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第17巻「マモリワスレの戦い」

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39.潜伏

 坂道を馬で逃げていくフルートの後を、闇の怪物とフノラスド、そしてランジュールが追っていました。ポポロは必死でその後を追いかけましたが、とても追いつくことができません。それでも全速力で坂道を駆け続けます。

 すると、足の下で石が滑りました。勢いよく転んで、膝と手を強く打ってしまいます。

 いたっ……とポポロは思わず泣き声を上げましたが、すぐにまた立ち上がりました。膝や手に怪我をしたようでしたが、気にせずまた走り出します。フルートと馬の姿は坂道の下に消えていました。魔法使いの目に切り替えて追い続けます。

 すると、背後からひょぉぉと音がして、風の犬に変身したルルが飛んできました。ポポロの前に回り込んで、怖い顔で言います。

「馬鹿ね、ポポロ! どうしてあんなフルートを追いかけるのよ! もう放っておきなさいよ!」

 ポポロはまた泣き出しそうになりました。大きく首を振って、懸命に言います。

「違うの! 違うのよ! あれはフルートなの! どんなに変わってしまって見えても、本当にあれはフルートなのよ!」

 その必死さに、ルルは気をそがれたようでした。怖い顔をやめて、そりゃフルートには違いないけど……と言います。人間なら、さしずめ口を尖らせたところです。そんなルルに、ポポロはすがりつきました。

「お願い、フルートを追って! このままじゃフノラスドに殺されちゃうわ!」

 とうとう涙がこぼれ出します。

 ルルは、もう! と大きな溜息をつきました。ルルは犬ですが、ポポロとは姉妹のように育ってきています。しかも、ルルのほうがお姉さんなのです。妹からこんなふうに言われたら、姉として聞かないわけにはいきません。

 ルルはポポロの前に風の体を長々と伸ばして言いました。

「乗りなさい、早く! フルートの後を追いかけるわよ!」

「ルル!」

 ポポロは泣き笑いで飛びつくと、急いでその背中に乗りました――。

 

 馬に乗ったフルートは坂道を全速力で駆け下っていました。両脇からいつの間にか綿花畑が消え、森の中に入り込みます。森にはフノラスドの光が届きませんでした。暗がりの中を闇雲に走り続けます。

 一方、闇の怪物たちは地上を走ったり空を飛んだりして後を追っていました。ランジュールとフノラスドは空を飛んで追いかけています。フルートが森に入ったところで、空の追っ手はフルートの姿を見失いました。ジャア、とフノラスドが鳴きます。

 すると、ランジュールが言いました。

「だぁいじょうぶ。ここは一本道だし、両脇は山だから、勇者くんは他へは逃げられないよぉ。森から出てきたところを仕留めようねぇ」

 森の中からは馬の蹄の音が聞こえ続けていました。ランジュールとフノラスドはそれを追いかけ、追い抜きました。一足早く森の出口に着くと、向きを変えてフルートが出てくるのを待ちかまえます。

 その周囲に翼を持つ闇の怪物が集まってきました。全部で五匹ほどいます。森から馬の蹄の音が近づいてくると、フノラスドより早く急降下して襲いかかっていきます。

「もらったァ! 金の石の勇者ァ――!」

 けれども。

 森の中から飛び出してきたのは、全速力で走る馬だけでした。その鞍にフルートは乗っていません。

 怪物たちは急停止すると、驚いて馬を見下ろしました。

「ドコだ!?」

「金ノ石ノ勇者はドコに行った!?」

 ときょろきょろします。ランジュールたちも驚きました。ランジュールが地上すれすれから馬を眺めて首をひねります。

「こぉいうとき、馬のお腹の下とかにつかまってることがあるんだけどぉ――いないよねぇ。どこ行っちゃったんだろ?」

 その時、森の中から足音が聞こえてきました。誰かが走ってきたのです。来たァ! と闇の怪物たちは歓声を上げました。今度こそ本物、とまた森の出口へ殺到して、走り出てきた相手にいっせいに飛びかかります。

 とたんに、ギャーッとすさまじい悲鳴があがりました。人の声ではありません。猿に似た闇の怪物が、空から怪物に襲われていました。その後ろからは、二十匹近い怪物が走って出てきます。全員が森の出口で立ち止まり、驚いたようにあたりを見回します。

「勇者ガいない!?」

「金ノ石ノ勇者はドコに行った!?」

 走って後を追っていた怪物も、森の中でフルートを見失ったのです。

 

 ははぁん、とランジュールは言いました。

「勇者くんったら、森の中で馬から木の枝に飛び移ったんだねぇ。馬だけ先に走らせて、自分は森の中に隠れているんだ」

 森の中! と闇の怪物たちはいっせいに言いました。くるりと向きを変えると、我先にまた森の中へ駆け戻っていきます。フルートを見つけ出して食おうとしているのです。空飛ぶ怪物たちも森の中へと飛び込んでいきます。

 フノラスドもその後を追いかけようとしたので、ランジュールは引き止めました。

「ちょっとちょっと。フーちゃんは大きすぎて、森の中には入れないよぉ。こぉいうのはね、焼き払っちゃうのが一番いいのさ。黒イチちゃん、炎ぉ!」

 フノラスドの黒い頭が森へ巨大な火を吐きました。たちまち木々が燃え上がり、炎が森を包みます。その中から怪物たちの悲鳴や絶叫が聞こえてきました。フノラスドが放った魔法の火に巻き込まれてしまったのです――。

「勇者くんは火には燃えない。だから、ぐずぐずしてると逃げられちゃう。黒ニィちゃん、今度は消火ぁ! 水で火を消してぇ!」

 とランジュールがまた言ったので、今度は二つ目の黒い頭が口から水を吐きました。長い首をくねらせて森中に水をかけ、炎を消していきます。けれども、その時にはもう森はすっかり焼けていました。葉が燃え尽きて真っ黒になった木々の間に、黒こげの怪物の死体がいくつも転がっています。生き残っている怪物は一匹もいません。

 そんな怪物たちには目もくれずに、ランジュールは言いました。

「勇者くんは必ずここにいるからねぇ、フーちゃん。木の葉も茂みも焼けちゃったから、もうどこにも隠れられない。ぜぇったいに見つけ出すよぉ。そして、いよいよ勇者くんをフーちゃんの餌にするのさぁ! うふふふ」

 笑いながら、フノラスドと一緒にフルートを探し始めます。

 ところが、どこに隠れているのか、フルートはなかなか見つかりませんでした。さっき綿花畑でフルートを見失ったときと、同じような状況になってしまいます。ランジュールはぷりぷり怒って言いました。

「ほんっとに! どぉしちゃったんだろうねぇ、勇者くんったら! 逃げたり隠れたりばっかりで、ちっとも戦おうとしないんだから! ぜぇんぜん男らしくないじゃないかぁ!」

 聞こえよがしの声で言っているのですが、やはりフルートは現れません。

 

 すると、森の向こうのほうで声がしました。少年ではなく少女の声です。

「フルート……フルート……!」

 風の犬のルルに乗ったポポロが、焼け落ちた森の上を飛び回ってフルートを探していました。必死で呼びかけていますが、やっぱりフルートは出てきません。

「恋しいお嬢ちゃんが呼んでも出てこないかぁ。ほんっと、おかしいよねぇ」

 とランジュールは言って、腕組みしました。静まり返った森を見回し、急に、にんまりします。

「うん、見つからないなら、出てきてもらえばいいんだよねぇ――。フーちゃん、目標変更! あのお嬢ちゃんのほうを先に食べよう!」

 とポポロを指さします。

 ジャア! とフノラスドは鳴きました。八つの頭をいっせいに伸ばしてポポロとルルのほうへ突進を始めます。巨大な蛇の体が通り抜けるので、焼けた森の木が音をたててへし折れます。

 ポポロとルルは迫ってくるフノラスドを見て顔色を変えました。

「逃げるわよ、ポポロ!」

 とルルが向きを変えて飛び始めますが、フノラスドはすぐ追いついてきました。フノラスドの首が上下左右から口を開けてルルとポポロに迫ります。ポポロはルルにしがみついたまま、後ろへ手を向けました。フノラスドへ攻撃魔法を繰り出そうとしますが、それより早く、白い頭の蛇たちが光のユラサイ文字を吐き、それを声にして読み上げました。ポポロの魔法が発動する前に散らされてしまいます。

「ほら、もうちょっとぉ! お嬢ちゃんはきっと、とっても甘いよぉ! 一口で食べちゃえ!」

 とランジュールがフノラスドをけしかけます。

 

 ところが、突然フノラスドが空中で立ち止まりました。

 青い頭の蛇がいきなり首をくねらせ、ジャァァァ! と悲鳴を上げたのです。他の頭が驚いたように振り向き、ランジュールもびっくりして急停止します。

 青い蛇は頭をめちゃくちゃに振り回していました。その左目に何かがぶら下がっています。それを見てランジュールが歓声を上げました。

「いたぁ! 勇者くんだぁ!」

 青い頭にぶら下がっていたのはフルートでした。剣を蛇の左目に突き刺して、振り落とされないようにしがみついています。

 ポポロとルルは驚き、フルート!? と言いました。さっきまで蛇の頭にフルートの姿はありませんでした。森の中のどこかで、木の上から蛇の頭へ飛び移り、攻撃したのに違いありません。

 すると、蛇が動きを停めた瞬間に、フルートがこちらを向きました。ポポロとルル向かって叫びます。

「逃げろ! 早くここから離れるんだ――!」

 フルートは、そう言っていました。

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