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第17巻「マモリワスレの戦い」

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34.対峙(たいじ)

 深夜。

 綿花畑に囲まれた町は、夜更けまで続いた宴会が終わって、静けさを取り戻していました。会場になった宿も、宴会の客はみんな引きあげて、今はもう宿泊客だけになっています。

 ゼンたちは、町長の息子の命の恩人だというので、宴会で大変なご馳走攻めにあい、満腹になって部屋でぐうぐう眠っていました。犬たちもベッドの足元で丸くなって、ぐっすり寝込んでいます。風が窓を鳴らしていきましたが、誰も目を覚ましません。

 すると、急にフルートがむっくり起き上がりました。寝ているゼンや少女たちを見回すと、そっとベッドから抜け出します。その全身で金の鎧が光りました。他の仲間たちは最後まで宴会に出ていたのですが、フルートはいくらか食べると、すぐに部屋に引っ込んで、鎧を着たまま眠ってしまったのです。

 フルートは窓辺に立って、カーテンの間から外を眺めました。あいにく月もない夜なので、外の様子はよくわかりませんが、それでも目を凝らして闇を見透かします。また風が吹いて窓を鳴らしていきましたが、ゼンたちはやっぱり目を覚ましません。

 フルートは自分のベッドへ引き返すと、ベッドの下から自分の荷物を取り出しました。剣とリュックサックを背負い、兜をかぶると、部屋で燃えていた小さなランプを手に部屋を抜け出していきます。

 フルートが足音をしのばせて向かったのは、宿の裏手の馬小屋でした。宿泊客の馬がつながれています。フルートの馬が主人に気づいて目を覚ましたので、フルートは言いました。

「静かに、コリン……夜中だけど行くぞ」

 どこへ? と馬は尋ねることができませんでした。フルートが鞍を置いて手綱をほどくと、フルートを乗せて、命令のままに歩き出します。ランプは馬小屋に残したので、あたりは真っ暗でした。それでも、空は晴れ渡り、星がよく見えていたので、星明かりを頼りに進んでいきます。寝静まった家々の間を抜けて町外れまで行くと、出口の門を押し開けて町の外へと出て行きます――。

 

 段々畑が続く坂道を下って、なだらかな場所まで来ると、フルートは馬を停めました。しばらく鞍の上でじっと動かずにいてから、ふいに声を出します。

「いるんだろう? 出てこい!」

 けれども、夜の野原に人影はありませんでした。ただ乾いた風が吹き下ろしてくるだけです。

 すると、風の中から声がしました。うふふっ、と女のように笑いますが、若い男の声です。次の瞬間には暗闇からランジュールが現れました。痩せた体の向こうには星空が透けて見えています。

「お久しぶりぃ、勇者くん。うふん、ようやく会えたねぇ。ずいぶん探したよぉ――。でも、どぉしてボクが来てるってわかったの? 姿は見せないようにしてたのにさぁ、ふふふ」

 と幽霊は言いました。笑いながらも不思議そうな顔をしています。フルートは馬の上から厳しくそれを見返しました。

「最近勘がよくなっていてね。敵が近づいてくるとわかるんだ。おまえはものすごい殺気を放っているから、遠くにいてもすぐわかった。ゼンたちが制止を振り切って大暴れしたしな」

「そうそう。小大陸のジャングルにキミたちがいたのはわかったんだけど、行方がつかめないから、あっちこっちにかわいい魔獣たちを送りだしたんだよねぇ。キミたちなら必ず大活躍するはずだから、噂を聞いたらすぐ教えるように、って言ってね。うふふ、そしたら、ものすごい怪力の少年と魔法使いがこの町に現れた、って言うじゃない。人のことばを話す犬もいるって言うし。これはぜぇったいキミたちのことだと思って、すっ飛んできたんだよねぇ」

 魔獣使いの青年は透き通った上着のポケットに両手を突っ込み、空中をふわふわ漂いながら笑っていました。糸のように細められた目の奥から、抜け目なくフルートを見つめています。

 フルートは言いました。

「おまえは尋常じゃなく執念深いと聞いていた。きっと追ってきて、ぼくたちに気がつくはずだと思っていたんだ。案の定だったな」

「聞いていた? なんかよそよそしいんじゃなぁい、勇者くん? ボクとキミの仲だって言うのにさぁ」

 とランジュールが不満そうな顔になりました。空中からフルートへ、ちゅっと投げキッスを送ります。

 フルートは冷ややかに言いました。

「とぼけたことをしても、ものすごい殺気をずっと放っている。やっぱりおまえは危険だな。町の中で戦うわけにはいかなかった」

 あらら、とランジュールは言いました。

「それで自分から町を出てきたのかぁ。キミがいる宿はすぐ見つかったんだけど、どぉやってキミたちを襲撃するか悩んでいたんだよねぇ。フーちゃんはまだそれほどお腹がすいてないから、町の人間まで食べちゃったら眠りについちゃうからねぇ。でも、キミのほうでも、町の人を巻き添えにしないように、自分から敵の前に出てきてくれたわけだ。さっすが金の石の勇者。勇敢だよねぇ」

 とたんにフルートはどなりました。

「ぼくは勇者なんかじゃない! さっさと黄泉の門をくぐって死者の国に行け、死にぞこない!!」

「えぇ!? なにさぁ、その言い方!? ボクのことを幽霊みたいに言っちゃってぇ!」

 どこからどう見ても幽霊の青年は、きいきい怒って空中を飛び回りました。ものすごい勢いで上空を一回転してから、またフルートの前に舞い下りてきます。

「今の台詞にボクの繊細なハートは思いっきり傷ついちゃったなぁ。いいよ、ドワーフくんたちが来るのを待とうかと思ったんだけど、キミからまずフーちゃんの餌にしてあげるから。闇の国でフーちゃんを手に入れてから、ずぅっとキミを倒す方法を考え続けてきたんだからねぇ。今日こそ、それを実行できるんだ。うふふふ……いいねぇ、楽しみだねぇ」

 ランジュールの笑い声が響く中、フルートは馬の上で身構えました。ランジュールが両手を上げるのをにらみながら、背中の剣を引き抜きます――。

 

 すると、ランジュールが手を止めました。意外そうにフルートを見下ろして言います。

「それ、普通の剣じゃない。そんなのでフーちゃんと戦うつもりぃ? 炎の剣はどぉしたのさぁ?」

 炎の剣はフルートの手元にはありませんでした。今のフルートが持つには危険すぎると言って、天空王が持ち去ってしまったのです。フルートは何も言わずにロングソードを構え続けました。剣を握る手のひらに冷たい汗をかいていましたが、口には出しません。

 ランジュールはまた首をかしげました。

「ホントにその剣で戦うつもりぃ? さては何か作戦を立ててるね、勇者くん。何を企んでいるのさぁ?」

「おまえに教える義理はないな」

 とフルートは言い返しました。本当は作戦など何もありませんでしたが、はったりで幽霊の青年を強くにらみつけます。

 けれども、ランジュールはそんなもので不安になるような男ではありませんでした。少しの間、不思議そうな表情を続けていましたが、じきに、にぃっと笑って言います。

「まぁ、いいかぁ――。ボクがずっと練り上げてきた作戦と、キミの作戦、どっちが上を行くか試してみようじゃない。うふふふ、楽しいよねぇ。キミは頭がいいからさ、そのキミに策で競り勝ちたいって、ずぅっと考えてきたんだよぉ」

 さっとランジュールが手を振り下ろすと、背後で空が光って、中から怪物が現れました。小山ほどもある真っ黒い蛇の頭です。妖しい光を浴びて、うろこが黒々と光ります。

 うふん、とランジュールはまた笑いました。

「ボクの強くてかわいいフーちゃんだよぉ。一つずつ頭を紹介していこうか。フーちゃんがまだヤマタノオロチのはっちゃんだった頃に、一度紹介したかもしれないけどねぇ――まずは、黒い頭の黒イチ、黒ニィ、黒サンちゃん!」

 ランジュールの声に合わせて、黒い大蛇の頭が三つに増えていきました。空中の光から鎌首を伸ばして、シュウシュウと音を立てます。

「このコたちはねぇ、闇に強い頭なんだよぉ。闇の怪物のフノラスドと合体して、前よりもっと強くなっているから、楽しみにしてねぇ。次は、白イチと白ニィちゃん! このコたちは魔法に強い頭。魔法使いのお嬢ちゃんの魔法にも、びくともしないように鍛えてあるんだ。うふふ、すごいだろぉ?」

 黒い蛇の横に頭を出した二匹の白蛇をなでて、ランジュールは得意そうに笑いましたが、フルートが返事をしないので、口を尖らせました。

「あれぇ? 全然驚かないわけぇ? やっぱり一度見せちゃってるから、新鮮味がないかなぁ。んーと、あと二つの頭も、闇の国で見せちゃってたよねぇ。青ちゃんと金ちゃん、出ておいでぇ!」

 呼びかけに応じて、今度は青い蛇の頭と金の蛇の頭が現れました。牙をむいて、シャァァ、と鳴きます。

「強力な毒を持つ青ちゃんと、勇者くん用に特別に訓練を積んだ金ちゃんねぇ。金ちゃんは全身がものすごく硬いうろこでおおわれてて、勇者くんの炎の剣にもびくともしないんだよ。なのにぃ――! どぉして炎の剣を使わないのさぁ、勇者くん! せっかく準備してきてるんだから、炎の剣を使いなって! 宿に置いてきてるわけ? 待っててあげるから、取りに行っておいでよぉ」

 敵のフルートを相手にそんなことを言う、なんともとぼけた幽霊です。

 フルートはその場から動きませんでした。空中に次々に増えていく大蛇に、馬は怯えていましたが、手綱をぐっと引いて、逃げ出さないように抑え続けています。

 

 ランジュールは溜息をつきました。

「キミさぁ、やっぱり何か企んでるねぇ……? だいたい、どぉして金の石が眠っているわけ? 大きな戦いでもあって、石が力を使い果たしてるの? わけを話しなよぉ」

 とフルートの胸の上のペンダントを指さします。ペンダントの真ん中で魔石が灰色になっていることに、目ざとく気づいていたのです。フルートはやはり何も言いませんでした。口を一文字に結んだまま、空の大蛇と幽霊をにらみ続けています。

 ランジュールはあきらめたように肩をすくめました。

「まぁいいやぁ。金の石が寝てくれてたほうが、こっちには好都合なんだから。じゃ、最後の頭も紹介するねぇ。赤ちゃん、出といでぇ!」

 とたんに八つめの頭が現れました。血のように紅いうろこにおおわれています。ランジュールはその横に飛んでいって、よしよし、と頭をなでました。

「このコにはまだ会ってなかったよねぇ、勇者くん? 白サンちゃんを鍛えあげて色まで変えたんだ。今回の切り札はこのコだから、赤ちゃんの能力の説明は省略だよぉ。うふふふふ……」

 とぼけた言動をしていても、ランジュールは抜け目がありません。赤い頭から離れると、妖しい光を放つ空間を振り向いて呼びかけます。

「さあ、尻尾まで出ておいで、フーちゃん! 勇者くんと力比べをするよぉ!」

 とたんに八つの蛇の頭の後ろに、蛇の体が現れました。八本の長い首が一つの太い胴体につながり、その先でまた八つの尾に別れています。蛇の尾は頭と同じ色合いをしていました。頭から尾の先まで、百メートル余りもある巨大さです。

 さすがにこれにはフルートも驚きました。怯えた馬を抑えきれなくて、後ずさってしまいます。

 ランジュールは意外そうな表情をしました。

「あれぇ? 前に見てるのに驚いてくれるのぉ? フーちゃんの大きさに、改めて感心してくれたのかなぁ。うふふ、ねえ、大きいだろぉ? ボクが今まで捕まえた中で、一番大きくて強い魔獣なのさ。さあ、いくよ、フーちゃん! まずは黒イチちゃんと黒ニィちゃんが籠手試し(こてだめし)だ――!」

 ランジュールの命令に、黒い蛇の頭が二つ動き出しました。長い首をくねらせながら、右と左へ伸びていって、フルートに襲いかかってきます。

 フルートは剣を握って叫びました。

「行け、コリン!」

 馬が地面の小石を飛ばして駆け出しました。激しい蹄の音が響きます。

 けれども、馬が向かっていく先は、巨大なフノラスドではありませんでした。

 フルートは怪物に背を向けて、一目散に逃げ出していました――。

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