あたりが急に暗くなってきたので、オリバンがセシルの手をつかんで走り出しました。

「また雨が来るぞ! 急げ!」

 彼らの周囲でも人々が屋内や軒下を目ざして走り、日傘の下に露店を広げていた商人が、大あわてで商品を片づけ始めました。通りがばたばたと慌ただしくなります。

 オリバンたちが木造の建物の軒下に逃げ込んだとたん、大粒の雨が降り出しました。みるみる雨脚が強まって、ほんの二、三分後には猛烈な土砂降りになってしまいます。滝のような雨とはこのことで、すさまじい音をたてながら建物やジャングルや大地をたたき、低いほうへと流れ出します。通りはたちまち水が溜まって赤茶色の川のようになってしまいました。片づけ遅れた露店が商品ごと流され始めたので、店主がずぶ濡れで追いかけていきます。

 建物の軒下は雨宿りの人で押し合いへし合いになっていました。通りを流れる水が増えてきたので、建物の中へ避難する人もいますが、狭い建物だったので、すぐにそこも満員になってしまいます。

 オリバンとセシルは軒下に残ったまま、すぐ足元まで迫る水を眺めていました。雨音がうるさいので、ろくに話すこともできません――。

 

 けれども、三十分とたたないうちに空はまた明るくなり、雨は小降りになって、やんでしまいました。空から雲が消えて、また強い日差しが照り始めます。

 川のようになっていた道は水が引いてぬかるみになり、日差しを浴びて乾いていきました。建物や地面から湯気が立ち上っていった後は、また白く乾いた街並みになります。雨の降るのがあっという間なら、それが乾くのもたちまちです。

 人々はまた通りへぞろぞろと出て行きました。何事もなかったように店がまた広げられ、人々が品定めをしながら歩き出します。

 その様子を眺めながら、セシルは感心しました。

「あれだけの雨が降ったのに、みんなまったく気にしていない。ここの住人は実にたくましいな」

「雨は毎日決まって今頃に降る。いつものことだから、もうすっかり慣れてしまっているのだろう」

 とオリバンは言い、頭上から照りつける太陽を示して続けました。

「気がついていたか、セシル? 我々はエスタからクアローを通過して、ほぼ真東に向かって進んできたが、ここに来て、急に太陽の高度が上がったのだ。今日は冬至だから、昼は一年中で一番短く、太陽も空の低い場所を通っていくはずなのに、ここでは太陽は我々の真上にいる。非常に不思議な現象だが、それさえ、ここでは当たり前のことになっているのだ」

「大砂漠の太陽というものだな。噂には聞いていたが、こうして実際に目にしてみると、本当に不思議だと思う。太陽は季節の移り変わりに合わせて高さを変えるものだと思っていたのに、ここでは常に頭上から照りつけているのだから。何故なのだろう?」

 セシルの疑問はもっともでしたが、オリバンもそれに対する答えは知りませんでした。うむ、と首をひねっていると、すぐ近くにいた男が急に口をはさんできました。

「アジの女神のしわざだよ……。砂漠の女神で、夫は太陽の神のサバ。アジの女神は非常に嫉妬深くてね、夫の浮気を見張るために、必ず自分の真上を通るようにと言い渡したものだから、太陽はいつも砂漠の真上を通っていくんだよ」

 話しかけてきたのはまだ年若い男でした。浅黒い肌に彫りの深い顔立ちで、口ひげを生やし、白っぽい服を着て、頭には白い布を巻いています。オリバンたちは驚いて相手を見つめ返しました。

「それは言いつたえか?」

 相手が本気で信じているのかどうか怪しみながら聞き返すと、青年は、くすりと笑いました。

「大昔から砂漠の民の間に語り継がれている話だ。もちろん本当のことじゃない。大砂漠の太陽が一年中真上を通っていくのは、魔法のしわざだと言われているよ。大砂漠の向こうにはユラサイがある。大昔、そこで大規模な戦いがあって、その時に魔法がかけられたんだ、と言う奴もいる。これも本当のことかどうかはわからないがな」

 オリバンとセシルは顔を見合わせました。青年の話に思い当たる節があったのです。今から二千年前の光と闇の戦いのときに、ユラサイ国の西側で大規模な戦闘があった、とフルートたちは話していました。ひょっとして、その戦いの影響ではないか、と漠然と考えます――。

 

 すると、青年がまた話しかけてきました。

「実はちょっと聞きたいことがあるんだが、かまわんかな? あんたが肩につけているそのブローチの模様は、あんたの国で流行しているものなのか?」

 青年がオリバンのマント留めを指さしてきたので、オリバンとセシルはたちまち緊張しました。金のマント留めに刻まれていたのは、ライオンの横顔と若木の枝――ロムド皇太子の紋章でした。それも代々の皇太子が使ってきたものではなく、オリバンが辺境部隊からロムド城に戻ってきたときに作った新しい紋章です。知る人も少ないので、特に隠すこともなく使ってきたのですが、ロムドからこんなに遠く離れた場所にその意味を知っている者がいたのか、と警戒してしまいます。

 ところが、青年のほうは特に気負う様子もなく言い続けました。

「いや、実はそれと同じ模様のブローチをしていた奴を知っていてね。もしかしたら同郷なんじゃないか、と雨宿りしながら見ていたんだ。あんたたちはロムド人だろう。違うかい?」

 オリバンはまたびっくりしました。もちろん、ロムド人だろうという見立ては当たっています。けれども、オリバンを驚かせたのは、そのことではありませんでした。

「これと同じ模様のブローチをしていただと?」

 とオリバンは聞き返しました。ライオンの横顔と若木の枝の紋章は、ロムド国の皇太子以外、絶対に使うことができません。なのに、それをしていた人物を知っているということは……。

 

 オリバンはしばらく考えてから、青年に言いました。

「ひょっとして、その人物は子どもだったのではないか? 少年で――金の鎧兜を身につけてはいなかったか?」

 今度は青年のほうが驚いて目を丸くしました。両手を広げて声を上げます。

「なんだ! あんたたちはフルートとポチの知り合いだったのか!? 奇遇だな!」

 それを聞いてセシルは驚き、とまどってオリバンを見上げました。

「どういうことだ? フルートたちにはこんなところに知り合いがいたのか?」

「ゼンが毒虫に刺されて黄泉の門へ下ったときのことだ。ゼンを救うために、フルートとポチは大砂漠を渡ってシェンラン山脈に向かった。灼熱の砂漠で死にそうになった時に、砂漠の民のキャラバンに助けてもらったと話していたのだ。あの時、フルートは私のマントを着ていった。このブローチと同じものをつけていたというならば、それはフルートのことだ」

 とオリバンは答えました。

 青年は砂漠の民らしい陽気な表情になると、自分より頭ひとつ分以上も大きなオリバンの背中を、遠慮もなくたたきました。

「これはきっとアジの女神のお引き合わせだな! アジは残酷で厳しくて、気まぐれに優しい神なんだ! 俺はダラハーン。砂漠を行き来して行商をするキャラバンの隊長だ。フルートたちは元気か? 今頃どうしているだろう、とキャラバンの連中とも時々話していたんだ」

 とたんにオリバンとセシルは真剣な顔になりました。それを見て、ダラハーンがとまどいます。

「どうした。あいつらに何かあったのか……?」

 オリバンが重々しく言いました。

「どうやら、ユギルが言っていた案内人とは貴殿のことらしい。力を貸してもらえるだろうか。我々はフルートたちを助けるために、一刻も早くユラサイまで行かなくてはならないのだ」

 ユラサイへ! とダラハーンは驚きました。砂漠を渡ってユラサイへ行く道のりは、非常に長く厳しいのです。

「話を聞かせてもらおうか。返事はそれからだ。ああ、それから、あんたたちの名前はなんていうんだ?」

「私はオリバンだ。これはセシル。私の婚約者だ」

 ダラハーンに尋ねられて、ためらうこともなく本名を名乗ったオリバンでした――。

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