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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第13章 困惑

44.前夜祭

 ここは中央大陸中部にあるロムド国。

 十二月も下旬になり、明日は一年で一番昼が短い冬至だというので、ロムド城では恒例の前夜祭が行われていました。大広間がたくさんの花や蝋燭(ろうそく)、金銀の太陽や月や星で飾り付けられ、王や貴族たちが集まって、光と闇の演劇を鑑賞します。

 観覧席の最前列にはロムド王とメノア王妃、オリバン皇太子、メーレーン王女が座り、皇太子の横には婚約者のセシル王女が座っていました。くつろいだ様子で劇を眺め、幕間には和やかにことばを交わし合っています。

 その後ろには王の重臣が並んでいました。宰相のリーンズ、ロムド軍総司令官のワルラ将軍、王の片腕と呼ばれるゴーラントス卿の三人です。城の一番占者のユギルの姿は見当たりませんが、彼がずっと自室にこもって占いに専念していることは城中に知れ渡っていたので、誰もそれを不思議には思いません。

 演劇が終わると、その後は王妃付き道化のトウガリの出番になりました。派手な衣装と化粧の道化が気取って舞台に出ていくと、二匹の赤毛の小猿が後について出ていきます。その気取ったしぐさがトウガリにそっくりだったので、観客は笑い出しました。

 すると、トウガリが驚いたように振り向き、猿たちを見て飛び上がりました。あわてて舞台から追い払おうとします。猿たちはキャッキャと鳴きながら舞台中を駆け回りました。トウガリが捕まえようとすると、するりと腕をすり抜けてまた逃げていきます。それを見て観客は大笑いしました。がんばれ、道化! 捕まるな、猿! と双方に声援が飛びます。

 トウガリはますますあせって、猿をどなりつけました。

「こら、おまえたち! 皇族や貴族の皆様方の御前だぞ! 無礼な真似をするんじゃない!」

 とたんにその頭上に猿の一匹がぴょんと飛び乗りました。トウガリが猿を捕まえようとすると、飛び上がって手をかわし、また頭の上に着地します。もう一匹の猿はトウガリの服の裾を引っぱり、トウガリが捕まえようとすると、走って逃げ出します。一匹を頭に載せたまま、もう一匹を追いかけ回すトウガリの姿に、観客は涙を流して笑いました。国王一家も手をたたきながら笑っています。

 やがて、猿を捕まえようと伸ばしたトウガリの右手に、ぴょいと猿が飛び乗ってきました。左手にも頭の上からもう一匹が下りてきて、トウガリは両手に猿を乗せる形になってしまいます。何が起きるのかと観客が見守っていると、トウガリが、はっと声を上げました。とたんに二匹の猿はまたトウガリの頭に飛び移り、一匹がもう一匹を肩車しました。頂上の猿がトウガリのかけ声に合わせて何度も宙返りをします。

 観客はやんやの拍手になりました。珍妙な追いかけっこも、猿の肩車も、全部トウガリの芸だったのだと気がついたのです。最後に頂上の猿が逆立ちを決めてみせると、大広間は割れるような拍手に包まれて、トウガリの出し物は終わりになりました。

 

 トウガリと猿が控え室に戻ると、国王一家と重臣たちがぞろぞろと入ってきました。王が道化へじきじきに声をかけます。

「見事な芸であったな、トウガリ。 猿のゾとヨも、すっかりトウガリに馴れたようではないか」

 薔薇色のドレスを着たメーレーン王女も、目を輝かせながら言いました。

「本当におもしろかったですわ、トウガリ! メーレーンは、あんまり笑いすぎて、涙が出てきてしまいました。とても楽しゅうごさいましたわ。ねえ、お義姉様?」

 自分自身をメーレーンと名前で呼ぶのが、薔薇色の王女の癖です。同意を求められて、セシルが微笑しました。

「ええ、本当に。ユギル殿が冷害の到来を占って以来、なんとなく城の中も沈みがちでしたが、久しぶりで皆が笑ったような気がします」

 祭りの席でも、セシルは男物の上着にズボンを着込んで男装をしていました。王がまったく気にしないので、城の人間も誰もそれを気にしません。

 オリバンも笑いながら言いました。

「このやんちゃな猿たちに、あそこまで言うことを聞かせることができるんだから、トウガリは動物使いの才能もあるな。次は、鷹(たか)のグーリーも舞台に出したらどうだ? きっともっと受けるぞ」

 メノア王妃は口に出しては何も言いませんでしたが、天使のような笑顔をたたえながら、優しく道化を見つめていました。

 トウガリは王の一家の前で両手を大きく振って、深々と道化のお辞儀をしました。

「過分なお誉めのことばの数々をいただいて、トウガリめも猿のゾとヨも幸せ至極(しごく)、嬉しさに小躍りするばかりでございます。皆様から笑っていただくことは道化の命。これからも陛下や皆様方を心からお笑いさせられるよう、ますます芸を磨いて精進してまいりますので、今後ともご期待の程をよろしくお願い申し上げます……」

 いつもの流れるような弁舌で、トウガリがとうとうと話します。

 

 そこへ、大広間から音楽が流れてきました。休憩時間が終わって、また次の演目が始まろうとしているのです。

 ロムド王が王妃や王女に言いました。

「次はおまえたちが楽しみにしていたクラブサンの演奏だ。行って楽しんできなさい。わしは少々疲れたので、もうしばらく休憩していくことにする」

 声も言動も若々しく見えるロムド王ですが、実際にはもう六十八歳です。よいしょ、と控え室の椅子に座り込んだので、王妃がその前にかがみ込みました。

「大丈夫でございますか、陛下。主治医をここにお呼びいたしましょうか?」

 心から心配している様子の王妃に、王は微笑みました。

「心配はいらない。少し休めば良いだけのことだ。わしも間もなく会場に戻るから、おまえたちは先に行っていなさい」

「お義姉様は?」

 とメーレーンがセシルを見上げると、セシルの代わりにオリバンが答えました。

「セシルももう少し休んでからのほうが良いだろう。なにしろ、おたふく風邪をこじらせて、ようやく元気になったばかりだ。無理はしないほうがいい。私が一緒についている」

「では、陛下のおそばには私たちが」

 とリーンズ宰相とゴーラントス卿が言ったので、ワルラ将軍が言いました。

「王妃様とメーレーン様にはわしがついておりますから、ご心配なく。ではまいりましょう、王妃様、メーレーン様」

 老いてもなおたくましい老将軍は、祭りの席でも濃紺の鎧を身につけ、剣を下げていることを許されていました。自ら王妃たちの護衛役を買って出ると、控え室から大広間へと戻っていきます。リーンズとゴーリスとトウガリ、そしてセシルが、お辞儀でそれを見送ります。

 

 ところが王妃と王女と将軍が部屋を出ていって扉が閉まると、後に残った面々の様子が、がらりと変わりました。

 疲れていたはずの国王が椅子からすっくと立ち上がって、セシルを振り向きます。

「どうだ?」

「部屋に守りの魔法をかけました。外から入ることはもちろんできませんし、魔法で部屋をのぞいたり、話を聞いたりすることも不可能です。どうぞご安心ください」

 とセシルは言うと、胸に手を当てて頭を下げました。いつもの男性式のお辞儀ですが、再び顔を上げたとき、その姿は城の魔法軍団の長である、白の魔法使いに変わっていました。白い長衣を着込み、胸にユリスナイの象徴を下げた女神官です。手にはいつの間にかトネリコの杖も握っています。

 その隣で、オリバンも姿を変えました。こちらは長い黒髪に甘い顔立ちをした、闇の王子のキースです。その両肩に二匹の小猿がぴょんぴょんと飛び乗り、たちまち大きな目と耳のゴブリンに変わりました。キースの長い髪を引っぱって、しきりに言います。

「キース、オレたち、トウガリの言うことを聞いて、一生懸命芸をしたゾ? どうだったゾ?」

「急に出ろって言われて心配だったけど、ちゃんと成功したヨ。みんなたくさん拍手してくれたヨ。オレたち、うまかったかヨ?」

「ああ、うまかったよ。おまえたちがこんなに城の人たちから受けるなんて、正直思っていなかった。でも、それは猿の恰好をしているからなんだから、間違っても人前で怪物に戻ったりするんじゃないぞ」

 とキースはゴブリンのゾとヨに言い聞かせました。そう言うキース自身は、変身を解いても、角や牙や翼は隠したまま、人間の青年の恰好でいます。

 トウガリがロムド王の前にひざまずきました。いつもの道化のお辞儀ではなく、騎士のようにうやうやしく頭を下げてから言います。

「陛下が私の出番の後で控え室においでになると伝言をいただいたので、疑われないよう、急きょゾとヨに協力してもらって、派手な演目に変更いたしました。何事でございますか?」

 その声も、いつもの軽口とはうって変わった、真面目な口調になっていました。彼の正体は、王妃や王女を守り、敵の情報を城の内外から集める間者です。

「東方へ向かわれている皇太子殿下から、書状が届きました」

 と王に代わってリーンズ宰相が答えました。ロムド王に若い頃からずっと仕えてきた、王の腹心です。懐から銀の筒を取り出すと、丸められた手紙を出して見せます。

 殿下からの――とトウガリは意外そうな顔をしました。

「城に書状をもった使いがやってきたとは聞いていましたが、殿下からの書状とは思ってもおりませんでした。殿下はユギル殿やセシル様と極秘でユラサイへ向かわれている。その状況で城へ書状を送ってくるということは、よほど重大な内容だということですね」

「その通りだ」

 とロムド王はうなずき、リーンズから手紙を受け取って広げました。

「この書状を、オリバンたちはクアロー国からよこした。ユギルが占いを通じて、大変なことに気づいたのだ」

 賢王と呼ばれる聡明な王が、はっきりと深刻な表情をしていました。その横では、いつも落ち着いているリーンズ宰相が、やはり心配そうな顔をしています。何事があったのだろう、とトウガリがますます驚いていると、王の後ろから黒ずくめの剣士が口を開きました。ゴーラントス卿――ゴーリスです。

「フルートが行方不明になっているんだ。ゼンたちがフルートを救出するために南大陸へ向かっている」

 ごく低い声で、ゴーリスはそう言いました。

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