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第17巻「マモリワスレの戦い」

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38.危機

 メールとポチとルルは、思わず悲鳴を上げました。ゼンが闇の怪物の真ん中に転落したのです。何十匹という怪物が、ゼンを金の石の勇者だと思って襲いかかろうとしています。

「ゼン!」

 とメールが花鳥で助けに向かうと、そこへ翼を持つ闇の怪物が飛んできました。

「キキキ、ココにも人間がイタ! コッチが金の石の勇者カ!?」

 とメールに襲いかかってきます。願い石欲しさに金の石の勇者を狙う闇の怪物は、知性があまり高くないので、勇者の見分けがよくできないのです。メールは花鳥で撃退しようとしましたが、空を飛ぶ怪物が次々に自分へ集まってくるのを見て、逃げるしかなくなりました。右へ左へ飛んで怪物を振り切ろうとしますが、怪物はいつまでも追いかけてきます。激しく揺すぶられて、怪我をしたポチがうめきます。

 ルルも引き返してゼンを助けようとしていました。怪物の中からゼンを拾い上げようとします。すると、ゼンが地上からどなりました。

「危ねえ、ルル!」

 ルルは、はっと振り向きました。すぐ後ろにフノラスドの黒い頭が迫っていたのです。とっさに身をかわして、食いついてきた牙の間をすり抜けます。

 その両脇にも黒い蛇の頭が揺れていました。こちらは地上のゼンを狙っています。ゼンはとっさに正面にいた闇の怪物に突っ込みました。怪物に体当たりをして、一緒に地面に転がります。そこへ黒い蛇が襲いかかってきて、立っていた怪物をごっそりくわえていきました。一口でかみ砕き、呑み込んでから、すぐにぺっと吐き出して、ジャァァ、と怒りの声を上げます。フノラスドにかみ殺された怪物は復活してきませんでした。驚異的な再生力を持つ闇の怪物ですが、同じ闇の怪物から受けた傷は治らないのです。

 跳ね起きようとしたゼンが、引き戻されてまた倒れました。一緒に倒れた怪物が、ゼンを捕まえていたのです。爪の生えた両手と、背中から伸びる長い四本の手が、ゼンの手足をがっちりとつかんでいます。

 ギシギシときしむような声で笑いながら、怪物が言いました。

「そォら、捕まえたァ! おまえを食うぞォ、金の石の勇者!」

 と仰向けに倒れた恰好のまま、ゼンを高々と持ち上げます。その腹に大きな口が現れました。鋭い牙がずらりと並んでいます。ゼンは怪物を振り切ろうともがきましたが、怪物の手足が自在に伸び縮みするので、思うように力が発揮できません。

 ランジュールが、空中からそれを眺めて、うふふ、と笑いました。「一応これもフォーメーションの一つだよぉ。フーちゃんと他の怪物たちの合わせ技。キミたちの動きを抑えるには、数が必要なコトも多いからねぇ」

 空中では相変わらずメールが空飛ぶ怪物に追われていました。ルルはフノラスドの頭から逃げ回っています。ゼンを助けに行くことができません――。

 

 すると、戦いの場所から少し離れた木の上から、声が聞こえ始めました。

「ローデローデリナミカローデ……」

 立木にポポロがよじ登って、枝の上で片手を上げていました。ルルに地上に下ろされた後、安全な木の上でずっと様子を見ていたのです。夜の暗さの中、彼女が着ている黒い衣は星の輝きを放っていました。高く上げた右手に緑の光が集まっていきます。ポポロが唱えているのは、落雷の魔法の呪文です。

 とたんにランジュールが歓声を上げました。

「ほぉら、来たぁ! 白イチちゃん、白ニィちゃん、でばぁん! フォーメーション、その四!」

 声に合わせて、それまでまったく動かずにいた二つの白い頭が動き出しました。まっすぐ首を上に伸ばし、口を天に向けて開きます。すると、一つの口からは光が、もうひとつの口からはジョァァァと低い蛇の声が流れてきました。光はフノラスドの全身が放っているのと同じ闇の輝きでした。細い光の線になり、空中で絡み合って模様のような形になっていきます。

 花鳥の背中からそれを見ていたポチが、驚いて言いました。

「ワン、あれはユラサイ文字――!?」

 すると、もう一匹の蛇の声が変わりました。ジョアァァという蛇の声から、低い人の声になっていきます。ことばの意味はわかりませんが、ゼンたち全員がどこかで聞いたことのある響きだと感じました。ユラサイの術師が術を唱えるときの声に似ています――。

 とたんにポポロの右手から緑の光が弾けて消えました。集まっていた魔法の力がいきなり消滅してしまったのです。ポポロは驚き、あわててもう一度呪文を唱えましたが、魔法の力は戻ってきませんでした。魔法を使うことができません。

 

 ランジュールは大喜びで空中を飛び跳ねました。両腕をぐるぐる振り回して言います。

「やった、やった、やったぁ!! お嬢ちゃんの魔法をとうとう封じ込めたよぉぉ!!! うふふふふ……お嬢ちゃんたち天空の魔法使いは、ユラサイの国の術には弱いんだよねぇ? 闇の国に行ったときにそれがわかったから、わざわざユラサイまで行って、フーちゃんにユラサイの術を覚えさせてきたのさぁ。今までの白ちゃんも魔法には強かったんだけど、それでも、あんまり強すぎる魔法を食らうとやられる心配があったからねぇ。白ちゃんたちが覚えたのは、光の魔法や闇の魔法を使えなくする術だよぉ。これでもうお嬢ちゃんの魔法は恐れる必要はなし。うふふふ、完璧! ボクってやっぱり天才だよねぇ!」

 ランジュールは上機嫌でフノラスドの周りを飛び回り、二匹の白い蛇に飛んでいって、よしよし、と頭をなでました。

「白ちゃんたち、お嬢ちゃんから目を離ずにいて、お嬢ちゃんが魔法を使おうとしたら、すぐにまた術を使うんだよぉ」

 と命じます。

 ポポロは木の上で真っ青になっていました。どんなに頑張っても彼女の魔法は発動しません。フノラスドを攻撃することができないのです。

 すると、そんなポポロがいる木にも、闇の怪物たちが集まり始めました。

「キキキ、人間ダ」

「もしかして、コッチが金ノ石ノ勇者なのカ?」

「捕まえロ! 引き裂いテ願い石ゴト食ってやル!」

 と木をよじ登り始めます。ポポロは思わず悲鳴を上げました。あわてて木の上のほうへ逃げます。

「ポポロ! ゼン!」

 メールとルルは叫びました。助けに駆けつけたいと思うのですが、彼女たち自身もまだ怪物やフノラスドに追われていて、行くことができないのです。ポポロとゼンに、怪物が迫ります――。

 

 その時です。

 彼らがいる場所よりもっと南の、坂道の下のほうから馬のいななきが聞こえました。落ち着け、コリン! と馬を叱責する声も聞こえます。フルートの声でした。

 思わずそちらを振り向いた全員は、馬に乗ったフルートを見ました。手綱を握って、こちらを見ています。フルート!! と仲間たちは叫び、ランジュールは歓声を上げました。

「勇者くん、見ぃつけたぁ! やっぱり仲間が危なくなったら出てきたねぇ!」

 フルートの馬が蹄の音を響かせて駆け出しました。フノラスドや闇の怪物に襲われている仲間たちのほうに向かって――ではなく、彼らに背を向けて坂道を駆け下り始めます。

 その後ろ姿が遠ざかっていくのを見て、仲間たちは敵の存在も忘れて呆然としてしまいました。ランジュールも呆気にとられて叫びます。

「勇者くぅん! キミ、さっきからホントにどうしちゃったってぇのさぁ!? 大事な仲間を見捨てて自分だけで逃げ出してるわけ!? そんな馬鹿なぁ!」

 けれども、フルートは停まりませんでした。フノラスドが放つ光に金の鎧兜を光らせながら、坂の下へどんどん遠ざかっていきます。

 それを見て、闇の怪物たちが騒ぎ出しました。

「ギキキ、あいつダ! あいつが金の石の勇者なんダ!」

「アイツが願い石を持ってイルぞ! 捕まえロ!」

「待て、コノ! オレが先だゾ!」

「邪魔スルな、オレが先ダ!」

 すべての怪物が我先にフルートの馬の後を追い始めます。

「フーちゃん、急いで! 今度こそ、勇者くんを捕まえなくちゃぁ!」

 とランジュールもフノラスドとフルートを追いかけていきます。ポポロやゼンやメールたちは、後に置き去りです。

 

 怪物から地面に放り出されたゼンが、跳ね起きて地団駄を踏みました。小さくなっていくフルートの後ろ姿へどなります。

「馬鹿野郎! 俺たちはおまえを助けるために捜しに来たんだぞ! それなのに俺たちを残して逃げ出すのかよ!?」

「あたいたちが怪物に襲われている間に逃げようとしたんだね。そんなのって――そんなのって、ないじゃないか!」

 とメールも声をふるわせます。

「ワン、フルート……」

「いくら魔法で忘れているからって、あんまりよ」

 とポチとルルも悲しい声を出します。誰もがフルートのしわざに打ちのめされて、動くことができません。

 すると、木から下りてきたポポロが言いました。

「違うわ! フルートは絶対にそんな真似はしない! あたしたちのことを見捨てたんじゃないのよ!」

「じゃあ、なんであいつは逃げていくんだよ!?」

 とゼンがどなり返しました。ひどく怒っていますが、その目には涙がにじんでいます。他の仲間たちは何も言いませんでした。歯を食いしばってフルートの後ろ姿から目をそらします。

 ポポロは首を振りました。泣き出しそうになるのをこらえて、仲間たちに背を向けます。フルートを乗せた馬は、坂道の下に見えなくなろうとしていました。

「フルート!!」

 ポポロは大声で呼ぶと、馬の後を追って坂道を駆け出しました――。

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