「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第17巻「マモリワスレの戦い」

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43.宿

 次に目覚めたとき、フルートはベッドに寝かせられていました。ゼン、メール、ポポロ、ポチ、ルル――仲間たちがベッドを取り囲んで、のぞき込んでいます。フルートが目を開けたので、みんなほっとした顔をしていました。

 その向こう側の景色を見ようとしながら、フルートは言いました。

「ここは……?」

「宿のあたいたちの部屋だよ。戻ってきたのさ」

 とメールが答えました。フルートがポチの背中で気を失ってしまったので、ゼンがここまで抱えて運んできたのです。

 とたんにフルートは跳ね起きました。ベッドから下りようとしますが、たちまち目眩に襲われて、また倒れてしまいます。ベッドから落ちそうになったので、仲間たちがあわててそれを支えました。

「無理しちゃだめよ、フルート!」

「ワン、そうですよ! 激戦で疲れ果てたうえに、願い石の力まで受けとっちゃったんだから。ペンダントの魔の森の支援がなくなっているから、ダメージをまともに食らったんですよ」

 と二匹の犬たちが口々に言いました。またベッドに寝かせられたフルートを、ポポロが涙ぐんで見つめます……。

 

 そこへ扉をたたいて宿の女将が入ってきました。フルートが目を開けているのを見て、笑顔になります。

「おや、目を覚ましたんだね。良かったこと。どうしたんだろうねぇ、急に熱を出すだなんて」

「たぶん、旅の疲れが出たんだろう」

 とゼンがなんでもなさそうに答えました。彼らが前の晩に町の外で繰り広げた出来事は秘密にしてあったのです。

 だろうねぇ、と女将は言ってから、急に話題を変えました。

「そういえば、昨夜はひどい嵐があったようなんだよ。それもいやに集中的でね、町の外に出て道を下ったあたりで、落雷や大風があったようなのさ。昨夜のうちから何度も稲光は見えていたんだけれど、今朝行ってみた人の話じゃ、そのあたりだけがずぶ濡れになっていて、森が丸々一つ焼けていたってさ。雷が落ちたんだろうねぇ。付近の綿花畑も、葉っぱが一枚残らず吹き飛ばされて、丸裸にされていたって言うし。嵐がここまで上がってこなくて、本当に良かったよ。下の畑は収穫が終わっていたけれど、上の方の畑は今が綿花の摘み取りの真っ最中だったからね。お客さんたちも、こんな時に外にいなくて良かったよね」

 女将の話に、一行は思わず顔を見合わせました。その場所で昨夜、何があったのか、本当のことを女将に話すわけにはいきません……。

 

 それじゃ何か精のつくものを作ってきてあげようね、と女将が出て行ったので、部屋の中はまたフルートと仲間たちだけになりました。ポポロはフルートの枕元の椅子に座り、ゼンとメールはその横に立ち、ポチとルルはベッドに前脚をかけて、全員でフルートを見つめています。

 すると、ゼンがおもむろに腕組みをして言いました。

「なぁ、フルート……おまえ、ランジュールと戦いながら、俺たちに何度も逃げろって言ったよな。いつから俺たちをあんなふうに思うようになっていたんだ? おまえがずっと冷たかったから、俺たちはみんな、おまえが俺たちを嫌ってるんだとばかり思ってたんだぞ」

 フルートは目を閉じてベッドに横になっていました。ゼンに尋ねられてもしばらくは何も言いません。それでも仲間たちが待っていると、やがて、目を閉じたまま、ことばを選ぶように話し出しました。

「お台の山で気がついたとき、ぼくは本当に何も覚えていなかった。そこがどこかも、ぼくが誰かも、君たちが誰なのかも全然わからなくて、ひどく混乱してしまった。ただ自分の身を守らなくちゃ、と思って、君たちに攻撃したんだ……」

「ま、覚えてなかったんだから無理はねえよな。それで?」

 とゼンは促しました。混乱したフルートに切りつけられて負傷したのはゼンですが、それについてはいっさい触れません。

「その後も、しばらくは、君たちに何か下心があるんじゃないかと考えていた。ぼくを利用しようとしているんじゃないか、とか……。だけど、そうじゃないことは、君たちを見ているうちにわかった。君たちは本当にぼくのことを心配していて、ぼくが何度離れていっても、後を追って助けに来てくれる。ぼくがどんなにひどいことを言っても、それでも命がけで守ろうとしてくれる。すごくありがたいと思ったし……ものすごく、苦しくなった。君たちと話すのがつらかったんだ」

 仲間たちはびっくりしました。どうしてだよ!? とゼンが思わず大声を上げます。

 すると、フルートは目を開けました。鮮やかな青い瞳でゼンを見上げて言います。

「君たちがいつも、ぼくの記憶が戻るのを期待していたからさ……。君たちが助けてくれるのはありがたかった。仲間として扱ってくれるのも嬉しかった。だけど、ぼくはどうしても君たちを思い出すことができない。君たちが旅や戦いのことをいろいろ話して聞かせてくれたから、ぼくたちの間に何があったのかはわかったけれど、それでも、それはやっぱり他人事だ。ぼくには、どうしても自分のことのようには感じられないんだ……」

 そこまで話して、フルートは一度口をつぐみました。話し疲れて、息が続かなくなったのです。少しの間息を整えてから、話を続けます。

「ぼくが何か言ったりやったりした拍子に、君たちはよく、ぼくを見つめたよな……。ぼくにはわからないけれど、ぼくは昔のような言動をしていたんだろう? 思い出したのか、と聞かれるから、覚えていない、と答えると、君たちはいっせいに悲しい顔をした――。ぼくは、君たちが嫌いじゃない。だけど、君たちに悲しい顔をされるのはどうしても我慢ができない。だから、ぼくはできるだけ君たちと話さないようにした。君たちがぼくの中に昔のぼくを見つけてしまわないように、ずっと離れていたんだ……」

 

 仲間たちは唖然としてしまいました。フルートの話を、それぞれに頭の中で反芻(はんすう)して、理解しようとします。

 やがて、メールが言いました。

「つまりなにさ……フルートはあたいたちを悲しませたくなくて、あたいたちから離れていたって言うわけ? そんなことをされたらあたいたちがもっと悲しむっては考えなかったのかい?」

 怒っているのではなく、あきれている声でしたが、フルートは、かっと顔を赤くしました。どなるように言い返します。

「早くぼくを見限ればいいと思っていたんだ! ぼくはどうしても君たちを思い出せない! どんなに優しくされたって、どんなに暖かいことばをかけられたって、それでも記憶は戻ってこない! 君たちの気持ちに応えてられなくて、君たちを悲しませるだけの人間のことなんか、見捨ててかまわないんだよ! ましてや、そんなぼくを助けるために命がけで戦うなんてのは、もってのほかじゃないか――!」

 仲間たちはまた何も言えなくなりました。ただフルートを見つめてしまいます。

 フルートは口を結び、彼らにくるりと背を向けて寝返りを打ちました。そのままそっぽを向いてしまいます。

 すると、ポチがベッドの上に飛び上がって、くんくん、と鼻を鳴らし、毛布の上からフルートの体に頭を押しつけました。優しい声で言います。

「ワン、ぼく、もっと早くフルートの感情の匂いを嗅いでいれば良かった……。フルートが最初にぼくを見たとき、ぼくのことをすごく怖がったから、その匂いをもう一度嗅ぐのが嫌で、ずっとフルートのことは嗅がないようにしていたんです……。フルートは悲しかったんですね。ぼくたちのことを思い出したいのに、どうしても思い出せないから。それがつらかったから、ぼくたちから離れていたんだ」

 あ、と他の仲間たちも声を上げました。やっと納得したのです。

 

 少し考えた後、ゼンが頭をかいて言いました。

「だよなぁ……。思い出せなくて一番つらいのは、おまえ自身に決まってたんだよな。なのに、俺たちが悲しんでばかりいたから、言えなかったのか……」

「フルートが何も言わないのは、今に始まったことじゃないしね」

 とメールが言えば、ルルもうなずきました。

「長い時間をかけて説得して、最近ようやく単独行動しなくなったのに、それもマモリワスレのせいで元に戻っちゃっていたのね……。あのね、フルートはしばらく風の犬になった私やポチに乗れなくなっていたでしょう? あれはフルートのせいじゃなかったのよ。その――フルートがポチに石を投げたりしたから、私たちがしばらくフルートを友だちと思えなくなっていたせいだったの。風の犬は友だちしか乗せることができないから……。でも、フルートはやっぱりフルートだったわ。それがわかったから、私もポチもまたフルートを乗せられるようになったのよ」

 すると、むこうを向いていたフルートが、急に寝返りを打ってまたこちらを向きました。自分に頭をすりつけているポチや、ベッドに前脚をかけて伸び上がっているルルを見て、一瞬ためらってから言います。

「ごめんよ。あの時は、ひどいことをして――」

 ポチはまたフルートに頭を押しつけました。フルートから後悔と悲しみの匂いが強く漂ってきたからです。

「もういいのよ。謝る必要なんかないわ。馬鹿ね」

 とルルも言うと、ベッドに飛び乗って、ぺろぺろとフルートの顔をなめました。フルートが両腕を伸ばして犬たちを抱きしめます――。

 ふぅっと他の仲間たちは大きな溜息をつきました。ゼンがまた頭をかきながら言います。

「要するに、こいつは前と全然変わっていなかった、ってことだな。なんでも自分で抱え込んで、自分だけで敵の前に飛び出して行ってよ」

「記憶はなくしていたって、フルートはフルートだった、ってことだよね。ポポロが言ってたとおりだよ」

 とメールも言って、椅子に座っていたポポロの肩を抱き寄せました。フルートと仲間たちのやりとりに、ポポロは顔をおおって嬉し泣きを始めていたのです。

 ゼンがベッドにかがみ込んで、フルートに言いました。

「心配すんな。俺たちは必ずおまえに思い出させてやる。ロムド城に行って、赤の魔法使いにマモリワスレの術を解いてもらうんだ。だから、もう俺たちから離れていくな。俺たちとずっと一緒にいろ。いいな?」

 フルートはゼンを見つめ返しました。とまどうような表情は、親友の彼を思い出していないことを表していましたが、ゼンはかまわず笑ってみせました。顔の前で、ぐっと拳を握って見せます。

 つられたように、フルートも笑顔になりました。ありがとう、と小さく言います。静かで優しげなその声は、以前のフルートの声とまったく同じでした。仲間たちがまたほほえみます。

 やがて、フルートは目を閉じました。すぐに規則正しい寝息の音が聞こえてきます。

 仲間たちに見守られながら、フルートはまた眠りについたのでした――。

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