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第17巻「マモリワスレの戦い」

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33.大岩

 宿の女将(おかみ)の案内で、ゼンたちは町の北の段々畑へやってきました。曲がりくねった急な山道を馬で一番上まで駆け上がると、大勢の男女が作る人垣に出くわします。大人も子どもも、年寄りもいますが、皆、浅黒い肌の色をして、白い服を着ています。その向こうからは大勢のどなり声も聞こえてきました。

「いいぞ、引け!」

「そっと――そっとだぞ――!」

「もっと引け! 気をつけろ!」

 女将は馬から飛び下りました。

「ちょっと、ちょっと通しておくれよ!」

 と人をかき分けて前へ進むと、人垣が切れて、綿花畑が現れました。ところどころで白い綿の実がなる茂みが奥の崖まで続いていて、その手前に大きな岩が転がっています。崖には崩れた痕があって、上の方に大きな穴が開いていました。そこから岩が転がり落ちてきたのです。

 岩の向かって右側には一人の青年が倒れていました。下半身を岩の下敷きにされて、うめき続けています。岩の周りには大勢の男たちが群がって、岩を押したり引いたりしていました。岩にはロープもかけられていて、二頭の馬がそれを引いています。それ! がんばれ! と男が馬のくつわをつかんで励まし、馬も必死でふんばりますが、岩はびくともしません。大人が四人がかりで腕を伸ばしても抱えきれない大岩だったのです。

 その時、岩を押していた男たちが叫びました。

「待て!」

「だめだ、停まれ! また切れるぞ――!」

 とたんに、張り詰めていたロープが、音を立てて途中から切れました。馬たちがヒヒン、といなないてつんのめり、見守る人々がいっせいに悲鳴を上げます。ロープが細くて、岩の重さに耐えられなかったのです。衝撃があったのか、青年が岩の下で大きくうめきます。

「なんてこと……!」

 宿の女将が薬箱を抱えたまま立ちすくみます。

 

 女将の後からやってきたゼンは、仲間たちを振り向いて言いました。

「やべぇぞ、ありゃ。太いロープなんか待ってられねえだろう。メール、岩の下を支えられるか?」

「うん、やってみるよ」

 とメールは言って、さっと両手を上げました。とたんに、周囲の綿花畑がざわざわと揺れ、白い綿花がひとりでに枝から離れ始めました。岩に向かって飛んでいって、その下に吸い込まれるように入り込んでいきます。非常識な光景に人々は仰天しました。あちこちでまた悲鳴が上がります。

 綿花は後から後から飛んできました。下の段の畑からも集まってきて、人々の間をすり抜け、岩の下へ入っていきます。すると、ほんのわずかですが、じりっと岩がせり上がり始めました。軽くて柔らかい綿花ですが、大量に集まることで、青年の周りにクッションを作っているのです。

「ワン、メール、すごいや」

 とポチがそっとつぶやきました。綿花と言っても、その正体は花ではなく、綿の実から出ている繊維です。メールは花以外のものも自在に操っているのでした。花使いの力が植物全般を動かす力に成長しているのに違いありません。

 ゼンは岩のほうへ進み出ていきました。岩に群がる人々へ手を振って言います。

「みんな離れてろ、危ねえぞ」

 と追い払い、大岩に手をかけます。よせ、危険だぞ! と大人たちが言いましたが、無視して岩に腕を回し、次の瞬間には、ぐわっと持ち上げてしまいます――。

 

 人々は目を丸くして、ぽかんと口を開けました。自分たちが見ているものが信じられません。まだ十代半ばの小柄な少年が、重さ何トンもある巨大な岩を持ち上げたのです。あまり驚きすぎて、誰も何も言えません。その場から動くことさえできませんでした。

 少年が岩を抱えたままどなりました。

「おい、メール! 早くこいつを助け出せ!」

「綿花たち、お願いだよ!」

 と細身で長身の少女が両手を掲げて言いました。少女の髪は、何故か鮮やかな緑色です。

 すると、少女のことばがわかったように、青年を包み込んでいた綿花の塊が動き出しました。青年を乗せたまま地面を這って、青年を岩の下から運び出します。

 青年の体が完全に岩の下から抜け出すと、少年はまた岩を下ろしました。ずずずーん、と地響きがして、綿花畑が大きく揺れます。

 そこへ二匹の犬がかけてきました。綿花が集まった上に飛び乗ると、ぐったりしている青年に近寄って、すぐに振り向きます。

「ワン、出血がひどいです! 下半身をつぶされてるから、急いで手当てしないと!」

「ポポロ、急いで!」

 犬たちが人間のことばで話したので、人々はまた仰天しました。何がどうなっているのか、まったくわからなくなって混乱します。

 白い綿の山の上に別の少女が駆け上がっていきました。赤いお下げ髪の、とても小柄な少女です。青年の横にひざまずき、一瞬泣き出しそうに顔を歪めると、すぐ両手を青年の体に押し当てて言います。

「レオーナヨガーケ」

 とたんに青年が大きなうめき声を上げたので、人々は飛び上がりました。

「フリス!」

 とひげの男性が青年に駆け寄ります。

 すると、青年がゆっくりと綿の山の上に身を起こしました。

「父さん」

 と言って、驚いたように自分の体を眺めます。青年の体は元に戻っていました。怪我も骨折も治っていたのです。ただ、その顔色だけはまだ青ざめていました。青年が倒れていた綿花には紅い染みが広がっています。出血がひどくて貧血を起こしていたのです。

「早く……休ませてあげてください……」

 と言ってポポロは顔をおおいました。そのまま、声を上げて泣き出してしまいます。

 人々はその光景に呆気にとられていました。青年が自分の足で綿の山から下りてきて父親と抱き合う様子を、ただぽかんと見つめてしまいます。

 

 そこへ、宿の女将が進み出てきました。片手に薬箱をぶら下げたまま、ゼンたちへ言います。

「お客さん、あんたたち、ただ者じゃないね。いったい何者なんだい?」

 え、ええと、とゼンは返事に詰まりました。自分たちが正体を隠して旅をしていることを、ここでようやく思い出したのです。その場には町の住人のほとんど全員が集まっていました。たくさんの目にまじまじと見つめられて、いっそう答えに窮(きゅう)します。

 すると、人々の後ろから声がしました。

「彼らは魔法使いです。メイ国の女王に仕えている――。故国のメイに戻る旅の途中だったんです」

 いつの間にかそこにフルートが来ていました。馬の上から人々を見下ろしています。

 魔法使い、と人々はざわめきました。どの顔も、たちまち納得する表情になっていきます。

「魔法使いだったのかい! それでことばを話す犬なんか連れていたんだね! こりゃ驚いた!」

 と女将が両手を広げてゼンを抱きしめたので、ゼンは真っ赤になりました。町長もポポロの手を握って、あんたたちは息子の命の恩人だ! と感謝をします。メールや犬たちにも人々が集まっていって、口々に感謝したり話しかけたりしました。メイ女王お抱えの魔法使いだ、というフルートの説明を、誰もが信じ込んだのです。ゼンたちが人々からもみくちゃにされます――。

 

 騒ぎが少し収まってくると、町長は人々に呼びかけました。

「今日の仕事はここまでにして、町に戻ろう! カタヒの店で感謝の宴会だ!」

「任せな! 腕によりをかけてご馳走を作るからね!」

 と女将が答えました。カタヒの店とは、この女将の宿のことのようでした。町の人々が大きな歓声を上げます。

 ようやく人々から解放されて馬にまたがったゼンは、ずっと馬の上にいたフルートに近寄りました。じろっと見てから言います。

「今頃来ても遅いぞ」

「別に来なくてもよかったんだけどね。君たちが困っているんじゃないかと思ったから、様子を見にきたんだ」

 とフルートが答えました。なんだかすました口調です。

 ふん、とゼンは鼻を鳴らしました。

「おまえに助けられたなんて思わねえからな」

 と言い捨てて離れていきます。その後をメールとポチとルルが追いかけました。ちらりとフルートのほうを見ていきますが、誰も声はかけません。

「フルート、やっぱり来てくれたのね……」

 とポポロだけが馬を寄せて話しかけましたが、フルートは返事をしませんでした。黙ったまま馬で山道を下り始めます。先を行くゼンたちとはずいぶん距離が空いていましたが、それを詰めようともしません。ゼンたちもフルートを待ちません。フルートの変わりぶりに、とうとうゼンたちの心が離れ始めたのです。

 フルート……とポポロはつぶやきました。どうしたらいいのかわからなくなって、涙ぐんでしまいます。どうしてそんなに冷たくするの? 本当は違うのに。そうフルートに言いたかったのですが、その勇気も出てきません。フルートの後ろ姿が遠ざかっていきます。

 町長の息子が助かったので、人々は喜びにわき返り、飛び跳ねるようにしながら町に向かっていました。その賑やかさの中を、ポポロは涙をこぼしながら、とぼとぼと進んでいきました――。

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