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第17巻「マモリワスレの戦い」

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31.書状

 クアロー国のオリバンたちが宿泊していた町に、一人の人物が到着しました。とある宿に入って、先に泊まっていた人物の部屋に行き、旅のマントを脱ぎます。

 すると、女のように色白で華奢な青年が現れました。クアロー王の愛人のふりをしていた間者です。部屋の主が不在だったので、マントを無造作に長椅子に投げて、同じ椅子に座ります。金髪の巻き毛に水色の瞳の青年が椅子の背に腕をかけ、足を組んで座る様子は非常に美しいのですが、クアロー城で演じていたような艶めかしさはありません。むしろ研ぎ澄まされたナイフのような鋭さを漂わせています。

 そこへ商人の恰好をした中年の男が入ってきました。

「やあ、これは遠いところをようこそ! お待たせしましたな! ちょっと商売の話に出ていました! そちらの景気はいかがですかな!?」

 と商人は大声で話しながら部屋に入り、扉を閉めて青年に近づくと、ぐっと声を低めて言いました。

「お待ちしておりました、ミカール様――。ご命令通り、ずっとロムドの皇太子の一行を見張っておりましたが、彼らは今朝早く宿を引き払って出発しました。再び東に向かって馬車で旅をしています。そちらには二人の部下をつけていますが、実は皇太子が出発の前にこの町の飛脚に書状を託していったのです」

「書状を? 誰に?」

 ミカールと呼ばれた青年は椅子から身を起こして尋ねました。水色の瞳が鋭く光っています。

「ロムド城に宛てたものです。ロムドへ届けるために飛脚が西へ走り出したので、町の外の森で書状を奪ってまいりました」

 と商人風の男が金属の筒を差し出してきたので、青年は眉をひそめました。

「飛脚を殺したのか。まずかったんじゃないのか?」

 すると、商人は、にやりとしました。

「山賊のしわざに見せかけました。山賊の襲撃はこのあたりでは日常茶飯事ですから、誰も怪しみません。皇太子も東へ離れていったので、書状を奪われたことに気づくことはできません」

 と金属の筒を青年に手渡します。筒には蓋がついていましたが、きっちりしめた蓋と本体の間は、さらに上から蝋(ろう)で封印されていました。途中で他人に書面を見られないための用心です。封印の蝋にライオンの横顔の象徴が押印されているのを見て、ミカールは言いました。

「ロムドの皇太子の印章だな。とすると、書状の受取人はロムド王だ。中を読みたいが、できれば封印を破壊せずに出したいな」

「それならお任せを」

 と商人が指を鳴らすと、とたんに部屋にもう一人の人物が現れました。黒っぽい衣を着た老人です。ミカールはうなずきました。

「ズ・グーも来ていたのか。では話は早い。この中身を出してくれ」

 と筒を老人へ差し出します。老人が片手を振ると、青年のもう一方の手に丸めた羊皮紙の書面が現れました。ライオンの象徴の封印は少しも損なわれていません。この老人は魔法使いなのです。

 

 書状を読み始めたミカールが、じきに、ほうと声を上げました。

「とても興味深いことが書いてあるぞ。ロムドの金の石の勇者――どうやらフルートという名前らしいが、その男が行方不明になっているそうだ。勇者の仲間が救援を求めてロムド城へ向かっている、と書いてある。ふむ、皇太子に同行している占者が気がついたのだな。赤の魔法使いの助力を頼む、とある」

「赤の魔法使いとは、例のロムドの四大魔法使いの一人です。南大陸の出身と言われていて、非常に強力な魔力を持っています」

 と黒い衣の老人が口をはさんできました。

「ああ、それは聞いている。先にサータマンがロムドの王都を疾風部隊と飛竜部隊で襲撃したときには、四人の魔法使いが都を守りきったんだ。彼らは一人で一個師団以上の戦力があると言われている。その魔法の力で金の石の勇者を見つけ出そうというんだな……ふむ」

 青年はまた考え込みました。書状を何度も読み直すと、やがて、にやっと笑います。

「面白いことを思いついたぞ。この手紙はこのままロムド国へ送り届けてやろう。ただし、中身の一部を書き替える。金の石の勇者が行方不明だから、赤の魔法使いに今すぐ救援に向かってほしい、と書くんだ。赤の魔法使いがそれを信じてロムド城を離れれば、我々が皇太子たちを人質にしたときに非常に有利になるぞ」

「うまくいきますか、ミカール様? ズ・グーの魔法で書状を筒に戻すことはできますが、書き替えれば筆跡で別人とばれてしまうでしょう」

 と商人が心配すると、青年はいっそうにやにやしました。

「大丈夫だ。このぼくはどんな人の筆跡も真似て書くことができるからな――。今まで何万という手紙や書類を書き替えてきたが、一度も見破られたことがない。この書面も、ロムド皇太子の文字そっくりに書き替えることができる」

 それはそれは、と商人は感心し、魔法使いの老人もうなずいて言いました。

「それがよろしいでしょう。王に届く書状は、どこの城でも慎重に確認されます。魔法で文面を書き替えればすぐに見破られるので、人の手で書くのが一番確実です」

 そこで青年は商人に書面を直す道具を持ってくるように命じました。手紙は羊皮紙に書かれています。革でできた表面を削れば、前の文面の痕跡を残すことなく、完璧に書き替えることができるのです。

 

 商人が戻ってくるのを待ちながら、青年は言い続けました。

「さて、赤の魔法使いをどこへ送り出してやることにしようかな。我々の計画の邪魔にならない、遠い場所がいいんだが……」

 と考え込み、やがて、膝を打ちました。

「よし、南大陸にしよう。あそこならロムドからの連絡も簡単には届かないだろうし、簡単に城に戻ることもできない」

「南大陸は赤の魔法使いの故郷ですな」

 と魔法使いの老人が言ったので、青年はまたにやにやしました。

「そうだ。それで魔法使いが里心でもついてくれれば、なお好都合だな」

 そう言って、青年は皇太子の手紙をまた読み返しました。文面をどんなふうに直したらよいか、考え始めたのです。

 

 南大陸へ向かう道半ばでロムドへ引き返すことになったフルートたちと、赤の魔法使いを南大陸へ向かわせようとする偽りの手紙。

 ここでもまた、当事者たちの知らないところで、事態は密かに動き出していたのでした――。

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