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第17巻「マモリワスレの戦い」

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45.困惑

 フルートが行方不明!? とトウガリは驚きました。

 トウガリは薔薇色の姫君の戦いと呼ばれる事件の際に、フルートたちと一緒にザカラスまでメーレーン王女の救出に行っています。彼らがロムド城から離れた後も、その旅路をずっと気にかけていたのです。

「何故!? フルートはどこへ行ってしまったんです!?」

 と聞き返すと、ロムド王が答えました。

「オリバンとセシルとユギルの三人は、勇者たちとは行動を別にしているので、詳細な事情はわからない。フルートの失踪には、ユギルが占いを通じて気がついたのだ。ゼンたちが救出のために南大陸に向かっているが、彼らだけではフルートを助け出すことができないので、赤の魔法使いを南大陸へ遣わしてほしい、とオリバンは書いてきている」

 それを聞いて、トウガリはまたびっくりしました。

「それは不可能でございましょう、陛下! 今、赤の魔法使い殿を他国へ送りだしては、このロムド城の守りが――」

 トウガリの言うとおり、ロムド城は今、普段より守りが手薄な状態になっていました。大陸随一と名高い占者のユギルが、オリバンと共に東方へ向かっているからです。

 キースが肩をすくめました。

「アリアンがユギル殿の代理を務めているけれど、彼女は刻一刻と迫ってくる冷害を監視している真っ最中だ。今この瞬間だって、部屋の中で鏡を見て、西の火山から流れてくる煙と灰の動きを読むのに必死になっている。それが春以降に冷害を引き起こすからな。彼女にそれ以外のことを見張らせるのは不可能だよ」

 とこの場にいない闇の少女について話すと、白の魔法使いも言いました。

「アリアンには深緑の魔法使いもついています。アリアンが鏡に映す噴煙を、深緑が見極めて、煙の影響の範囲と規模を読もうとしているのです。そのため、現在ロムド城を守っている四大魔法使いは、私と青と赤の三人だけになっています。ここで赤までが抜けるとなると――」

 と困惑した顔になります。

 うぅむ、とトウガリは思わず声を上げてしまいました。ロムド国は今の国王になってから急速に発展を遂げた国なので、周囲の国々が虎視眈々(こしたんたん)と狙っています。トウガリがいくら内外の情報を集めても、とても防ぎきれるものではなかったのです。

 

 ロムド王が言いました。

「確かに、今の状況で赤の魔法使いを送り出すことは、城としては大きな不安材料になる。だが、金の石の勇者であるフルートが行方不明になっているということは、それ以上に心配な状況なのだ。フルートはこの世界を闇から守るための存在だ。彼がいなければ、いずれこの世界は闇の竜に蹂躙され、ロムドも風の前の塵(ちり)のように、跡形もなく吹き飛ばされてしまうだろう。ロムドのためにも、彼をこのまま放っておくわけにはいかん」

 王の声は真剣でしたが、思い悩んでいる響きはありませんでした。心はすでに決まっていたのです。

 すると、ゴーリスが口をはさみました。

「恐れながら、陛下、その役目は赤の魔法使い殿ではなく、この私にご命令ください。フルートは私の剣の弟子だ。弟子がどこかで迷っているというのなら、師匠の私が行くべきでしょう。――今年、サータマンはロムドに二度敗れましたが、それでもサータマン王はロムド侵攻をあきらめてはいない。しかも、メイがロムドの同盟国になったことで、いっそう危機感を募らせているはずだ。ここで赤の魔法使い殿までが城を離れれば、サータマンに三度目の隙を与えることになって、あまりに危険です。陛下、フルート救出に南大陸へ行く役目は、この私にご命じください」

 そう言って、ゴーリスは半白の頭を下げました。たくましい体を黒ずくめの服で包み、腰に剣を下げたゴーリスは、由緒正しい大貴族の家柄なのに、貴族と言うより剣士と呼ぶほうが、ずっとふさわしく見えます。

 双子のゴブリンのゾとヨが、大きな目をくりくりさせて言いました。

「フルートが大変だから、ゴーリスがそれを助けに行くのかヨ?」

「それなら、オレたちも一緒に行きたいゾ。フルートはオレたちを助けてくれたから、今度はオレたちがフルートを助けたいんだゾ」

 キースは苦笑すると、肩の上のゴブリンたちの頭を抑えました。

「おまえたちは無理だ。この城から出たら、きっとすぐに闇王の家来に捕まって、闇の国に連れ戻されてしまうからな」

 そう言うキース自身も、ロムド王に城にかくまってもらっている身でした。しかもオリバンの代役を務めているので、フルートの救出に向かうことができません。ゴブリンたちをたしなめながら、そっと悔しそうに唇をかみます。

 ロムド王がゴーリスに言いました。

「そなたが南大陸へ行くことはならん、ゴーラントス卿。アリアンが予告した冷害が本格化するのは来春だが、すでに火山に近いザカラス国の南西部では例年にない厳しい寒さに襲われている、とザカラス王から知らせが届いている。まだ十二月だというのに、これまで雪の少なかった温暖な場所にまで雪が降り、凍ったことのない川が凍りついたというのだ。冷害は必ずやってくる。しかも、これまで我々が経験したこともないほど厳しいものになるだろう。今は、国を挙げて全力でそれに備えなくてはならない時だ。この時期にゴーラントス卿に抜けられては、その備えに滞りが生じる」

 リーンズ宰相も王に同意するように言いました。

「私は国の諸侯に、できるだけ食料や牧草を備蓄しておくように、と指示しておりますが、西部の大荒野に散在する町や村は、貴族の領地になっていないために、領主主導での備えができません。ゴーラントス卿は特に西部で人気と信頼がおありになる。卿の協力がなければ、国全体での備えをすることができません」

 国の貴族たちを束ねるのがリーンズ宰相の役目ならば、自治領の市民のまとめ役はゴーリスなのです。さすがのゴーリスも引き下がるしかありませんでした。

 

 すると、しばらく黙って考え込んでいたトウガリが、顔を上げて言いました。

「陛下、我々はサータマンと冷害の二つの強敵を向こうに回しております。これほど困惑する事態になっているというのに、書状にそれに触れる箇所がないことが気になります。ユギル殿がおいでなのですから、こちらの状況に気がついて、一言詫びるなり、理解を求めるなりするくだりがあっても良いと思うのですが……。その書状は、本当に殿下の手によるものでございますか?」

 手紙が偽物である可能性に鋭く気づきますが、リーンズ宰相が頭を振って言いました。

「それは一番最初に確認いたしました。この書状の文字は確かに殿下の筆跡ですし、書状を収めた筒にも殿下の封印が押されていました。封を破って中身を取りだした痕はありません」

「魔法で手紙を書き替えた痕跡もありませんでした」

 と白の魔法使いも言いました。クアロー王の間者ミカールの工作は完璧で、誰もそれを見破ることができなかったのです。

 ロムド王が一同へ言いました。

「ユギルはフルートを救出するために赤の魔法使いを南大陸へ送らなくてはならない、と言っている。ユギルが占いに基づいて言うことは、どれほど途方もなく聞こえても、必ずその通りになっていくのだ。――白の魔法使いよ、赤の魔法使いをここへ呼ぶのだ。フルート救出に出動することを命じる」

 

 すると、王のことばが終わらないうちに、その目の前に赤い衣の小男が現れました。黒いつややかな肌に猫のような金の瞳の、赤の魔法使いです。うやうやしく王へ頭を下げて、異国のことばで言います。

「ダ、ガ、ラバ、ガウ」

「陛下のご命令であれば従います、と赤は申しております」

 と白の魔法使いが通訳しました。赤の魔法使いは南大陸のことばを使うので、四大魔法使い以外の者には話が通じないのです。

「ユギルは南大陸のどこへ向かうか、その指示はしてきておらぬ。あてのない出動になるが、そなたの力でフルートを見つけ出して、救い出してほしいのだ。頼むぞ」

「ノ、オリ、ニ」

 と赤の魔法使いはまた深々と頭を下げました。王のことばに承知したのだと、通訳なしでも皆にわかります。

 白の魔法使いが赤の魔法使いへ尋ねました。

「南大陸は広い。どこへ向かうつもりでいる?」

 小男は赤い長衣のフードの陰から、きらっと猫の瞳を光らせると、低い声で言いました。

「ズ、ア、ノ、ラニ、ク。コデ、テ、オ、カム」

 とたんに、女神官は心配そうな表情になりました。

「しかし、そこは――」

「オ、メニワ、ナイ……デ、ク」

 と異国の魔法使いは言って笑いました。苦笑いの顔ですが、さすがに、他の者たちには意味がまったくわかりません。

 すると、赤の魔法使いがまた部屋から姿を消していきました。

「赤は支度に向かいました。準備ができ次第、南大陸へ出発いたします」

 と白の魔法使いが言いました。もう仲間を心配するような様子は見られません。

 一同が漠然と不安のようなものを感じていると、キースが腕組みして言いました。

「赤の魔法使いは南大陸の自分の村に行くと言っていたね? そこならば、フルートの行く先を占うことができるから、って。でも、彼はあまり気が進まないように見えたな。故郷に何かあるのかい?」

 一同は驚きました。

「キース、おまえは赤の魔法使い殿のことばがわかるのか!?」

 とトウガリが言うと、キースは肩をすくめ返しました。

「人間のことばなら、どこの場所のものでもわかるよ。人のことばを話せない動物や怪物の言うことだって、だいたいわかる。なにしろ、ぼくは闇の国の王族だからね」

 最後の一言が乾いた響きを帯びます――。

 白の魔法使いが苦笑しました。

「赤にとって、故郷はあまり戻りたくない場所だったのです。ですが、勇者殿のためであれば喜んで行く、と赤は言っていました。赤はきっと勇者殿を救い出してくれるでしょう」

「感謝をする」

 とロムド王が重々しく言い、全員は遠い目になりました。行方のしれないフルートへ想いをはせたのです。そのフルートが、赤の魔法使いに会うためにゼンたちとロムド城を目ざしているとは、誰も想像することができません。

 

 大広間の方向から、盛大な拍手が聞こえてきました。クラブサンの演奏が終わったようです。ロムド城では冬至の前夜祭がまだ続いているのでした――。

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