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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第12章 本心

40.策

 ポポロとルルに食いつこうとしたフノラスドに、フルートが攻撃を仕掛けていました。青い蛇の左目に剣を突き刺し、ポポロとルルへ叫びます。

「逃げろ! 早くここから離れるんだ!」

 けれども、そう言うフルートは突き刺した剣にしがみついて、フノラスドの頭からぶら下がっていました。非常に危うい恰好です。

「フルート!」

 とポポロとルルは叫びました。とっさにルルが引き返そうとします。

 すると、フノラスドの黒い頭がまた襲ってきました。ルルがあわててかわします。

「逃げろ!」

 とフルートは叫び続けました。

「こっちにかまうな! 早くゼンたちのところへ行け――!」

 

 それを聞いて、幽霊のランジュールが、ははぁん、と言いました。

「どぉも変だと思っていたら、勇者くんったら、ボクたちから仲間を守ろうとしてたのかぁ。自分のほうにボクやフーちゃんたちを惹きつけて、みんなから引き離そうとしていたんだねぇ。いかにも勇者くんらしいなぁ」

 すると、フルートがどなり返しました。

「違う! ぼくはそんなことはしていない!!」

「へぇ? じゃあ、なぁんであそこで姿を現したのさぁ? あのまま隠れていれば、闇の怪物がドワーフくんたちを殺している間に、キミだけは無事に逃げられたんだよぉ? それなのに、わざと馬を鳴かせて、ボクたちの注意を惹きつけたりしてさぁ。今だってそうだよね。フーちゃんがお嬢ちゃんたちを食べてる間に逃げれば良かったのに、わざわざ隠れている場所から出てきちゃってさぁ。うふん、ご立派。勇者くんはやっぱりこうじゃなくちゃねぇ」

 そんなフルートとランジュールのやりとりを、ポポロとルルは空中で聞いていました。フルート……とつぶやきます。

 すると、フルートがまた振り向きました。

「逃げろ! 早く行け!」

「ほらぁ、やっぱり」

 とランジュールはくすくす笑いました。

「今こうやってボクと話しているのだって、そうだよねぇ。時間を稼いでお嬢ちゃんたちを逃がそうとしてるんだから。うふふ、そうはさせないよぉ。黒イチちゃん、お嬢ちゃんたちを捕まえて食べちゃえ!」

 黒い頭の蛇はポポロが乗ったルルを追い続けました。ルルがどんなに振り切ろうとしても、しつこく追いかけてきます。

 フルートは歯ぎしりをしました。青い蛇の頭を両脚で蹴ると、突き刺していた剣を引き抜いて墜落していきます。落ちたのはフノラスドの胴の上でした。魔法の鎧のおかげで無事に着地すると、広い胴の上を走って黒イチの首の付け根に剣を突き刺します。

 ジャア! と黒イチは声を上げて首を伸ばしました。闇の怪物なので傷はすぐに治りますが、それまでの間、痛みは感じるのです。首をくねらせると、怒りながらフルートへ襲いかかっていきます。

 フルートはとっさに飛びのいて攻撃をかわしました。フルートのすぐ横に蛇の頭が飛んできて、ばくん、と空をかみます。その金色の目に、フルートはまた剣を突き刺しました。蛇が大きな悲鳴を上げて頭を持ち上げ、フルートはまた宙ぶらりんになってしまいます――。

 

 そんなフルートの戦いぶりを、ランジュールは半ばあきれて眺めていました。

「勇敢なのはいいけどさぁ、無謀じゃないのぉ、勇者くん? その剣は普通の剣だろぉ? どんなにフーちゃんを刺したって、フーちゃんは闇の怪物だから、すぐ治っちゃうんだよぉ? 金の石だって使えなくなってるしさぁ。その状態でフーちゃんに勝てるわけないのに、どぉして仲間と一緒に戦おうとしないのさぁ? 理解できないなぁ」

 けれども、フルートは何も答えませんでした。フノラスドの傷が治って剣を押し返していくので、必死で剣を抑え続けています。

 ランジュールは細い肩をすくめました。

「しょぉがないなぁ。フーちゃんをこれ以上痛がらせるのもかわいそうだし、もの足りないけど、ここで決めることにするよぉ。黒ニィちゃん、勇者くんを食べちゃってぇ!」

 シャア! と嬉しそうな声を上げて黒ニィの蛇がやってきました。黒イチの目からぶら下がっているフルートを、一口で食おうとします。

 すると、フルートがまた剣を引き抜いて落ちました。あんぐり開いていた黒ニィの口は、黒イチの頭を思いきりかんでしまいました。黒イチが悲鳴を上げ、怒り狂って黒ニィに飛びかかっていきます。

「あぁ、こらぁ! 喧嘩はダメだって言ってるじゃないかぁ!」

 ランジュールが黒イチと黒ニィのところへ飛んで行っている間に、フルートは黒イチの首の付け根に落ち、そのまますべり降りてまたフノラスドの胴まで行きました。あえぎながら立ち上がり、息を整えてから呼びかけます。

「残念だったな、黒ニィ! ぼくを食べればランジュールにすごく誉めてもらえたのにな!」

 その声に、黒ニィは黒イチを振りほどこうとしました。もう一度フルートに食いかかろうとしたのです。すると黒イチがまた黒ニィにかみつき、自分の首を絡みつかせて、動けなくしてしまいました。黒ニィの邪魔をしたのです。ジャァァ、ジャァァ、と怒った蛇同士の声が響きます。

「まぁったく、もう! 誰が食べたって同じだよぉ、って言ってるのにぃ――!」

 ランジュールが叱りますが、黒イチと黒ニィは絡み合ったまま、牙をむいて喧嘩を続けています。

 すると、その間に赤や青、白の蛇の頭たちがフルートへ向かってきました。自分がフルートを食べてランジュールに誉めてもらおうと、我先に押し寄せてきます。

 フルートはフノラスドの背中からそれを見据えました。

「一番早いのは青かい!? いや、赤い頭のほうが早いようだな!」

 と挑発するように言うと、とたんに青い蛇が先を行く赤い蛇に襲いかかりました。首元にかみついて赤い蛇を引き戻し、先に出ようとして赤と喧嘩になります。その隙に黒サンの頭が前に出ていくと、そこには白イチの頭が飛びかかりました。別の方向からフルートにかみつこうとした白ニィには、金の蛇が絡みついていきます。フルートはわざと蛇たちをあおって、仲間割れを誘っているのです。

 八つの頭がそれぞれに先を争い、互いにかみついて暴れたので、蛇の全身は空中で大きく回転しました。胴に乗っていたフルートが宙に投げ出されてしまいます。わぁっ、とフルートは声を上げました。フノラスドは地上数十メートルの場所に浮いていました。そこを真っ逆さまに落ちていくのですから、いくら魔法の鎧を着ていても無事ではすみません。地面が猛烈な勢いで迫るのを見て、フルートは思わず目をつぶります――。

 

 とたんに、その体が、さぁっとすくい上げられました。ごうごうと風のうなる音も聞こえてきます。

 目を開けたフルートは、自分がルルの背中に乗っていることに気がついて驚きました。後ろにはポポロも座っています。

「どうして逃げなかったんだ!?」

 と振り向いてどなると、ポポロは涙を浮かべながら、ほほえみました。

「逃げられるわけないわ、フルート……」

「ほんとにフルートったら。記憶をなくしているのに、やることは昔と全然変わってないんだもの」

 とフルートの下からルルも言いました。ポポロと同じ泣き笑いの声です。

 フーちゃんたちぃ!! とランジュールが金切り声を上げていました。フノラスドの横を飛びすぎながら、蛇の頭を片っ端から平手打ちしていきます。何十メートルもある蛇の首は、幽霊に殴られると何メートルも飛んで、たちまちぐんにゃりしてしまいました。地上に頭を垂れて、平身低頭します。

 ランジュールはその前に浮かんで腰に手を当てました。怖い顔で言います。

「いい? 今度こんな喧嘩をしたら、その頭を消滅させるよ。まぁったく。勇者くんの策にまんまとはまっちゃうんだからぁ」

 すると、今度は頭同士がシャアシャアと言い合いを始めました。おまえのせいだ、おまえが悪い、と言い合っているようです。

「なんだか、前より頭同士の仲が悪くなっているみたいね?」

 とルルが言うと、ポポロが答えました。

「ヤマタノオロチが闇の怪物のフノラスドになったからよ……。闇の怪物は基本的にとても仲が悪いんだもの。同じフノラスドでも、頭同士は反目し合っているのよ」

 なるほどね、とルルは納得すると、背中のフルートへまた話しかけました。

「ねえ、気がついている? あなた、また私に乗れるようになったのよ」

 フルートはルルの背中でぜいぜいと息を整えていましたが、そう言われて答えました。

「もちろん気がついていた……どうしてなんだ? 前は、どんなにがんばっても、風の犬には乗れなかったのに……」

 捨て身でフノラスドと戦い、何度も宙高く持ち上げられては墜落したので、フルートはすっかり消耗していました。兜の下からは、滝のような汗が流れています。

 ルルは小さく笑いました。

「あなたがやっぱりフルートだったからよ……。ポポロの言うとおりだったわ」

 え? とフルートは言いました。言われた意味がよくわからなかったのです。

 すると、ポポロが両手を広げて、後ろからフルートを抱きしめました。華奢な腕の中にフルートの体を抱え込んで、背中に頬を押し当てます。

「な……?」

 フルートはますますうろたえて振り向きました。金の鎧の上から抱きしめられているので、ポポロの腕や体の感触は直接には伝わってこないのに、思わず真っ赤になってしまいます。

 

 そこへ、北のほうから、おぉい、と声が聞こえてきました。いつの間にか夜明けが近づいて、薄明るくなってきた空を、花鳥がこちらに向かって飛んでくるところでした。呼びかけてきたのはゼンです。メールと小犬の姿のポチも一緒に乗っています。

 とたんに、フルートは向き直りました。ポポロの手を振り切り、身を乗り出してどなります。

「馬鹿! どうしてこっちに来たんだ! 早く逃げろ――!」

 ランジュールも声のほうを見ていました。蛇の怪物に命じます。

「さぁ、仕切り直しだよ、フーちゃん。今度こそ、ボクの命令をしっかり聞くんだよぉ。まずあのドワーフくんたちを攻撃! 勇者くんはとりあえず放っておいてよし。どぉせ、ドワーフくんたちが危なくなれば、自分から戦いに飛び込んでくるからねぇ、うふふふ」

 ランジュールとフノラスドは空に舞い上がると、フルートたちを後に残して、花鳥へ突進していきました――。

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