ポポロとルルに食いつこうとしたフノラスドに、フルートが攻撃を仕掛けていました。青い蛇の左目に剣を突き刺し、ポポロとルルへ叫びます。
「逃げろ! 早くここから離れるんだ!」
けれども、そう言うフルートは突き刺した剣にしがみついて、フノラスドの頭からぶら下がっていました。非常に危うい恰好です。
「フルート!」
とポポロとルルは叫びました。とっさにルルが引き返そうとします。
すると、フノラスドの黒い頭がまた襲ってきました。ルルがあわててかわします。
「逃げろ!」
とフルートは叫び続けました。
「こっちにかまうな! 早くゼンたちのところへ行け――!」
それを聞いて、幽霊のランジュールが、ははぁん、と言いました。
「どぉも変だと思っていたら、勇者くんったら、ボクたちから仲間を守ろうとしてたのかぁ。自分のほうにボクやフーちゃんたちを惹きつけて、みんなから引き離そうとしていたんだねぇ。いかにも勇者くんらしいなぁ」
すると、フルートがどなり返しました。
「違う! ぼくはそんなことはしていない!!」
「へぇ? じゃあ、なぁんであそこで姿を現したのさぁ? あのまま隠れていれば、闇の怪物がドワーフくんたちを殺している間に、キミだけは無事に逃げられたんだよぉ? それなのに、わざと馬を鳴かせて、ボクたちの注意を惹きつけたりしてさぁ。今だってそうだよね。フーちゃんがお嬢ちゃんたちを食べてる間に逃げれば良かったのに、わざわざ隠れている場所から出てきちゃってさぁ。うふん、ご立派。勇者くんはやっぱりこうじゃなくちゃねぇ」
そんなフルートとランジュールのやりとりを、ポポロとルルは空中で聞いていました。フルート……とつぶやきます。
すると、フルートがまた振り向きました。
「逃げろ! 早く行け!」
「ほらぁ、やっぱり」
とランジュールはくすくす笑いました。
「今こうやってボクと話しているのだって、そうだよねぇ。時間を稼いでお嬢ちゃんたちを逃がそうとしてるんだから。うふふ、そうはさせないよぉ。黒イチちゃん、お嬢ちゃんたちを捕まえて食べちゃえ!」
黒い頭の蛇はポポロが乗ったルルを追い続けました。ルルがどんなに振り切ろうとしても、しつこく追いかけてきます。
フルートは歯ぎしりをしました。青い蛇の頭を両脚で蹴ると、突き刺していた剣を引き抜いて墜落していきます。落ちたのはフノラスドの胴の上でした。魔法の鎧のおかげで無事に着地すると、広い胴の上を走って黒イチの首の付け根に剣を突き刺します。
ジャア! と黒イチは声を上げて首を伸ばしました。闇の怪物なので傷はすぐに治りますが、それまでの間、痛みは感じるのです。首をくねらせると、怒りながらフルートへ襲いかかっていきます。
フルートはとっさに飛びのいて攻撃をかわしました。フルートのすぐ横に蛇の頭が飛んできて、ばくん、と空をかみます。その金色の目に、フルートはまた剣を突き刺しました。蛇が大きな悲鳴を上げて頭を持ち上げ、フルートはまた宙ぶらりんになってしまいます――。
そんなフルートの戦いぶりを、ランジュールは半ばあきれて眺めていました。
「勇敢なのはいいけどさぁ、無謀じゃないのぉ、勇者くん? その剣は普通の剣だろぉ? どんなにフーちゃんを刺したって、フーちゃんは闇の怪物だから、すぐ治っちゃうんだよぉ? 金の石だって使えなくなってるしさぁ。その状態でフーちゃんに勝てるわけないのに、どぉして仲間と一緒に戦おうとしないのさぁ? 理解できないなぁ」
けれども、フルートは何も答えませんでした。フノラスドの傷が治って剣を押し返していくので、必死で剣を抑え続けています。
ランジュールは細い肩をすくめました。
「しょぉがないなぁ。フーちゃんをこれ以上痛がらせるのもかわいそうだし、もの足りないけど、ここで決めることにするよぉ。黒ニィちゃん、勇者くんを食べちゃってぇ!」
シャア! と嬉しそうな声を上げて黒ニィの蛇がやってきました。黒イチの目からぶら下がっているフルートを、一口で食おうとします。
すると、フルートがまた剣を引き抜いて落ちました。あんぐり開いていた黒ニィの口は、黒イチの頭を思いきりかんでしまいました。黒イチが悲鳴を上げ、怒り狂って黒ニィに飛びかかっていきます。
「あぁ、こらぁ! 喧嘩はダメだって言ってるじゃないかぁ!」
ランジュールが黒イチと黒ニィのところへ飛んで行っている間に、フルートは黒イチの首の付け根に落ち、そのまますべり降りてまたフノラスドの胴まで行きました。あえぎながら立ち上がり、息を整えてから呼びかけます。
「残念だったな、黒ニィ! ぼくを食べればランジュールにすごく誉めてもらえたのにな!」
その声に、黒ニィは黒イチを振りほどこうとしました。もう一度フルートに食いかかろうとしたのです。すると黒イチがまた黒ニィにかみつき、自分の首を絡みつかせて、動けなくしてしまいました。黒ニィの邪魔をしたのです。ジャァァ、ジャァァ、と怒った蛇同士の声が響きます。
「まぁったく、もう! 誰が食べたって同じだよぉ、って言ってるのにぃ――!」
ランジュールが叱りますが、黒イチと黒ニィは絡み合ったまま、牙をむいて喧嘩を続けています。
すると、その間に赤や青、白の蛇の頭たちがフルートへ向かってきました。自分がフルートを食べてランジュールに誉めてもらおうと、我先に押し寄せてきます。
フルートはフノラスドの背中からそれを見据えました。
「一番早いのは青かい!? いや、赤い頭のほうが早いようだな!」
と挑発するように言うと、とたんに青い蛇が先を行く赤い蛇に襲いかかりました。首元にかみついて赤い蛇を引き戻し、先に出ようとして赤と喧嘩になります。その隙に黒サンの頭が前に出ていくと、そこには白イチの頭が飛びかかりました。別の方向からフルートにかみつこうとした白ニィには、金の蛇が絡みついていきます。フルートはわざと蛇たちをあおって、仲間割れを誘っているのです。
八つの頭がそれぞれに先を争い、互いにかみついて暴れたので、蛇の全身は空中で大きく回転しました。胴に乗っていたフルートが宙に投げ出されてしまいます。わぁっ、とフルートは声を上げました。フノラスドは地上数十メートルの場所に浮いていました。そこを真っ逆さまに落ちていくのですから、いくら魔法の鎧を着ていても無事ではすみません。地面が猛烈な勢いで迫るのを見て、フルートは思わず目をつぶります――。
とたんに、その体が、さぁっとすくい上げられました。ごうごうと風のうなる音も聞こえてきます。
目を開けたフルートは、自分がルルの背中に乗っていることに気がついて驚きました。後ろにはポポロも座っています。
「どうして逃げなかったんだ!?」
と振り向いてどなると、ポポロは涙を浮かべながら、ほほえみました。
「逃げられるわけないわ、フルート……」
「ほんとにフルートったら。記憶をなくしているのに、やることは昔と全然変わってないんだもの」
とフルートの下からルルも言いました。ポポロと同じ泣き笑いの声です。
フーちゃんたちぃ!! とランジュールが金切り声を上げていました。フノラスドの横を飛びすぎながら、蛇の頭を片っ端から平手打ちしていきます。何十メートルもある蛇の首は、幽霊に殴られると何メートルも飛んで、たちまちぐんにゃりしてしまいました。地上に頭を垂れて、平身低頭します。
ランジュールはその前に浮かんで腰に手を当てました。怖い顔で言います。
「いい? 今度こんな喧嘩をしたら、その頭を消滅させるよ。まぁったく。勇者くんの策にまんまとはまっちゃうんだからぁ」
すると、今度は頭同士がシャアシャアと言い合いを始めました。おまえのせいだ、おまえが悪い、と言い合っているようです。
「なんだか、前より頭同士の仲が悪くなっているみたいね?」
とルルが言うと、ポポロが答えました。
「ヤマタノオロチが闇の怪物のフノラスドになったからよ……。闇の怪物は基本的にとても仲が悪いんだもの。同じフノラスドでも、頭同士は反目し合っているのよ」
なるほどね、とルルは納得すると、背中のフルートへまた話しかけました。
「ねえ、気がついている? あなた、また私に乗れるようになったのよ」
フルートはルルの背中でぜいぜいと息を整えていましたが、そう言われて答えました。
「もちろん気がついていた……どうしてなんだ? 前は、どんなにがんばっても、風の犬には乗れなかったのに……」
捨て身でフノラスドと戦い、何度も宙高く持ち上げられては墜落したので、フルートはすっかり消耗していました。兜の下からは、滝のような汗が流れています。
ルルは小さく笑いました。
「あなたがやっぱりフルートだったからよ……。ポポロの言うとおりだったわ」
え? とフルートは言いました。言われた意味がよくわからなかったのです。
すると、ポポロが両手を広げて、後ろからフルートを抱きしめました。華奢な腕の中にフルートの体を抱え込んで、背中に頬を押し当てます。
「な……?」
フルートはますますうろたえて振り向きました。金の鎧の上から抱きしめられているので、ポポロの腕や体の感触は直接には伝わってこないのに、思わず真っ赤になってしまいます。
そこへ、北のほうから、おぉい、と声が聞こえてきました。いつの間にか夜明けが近づいて、薄明るくなってきた空を、花鳥がこちらに向かって飛んでくるところでした。呼びかけてきたのはゼンです。メールと小犬の姿のポチも一緒に乗っています。
とたんに、フルートは向き直りました。ポポロの手を振り切り、身を乗り出してどなります。
「馬鹿! どうしてこっちに来たんだ! 早く逃げろ――!」
ランジュールも声のほうを見ていました。蛇の怪物に命じます。
「さぁ、仕切り直しだよ、フーちゃん。今度こそ、ボクの命令をしっかり聞くんだよぉ。まずあのドワーフくんたちを攻撃! 勇者くんはとりあえず放っておいてよし。どぉせ、ドワーフくんたちが危なくなれば、自分から戦いに飛び込んでくるからねぇ、うふふふ」
ランジュールとフノラスドは空に舞い上がると、フルートたちを後に残して、花鳥へ突進していきました――。