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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第10章 対峙(たいじ)

32.山間(やまあい)の町

 「おい、町だ。やっと人の住んでるところに出たぞ!」

 一行の先頭を馬で進んでいたゼンが、仲間たちを振り向いて言いました。山道の片脇から木立が消えて、麓の景色が見晴らせたのです。メール、ポポロ、ポチ、ルルがすぐに駆け寄ってきて、一緒に眺めました。その後ろからフルートもやってきます。

 彼らは小大陸のジャングルと草原を越え、国境の山々も越えて、カルドラ国にたどりついていました。くねくねと曲がった山道が、麓で別の道と合流して、その先にある町に続いています。町の両脇から迫る山には段々畑が広がっていて、冬でも緑におおわれていました。もう十二月も半ばですが、このあたりはとても暖かかったのです。

「なんて町だろうね?」

 とメールが言うと、ゼンが言いました。

「小さい町だから、聞いたこともねえ名前だぜ、きっと。だが、とにかくメイに向かう船が出る場所がわからねえとな。町の連中に聞いてみようぜ」

 そこで一行はまた山道を下っていきました。やがて、道の両脇から森が消え、上から見たような段々畑がここにも現れました。畑には一面背の低い木が植えられていて、緑の葉の間に丸い実がなっていました。ところどころで実が弾けて、白いふわふわの塊が外に出ています。

「あれ、これって……?」

 見たこともない植物にメールが目を丸くしていると、ポチが言いました。

「ワン、綿花(めんか)ですよ。その白いのが綿(わた)になるんです。カルドラ国は綿花が採れることで有名なんです」

 へぇ、と仲間たちは言いましたが、綿花や綿と言われても、彼らにはよくわかりませんでした。中央大陸で布の材料になるのはもっぱら羊毛と亜麻(あま)だし、貴族たちの上等な衣装ならば絹糸から織る絹が使われているので、綿を材料にした木綿はほとんど見たことがなかったのです。ふわふわの綿がなる畑を、ただ珍しく眺めます。

 

 ポチは白い石の丘のエルフの元で、たくさん本を読んできたので、綿花についてよく知っていました。

「ワン、綿花っていうのは、暖かくて雨の後に乾期が来るような場所でないと、よく育たないんです。カルドラの山地は、気候がそれに合っているらしいですよ」

 と解説を続けます。

 すると、しげしげと綿花を眺めていたフルートが、ひとりごとのように言いました。

「綿花が育つところでは綿花を作って、塩湖のあるところでは塩を採って。人はみんな、それぞれの土地に合ったものを生産して暮らしているんだな。なんだか面白いね」

 うん? と全員はフルートに注目しました。

「塩湖って――おまえ、トー湖のことを覚えてるのかよ?」

 とゼンが尋ねると、フルートは我に返った表情になりました。

「トー湖なんて知らないよ。今はただ、なんとなくそう考えただけだ」

 とそっけなく答えて、またぷいと横を向いてしまいます。

 仲間たちは思わず溜息をつきました。一瞬、フルートが記憶を取り戻したのでは、と期待してしまったのです。確かに、塩湖で人が塩を採って暮らしていたことは覚えているのでしょうが、トー湖で彼らが何を見て何を語り合ったのかは、すっかり忘れてしまっているのです。

「君たちと出会えて、本当によかった。手をつなげる相手がいてよかった――」

 世界一の星空の中でフルートが言ったことばが急に思い出されてきて、なんだかひどく淋しくなりますが、フルートは相変わらず知らん顔のままです……。

 

 やがて、彼らは山道を下りきって町に到着しました。町の入口には石の門があって町の名前が刻まれていましたが、彼らの知らない文字だったので、読むことはできませんでした。そのまま町の中へ入っていって、すぐに首をひねります。石造りの家が軒を並べる目抜きの通りに、人の姿がほとんどなかったのです。乾いた通りには風が吹いているだけです。

「なにさ、ここ? 廃墟なのかい?」

 とメールが言うと、ポチがくんくんと匂いを嗅いで言いました。

「ワン、生活の匂いはしています。どの家もしっかり建ってるし、庭だって手入れされてるし。人は住んでいるんですよ。ただ、人が外にいないんです」

「家の中に隠れてるのかよ?」

「いいえ、家の中も静かよ。みんな出かけているみたいね」

 とゼンとルルも話し合います。

 静まり返った町を、彼らは困惑して見回しました。看板を掲げた店屋もありましたが、入口の扉はぴったり閉まっています――。

 

 すると、通りの先のほうの建物から人が出てきました。青い服の上に白いエプロンをつけた、浅黒い肌の中年女性でした。馬に乗ったフルートやゼンたちに気がつくと、あらぁ、と声を張り上げます。

「かわいい旅人だねぇ! 宿を探してるのかい? それならうちに泊まりな。うちは宿屋だよ!」

 そこで彼らは女性に駆け寄って馬から下りました。

「助かったぜ。町に誰もいねえから、どうしようかと思ってたんだ」

「ねえさぁ、どうしてこんなに町に人がいないわけ? みんな、どこかに出かけちゃってるのかい?」

 ゼンとメールが口々に言うと、宿の女将(おかみ)は、あははは、と笑いました。

「今の季節、このヤダルドールの町では昼間の人口がものすごく減るのさ。なにしろ綿花の収穫期だからね。みぃんな山の畑に綿花を摘みに行っちゃってるのさ。あんたたち、ちょっとこづかい稼ぎをする気はない? 綿花の収穫には人手がほしいから、すぐに雇ってもらえるよ」

 なぁるほど、と一行は納得しました。綿花の畑は町の周囲のあちこちにあります。町の人たちは、総出でその収穫をしていたのです。

 ゼンが女将に言いました。

「悪ぃ、俺たちは先を急いでいるんだ。でも、今夜はここに泊まることにするぜ。夕飯と明日の朝飯を頼まぁ。それから、ここから一番近い港の名前を教えてほしいんだけどな。メイに行く船が出る港に行きたいんだ」

「あらまぁ、メイに? ずいぶん遠くまで行くんだね。それならセイマの街まで行かなくちゃいけないだろ。国で一番大きな港があるからね。この道をずっと行って、街道にぶつかったら西へどんどん進むのさ。海岸まで行ったら、そこがセイマだよ」

 ゼンが気さくに話すので、女将のほうでも気軽に何でも教えてくれます。セイマ、と一行は繰り返しました。そこが彼らの次の目的地になるのです――。

 

 その時、犬たちが耳をぴくっと動かして、いっせいに道の向こうを見ました。ポポロもそちらへ遠い目を向けて、すぐに顔色を変えます。

「山から誰かが馬で駆けてくるわ……どうしたのかしら。真っ青よ」

 えっ? と仲間たちは驚き、女将は変な顔をしました。ポポロが言うほうを見ても、誰の姿も見当たらなかったからです。

 すると、そこへ横道から男が飛び出してきました。本当に馬に乗っていて、真っ青な顔をしています。

「ケッチ、どうしたのさ、そんなにあわてて!?」

 と女将が言いました。同じ町に住む顔見知りだったのです。

 男がどなるように言いました。

「太いロープを取りに来たんだ! 町長の息子が上から落ちてきた岩の下敷きになったんだよ! 馬で岩をどかそうと思っても、あそこにあるロープじゃ細くて切れちまうんだ!」

「なんだって!? どこの畑さ!?」

「北の一番高い畑だよ――!」

 それだけを言うと、男は横道へ駆けていってしまいました。丈夫なロープを取りに行ったのです。

 宿の女将は宿の中に飛び込むと、すぐに薬箱を手に飛び出してきました。

「お客さん、悪いけどあたしも行くよ。助けに行ってやらなくちゃ!」

 と山に向かって駆け出します。

 後に残されたゼンたちは顔を見合わせました。何も言わずにうなずき合うと、女将の後を追いかけようとします。

 

 すると、フルートが言いました。

「助けに行くっていうのか? 君たちは関係ないじゃないか」

 仲間たちは思わず手綱を引きました。馬がびっくりしたように立ち止まります。

 ゼンがフルートを振り向いてどなりました。

「以前のおまえだったら、絶対にそんなこと言わなかったぞ! 俺たちが止めたって、先頭切って助けに飛び出していったんだ!」

 たちまちフルートはゼンをにらみつけました。怒った表情ですが、その口元が、何かを言いたそうに動いて止まったことに、ポポロは気がつきました。なに、フルート? と聞き返そうとします。

 けれども、それより早くゼンは駆け出しました。

「行くぞ! みんな、来い!」

 みんな、の中にフルートが含まれていないのは明らかでした。すぐ女将に追いつくと、馬を停めて言います。

「乗れよ! 手助けするから事故のあった畑まで案内してくれ!」

「本当かい!? ありがとうよ!」

 喜ぶ女将を同じ馬に乗せて、ゼンはまた駆け出しました。メールと犬たちが後を追いかけ、全員で畑がある山のほうへ向かっていきます。

「ポポロ、早く!」

 とメールが呼んだので、ポポロは迷いました。フルートは馬から下りたまま、その場所から動こうとはしません。ポポロ! とまたメールに呼ばれて、とうとうポポロも馬の首をめぐらしました。フルートに背を向けて駆け出します。

 後に残ったフルートは、そっぽを向いたままで、彼らを追いかけようとはしませんでした――。

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